第130話 戦の女神

 街中を少し探索し、夕刻の鐘が鳴り始めたら帰宿。


 通常の部屋は部屋食とはいかないので、1階の高級レストランとも言える場所で子供が一人、周囲から怪訝な視線を浴びながら食事を摂って自室へ戻る。



「はぁ~やっぱりこのくらいの部屋サイズが落ち着くなぁ」



 やや大きめなベッドと窓があるくらいで、他はマルタの初日に泊まった1泊5000ビーケの部屋とそう変わらない大きさ。


 その中で存在感を示すお風呂は、入口のすぐ脇に丁度一人分という可愛らしいサイズで備わっていた。


 俺の身体でもある程度膝を曲げないといけないし、洗い場は装備を乱雑に置くようなスペースもないが、それでものんびり風呂に入れるというだけで有難いことこの上ない。


 それにベッドへ倒れ込めば、やっぱり感じるちょっと高級感のあるお布団。


 さすがに最上階のベッドと比較するものではないけど、現代人が「余裕~」って思えるのだから、さすが一泊30000ビーケの部屋と言える。


 寝不足もたたってこのままでは寝てしまいそうだが……


 まずはやるべきことをやってしまおうと、詳細説明を確認しつつも先ほどリステから貰った【地図作成】スキルを使用してみる。


 すると。



(やっぱりマッピングね。オッケーオッケー)



 現在は画面のほぼ全てが真っ暗な中、中心の一部分に先ほど町を探索した成果が表れていた。


 ただ非常に残念なのは、あくまで【地図作成】を取得してからマッピングが開始されていること。


 ベザートやパルメラ内部はこの地図に反映されていないので、地図上に反映させたいとなれば一度戻らなければならないらしい。


 まぁそこは追々どうするか考えるとして、まずは地図の機能。


 拡大などが可能かどうかを確認していく。


 が――



(ダメだな。レベル1じゃ何もできないか)



 まぁ、それも納得だ。



【地図作成】レベル1 任意に地図を開くことができる 魔力消費0



 なんせ詳細説明がこれしか書かれていないんだ。


 地図画面を開くことがスキルレベル1で得られる効果になるんだろう。


 視線で拡大や縮小を意識したり、上下左右へのスクロールを試みてみるも、視界全面に映る地図画面には一切の動きがない。


 ただただ俺が現在いる場所が中心にあり、ほぼ点とも言える黄ばみがかった白色が表示されている。


 そしてその白色の表示は僅かに左右へ伸びているので、これが教会と宿との距離感ということになるわけだ。



(縮尺は――……んーさっぱり分からんな。明日ボイス湖畔に行く時の【飛行】でおおよその感覚が掴めるかな?)



 とりあえずは頭の中で『地図作成』もしくは『地図』と唱えれば、視界一杯にマッピング途中の縮図が現れ、自動マッピングは意識せずとも常時発動している。


 今はここまで分かれば十分だろう。



(あとはこいつかぁ……どうすっかな)



 テーブルに置かれたアクセサリーに視線を向ける。


 何か分かるかもと思ってアクセサリー屋で買った、攻撃力が『微小』上昇する二つのネックレス。


 この判別は購入翌日にすぐ終わり、悲しいかな、結果""が分かっていた。


 まずネックレスを身に着けても、俺のステータス画面にプラスの能力値として反映されない。


 これは武器や鎧も、そのものの能力値がステータス画面に反映されないことから、装備枠であればそういうものなんだろうと納得するしかなかった。


 では、着けて実際に体感できるほど何かが変わるのか?


 これが重要なわけだが、購入したのはどんなものかとお試しで買った『微小』なわけで……


 結局2個着けても何が変わったのかさっぱり分からず、なんとなく着けているだけ、というより着けていることすら忘れるレベルだった。


 アクセサリー屋で当初感じた『お守り』のような存在。


 その言葉がしっくりきすぎて逆に困るくらいだ。



(王都まで待って、付与を付けない能力上昇『中』がどの程度の値段なのか。そして体感できるほどの影響があるのか試してみてからの方が良さそうかな?)



 わざわざこの町の付与師まで調べてしまったけど、それでもかかった費用は10万ビーケ程度。


 それで焦って後々後悔するよりは、北上すれば王都があることは分かっているので、能力上昇『中』を実際使ってみてから判断すれば良い。


 マルタでできることは王都でもできるわけだし、忘れるほど存在感のないアクセサリーなら、それだけでBランク狩場の蟻討伐に影響を与えるとは思えないしね。



 ふぁあ~……


(眠い……寝てしまう前に連絡だけしておかなくては……)


 目をこすりながらも【神通】を使用してリガル様へ連絡を取る。


「ロキ君待ってましたよアリシアです!」


「あ、アリシア様。リガル様はいますか?」


「えっ! 私は……?」


 そういえば今日はアリシア様の番だったと気付くも、世間話ではなく用があっての連絡だからな……


 今回は少し我慢してもらうしかない。


「いるぞ? どうした?」


「アリシア様すみません。今日はリガル様がいつ下界に【分体】を降ろすのかの相談事でして……」


「そ、そうですか……」


「ふむ。いつでも問題無いが、ロキの都合はどうなのだ?」


「こちらは今日だとすぐに寝てしまいそうなので、明日の狩りが終わった後、夜なら大丈夫ですよ」


「了解した。では明日の夜に降りるとしよう」


「分かりました。皆さんなんだかんだでこちらのご飯食べてますけど、リガル様も食べてみます?」


「そうだな……一度くらいはどのようなものか経験してみるか」


「でしたら――今より1時間くらい前に降りてきちゃってください。今いるこの部屋をポイントにしてもらって大丈夫なので」


「分かった楽しみにしているぞ」


「あ、あとリステはその後大丈夫ですか?」


「あぁ。寝込んではいるが、固有最上位加護を使えば私でも同じようになるからな。女神が体力の消耗で死ぬことはないから安心しろ」


「良かったです。それじゃ明日、宜しくお願いしますね」


「こちらこそ宜しく頼む」


 ふぅ。


 これで今日やるべきことは一通り終わった。


(本当はお風呂に入りたいけど、朝も入ったし……)


 そんなことを考えながらベッドでモジモジしていたら、俺は普段よりもだいぶ早い時間帯。


 夜の8時過ぎには眠りにはついてしまった。




 そして翌日。


 鐘の音が鳴る前に目覚めた俺はのんびり朝風呂を満喫し、まだ従業員さんしかいない、開店直後とも言える宿内のレストランで朝食を摂ったら早々に狩りへと向かった。


 特筆すべきことなど何もない。


 俺専用の楽園とも言える湖の入口反対側に直接降り立ったら、あとはひたすら目につく魔物を狩り倒す。


 ただそれだけだ。


 籠は石柱を利用して魔物に荒らされないよう高く上げておいたが、以前と違って籠に用があれば追加の石柱を生成しなくても【飛行】で全てが解決する。


 適度に場所を移しながら狩って狩って狩りまくり、途中で籠が完全に埋まってしまったらより換金効率がよくなるよう、討伐部位を捨てて魔石だけを放り込み――


 最終的にはほぼ籠の中身は魔石だらけという、筋力が付いた今の俺でもかなり腰に来る重さになったところで引き上げる。


 この世界の【飛行】とはほぼ無重力と言っていい。


 その証拠に浮いた途端、籠の重みをまったく感じなくなる。



「ハンターギルドまで直接飛びたい……クソ重たい籠を背負って街中を歩きたくない……」



 まだそこまでやらかしてはいけないと思いながらも、願望だけは口から零れ落ちる。


 飛行機の窓から見える景色とは少し違う、灯りの全く無い漆黒だけの世界を眺めるのは暇だと、ステータス画面を見て明日の計画を立てつつ、地図を眺めながらマッピング状況を確認しつつ、俺は約12時間という長い狩りを終えてマルタの町へと帰還した。



 換金が終わり宿に戻ると、俺の中でもう支配人になっている老紳士を発見したので声を掛ける。


 本当は狩りへ行く前に伝えたかったが、このおじいちゃんもさすがに早朝からカウンターにはいなかった。


 たぶんシフトで言えば遅番なんだろうなと思いながら食事について確認する。


「こんばんは~」


「おやロキ様、お戻りですか」


 このおじいちゃんは色々と鋭そうなので、本当はあまり名前を知られたくなかった。


 が、リステがロキ君と呼んでいるのを聞かれてしまい、そこからは名前で呼ばれるようになってしまったのだ。


 身形からして、俺がハンターということももう分かっているんだろうな。


 それでもこれだけ丁寧な対応をしてくれるのは、さすが支配人(たぶん)である。


「えぇ今日も頑張ってきましたよ。それで唐突なんですけど、今夜の食事を二人分頂くことは可能ですか? もちろんお金は別にお支払いします」


「それは構いませんが……あ、あのお連れ様がお戻りになられたのですか?」


「いえいえ、別の方ですよ」


「そうでしたか。当館の食事は宿泊される方以外にもご利用いただけますのでもちろん構いませんよ。お食事のみであればその場で精算とさせていただきます」


「おぉ良かった。ではのちほど伺いますね」


 おじいちゃんはリステじゃないと知って、あからさまに安心した様子を見せている。


 そんなに怖いのだろうか?


 超が付くほど優しいというか、逆に優し過ぎてダメ男製造機になっている気配すらあるのに。



 風呂に入って汗を流し、部屋着に着替えれば準備万端だ。


 そろそろかな? と思いながら手帳に情報を纏めていると、恒例の霧が俺の真横に出現する。


(いつ振りかな? 神界で会ったのは俺が魔物のスキルを得られると知った時だから……ルルブに行く前。もう1ヵ月半くらい前になるのか?)


 そんなことを思っていると、霧が凝縮し、突如として目の前に現れる一人の女性。


「お久しぶりですリガル様」


「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


 サラサラのストレートな長い金髪。


 翡翠のような綺麗な瞳。


 リステよりもさらに高い、見上げるほどの高身長。


 そして、明らかに質が違うと分かる高級感溢れる鎧……鎧!?


「ちょっ!? 鎧着たまま来たんですか!?」


「それは当然だろう? 私の正装であり普段着だからな」


 いやいや、正装で普段着って結局どっちだよと内心突っ込みながらも、どう考えても場違いな格好をしてくるリガル様に頭を抱える。


「ん?……ってか、靴履いてるし!」


「何を言っているんだ? 鎧を着ているのに素足なわけがないだろう」


「えぇ……そりゃごもっともなんですけど……」


 くっそ……


 過ぎたことだからしょうがない。


 が、最初に降りたリアはまぁしょうがないにしても、フィーリルやフェリン、リステも狙って靴を履いてこなかったに違いない。


「とりあえずですね。鎧着たままだと座りづらくありません? ご飯食べる時って座るんですよ?」


 鎧をよく見れば、某戦闘民族が着ている戦闘服のように、お尻や股間部分に謎のピラピラが付いている。


 このままでは高級であろう椅子を貫通してしまいそうで不安しかない。


「問題無い。この鎧は神界産だからな。このように柔らかいのだ」


 そう言ってピラピラを持つと、グニーッとまるでゴム素材かのように曲げてみせるリガル様。


(す、すげぇ……俺の革鎧よりも遥かに柔軟性あるじゃん!!)


 謎の素材に魅了され、思わずその鎧に近づく俺。


 女神様達との距離感がおかしくなっているので、この行為がおかしいとも思わない。


「この鎧、凄いですね……」


「ハハハッ! 戦の女神に相応しい鎧だからな!……ってロキ!? ちょっと待て!」


 コンコンコン。


「うおっ! ほんと凄い……どんな素材なんです? 叩けば硬いのに自由に曲がるとか……おまけにちょっと伸びるし! こんなメリットしかなさそうな素材があったら俺も欲しいんですけど!」


「いや、だから待てと! コラ、捲るな!」


「えっ?」


 しばし考え込み、そして状況を理解する。


(なるほど……今目の前にあるのは、リガル様の尻、だな)


 後ろから謎のピラピラを捲り上げていたため、その下に衣類は着ているものの小振りなお尻がドアップになっていた。


 これではまるでスカート捲りをしているよう。


 端から見たら、しゃがみ込んで尻を鑑賞しているただの変態である。


「ごっ、ごめんなさい! こんな凄い素材見たことも聞いたことも無かったので、ついつい俺の興味が限界突破してしまいました!」


「ま、まぁその気持ちも分からんでもないが……」


 その後もリガル様は小声で「ロキがスケベというのはこういうことか?」と失敬なことを呟いているけど、その点は事実だから何も言えない。


「お、お詫びにいくらでも食べていいですから! ささっ、行きましょう! ご飯食べに行きましょう!」


 もうこうなったら無制限奢りで解決するしかない。


 まるでコバンザメのように、手もみしながらリガル様の周りをウロチョロと。


 鎧をヨイショしまくりながら俺達は食堂へと向かうのであった。

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