第142話 終着地点

 あれからさらに30ほどの部屋を通過し、レベルの上がりもだいぶ緩くなり始めた頃。


 そろそろ帰ろうかと話しながらも釣り役を継続していたら、【招集】に蟻がまったく引っかからないという、今までにない事態に遭遇した。


(これはとうとうゴールか?)


 そんな思いが脳裏を過ぎり、通路の先に見える存在に釣られて足は自然と前へ進む。


 するとそこには、今までの部屋とは全く異なる光景が広がっていた。



(こりゃ、凄い卵の数だな……)



 今まで通過した部屋よりも数十倍という規模で広く、地面には高さ1メートルほどの、薄い膜で覆われた無数の卵が隙間を埋めるように並んでいた。


 首を上に向ければ、まるで大聖堂を思わせるかのような高い天井。


 そこから幾重もの光が地上から差し込んでおり、地球ではまず見られない神秘的な光景に妙な感動すら覚えてしまう。


 だがその反面、無数に存在する卵は既に孵って膜が破られているものもあれば、モゴモゴと、不快感を与える動きをしながら中で蠢いているものも多く、首を下に向ければここが魔物の巣であることをしっかり認識させてくれた。


 そして―――


(情報通り、クイーンアントはご不在と)


 これもギルドのよくしゃべるおばちゃんから聞いていたことだ。



『クイーンアントは3ヵ月ほど前に倒されている』



 聞いた時は少しだけ残念に思った。


 身分不相応。


 この一言に尽きるが、それでもリルと同行という今日だけは、居さえすれば倒せる可能性もあったわけだ。


 まぁ居たら道中の蟻はもっと多かったのだろうから、ここへ到達する前に燃え尽きていたかもしれないんだけどね。


「戻ってこないから心配で来てみたが……何かあったか?」


「あっ、ごめんね。どうやらここが終着地点みたいでさ」


「そういうことか」


「本来なら――少し高台になっているあの中心部分。あそこだけ卵が全然無いから、きっとクイーンアントっていうボスがいたんだと思う」


「ここだけは光が差し込んでいて今までと違うのだな。今はいないのか?」


「なんか3ヵ月くらい前に誰かが倒しちゃったんだって。まぁいないならしょうがないし、もう狩れる魔物も付近にいないから籠取りに戻ろっかね」


「ふむ……孵ってない卵がかなり多そうだが? こやつらも倒せば、ロキにとって糧になるのではないのか?」


「えっ……? ん~リルもなかなか凄いこと考えるなぁ。魔物はできれば狩りたくないと言っていた、朝のアノ発言はなんだったのか」


「ちっ、違うぞ! ロキのためだからな!? 決して私がちょっとでも強くなりたいなんて、そんな邪な気持ちを持っているわけじゃないぞ!?」


 アワアワしながら結局白状してしまっているリルを見ると、なんだかホッコリしてしまう。


 こんな発想になるということは、きっと多少は体感できるくらいに強くなった実感があるのだろう。



 この卵は【探査】に引っかからなかった。


 それは俺がずっと『蟻の魔物』というワードで探していたからだろうけど、その他【招集】にも反応がない。


 なので俺はこの卵の中身が、『』と今の今まで思っていなかった。


 だが――


「試すべき、かな?」


 これだけの膨大な数の的が、それこそ動かず俺達に倒されるのを待っているかもしれないんだ。


「卵まで潰すと次のクイーンアントが登場するまで、この巣穴は凄い閑散としそうだけど……まぁ魔物が減ったら喜ばれるって話だし、とりあえず1匹倒してみようか」


 念のためステータス画面を開き、いくつかの現状数値を把握しつつ、手前の卵に向かうリルについていく。


「ふんっ!」


「ほいっ」


 リルが卵に向かって斬りつければ、身体的特徴は同じ。


 だが体長が半分か、ややそれを下回るくらいに小さなソルジャーアントが真っ二つになる。


 その片割れに俺が剣で止めを刺し、すぐステータス画面を再確認した。


「おぉっ、経験値入ってるよ! スキル経験値の上がり具合だと――たぶん成体と変わらないと思う!」


「ほーう……ならば寄ってこないのは面倒だが、やる価値はあるということだな」


「んだね。いっぱいいるし、どんどん片付けちゃおっか!」



 そこからはまるで流れ作業のように、リルが卵を切りつけ、俺が止めを刺すの繰り返し。


 内心ボーナスステージだなと思いながら、中身のいる卵を次々と破壊していく。


 襲われる心配もないことから、リルの「あれが食べたい」「これが食べたい」という――


 まぁ全部肉料理なわけだけど、そんな要望を聞きながらも、俺はコッソリステータス画面を確認しながらニヤついていた。



(やべぇ……これ、もしかしたら、スキルレベル9までいけちゃうのか……?)



 3種の魔物が所持しているスキルは異なるものの、その中で唯一【酸耐性】だけは共通して所持していた。


 おまけに3種ともスキルレベル5という、今までにない高い水準でだ。


 現在の【酸耐性】はレベル8の1%。


 先ほどからチラチラとステータス画面を見ていても中々1%の数値が変わらないけど、この卵の数ならもしかしたらということもある。


 スキルレベル9ともなれば、もう能力値の爆上げ間違い無しだろう。


「リル、もしかした俺初めてのスキルレベル9になっちゃうかも――」


 なんとなく、願望を伝えようと思っただけだった。



(ん?……光?)



 俺の言葉に反応して振り向くリル。


 その背後に、一筋の光が伸びてくるのを視界に捉えてしまう。



「リ、リルッ!?」



 呼びかけた時にはもう遅い。


 リルの背中に何かが直撃し、俺の横を物凄い勢いで通過しながら吹き飛んでいく、その姿をただ横目に眺めることしかできない。



(な、何だ……? 何が起きた? 速すぎて……って、リルは!?)



「ぐっ……身体が、痺れて……ロ、ロキッ! なんだ今のは!? 何が見えた!?」



 片膝を付きながらも、重大なダメージを負った様子は見られないリルの姿が見られて、思わず肺から大量の空気が漏れる。


 だが今は安堵している場合じゃない。


 見えていなかったリルに情報を伝えなければ。



「ひ、光ッ!! 光の筋が、あの中央から――」



 そう言いながら中央の高台に目を向けた時。



 が、そこにはいた。



 遠目から見ても形状は蟻と判断できる。


 だが色は今までにない黄金色をしており、何よりその体躯は非常に小さい。


 それこそ、今倒している幼体と同じくらいに……



 その時俺は、もしや勘違いしていたのか? と、自らの失態に顔を歪めた。


 クイーンアントと聞けば、真っ先に想像したのはだった。


 今までのゲームでは例外なくそうだったんだ。


 だから遠目でもすぐ分かるくらいに大きな存在だろうと、そう思い込んでいた。


 そしてギルドの魔物資料本に書かれていた、『半年ほどは内部の魔物出現割合が大幅に減る』という情報。


 俺はこの文面から、勝手にだと判断してしまった。


 今まで換金所に蟻の素材を持ち込んでいる人なんて見たことがなかったんだ。


 出回っている周期情報に合わせてしか屈強なハンターが寄りつかないとなれば、情報不足からギルドのうるさいおばちゃんだって同じに思っていたのかもしれない。


 だが……出現後、今目の前に存在する卵の産卵期間があったとするならばどうなる?


 成体になるまで相応の時間が掛かるのだとすれば、クイーンアントが再度現れたとしたって、魔物の出現割合はしばらく低下したままだろう。


 初めから存在していたにもかかわらず、俺達は呑気に卵を潰しながら射程内に――



(やらかした……)



 俺達は部屋の中央にだいぶ近寄ってしまっている。


 目にも止まらぬ速さで到達するあの光の筋。


 あれを、避ける自信はまったくない。


 おまけに防具も着ておらず、先ほどリルが吹き飛ばされた衝撃度合いを見れば、俺に向けてあの光が放たれれば無事でいられるイメージがまるで湧き上がらなかった。



(逃げられない……もしかして、俺はまた死ぬのか?)



 すぐその答えに行き着き恐怖で足が竦む中、背後から怒声が放たれる。



「ロキッ!! 教えただろう!! 心が屈すれば待つのは死だ!! まずは私の背後に回れッ!!!」


「ぐっ……は、はいっ!!」



 死にたくない。


 死んでたまるか。



 その思いだけでリルの下へと駆け寄る。



 が―――



「な、なんだ……?」



 急に、自分の足取りが遅くなるのを感じた。


 身体が重いわけじゃない。


 ただ本来あるべき速度が、思うように出せていないようなこの感覚。


 一瞬、身体が変調をきたす前、黒い霧が身体を纏ったような気がしたが、まさか……



「こ、これは遅延魔法か? 舐めおって……」



 リルの予想が俺と同じだと知った時、俺の心はさらなる死の恐怖で塗り潰されそうになる。


 近いはずなのに遠い。


 手がもう少しで届きそうなのに届かない。


 この間、先ほどの光を放たれたら――



「ちくしょう……」



 動きが遅いと感じながら首を回し、50メートルは先に佇む黄金色の蟻、クイーンアントを睨みつける。



(放つなら予備動作くらいあるだろう!? ならその瞬間に穴を掘って隠れれば……)



 脚だけはリルの方へと動かしながら、あの光は何かしらの魔法と判断し、その前兆の動きがないかを注視する。


 すると。



(これかっ!)



 蟻の顔付近を纏う黒い霧。


 それが【遠視】スキルによってはっきり見えた瞬間、俺は即座に詠唱を開始する。



「大きな、穴を、掘れッ!」



 沈み始める足元。


 視界はクイーンアントを見つめながらも、徐々に沈んでいくその遅さに焦りが止まらない。



(早く、早く、早く……ッ!!)



 だが、そんな願いも空しく、俺の視界に眩いほどの光が差し込む。



「早過ぎ、だろ……なんで……もう放たれんだよ……」



 魔物が魔法を放つ姿を目の当たりにしたのは、パルメラ大森林にいたフーリーモール。


 それ以外は放たれる前に倒すことを今まで徹底してやってきた。


 だからか、魔物が放つ魔法の詠唱速度、その発動時間を見誤ったとしか言いようがない。


 片やFランク、片やAランク上位の、しかもボス格の魔物だ。



 、と。



 それでも、せめて少しでもと、遅いと分かっていながらその場に屈みこむ。



(これは、俺が的にされているし無理だろうな……あとは食らって耐えられるかどうか……)



 一応【硬質化】も唱えるが、魔法防御に効果があるのかは不明だ。


 足掻きたいが、これ以上足掻く術も見当たらない。


 それでも視線をリルの方へ向けようとすれば―――



「ズォラァァアアアアアアアアッ!!」



 ―――既に、目の前。


 光に立ち向かうかのように正面へ立ち、剣を下から振り上げるリルの姿が。


 何をしようとしたのかは分からない。


 それでも弾けるように光が上空へ消え、威力をある程度減衰できたのか、リルは僅かに足が後退るくらいで済んでいる。


「穴を開けて地中に隠れるか。なかなか面白い判断をする」


 顔はこちらに向けずとも、その言葉だけで途方もない安心感が俺に降り注いだ。


「リル……ありがとう……」


「本当はスキルを換えたいところだが、その時間は作れそうもないな……このまま私がる。ロキは穴に隠れていた方が良いだろう。遅延魔法が解けたと感じたならば通路に向かって走れ。アレはロキを守りながらだと些か厳しい」


「わ、分かった! 気を付けてよ!?」


「ハハッ! 私を誰だと思っている! 戦の女神だ……ぞ……?」


「え?」



 



 本来なら気持ちよく宣言でもして走り込んでいくのに、なぜかリルはこの場に留まったまま。


 何か……状況が変わったとしか思えない。


 そう思って隠れていた穴から顔を覗かせれば―――



 クイーンアントの身体は淡い光と共に明滅し、その光が落ち着いた頃には、辺り一面に存在する無数の卵が激しく蠢き出していた。

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