第148話 魔宝石

 凄いね。


 よく分からないけど凄い。


 一つ3000ビーケほどの魔石と大きさはそこまで変わらない。


 色はかなりはっきりとした黄金色で、でも重要なのはそこじゃないだろう。


 おかしいのは


 普通とは違い、キングアントから得られた魔石は中身が動いていた。


 こう言うとなんとも表現に乏しいが、流体のようなものが常に中で循環しているというか、霧状の何かが魔石内部の密閉空間でモワモワと流動しているというか。


 とにかく中で何かが動いているんだ。


 平たく言えば、見ていても飽きない凄く綺麗な魔石。


 誰が名付けたのか、おっちゃんが言っていた『魔宝石』という名称は言い得て妙だなと思う。


 そんな魔石を指で摘まみ眺めているわけだが、その背景。


 少し視線を逸らせば、撫でつけるように黒髪を後ろへ流した怖い顔のおじさんにピントが合い、そのおじさん――オランドと名乗る男性は、顎を摩りながらこちらの様子を窺っていた。


 今いるのはハンターギルドのマルタ支部とでも言おうか。


 そのギルドマスター室。


 魔石を取り出していた解体場の責任者であろうおっちゃんが、俺と一緒で理解できていなかった新米君にギルドマスターへの報告を命じ、半強制的にこの場へ連れてこられてしまっていた。



 コトン――。



 綺麗な魔石をテーブルに置き、出された紅茶に口を付ける。


(さて、どうしたものか……)


 ヤーゴフさんとは正反対の風体。


 明らかに元ハンターだったんだろうなという雰囲気が伝わる、筋骨隆々で強面なギルドマスターオランドさんから出た第一声は、「?」という一言だった。


 見た目がガキんちょの俺がやったなんて普通は思わないし、実際その疑問は正解なんだから返答に困ってしまう。


 その上で他に選択肢がないため、しょうがなく「俺がやった」と。


 ある程度の経緯を伝えながらも、そう言い張るしかなかった。


 だからか、ずっと疑いの目を向けられている。


 そんな状況の中、俺の横を通り抜け、オランドさんに木板を渡す一人の女性。


 そしてその木板を黙って眺めること暫し。


「ふむ。ロキ、だったか。たしかにここ数日ハンターとしての活動はしているようだな。換金素材もお前がパーティの換金担当になっているのか? パーティ登録していないようだが、並のハンター達よりも1日の結果は多いように思える」


「はぁ」


「で、実際は誰が倒した?」


「いや、だから僕ですって」


「冗談を言うな。Bランク素材を頻繁に卸しているようなハンターや、クイーンアントの出現周期に合わせて訪れるAランクハンター達が倒したと言うなら俺だってまだ納得できる。だがここに卸した素材履歴を見ても、おまえはEランク狩場を主戦場にしているDランクハンターだろう? なぜかFランク狩場にまで足を運んでいるようだし、それで倒しましたなんて言われて誰が信じられる?」



(ほんと、そうなんだよなぁ……)



 この会話の流れで、あの木板は俺がマルタで換金した素材履歴を書き記した内容ということが理解できた。


 たぶん分かる範囲で俺の情報も纏められているのだろう。


 その情報を見れば、Bランク狩場のソルジャーアントやキラーアントの素材を持ち帰ることすら怪しく、さらにその奥にいた未確認のボス級魔物を倒したなんて荒唐無稽な話、到底信じられるものではない。


 俺が逆の立場でも同じ判断をするだろうし、オランドさんの疑問はもっともである。


 ――ただね、それじゃあ俺が困るんだ。


 だから話を無理やりにでもすり替えるしかない。


「あの、先ほどから誰が倒したかに意識が向いていますけど、そんなに重要なことなんですか?」


「当たり前だろう? 未確認の、しかも世界に9つしか確認されていないとされる『魔宝石』を有した魔物だぞ? 正式に国へ討伐報告すれば、討伐者は一発で叙爵されるクラスの魔物だ」



 ブルッ……



 思わず、身体が震えた。


(マジかよ。世界に9個だけとか、目の前にある魔石ってめっちゃ稀少品じゃんか!)


 ……だが、なぜ爵位云々の話に繋がる?


 マルタのハンターギルドは町がデカいだけあって、国と密な繋がりでもあるのかと、警戒心が一気に引き上がってしまった。


「ハンターギルドは国と関係のない独立組織では?」


「その通りだ。だがハンターからすれば、貴族になれるまたとない機会でもある。その目を俺が勝手に潰すわけにはいかん」


「本人は望んでいないんですけど?」


「ん?」


「ですから、僕は貴族なんてまったく望んでいません。どこかの国に縛り付けられるなんて真っ平御免です」


「……お前の考えは分かった。だが、""がそうではなかったら?  仮に――おまえがこの死骸をどこかからとしたらどうなる?」


「へっ? そうなります?」


「あくまで可能性だ。Dランクハンターが『魔宝石』を有するほどの魔物なんて倒せる可能性は皆無。かと言って実際に倒したハンターパーティを殺して掠め取るなんて、いくらそのパーティが疲弊していたとしてもまず現実的ではない。Dランクハンターならデボアの大穴に入ることすら無理だろうからな。となると、倒したハンターはマルタに帰還しており、町の中で素材のみを盗んだと考えるのが可能性としては一番高い。繰り返すが可能性の話だから、ロキを犯罪者と決めつけているわけじゃないがな?」


「はぁ……」


 思わず、オランドさんにも分かるレベルで溜め息を吐いてしまった。


 信じられないのはしょうがないことだし、事実俺が倒したわけではないのだから、その点で文句を言うつもりはないけど……


 さすがに盗難疑惑まで持ち出されたら話が変わってくる。


 残念だが、ここで換金をするのはどうにもならないと思った方が良さそうだ。


「もう結構です。僕は当初換金できればそれで良いと思っていましたけど、どうやらそれすら難しそうですので無かったことにしましょう。どこか別のハンターギルドにでも持ち込みます」


「……そんなことができると思っているのか? こんな情報、すぐにどこのギルド支部へも伝わるぞ?」


「もし換金が難しいなら、何かしら自分で使う用途を見つけますよ。特別お金に困っているわけでもありませんから」


「ま、待てっ! そうであったとしてもだ! おまえがこの素材をどこから入手したのか、その疑惑がまったく晴れていない!」


「最初に言った通り、デボアの大穴最深部、卵が無数にある大きな部屋ですよ。この魔物はその中心部にいました。先ほど解体場で、3人がかりでも無理だったこの蟻の腹を裂いたのは僕です。それは3人に聞けばすぐ分かるでしょう。

 それにそんな盗難の疑惑があるならデボアの大穴に探索隊でも向けたらどうです? あそこで山ほどのソルジャーアントやキラーアントを倒しましたけど、素材には一切手を付けていません。この魔物が卵の中身まで無理やり覚醒させましたから、今巣穴の内部には蟻がほとんどいないはずです。実際に内部へ入って動いていた当事者だからこそ分かる情報だと思いますよ?」


 さすがに無実の盗難疑惑をかけられればイラッとしてしまう。


 その感情が多少なり乗った目でオランドさんを見つめれば、万が一、本当に俺が倒せるほどの人材であった場合を想像してしまったのか。


 喉がゴクリと鳴る音が聞こえた。


「ほ……本当にお前が、いやロキが倒したのか……?」


「だからそう言っているでしょう? まぁ正確にはもう一人とですけどね。連れも貴族なんて興味がありません。だからどんな人物かを言う必要もないはずです。僕はもっと――どんな経緯を辿ったら出現したのか、どんな攻撃手段を持っているのか。そんな話になると思っていたんですが……なんだか終始疑われただけで終わって非常に残念です」


 そう言って部屋を出ようとすると、年齢で言えば50歳くらいの厳ついおっさんが、まるで縋りつくように俺の足へ絡み付いてくる。


 色々と変態道まっしぐらの俺でも、このような趣味には目覚めていないんだが。


「まっ、待ってくれッ!! 済まない! 済まなかった!! 疑ったことはこの通り詫びるから許してくれ!!」


「えぇ……」


 なぜこんな必死に俺の足へしがみついているのか理解できない。


 まさか敵対するとマズいとか、身の保身や安全でも考えているのか?


「大丈夫ですよ。DランクハンターがBランク狩場の奥にいる未確認の魔物を倒したなんて話、僕だって逆の立場なら信じませんから。だからオランドさんのことを悪く言うつもりはありませんよ?」


「そ、それはそれで有難いのだが……そうじゃなくて、だな?」


「ん?」


「あー……素材をどこかに持ち込まれると、困る、というか――」


「……もしかして、この素材をここで換金したり、魔物情報を伝えるとオランドさんの評価が大きく上がるとかですか?」


「そ、そういうことになる! 特にこの魔物の情報は喉から手が出るほど欲しい……だから頼むっ! 先ほどの件は詫びるし、俺に協力できることはなんでもする! この魔物に関する情報を教えてもらえんだろうか!?」


「えっ……なんでも……?」


 重視しているのは情報か。


 それなら倒した者、対峙した者じゃないと得られないわけだから、誰が倒したのかに終始拘っていたのも納得できる。


 そして『』という言葉。


 うーん、なんて甘美な響きだろうか……


 だからと言っておっさん相手に求めることなんてポンと出てこないが、こちらからの一方的な提供ではなく『』ということなら気持ちも傾くというもの。


「そこまでおっしゃられるのでしたら分かりました。こちらからの条件をいくつか飲んでもらえるなら、分かる範囲のことをお伝えしても構いません」


「条件?」


「えぇ。と言っても無理難題を押し付ける気はないですけどね。僕は権力に振り回されたくないので、この魔物の存在や僕の存在は国に報告しないこと。あとはこの魔石に関してツレと相談したいので、売却は保留にさせてもらうこと。そして情報に対しての対価を頂けること。その際はオランドさんから、対価としてできることを提示してもらえた方が有難いです」


「なるほど……確かに無理難題ではないな。討伐者本人が望まなければこちらから国に報告することはないし、素材の所有権は得たハンターにあるのだから、それをどうしようがそのハンターの自由だ。情報に適正な対価を支払うのも当然のこと――うむ、問題無い。どの程度の情報かによってこちらの対価も変わってくるが、一方的にロキが不利な条件にならないようには必ずさせてもらう」


「商談成立ですね。では出現した経緯と可能性についてまずお伝えしようと思うんですけど、事前に一点確認が」


「なんだ?」


「先ほど言われていた9つの『魔宝石』に""があるか分かりますか? 同じ魔物から2個目、3個目が取れたかどうかという意味です」


「それは分からん。俺が言った9つの『魔宝石』は各国が""として過去に公表したものだ。しかしとんでもない化け物から入手できたらしいというくらいで入手経路は不明だし、実物を見た人間もかなり限定されていると聞く」


「なるほど……ということは、『魔宝石』の特徴だけが広く知れ渡っていると?」


「広くというほどではないな。『魔宝石』は別名""と呼ばれている。なんでも魔石から魔力を使用しても自然回復するんだそうだ。それもあって一度設置すれば無限燃料になる可能性を秘めているから、その手の研究機関や俺達のような魔石と接点の多い人間からの注目は高い」


 無限燃料……凄い話になってきたな。


 地球だってそんなもの存在していないのに、まさかエネルギーの分野で地球を超えちゃう可能性があるのか。


 だがそんな貴重な魔石が、公表されている物で9つしかないとなると―――


「ありがとうございます。となると知っている情報をお話しするのは構わないのですが、懸念材料も多いように感じます。この魔物が特殊な個体で、クイーンアントのように再度現れない可能性。現れたとしてもその周期が人間の理解を超えるほど長い可能性。あとは現れても次は通常の魔石で『魔宝石』ではない可能性もありそうですね……情報をオランドさんに伝えたとしても、活用できないことも考えられますが大丈夫ですか?」


「ん? んー……言われてみればたしかのその通りだな。だが情報が欲しいことに変わりはないぞ。各国の公表している『魔宝石』が全てとは限らないし、今回もロキが個人で所有すれば公表されないままということになるだろう? 誰かが情報を独占して、裏で取引している可能性だって有り得るわけだからな」


「たしかに、それもありそうですねぇ……」


 どこかの転生者が周回討伐をコッソリやっている可能性を考えると、ゲーマーならやるよな~俺もできるならやるわと思わず納得してしまう。


 まぁ活用できないリスクも承知だということならこちらに憂いはない。


 

「ではお話ししましょう。出現までの経緯と、その状況を」

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