第131話 手のかかる騎士様

「ほう。これが人種の食事か」


「ですね。その中でも高級な部類だと思います。あと人種とか言わないようにしてくださいね。自分達のことを人種なんて言いませんから。……バレますよ?」


「そ、そうだな失礼した」


 目の前には5種類ほどの大皿料理に、スープやサラダ、大きめの籠に入った大量のパンが並べられている。


 もちろんグラスに入ったワインもだ。


 当初はこんな予定ではなかった。


 好きに食べて良いとは言ったが、俺が朝食の時に座ったような二人掛けのテーブルに座り、メニューからとりあえず選んで足らなければ追加オーダー。


 ゆっくり食事を楽しみながら今後の予定を聞くという、現代風居酒屋みたいなことを想定していたのに、カウンターの前を通ったら大きく事情が変わってしまった。


 正確にはあの老紳士だ。


 カウンターの横に立ってロビーを眺めていたおじいちゃんは、俺に気付くと会釈したのち、リガル様を見て表情が固まっていた。


 その後も視線はリガル様を追いかけ、俺達が食事処に向かっていると判断するや否や、物凄い早歩きで俺達を追い抜き、そして自らが案内を務め始めてしまった。


 その結果が奥まった場所にある、総勢20名くらいは座れそうな長テーブル。


 その中央になぜか二人だけで座らされるハメになり、食事もメニューすら渡されず勝手に運ばれてくる始末。


 本当にあのおじいちゃんは何者なのだろうか?


 そして眼前の料理は、果たして普通のお味なのだろうか?



 たぶんリガル様のこの身形からして、どこかの国の騎士様とでも思っているのだろう。


 リステが姫様や貴族という想定なら、リガル様は護衛を任されたその国の偉い騎士と判断されてもおかしくない。


 そうなると俺はいったいなんなんだって話だけど……


 どこかでおじいちゃんは俺達を見ていそうだし、必要以上に意識されているなら一つのボロでマズい事態になる可能性が出てくる。


 だからこその""だ。


 リガル様は警戒心が薄そうなので、早めに釘を刺しておかないと俺まで巻き添え食らっての大惨事になり兼ねない。


「ささっ、たぶんここの支配人さんが気を利かせてくれたんだと思いますし、とりあえず食べましょう?」


「そうだな」


「では乾杯」


「?」


「これは俺のいたせか……まぁ、なんというか風習です。お酒も有りの食事をする時は最初にグラスをコンッとやるんですよ」


「分かった。では乾杯だ」


「乾杯」


 今日は初日だし、一杯くらいはとグラスに口を付け、その後少し悩みながらもリガル様の様子を見る。


 本当は俺が最初に何か食べて、あの香辛料大量料理なのかを判別した方が良いんだろうけど……


 見た目がそれっぽくないのと、なんとなく俺から口を付けるより、リガル様が最初に口を付けた方が体裁的にも良いだろうと思っての判断だ。


 リガル様は視線をウロウロさせながらも肉料理にロックオンされたようで、そのまま大皿に向かってフォークをブスッと豪快に突き刺す。


 そして齧り付くように一噛みした途端、目を見開いて固まっていた。


(あら? もしかして香辛料爆弾の方だったか……?)


 そう思ったのも束の間。



「美味いな……人……民はこのような食事を普段摂っているのか……」



 この言葉を聞いて俺は安堵する。


 香辛料爆弾じゃないこともそうだが、リガル様が人間の食べる料理を気に入ってくれたんだな、と。


「リガル様。この大皿から直接食べるのではなく、その横にある小皿に食べたい分だけ取ってください。一応それがマナーですね。俺がいる時は取ってあげますから」


「そ、そうか。では頼む」


「この肉料理がお好みっぽいですけど、一応他のも一通り分けますから、お代わりしたくなったら言ってくださいね」


「うむ」


 そこからはセコセコと。


 取り分ける度に皿を綺麗にしていくリガル様に合わせて新しい皿を用意しながら、合間を縫って自分の口の中にも放り込む。


 うん、明らかに昨夜一人で食べた夕食より美味い。


 パン一つとっても違いは明確だが、今回は先ほどのお詫びも兼ねているからな。


 みるみる減っていく料理を見つめながら、足らなければ追加するまでとお財布の覚悟を決めておく。


「足らないようなら言ってくださいね~追加で頼みますから。あと飲み物も興味があるものを好きに飲んでもらって構いませんからね」


「想像以上に美味しくて夢中で食べてしまったが……良いのか?」


「問題ありませんよ。先ほどのお詫びなんですから」


「そうか……では、これをもっと食べたい」


「最初の肉料理ですね。見ていると――リガル様ってお肉が好物ですよね?」


「そうだな。見ていると無性に食べたくなるのだ」


「ははっ、じゃあ肉料理をいくつか頼みましょうか」


 その後、まるで専属かのように視界の隅で立っていた従業員さんへメニューを頼み、その中からお勧めの肉料理をいくつか頼む。


 そしてリガル様はワインを、俺は果実水を注文し、ただただ豪快に食べ進めていくリガル様を眺める。


(体は痩せていそうなのに凄いなぁ……見ていて気持ちの良い食べっぷりだ)


 お世辞にもマナーが宜しいとは言えない、まるで子供が好物を食べるような無心の食事。


 だが今まで食事を摂る必要も、その習慣もなく、かといってリステのように人の記憶から下界を勉強していたわけでもなければこれはしょうがないことなのだろう。


 そんなことよりも、今は折角の下界観光なのだからボロを出さない程度に満足してほしい。


 そんな思いで食事風景を眺めていると、どうやら満足されたようでリガル様の手が止まった。


「ふぅ。もう入らないぞ。大満足だ」


 口の周りを少し汚しながら、お腹をポンポンと叩いて満足そうな笑顔を向けるリガル様に俺もホッコリする。


「それは良かったです。では一度部屋に戻りましょうか。その方が話しやすいと思いますから」


 本当は紙ナプキンでもあれば良いんだけど、この世界にそんな当たり前のものは存在しない。


 しょうがないとばかりに、俺の袖で口を拭いてあげてから席を立つ。


「精算はこの場でと聞いていたのですが、カウンターで払えばいいですか?」


 専属っぽい従業員さんに聞くと


「いえ、支配人からロキ様は宿泊代と纏めてのご精算にと仰せつかっておりますので、この場では必要ありません」


「え? そ、そうですか……」


 これであのおじいちゃんはほぼ支配人確定だろうな。


 おまけにリガル様をかなり意識してることが分かる。


(はぁ~あの部屋のままで良いのかな?)


 そう思いながらも気配の感じない後方へ振り返れば。


 肩をプルプルさせながら下を向き、椅子に座ったまま動かないリガル様の姿があった。





 部屋に戻った瞬間、叫び声が木霊する。


「ロキ! 私は子供ではないのだぞ!?」


「それは分かってますよ。あともう寝入る人もいそうな時間帯ですから、大声で叫んじゃだめですよ」


「む? それは済まな……って、まただ! 私は子供みたいな扱いを受けている気がしてならない!」


「それは勘違いです。リガル様はこの世界の立派な女神様でしょう?」


「ほ、本当にそう思っているのか……?」


「もちろんです。【神通】で話していた時も、たまに良いこと言ってたじゃないですか。ただいくらリガル様といえど下界には慣れていない」


「た、たまに……まぁそうだ。その通りだな」


「そして下界には下界なりのルールや常識がある。これはお分かりですよね?」


「もちろんだ。神界にだってルールがあるからな」


「だから下界生活では幾分か先輩の俺が、分かる範囲でリガル様に教えているわけです。その理由は分かりますか?」


「ん? んー……分からん」


「それはリガル様が舐められないようにするためです」


「ッ!?」


「先ほど俺が拭かなければ、リガル様のお口はベタベタのままでした。そんな状態で人の多いロビーに出たらどうなります? リガル様が笑われちゃうかもしれないんですよ?」


「なるほど……それを未然に防いでくれたというわけか」


「そうです。先ほどの大声だって、最悪は『煩い!』と部屋に怒鳴り込まれるかもしれません」


「な、なんだと……?」


「部屋の中では静かに、隣の人に迷惑を掛けないようにする。これも人の常識であり暗黙のルールなんですよ。人は必ず寝ますから、それを妨げられるとなれば怒るのは当然なんです」


「そういうことか……勉強になるな」


「なので下界のルールは俺が教える。その代わり世界のルールはリガル様を含めた女神様達が教えてくれる。ね? バランスが取れているでしょう?」


「ふむ。さすがロキだな。納得がいった」


 うん、自分でも何言っているのかよく分からなかった。


 営業の時によくやった、"とりあえず勢いと雰囲気に任せてゴリ押し"をしただけだ。



 リガル様は凄く素直というか、真っ直ぐな棒のように一直線な性格をしていると思う。


 その一直線の先はほぼ戦いのことで埋め尽くされているんだろうから、他の女神様達に比べて子供っぽい雰囲気があるのかもしれないけど……


 だったら恥をかかない程度に修正、フォローする。


 それも俺の役目なんだろうなと自然に思ってしまう。


 そしてそのお礼に強さと関係する何かを教えてもらえたらラッキーってなもんだ。



「さてと、それじゃとりあえず予定を確認していきましょう」


 俺が備え付けの椅子に座るとリガル様も座ってくれるので、そのまま話を進める。


「まず滞在は他の女神様達と同じように1週間くらいですか?」


「あぁその予定だ」


「食事はどうします? 興味があるならお供しますし、そこはお任せしますよ」


「できればもっと色々な物を食べてみたいな」


「了解です。それじゃ昼は狩りで出かけちゃってますので、朝と夕は時間が合えば一緒に食べましょう。あとはー……リステの引継ぎでここ、マルタの転移者探しが目的で大丈夫ですよね?」


「その通りだ」


「ちなみにそれ以外にしたいこととかあります?」


「あるぞ。ロキの現状の強さを確認しておきたい。あとは魔物専用のスキルを見てみたいし、何かこの世界の基盤となるルール、ロキしか知り得ないステータス画面とやらの情報に進展があったならば聞かせてほしい」


「なるほどなるほど……見事なまでに戦いとか強さ方面に偏ってますね」


「私は戦の女神だからな! ハハハハッ!」


「リガル様、特にそういう危険な言葉は静かにです」


「しまっ……済まない」


「俺も現状自分がどの程度の強さなのか知っておきたいですし――そうですね。明日は目標があるので終日狩りになると思いますけど、明後日は別の狩場の関係で情報収集に充てる予定です。なので明後日リガル様のやりたいこともやっていきましょうか」


「了解した。それが一番楽しみだったのだ」


「その代わり、俺もリガル様に聞きたいことがありますので、そこは協力してくださいね」


「ん? それは私に答えられることなのか?」


「たぶんリガル様じゃないと答えられないことだと思います。リステがリガル様に聞いた方が良いって言ってたので」


「そうか。ならば構わない」


「あとは――……あっ、リガル様ってもしかして、その格好のままマルタの町をウロウロするんですか?」


「当然だろう」


「……リガル様、ちょっと立ってもらえません?」


「ん?」


 首を傾げながらも立ち上がってくれたので、俺も少し距離を離し、幾分遠目からリガル様の全体像を眺める。


(うーん、これ絶対ヤバいよなぁ……)


 危険度で言ったらリステ以上だ。


 リガル様はあの神々しいオーラを放っているわけではないが、この高身長に他の女神様達とはまた違う系統の際立った美貌、そして目立つ鎧の着用とくれば、超が付くほど目立つことは間違いない。


 一見すればハンターになるんだろうが、それこそトップ層のSランクハンターに見えてしまう。


 そんなSランクハンター風なお方が、この町をウロウロしていること自体に違和感がある。


 それに神像の中で一番目立って印象に残るのは間違いなくリガル様だ。


 この世界に来た当初の時も、俺が記憶に残ったのはリガル様だけだった。


 一人だけ格好が異質だったんだから、この世界の住民だってその可能性が極めて高い。


(ハンターは教会に足を運ぶ率が高い。そのハンター達に認知度抜群のリガル様がこの格好のまま町を歩くとなると――うん、こりゃ自殺行為だ。絶対怪しまれる)


 リステの考えなら怪しまれるだけはセーフなんだろうけど、リガル様のことだから街中で万が一「リガル様ですか?」なんて聞かれたら、「そうだが?」って平気で答えてしまいそうな気がしてならない。


 こりゃアカン。


「リガル様。緊急事態です」


「な、なんだ?」



「このままでは絶対にリガル様が女神であることがバレると思います。拘りは分かりますが、せめて普通の服を着てください」

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