第129話 地図作成
時刻はもう夕方。
部屋移動を済ませ、ラフな格好のまま先ほど見えた方面へ向かってみると、ベザートと規模は同程度の教会が見えてくる。
しかし人の出入りはベザートよりも多い。
商人然とした出で立ちの男女が行き来しており、なぜか一番教会に用がありそうなハンターの装いをした者は見当たらない。
しかし疑問を感じながらも教会の中に入れば、その理由はすぐに判明した。
(へ~さすが大都市だな)
中央に立つ神像の数は二つのみ。
このことから、マルタには女神様に合わせて複数の教会が存在するのだろうと予想が付く。
当初は雑な作りの神像を見たって誰が誰なのか判別もできなかったが、今なら中央の像が「リステ」と「フェリン」であることはすぐに分かった。
道理でハンターっぽい者はいないわけである。
そして内心、ここでフェリンかぁと思わずにはいられない。
いくら『俺の共有』ということで話が通っていると言われても、それはそれだ。
リステとの仲が一気に進んでしまった分、神像とはいえフェリンにはどうしても気まずい感情が出てきてしまう。
「何か御用でしたでしょうか?」
「あっ、入り口に立ち尽くして邪魔でしたよね。リステ様へ祈りを捧げたかったのですが」
話しかけてきてくれたのは若いシスターさんだ。
どう見ても可愛い部類の女性だろうに、もう俺の心は波立つこともない。
良く言えば余裕がある、悪く言えば贅沢者になり過ぎたことを自覚する。
「そうでしたか。ではこちらへどうぞ」
そのシスターさんについて中央の通路を歩いていくと、手を左に向けられここで順番を待つようにと言われた。
長椅子に座っているのは4人ほど。
右側に像があるフェリンの方を見ればそちらは1人だけなので、内心神界に行けばどっちに並んでも変わらないんじゃ? とは思うも、初めてのパターンなので言われた通り素直に並ぶ。
すると、一人、また一人と長くて20秒程度のお祈りが終わって抜けていくのだが、時間帯のせいなのか、俺の後ろにも人が並び始めてしまっていた。
(こりゃ長くはいられないぞ? いけて1分程度か?)
そんなことを考えていたらとうとう俺の番となり、神像の前にある円の中に入って跪く。
(リステ、聞こえてるかな? 教会に来たよ)
すると待ってましたと言わんばかりのタイミングで、俺の魂は身体から離れていった。
「お待ちしておりました」
「やっほー!」
「お会いしたかったですよぉ~」
目を瞑っていてもこの声だけで誰かが分かる。
「フェリンもフィーリルも久しぶり……っていうほど期間は空いてないね」
目を開ければ俺の中で"温厚組"とされている3人。
もう女神様達のローテーションはこのパターンなんだなと理解する。
「あれ? ロキ君なんかゲッソリしてない? ご飯ちゃんと食べてる?」
「え゛?」
フェリンさん、早々過ぎます……
いきなりの鋭いツッコミに、思わずよく分からないところから声が出てしまった。
なぜかその横ではフィーリルがニヤニヤしている。
「お、おかしいな~さっき焼き鳥食べてきたんだけどな~ははっ……」
「ロキ君も色々と忙しいんですよ~色々と~」
「そっか。ちゃんと食べないとダメだよ? それに目のクマも凄いし、あまり寝てないでしょ!」
はぐぅあ~心が! 心が痛いっ!!
それでもさすがに本当のことは言えないよ。
言えばこの場がどんな空気になるのか想像もできない。
なのに――
空気が読めないのか、それとも敢えて壊しに掛かっているのか分からない人がぶっこみをかける。
「ロキ君を責めちゃダメですよ? 私のために寝不足になってしまっているのですから」
「え?」
「ん~?」
「え゛え゛!?」
その言葉で、ピキーンと。
場が凍り付いた気がした。
「あらあら~? あらあらあら~?」
「どういうこと?」
「言葉の通りです。ロキ君の喜ぶ顔が見たくて私が一日中―――」
「ちょっ! ちょっちょまちゃられぇえええい!!」
自分でも何を言っているかは分からない。
だが、これ以上はいけないんだ。
いくら共有の話がされていたとしても、そこはせめて当事者のいない時にでもやっていただきたい。
そんな赤裸々告白の場に居合わせたら、恥ずかしくて俺の心と頭皮が死んでしまう。
「俺の後ろにもお祈り待ちで並んでいる人がいるからね! 時間が無いよ時間がっ!」
「……たしかにこの時間だからちょっと混んでるけど」
「まぁいいんじゃないですか~? ただのお祈りですし~」
「ちょっとそこっ! 信徒さん達は大事にして!!」
「せっかくロキ君がどれだけ可愛かったかを自慢しようと思ったのですが……しょうがないですね。それはまたの機会にしましょう」
言ってるし……さりげなくちょっと言ってるし……
その言葉にフィーリルはなぜか舌舐めずりし、フェリンは首を傾げながら、視線が俺とリステを行ったり来たりしている。
「では、始めましょうか」
そう言って一歩前に出たリステの姿は、まさに高貴なる女神様といった感じだ。
数時間前まで見せていた顔とはまったく別物で、思わず背筋が伸びてしまう。
「与えた後だと会話もままなりませんので、先に簡単な説明をさせていただきます。これから形式上は『導者』の加護を、実際には【地図作成】のスキルだけをロキ君に残します。ここまでは良いですね?」
「うん大丈夫。アリシア様の時と同じ流れだよね?」
「その通りです。お渡しするスキルレベルは1。本当はその後にスキルレベルも上げてあげたいのですが――」
「ちょっとリステッ! それはさすがにマズいよ!」
「えぇ、分かっています。神界のルールを破るわけにはいきませんから、【地図作成】スキルを今後伸ばしていくかどうかはロキ君にお任せします」
「ちなみに、スキルレベルを上げるとどう変わるかは分かる?」
「細かい点までは把握できておりません。ただ、私と他の者との差を考えると――」
そう言ってリステが視線を横に逸らすと、その先にいたフィーリルとフェリンがヒントとも言える情報を教えてくれる。
「私はレベル5ですけど~多少の縮小拡大ができる程度、あとは地域名称を少し加えることもできるみたいですね~地図がほとんど埋まっていなくて使い物になりませんが~」
「私も同じでほぼ真っ暗なままだよ! 今まで下界に【分体】降ろすなんてこともなかったしね!」
なるほど……ということは地図作成とは言葉通りで、マッピングして自分で地図を作り上げるってことか?
"
個人的には全ての穴を消してフルコンプさせたいと思ってしまう。
「私は皆よりもさらに拡大した内容が見られたりしますね。遥か昔は木々の葉が風でそよぐ景色も見られたはずですが、皆にスキルを分け与えていたらいつの間にか見られなくなってしまいました」
「え?……それ、めっちゃ凄いことだよね……?」
リステの言っていることって、まさかのリアルタイム俯瞰じゃないのか?
ある意味地球の衛星画像よりも優れている気がするけど……
というか、今までに【分体】を降ろしたことがなかったリステは、どうやって当時その景色を見ることができた?
分かったようでいまいち繋がらない部分も出てきてしまう。
「リステもフェリンやフィーリルと同じで、【分体】を降ろした場所だけ地図が表示されているんだよね?」
「いえ。私だけは【地図作成】という特殊スキルを任されたこともありましたので、最初からこの世界の地図が完成されておりました。ただロキ君の知りたい町や国については後からできたことなので、私もあることが分かるくらいで詳しい名称などは分からないですけどね」
「私達が下界を見る時は特有の能力使っちゃうしね~【地図作成】って女神が使うことはまずないからよく分からないよね!」
「ふむふむ……ってことはあれかな? 一度マッピングしたエリアは地形変動や新たな人工物の建造とか、リアルタイムで更新されていくってことかな?」
「「「(コテッ?)」」」
グハッ!!
目の前の三人が一斉に首を傾げる姿は猛烈に可愛いけどさ!
正直なところ、話を聞いただけではよく分からないことばかりだ。
リステの言うことをそのまま飲み込めば、一度マッピングした場所なら後から町ができようが山が消し飛ぼうが、それがそのまま地図に反映されることになってしまう。
そして倍率が上がれば、特定のポイントの人の動きとかまで分かるということか?
地球じゃ有り得ないことだけど、まぁ考えてみたら今話している内容もスキルという一種の魔法のようなものだ。
地球の地図を想像したところで、想定外の要素なんざいくらでも出てくるだろう。
リステが既に世界図を把握しているなら、分かる範囲の町の配置なんかを聞いて書き写せば旅は円滑に進みそうなもんだが――
それは邪道、だよなやっぱり。
せっかく世界の発展を願って、リステが俺にこのスキルを与えてくれたんだ。
仮にその作業ができたとしたって復活する1~2ヵ月後とかの話だろうし、それならば俺はマッピングをしながら、移動先で自ら情報収集しつつ次の目的地を探していくのが本筋ってもんだろう。
その方が俺の好きなRPGっぽいしね。
「うん。分かったようで分からない部分もあるから、あとは使いながら試してみるよ。マッピングして埋めていく作業なら個人的に好きなことだから、たぶん頑張れると思うよ!」
「ふふっ、さすがロキ君です。期待していますよ」
そう言ってさらに俺に近づいたリステは、俺の頭上に手をかざす。
「それでは、いきます」
その言葉から一拍後――――
『【地図作成】Lv1を取得しました』
アナウンスが視界に流れたと同時に、リステが俺に覆いかぶさってくる。
「リステッ! 大丈夫!?」
「すこ、しだけ……抱き……抱えて、いて……くだ、さい……」
「もっ、もちろんだよ! ありがとうね? 俺、頑張って広めるからね?」
「は、い……」
アリシア様の時にも思ったが、やはり固有最上位加護を与えるというのはどれだけ大変なことかがよく分かる。
元から白過ぎるくらいだったリステの肌はやや黄土色が混ざり、額には大粒の汗が浮き上がって非常につらそうだ。
とてもじゃないが、俺から最上位加護をくださいなんて言えるようなものではない。
そんな状況になってまで俺に託したリステを思わず抱きしめてしまう。
が―――
このやり取りを冷ややかな視線で眺める者が二人。
「リステ~? つらいのは分かりますけど、そんなロキ君に近寄らなくてもできましたよね~?」
「絶対抱きかかえてもらうことを計算に入れてた……ズルい……」
「……え?」
た、たしかに。
アリシア様の時はこんな近くでやらなかったような気もする。
なんかちょっと距離の離れたところで、手を広げながら何かが漏れそうな感じで唸っていたはずだ。
でも……まぁ。
「俺は嬉しいからね? 気にしなくていいからね?」
「やっぱ、り……やさ、しいで……すね……」
そう言ってゆっくりと俺の頬にキスをするリステ。
その光景に一人の悲鳴が聞こえ、もう一人が俺になぜか近づいてくるが、その途中で意識が身体へ戻ってしまった。
(なんか、最後にゴン! って聞こえた気がするけど大丈夫だろうか)
そう思いながらも立ち上がって振り返れば、いつの間にか増えた10名ほどの殺気立った視線が。
(どんだけ祈ってんだよコラ!)
こんな声が一斉に聞こえてきそうな雰囲気に、俺はスゴスゴと頭を下げながら教会を後にした。
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