第139話 少し残念なリアル寄り

 この防御力数値の判定は、果たしてで行われているのか。


 超合金並みの防御力がありそうなリル相手に判別できるかは分からないが、試すだけは試してみるとするか。


 鎧を着込んだリルを眺め、素肌の部分を探し――なるほど、太ももか……これまたけしからん太ももだな……


 邪念が湧き上がりつつも、まずは実験の内容を伝える。



「ちょっと今の情報から試したいことがあってさ。まず鎧越しにチョップするからその衝撃を覚えてもらえる?」


「ん? なんだかよく分からないが、いいぞ」



 ――ドスッ!



「ふむ」



 それなりに強くやらないと意味がないと思って、7割くらいの力で脇腹にチョップを入れる。


 リルは蚊に刺された程度の顔色。


 対して俺の手はもの凄く痛いけど、ジンジンしてちょっと泣きそうだけど、それでもここは我慢だ。



「んじゃ次は太ももに同じ力でチョップするからね。衝撃とか痛みに違いがあるか教えて?」


「えっ? 太もも!? ちょ、ちょっと待てロキ!」



 ――ビシッ!



「ひうっ!」



(さて、どちらだ?)



 そう思って顔を上げると、顔を赤らめてモジモジしているリルがいた。


「そ、そういうところを触るのはよくないだろう!?」


「あっ、ごめんね……どうしても素肌の部分に試さないといけなくてさ。で、どうだった? 感じる衝撃や痛みは違った?」


「それは当たり前だ! 素肌の方がちょっとだけ痛いに決まっている! でもほんのちょっとだけだぞ!」


「ほほぉ~」


 なるほどと思いながら正面の、やや筋肉質でありながら細く、白過ぎて血管の透き通った太ももを眺める。


 先ほどリルは、穴が開いた革鎧を性能値『6』と言い切った。


 この性能値とは武器なら攻撃力値、防具なら防御力値と考えておけばまず間違いないだろう。


 ということは、まだこの状態でもかろうじて防御力があるということ。


 だからどちらのパターンになるのかが気になった。



 胸部などの皮で覆われている部分には、数値『6』の防御効果があるという意味で捉えていいのか?



 それともステータス上の能力値とは別に装備ごとの―――今回で言えば数値『6』という防御力値が上乗せされ、それ一つで身体全体のダメージ判定が行われているのか。



 前者ならリアルそのままに、装備で守られていない部分に攻撃を加えられればよりダメージが大きいということ。


 後者ならゲームと同じで、装備の合計防御力値と素の防御力値で自身の合計防御数値が決まるので、どこに攻撃を加えられようがダメージが変わらないということになる。



(リルの反応を見ると、装備能力の数値化はされてはいるけどリアルっぽいな……)



 最も受け止めやすく、しかし、少しだけ残念な結果だ。


 後者なら限りなく小さく邪魔にならない軽量の盾で、俺自身の防御力や盾の付与を稼げたりできるんじゃないかと想像していた。


 レオタードやどう見てもただの布切れなのに、異様に防御力の高い最終装備だったりという、防御力と見た目性能のバランスがまったく取れていないあのパターンだ。


 だがリアルとなれば、よほど素材が特殊でもない限りは無理だろうな。


 全身を硬い鉱石で守れば相応に防御力が上がり、その分機動力、すなわち敏捷性がしっかり失われるという、ズルのしづらい展開である。




「今ので何か分かったのか?」


「うんうん。まぁそこら辺は道中時間もあるだろうし、移動しながら説明するよ」



 せっかく早く準備したのにこのままでは時間がもったいないと、リルはスキル入れ替えのために再度神界へ。


 俺は少し逡巡したのち、穴空き鎧を脱ぎ捨て、農民服に籠という懐かしのパルメラスタイルになって、リルと一緒に飛行ポイントを探す。


 防御力『6』という数値は、色々なハンターの装備を覗き見たリルの目からしてもかなり低いのだろう。


 それで付与効果も発生しない状態であれば、僅かに上がる防御力より、今回は脱ぐことによって大きく上がる機動力を優先する。




「うん。ここら辺なら人もいないし大丈夫そうだね」


 到着したのはマルタの西門を出て、そのまま北西に2km程度。


 街道から外れたその場所は赤土と岩が目立ち、人や動物の気配はまるでなかった。


「リステが飛べたのであれば私もすぐ慣れるだろう。たしか、魔力を放出するイメージだったな?」


「そうそう。手をスィーッっとね」


「ふむ。背中に羽をイメージすれば楽だな」



(ヤッバ……超絶カッコいいんだが?)



 センスの差とは如何ともし難い物がある。


 たかが数十秒練習しただけ。


 たったそれだけでコツを掴んだらしいリルは、根本部分がはっきりと視認できるほどのを魔力で作り出す。


 かつてリステが見せてくれた魔力の具現化――たぶんこれはその最高峰だろう。


 身体が離れるとかなり魔力は薄らぐが、それでもそのまま羽ばたくように動きながら上空へと舞い上がっていくので、なんとも悲しい気持ちを抱えながら俺もその後を、手をピヨピヨさせながらついていく。



(早ぇし、速ぇよ……)



 内心「さすが戦の女神様!」って褒めようとしたけど、褒めるとすぐ調子に乗ってさらに加速しそうだからなぁ……


 心の中で褒めつつ、二人揃って飛行の旅を開始する。


 場所の目星くらいはついておかないとどうにもならないので、昨日教会からの帰りに、ギルドのよくしゃべるおばちゃんから情報収集はしておいた。


 時間が無い時はあのガラガラなカウンターが助かってしょうがない。


「徒歩で4時間くらいらしいから、【飛行】なら1時間かからないくらいかな?」


「もっと飛ばすか?」


「無理無理! そうしたいのは山々だけど、俺そんな大きな魔力放出のイメージもてないもの! 途中でたぶん魔力尽きちゃうから、そしたら歩きでお願いね」


「難儀だな……ならば私が抱えてやろう。それならロキの魔力は使わずに飛べるだろう?」



「へ……? ふぁ……? ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおーッ!!」



 前が、見えない。


 それは強烈な加速や風のせいではない。


 リルは俺の背中にある籠が抱え込むには邪魔だと思ったのだろう。


 背後からではなく、一度下に潜って俺の正面から抱えられたので、俺は直後反転。


 方向的には上空を向きながら、しかし視界は全て鎧で完全補強された胸のみという、碌に景色を眺めることすらできないなんとも微妙な位置取りで高速移動を開始していた。


 頭部に感じる風の強さから、相当な速度で飛んでいることがなんとなく分かる。


 試しに『地図』と頭の中で呟いたら、俺の何十倍だよっていうスピードでマルタの北西に向かってマッピングが進行しているので、使用者によってここまで違うのかと、思わず心の内で感嘆の声を上げてしまう。



(……まぁ、いっか。話すべきことはいっぱいあったしな)



 景色を楽しむことができないならば、その分話に集中すればいい。


 そう思った俺は、リルと約束していたステータス画面から分かる追加情報や、昨日の模擬戦で使用した魔物専用スキル。


 あとは先ほど実験した装備の影響など、強さや戦闘に関わることを知っている範囲で話していく。


 リルの表情は窺えないが――


 それでも声は弾んでいるし、興奮しつつも必死にそれを抑えようとしている雰囲気がなんとなく伝わってしまう。


 だから敢えて、俺から伝えてあげよう。


 人に迷惑を掛けなければ、好きに楽しんで、時には興奮したっていいんだよ、と。


 俺は実家に寄生し、親に迷惑を掛けてしまった。


 リルは興奮のあまり加減を忘れてしまった。


 でも失敗して気付いたなら、そして自ら自発的に反省できるのなら、そこから修正すれば良い。


 その修正の結果が自分を抑え込むというんじゃ、この世界に来る前の俺のように、人生あまりにもツマらないものになってしまうからね。



(簡単に死んじゃう世界だけど……それでもやっぱり楽しいよココは)



 そんなことを内心思いながら戦闘談義に花を咲かせ、かなり予定より早く俺達はBランク狩場。


≪デボアの大穴≫へと到着した。

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