第140話 甘い誘惑

「あれか?」


 リルの言葉に無理やり首を捻れば、上空からだとほぼ緑一色という景色の中に、一ヵ所だけ赤茶けた地肌と、底の見えない黒い穴がポッカリ開いた異様な光景が映し出されていた。


 この時間ならまずハンターもいないだろうと、二人揃って穴の目の前に到着してみれば、辺りは森というほどではない、赤やオレンジの果実が実る低木が多い一帯。


 その一部に軽く盛り上がった丘があり、そこから緩く下るようにその大穴は存在していた。


「うーん、とりあえず蟻の姿は見えないね」


「そうだな。中に入れば大量にいるのだろうが……外にいないとなると、問題は私がどのスキルを持ち込むかだな」


「ん~……」


 二人揃って穴の前で腕を組み、首を傾げて考え込む。


 いや、俺は考え込む振りだ。


 既にいくつかの選択と、できればコレという答えは出ているわけだが、本音を言っていいものかどうかで悩んでしまう。



 現状考えられる選択肢は3つ。


 1つはリルに【挑発】をセットしてもらい、入り口付近で釣り狩りを行うやり方だ。


【挑発】のレベルが上がるとどの程度射程が延びるのか、その範囲などは分からないものの、女神様なのだから高レベルであることはまず間違いないだろう。


 そして釣られた蟻を俺が倒せるか試しながら、危なかったら助っ人に入ってもらうという――


 ある意味王道ではあるけど、一番消極的な選択肢がこれだろう。



 次の2つ目はリルに【光魔法】を持ち込んでもらうこと。


 昨日情報収集でギルドに立ち寄った時、ギルドのよくしゃべるおばちゃんにデボアの情報をいくつか教えてもらった。


 そのうちの一つが光源の問題だ。


 内部は少し進むだけで真っ暗になるらしく、短期滞在ならばランタンや松明、あとは光を放つ魔道具の類でもなんとかなるが、デボアに来るハンターは普通だと【光魔法】所持者をパーティに組み込み、その魔法で光を確保するらしい。


 道具だと何かあって壊れてしまった場合、その時点で出口も分からず詰みになるので、そうなりにくい実力のある人間自身を光源の当てにするってことだな。


 もし【光魔法】をセットしてもらえれば、【夜目】を所持している俺は別として、リルの視界も確保することができる。


 つまり内部にも踏み込めるということなので、より多くの敵を倒すことも可能なはずだ。


 難点は俺が蟻を倒せたとしても、大半はリルが倒してしまって、ここのスキル経験値を満足に得られないということだな。


 俺の考えている実験の結果を優先したいならこの選択でもいいだろう。



 そして最後の3つ目。


 それはリルに【手加減】を持ち込んでもらうという、一番俺からは言いづらい選択だ。


 光源は一応持ってきた地球産の懐中電灯と、昨夜おばちゃんに言われて急遽買った光源用魔道具。


 宿にある魔石で光を放つ、もうだいぶ見慣れてきたあのライトの携帯版だな。


 ただこの魔道具一つではそこまで光量が強くないし、自前の懐中電灯だと広範囲を照らすには適していないので、リルは内部のかなり暗い状況で敵を釣り、肉壁になりながら剣を振り回して魔物を薙倒してもらうしかない。


 そして俺は【夜目】も併用しながら、瀕死の蟻に止めを刺していくという――


 お詫び案件でなければ思いつきもしない、かなりリルを酷使してしまうやり方だ。


 だが俺がラストアタックをほぼ確実に取れるため、魔物のスキル経験値を大量に稼ぎながら、かつ実験もしっかり行えるという、内容は酷いけど理想のパターンでもあったりする。



(うーんお詫びなら言ってもいいのか? だがしかし、女神様を肉壁扱いとはこれ如何に……)



 そんな考え込んでいる俺を見かねてか、リルが先に口を開いた。


「これはお詫びだ。だから私はロキの指示に従うが、もし可能であるならサポート役に徹しさせてもらいたい」


(……なるほど。リルは1つ目が希望ね)


 そう思いながらも一応理由を尋ねると、「あっ、そういえばこの人神様だった」と、思わずにはいられない返答が返ってくる。


「魔物は人種の成長を促すためにフェルザ様が生み落とした生命だ。それを女神である私が積極的に駆逐するというのはあまり良いことではない。人種も魔物もフェルザ様が生み出した生命であるならば、魔物のみに偏った敵意を向けるのは間違っているからな」


「なんだか凄く女神様っぽいね。スキルポイントのことを世界の貢献度とは言うけど、それは人間側の視点であって女神様達はあくまで中立と……でもフィーリルはあっさり魔物倒してたよ? 消し炭しかなくて、何を倒したのかすら分からなかったけど」


「それはフィーリルに敵意を向けたからだろう? 仮に人種でも私達に敵意を向ければ結果は同じだ」


「こわっ! だから模擬戦で敵意を向けた俺は串刺しに―――」


「うっ……ちがーう!! それは違うぞロキ!!」


 ちょっと空気が重かったからね。


 あまり笑えない自虐ネタだが、場の空気が軽くなったのなら良しとしよう。


 しかし、そうかそうか……


 女神様は魔物を倒すことに消極的。


 これが分かっただけでも良かったな。


 今回だけとは理解しているが、女神様達が魔物を自発的に倒すのは好まないと分かれば、なおさらにちゃんと自重しようという気にもなってくる。


 だが、今日だけは俺の命と引き換えに手に入れたお詫びの女神様同行。


 できればサポート役から攻撃役に切り替えてもらいたいところだが――


 無理強いもしたくないし、リルにこれを伝えたらどうなるだろうか?


 そう思って、今まで温めていた情報を切り出し始める。


「リルはさ、もっと強くなりたいとか思ったりする?」


「それは当然だろう。私は戦の女神だからな。どこまでも強くなりたいという願望はある」


「そっか……ちなみにコレ、知ってる?」


「なんだ?」


「女神様もたぶん、?」


「……どういうことだ?」


「前にも言ったよね? レベルが上がれば各能力値が上がるって。その上がり方はさっき道中で話した通り。でね、前にリアと一緒に狩場へ行った時、俺気付いちゃったんだ。【分体】のリアにも経験値吸われてるって」


「?」


「この意味分かる? 吸われてるってことは、女神様達にも見えないレベルがあって、そのレベルが上がる可能性もあるってことなんだよね」


「ほ、本当か……?」


「もちろん。いざとなれば心を読める女神様相手に俺は嘘つかないよ? ただ分からないのは女神様達のレベルがってこと。リルは―――戦ったこと無いんだから魔物も倒したことないよね?」


「あ、あぁ……今まで私達が干渉するほど極端に魔物が増大したことはなかったからな」


「ということはだよ? フェルザ様が女神様達を生み出した時、初めからレベルを高くした可能性もあるにはあるんだけど……スキルだけを大量に与えた可能性だってあるんだよね。それでも高レベルスキルを大量に持っていれば、ボーナスステータスで能力値は物凄く高くなるんだから」


「……」


「もし後者の仮説が正しければ、魔物を倒したことのないリルはレベルが1のままってことになる。俺も最初は1だったし、この世界の人もまず1からスタートしてるのは、祈祷で貢献度という名のスキルポイントを振ってあげているリルなら分かるでしょ?」


「ふむ……」


「ここで魔物討伐を頑張れば――リルのレベル爆上げしちゃうかもね。そしたら満遍なく能力値が上がっちゃうね」


「(ゴクリ)」


「おまけにこの情報って、他の女神様達は強くなることに興味無さそうだったから、リルに言うのが初めてなんだよね。そして今日だけは唯一、俺の同行という名目で他の女神様達にも魔物を倒すことが認められている日だ」


「……」


「で、どうしよっか? 一応魔物を大量に倒す案もあるにはあるんだけど」


「……ロキ。今日に限り、私は魔物を積極的に倒してみようと思う。こ、こ、これはお詫びであり償いだからなっ!」


「ふふっ」


 思わず笑いが込み上げた。


 ちゃっかり最後に言い訳しているところが面白い。


 だが、これでやる気になってくれたのは事実。


 ならば、後はリルに狩りまくってもらうのみ!


 俺は思ずニヤリとしながら、リルに用意してもらうスキル。


 そして立ち回りなどを手早く説明し、二人揃ってデボアの大穴内部へと、それこそスキップしそうな勢いで突入した。

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