第138話 新事実

 翌日の朝、早過ぎてまだ従業員さんしかいないレストランで一人食事を摂る。


 俺としてはリルと一緒でもよかったけど、昨日の件もあって食事の同伴は辞退すると。


 あの食いしん坊女神様が言うのだから、本人も相当応えているんだろう。



『あなたは一度死にました』



 こんなこと言われたってなぁ……


 まさか死んで異世界転生ではなく、異世界転移してから死んで生き返るなんて、そんなパターンはありなのだろうか?


 時間の制限で神界にいる時は確認できなかったので、死んだことによる障害、後遺症のようなものはあるのかと、昨晩色々動いて確認してみたものの特に異常は見られない。


 今だってご飯は普通に美味いし、ステータスにも変化は見られず、それでも時間が経つほどどんどん不安になって―――


 思わず【神通】でフィーリルに確認をしたら、返ってきた答えはなんとも言えないものだった。



「私の【蘇生】はレベルが高いので大丈夫ですよ~………………たぶん」



 この間よ。


 最後にボソッと言われた、間延びしない『たぶん』に俺は思わず頭を抱えてしまった。


 おいおい、そりゃねーだろうと。


 そんな俺の気持ちを察したのか、それともわざとだったのか、緊張感のない口調でフィーリルは説明を続けてくれたわけだが……


【蘇生】で重要なのは死後、どの程度時間が経過しているのか。


 この時間と【蘇生】というスキルのレベルが全てのようで、一応<聖人>という職業が過去に使用した【蘇生】の後遺症事例として、記憶障害や味覚、嗅覚といった感覚障害、あとは人格障害――


 まぁ性格がガラッと変わるってことらしいが、地球でもありそうな脳のダメージで影響が出そうな事例はいくつか確認されているらしい。


 ただリルが原因で多少もたついたものの、俺の死後経過時間を考えればまず問題は無いと。


 その上で『たぶん』とどうしてもつけなければいけないのは、フィーリル自身が【蘇生】スキルを今まで使ったことがなかったから。


 死なない女神様達だけで暮らしていて、初めて【蘇生】スキルを使ったというのなら、そりゃそうかと納得するしかないだろう。


 また、説明の中には気になる言葉もあり、死ねば人間だろうが魔物だろうが、魂が身体から離れて無防備な状態で晒されることになる。


 人は天へ、魔物は地へ。


 引っ張られている魂を見つけ、無理やり捕まえて戻すのが【蘇生】というスキルになるため、俺が魂だけ神界へ運ばれるのと違って劣化しやすく、そう何度も同じ対象に【蘇生】なんてできるものではないという話だった。


 要はもうそう簡単に生き還ることはできませんよってこったな。


 そして前述の通り、本来であれば人の魂は天に還るはずなのに、なぜか俺の魂はフワフワとような動きをしていたらしい。


 フィーリルの予想では、この世界で生まれた人間ではないので、もしかしたら還る場所が分からなかったんじゃないか? と予想をしていたが――


 内心「俺ってこの世界じゃ異分子どころか魔物扱いなの!?」と驚いたのは言うまでもない。


 まぁ額に角生えたとか、皮膚が緑っぽくなったとか、そんな魔物チックな変化は何も起きてないので、気にしてもしょうがないんだけどね。



(感覚障害は色々試した感じだと問題無し。性格の変化も今のところ自分で感じるものはない。記憶は――何を忘れたかなんて当人が分かるわけもない……)



 地球にいた頃の自分を思い返せば、家族構成や仕事のこと、それに思い出したくもない嫌な記憶だってしっかり蘇ってくる。


 ならば気にするだけ無駄なんだろうな、と。


 リルがいないせいか、案内された二人席のテーブルを後にし、俺は自室へと戻った。




「おはよう」


「あ、あぁ……おはよう……」


 時刻はまだ朝の7時前。


 目の前に降りてきたリルを見ながら挨拶をする。


 時間は有限で、同行の約束が今日一日だけであれば、その一日を使ってフルに動く。


 そのつもりで少し早い集合をお願いしていた。


 しかし、堅いなぁ……堅いよ女神様。


 出発の準備をしながらチラリと見るその姿はやや俯き気味で、まだ相当な罪悪感を抱えていることが透けて見えてしまう。


 あんなことがあったのだから、気まずいのはお互い様。


 ならばこの空気を壊すのは被害者である俺の役目だろう。


「リル? 昨日ちゃんと謝罪は受けたわけだし、もう二度とやらないって誓ったんでしょ? ならもう気にしなくていいよ?」


「それでもだ……改めて目にすれば申し訳ない気持ちでいっぱいになる。それに――」


 リルの視線が向く先は俺のお腹。


 穴の開いた鎧が気になるんだろう。


 思わず鎧を労わるように、手で撫でつけながら穴を隠す。


「鎧を新調する時間もなかったしね。この状態で防具としての意味がどれだけあるのかは分からないけど……まぁ何も身に着けないよりはマシでしょ?」


「……」


 お腹と背中には丸い穴が開いてしまっているも、胸部辺りはちゃんと守られているんだ。


 それなら無いよりはあった方が良い。


 問題はこんな状態の鎧を着て外を出歩くことが、猛烈に恥ずかしいというくらいだろう。


 そう思っていたわけだが――


「ロキ、その鎧は付与付きだったか?」


「ん? 【魔力自動回復量増加】が付与されてるはずだけど?」


「そうか……少し待ってもらってもいいだろうか? すぐに戻る」


「えっ?」


 返事も聞かず、すぐ霧を纏い消えていくリル。


 そして戻ってくるなり俺の鎧を凝視し――



「済まない。その鎧はもう、防具としての意味をほぼ成していない」



 ――こんな言葉をぶつけられ、俺の頭が混乱する。


 そんなことは大きな穴が開いているんだから、一目見ればすぐに分かること。


 なのに付与の有無を問われたり、わざわざ神界に戻ったりと――どうもそんな単純な話ではないような空気感がリルから伝わってくる。


「……どういうこと?」


「私が今持ち込んでいるのは【鑑定】だ。そのスキルを通して見る限り、その鎧は『修復不可』判定が出てしまっている」


「それは、まぁ……そうなのかもしれないけど」


「そのせいで付与の効果は消えてしまっているし、性能値も僅か『6』まで低下してしまっている……すまない」


「………………は? ちょっ……えぇ!?」


 待て待て待て。


『6』ってなんだ!?


 これってかなり爆弾発言というか、超重要な内容じゃないのか?


 鎧が『修復不可』というのは、この穴の度合いを考えればある程度は覚悟していたこと。


【鑑定】ってそんなことも分かるんだとは思ったくらいで、そこまで驚くほどではない。


 付与効果についても同様だ。


 商業ギルドの褒章の件で、元から付与効果が【鑑定】で判別できることは分かっていた。


 その延長として、ほぼ壊れかけの装備では付与効果が発生しなくなるという、まぁショックではあるが、分からなくもない新事実を突きつけられただけである。


 しかし、性能値『6』というのはが別だろう。


 ここで『数値』の話が出てきたことに驚きを隠せない。


「『6』って、リルはこの鎧の性能値……つまり防御力数値が見えているってことだよね……?」


「そうだが?」


「ってことは――こ、この武器! この武器それぞれの見える内容を教えてもらえる!?」


 咄嗟に突き出したのは、腰に下げようと準備していた2本のショートソード。


 鎧が分かるなら、武器の数値だって分かるはずだ。


「片方は鉄素材か。性能値が『35』と出ている。状態に関しては何も無いから正常ということだろう。付与は【魔力最大量増加】。もう一つはシルバーとミスリルが混ざっているのか? そう出てくるが、性能値は『290』だな。付与は……変わった付け方をしたものだ。【魔力自動回復量増加】が二つになっている」


「……」


 リルが話す内容に思わず頭を抱え、言葉を失う。



(まさか、装備能力が数値化されていたなんて……)



 少なくともパイサーさんの店で売られている品物には、装備一つ一つの能力値なんて表示されていなかった。


 それにリルを含め女神様達は、ステータスやレベルなど、能力が数値化されていることに馴染みがなさそうな反応を示していた。


 だから俺は自然とその状況をとして受け止めていたが、装備一つ一つに性能値という数値設定があるとなれば、一気にゲームのような感覚に引き戻されてしまう。



「本当にすまない……できることなら神界で代わりの鎧でも作ってロキに渡してやりたいが、神界の物を下界に落とすというのは神界規約に―――」



 だまりこくっている俺を見て、リルは何か勘違いをしたのだろう。


 お詫びの言葉を並べているので、思わず俺はその言葉を遮る。


「そんなんじゃないんだって! これ凄いことだよ!? 俺にとって凄い発見なんだよ!?」


「?」


 思わず胸元から2つのネックレスを引っ張り出し、そちらもリルに【鑑定】してもらえば、あっさりと一つが攻撃力上昇『2』、もう一つが『3』であることも判明してしまった。


 なんで先日聞いた時は教えてくれなかったの? と問えば、答えは非常に単純。


【鑑定】のスキルレベルが初めから高いリルにとって、装備の能力値が数値化して見えるのは当たり前のことで、ハンター達の記憶でも出てくるアクセサリーの『微小』や『小』という表現では、どの程度の差があるのかなんてさっぱり分からなかったかららしい。


「ち、ちなみにリルの【鑑定】ってレベルいくつ?」


「10だが?」


「なるほろ……」


 これで【鑑定】のスキルレベル上昇は情報精度の上昇。


 その品をどこまで詳しく見通せるかで決定っぽいな。


 少なくともアクセサリーは、スキルレベルが低ければ『小』や『中』なんてザックリとした鑑定結果が出るも、リルのように高ければはっきりとした数値で能力値が出るってわけだ。


 そしてこの世界の住人に、【鑑定】のスキルレベル10到達者なんてほぼいないんだろうから、装備能力の数値化という概念も浸透していない、と。


 こうなるといったい何レベルから数値として見えるのかが気になるところだけど、ここら辺を女神様達に聞いても、「途中経過なぞ知らん」って答えが返ってくるだろうし―――


 ん~っ!!


 武器や鎧ならどうなるのかとか、気になることがいっぱいでモヤモヤするけど今は気にしないでおこう。


 凄く重要なことではあるけれど、結局はそういう結論になった。


 わざわざスキルポイントを使ってまで【鑑定】を上げるという選択がない以上、今あれこれ考えたってしょうがないだろう。


 上位素材を使えば能力値が高くなることは間違いないだろうし、さすがに【空間魔法】よりも取得優先度が高くなるということはない。


 ――となれば時間もないし、今のうちに確認しておきたいことは一つだけ。



(判定は、だ?)

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