第141話 実験の成功

 デボナの大穴に足を踏み入れれば、そこは回りが土壁に覆われた一本のトンネルのようだった。


 車1台くらいなら通れそうな、しかし地面は決して平坦ではない筒状の空洞。


 光源用魔道具のために用意していた魔石の欠片を入れつつ内部を進めば、早くも『』というワードに【探査】が反応を示す。


「リル、この先30メートルくらいかな。どの種類か分からないけど、蟻が4匹いるね」


「分かった。ここからは私が先行しよう」


「すぐ暗くなるだろうから――これ、一応渡しておくよ。小さいし、握っていても片手剣なら問題無く振れるでしょ?」


「それも光源か?」


「そうそう。ただ俺が飛ばされた時に持ってきた地球産の物だから絶対壊さないでよ? 興奮して握りつぶさないようにね」


 リルに渡したのは懐中電灯の方だ。


 魔道具と違って丈夫だし、何より持ちやすい。


 一方向にのみ光量が強いタイプなので、このような場では使い勝手が悪いだろうけど、それでもないよりはマシだろう。


 これでゴブリンを殴っていたわけだから、簡単に握り潰せるとは思えないが――


 あの異次元とも言える強さを見せつけられると、ついつい心配で忠告もしたくなってしまう。


「これが地球産か。分かった、壊さないように注意する」


 常時点灯になるよう先端を回し、リルが進む先に向ければ、懐中電灯は光源用魔道具よりもだいぶ先まで照らしてくれた。


「あっ、蟻が見えるね」


「うむ。この先は部屋のような作りになっているようだな」


「ってかさ、光に反応して、こっち来てるよね?」


「そうだな。来てるな」


「……」


 思わずリルの後ろにコソコソと隠れる俺。


 なんとも情けない姿だが、まだ俺自身が倒せるかの実験すらしていないんだ。


 俺は荷運び、解体担当。


 リルの尻を見つめながら、「リル様ぶっ倒してやってください」と小声で呟く。


 一方リルはというと、こちらも何やら剣を見つめながらボソボソと呟いていた。



「この剣を、とうとう実戦で使う時が来たか……」



 あれ? 病んでいた中二の頃の俺かな?


 なんだか危ない人に見えるけど大丈夫だろうか?


 そんなことを考えていたら、目の前の尻が急に消える。


「え?」



 ――ズパッ!



 音に反応して前方に視線を向ければ、そこには胴体を真っ二つにされ、その衝撃で片割れが横の壁に飛んでいく光景が。


 あまりの展開に呆然と立ち尽くしていると、剣筋なんぞ何も見えず、リルの前で胴体が自然と分かれていく蟻達の姿がただただ映る。


「ロキッ! 早く止めを刺せ! 【手加減】は使用しているがすぐに死ぬぞ!」


「あっ……はい!」


 こんな姿を見せつけられると、自然と口調も敬語になってしまう。


 すぐに走り出しながら解体用ナイフを握り締め、最も近くにいた蟻のところへ向かって突き刺すも――



(マジかよ)



 蟻の黒い外殻には刃が通らず、止めを刺すつもりがダメージを与えられない。


 咄嗟に斬られた体内部分から解体用ナイフを突き刺せば



『レベルが18に上昇しました』


『レベルが19に上昇しました』


『レベルが20に上昇しました』



(きた……)


 この時点で、実験の成功を確信する。



『【呼応】Lv1を取得しました』


『【呼応】Lv2を取得しました』


『【酸液】Lv1を取得しました』


『【穴掘り】Lv1を取得しました』



(もっとだ……)


 止めを刺したのはたかが1体。



『【穴掘り】Lv2を取得しました』


『【穴掘り】Lv3を取得しました』


『【穴掘り】Lv4を取得しました』



(もっと続け……ッ!)


 それなのに、視界を流れるアナウンスが止まらない。



『【酸耐性】Lv1を取得しました』


『【酸耐性】Lv2を取得しました』


『【酸耐性】Lv3を取得しました』


『【酸耐性】Lv4を取得しました』



 そしてやっと、アナウンスが止まった時。


 俺は最高潮に興奮しながらも、この狩場で何を優先すべきか、何をしなければいけないかをすぐさま考える。


「ロキ? 大丈夫か?」


「ちょ、ちょっとだけ待って……」


「?」


(一発でスキルレベルが4まで上昇した。ということは、間違いなくスキルレベル5は所持している……それも複数だ。そして明日以降、俺は一人でここに来れるか?……いやいや、無理、だよな。どう見てもパーティ用であってここはソロ向きじゃない。【光魔法】を所持していないのに、暗闇の中で光源片手に一人立ち回るなんて、多少強くなろうが現実的じゃないだろう。ならば――)


 俺は次々に蟻の胴体部へ解体用ナイフを突き入れ、止めを刺せば流れるアナウンスを確認しつつ、その場に背負っていた籠を下ろす。



「解体はしないのか?」


「うん。そっちは捨てる」



 ここで優先すべきは金じゃない。そんなものは他で稼げば良い。


 最優先は俺のレベルとスキルレベル。


 ここだ――ここで一気にステータスを上げる。



「リル。悪いんだけど今日の昼ごはんは抜きだ。その代わり、残りの滞在期間中はご飯食べ放題。だから敵を1匹でも多く倒すことに協力してほしい」



「……もちろんだ。これはお詫びだからな」









 凄まじい高揚感だ。


 ゲームに求める楽しさや興奮は人それぞれ。


 だが、急激に自身のキャラが強くなるその瞬間。


 ここに心躍るプレイヤーは多いだろう。


 では、それがキャラではなく、自分自身だったら?


 例えるなら、それは宝くじで高額当選が当たった時。


 この感覚に似ているんじゃないかなと、俺は思う。



(まぁ3000円までしか当たった経験がないんだけどな、っと)



【招集】



 俺達は走りながら、ひたすらに蟻をぶった斬っては穴の奥へ奥へと潜っていった。


 ハンターギルドの資料で見た魔物は3種+クイーンアント。


 さすがにクイーンアントを倒そうとは思っていないが、それでも3種の魔物スキルは上げられるところまで上げておきたい。


 その欲望だけでひたすらに突き進む。


 解体しなければ俺はただ止めを刺して回るだけ。


 レベル30を超えた頃には、近づきながら強く蹴り飛ばすだけでそれが止めになっていった。


 いちいちしゃがみ込む必要がなくなれば、それだけでもさらなる時短に繋がる。



 進めば進むほど穴には分岐が見え始め、最初は必死に覚えながら進んだ。


「もしや?」と思って『地図』を確認しても、都合良く穴の内部に切り替わったりはしていない。


 こうなると自力で覚えるしかないが、穴は扇状に、かつ下へ下へと広がっているので、出口に戻るだけならば比較的簡単だ。


 上る方の穴へ向かえばそこが出口に繋がる。



 進むほどに蟻の数は増え、いつしか光を当ててもパッと見では目視しづらい、ただ反応はしっかり確認できる別種の蟻が出現し始めた。


 ギルド資料に、隠れて襲うと書かれていたキラーアントだ。


 最初からいた外殻が黒いソルジャーアントと違い、キラーアントの外殻は茶色。


 そいつが茶色い土壁に溶け込んでいるのだから、光源頼みで視界不良のこの穴の中とあれば、本来は相当脅威になり得る魔物だろう。


 まぁリルには些細なことだったようだが。


 いきなり飛び付こうが、天井から襲い掛かろうが、スキルもないのに超反応で斬り伏せていくし、たまに齧られても痛みを感じている様子がない。


 マジで魅惑の超合金ボディーである。


 ちなみにキラーアントから【擬態】というスキルを入手できたので、ただ茶色いだけでなく、スキルをしっかり使って隠れていたのは後になって分かったことだ。



【探査】でより蟻の反応が多い穴へと向かい、行き止まりになれば走って戻り――


 そんなことを繰り返していたら、30程の部屋を通過した辺りだろうか?


 とうとう3種め。


 飛行するやや小型の黒い蟻、レヴィアントが現れ始める。


 そしてこのレヴィアントは、所持するスキル構成がソルジャー、キラーアントと一線を画していた。


 そのうちの一つが先ほど使用した【招集】だ。


【招集】スキルレベル4を使えば、周囲180メートル範囲内の【呼応】スキルを持つ魔物が、我先にと俺に向かって集まってきてくれる。



(ははっ……まさに大波だ)



【探査】はもとより、【気配察知】でも数がまったく把握できないほどの大軍。


 気配が巨大で分厚い壁のように迫ってくる。


 俺が一人ならば、間違いなく捌ききれずに飲み込まれ、そのまま食い殺される場面だろう。


 だがなんと言ってもこちらには、超人無敵のリル様がおられる。



「リルッ! 呼んだよ! はぁ……はぁ……すんごい数が来るからね!」


「任せろッ! 私は戦の女神だぞぉぉぉぉ……」



 俺が少し先行して【招集】を使い、大量に引き連れて戻ってくれば、リルが物凄い速さでその群れに突っ込み薙ぎ倒す。


 通路で叩けばほぼ剣の射程に収まり、かつ背を取られることもない。


【招集】を俺が覚えてからは、釣り役の俺、通路で蟻を薙ぎ倒すのがリルという役割が確立していった。


 たまにどこかで漏らしたのか、1匹2匹程度のソルジャーアントが背後からひょっこり現れることもあるが、既にゴリゴリステータスが上がっている俺なら問題無く倒しきれるようになっている。


 死体の山を蹴り上げ、パイサーさん力作の剣で突き刺し、余裕があれば【風魔法】で一掃し――



『レベルが39に上昇しました』



 ついに俺のレベルはさらなる大台『40』目前。


 いったい何時間狩り続けたのか、全身汗だくのヘロヘロである。


「リル……ちょっとだけ、休憩しよう……さすがにしんどいっ!」


「もうか? ロキは体力がないな。もっと鍛えた方がいい」


「いやいや、これでも鍛えてるんだって……狩場移動する時は走って……あっ、最近【飛行】に頼ってちょっとサボってたかも……」


「剣を使うなら宿で素振りでもしたらどうだ? 人種はやっている者が多いようだぞ? 実際スキルレベルも継続すれば自然上昇するしな」


「自然上昇狙って反復使用は魔法の方だね~最終的な要はそっちになるだろうからさ。って、それより、どう? リルは強くなった実感ある?」


「なんだか強くなった気がするぞ! なんとなくだが!」


 内心「でしょうね」とは思ってしまう。


 レベルが上がったところで、各能力値なんて3とか4ずつしか増えていかないんだ。


 全能力値が満遍なく上がるという部分は良い所だけど、それ以上にこの世界はスキルの高レベルボーナスが優秀過ぎる。


 レベル6で+30、レベル7で+60も上がるんだから、レベル9や10になったらそのレベル1つで100以上のボーナス能力値が入るはずだ。


 そんな高レベルスキルを、いくつか予想もできないほどリルは持っているのだろうから、仮に1だったレベルが40まで上昇しても、最早体感できないほどの誤差になってしまっているんじゃないのだろうか。


 おまけに今【分体】なのだから、本体が連動して強くなったとしてもそこから能力値は分割されちゃってるわけだしね。


 まぁ、強さなんて基本は『チリツモ』だからな。


 コツコツやってナンボ。


 俺が言えた義理じゃないが、リルにも人の努力と成長の過程を分かってもらうとしよう。



「ふぅ~……よしオッケー! 再開しよっか!」


「うむ! 魔物が私に襲い掛かってくるんだからしょうがない。来たものは全て薙ぎ倒していくぞ」



 苦笑いしながらも立ち上がる。


 ゲームによっては敵よりレベルが高過ぎるからという条件だけでなく、敵よりレベルが低過ぎるからという条件でも取得経験値制限が掛かってしまうことだってある。


 だからどちらに転ぶか、やってみるまで分からなかった。


 が―――



(こんなに実験が上手くいくとは思ってもみなかったなぁ)



 



 1日限定とはいえ、この成果は非常に大きい。


 打ち震える気持ちを抑えながら、俺はまた釣り役として、さらに穴の奥へと向かって駆け出した。

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