第125話 楽園
(はぁ~ここの狩場は最高だな。人気があるのも頷けるわ。ってか、人多過ぎだわ)
ボイス湖畔初日の昼時。
一旦乱獲を止め、湖の脇で獲れたてのマッドクラブに噛り付きながらも心の中で呟く。
(蟹は美味いし、魔物はどれも優秀なスキル持ちだし――って、そこは俺だけの問題か。さてさて、それじゃあカエルの味はどうかな?)
目の前には焚火が。
そして枝に刺さったアンバーフロッグの足が焼かれていた。
こいつだって食用だ。
日本にいた頃はカエルを食べるなんて発想を持つこともなかったが、郷に入れば郷に従え。
この世界の人達が好んで食べているなら、俺だってチャレンジくらいはしておくべきだろう。
そう思ってフライドチキンなぞ比ではない、こんがり焼けた30cmはありそうな足にかぶりつく。
「おほっ! 例えで出てきた記憶のある鶏肉っぽいけど、こんなコッテリしているものなのか……?」
真っ先に味から連想したのはデカいぼんじりだ。
火にかければ油が滴っていたし、想像していたさっぱり淡泊な味わいとは違った印象を受ける。
もちろんこれは良い意味でだな。
この若い身体は油を求めているので、片手には生の蟹。
もう片手には質の良さそうな油っぽさがある巨大焼き鳥と思えば、ここはちょっと高級な居酒屋か? と勘違いしてしまいそうになる。
(うん、これは明日から絶対に塩を持ってこよう。アンバーフロッグもお土産に持って帰りたいところだけど、これは焼かないといけないしどうするか……)
そんなことを考えていたら、前方からお兄さんとおじさんの中間地点にいそうな男性から声を掛けられた。
「なぁ坊主、ちょっと良いか?」
「ふぁい……モグモグ……なんでしょう?」
「そこら辺に転がっている魔物はいらないのか?」
辺りを見渡せば、俺が倒したアンバーフロッグとマッドクラブがゴロゴロと転がっている。
ここで狩り始めてから2時間が経過した頃にはかなり混み合っていたが、皆この死んでいる魔物に手を出していいのか悩んでいる様子だった。
当初は捨てられていれば勝手に持っていくかな? と思っていたけど、余計なハンター同士のトラブルを避けるためなのだろう。
粗暴な見た目とは裏腹に、人の獲物には手を出さないというルールをきっちり守っているようで感心してしまう。
「魔石と討伐部位が無い状態でもよろしければ、好きにしてもらって構わないですよ」
「ほ、ほんとか!? 助かるぜ!」
俺の返答を確認した瞬間、そのパーティメンバーは一斉に捨てられた魔物へと散らばっていく。
死体を回収してはパーティ内の籠持ちの中へと突っ込んでいくので、籠はあっという間にパンパンだ。
(あれじゃ魔石と討伐部位が無い分、いつもより報酬減りそうだけど良いのかな?)
内心そんなことを思ってしまうも、ホクホク顔で俺にお礼を言いながら去っていく彼らは皆幸せそうな顔をしている。
それならば余計なことを言う必要もない。
知らない方が幸せなこともきっとあるはずだ。
「あの、俺達もいいっすか?」
「はいどうぞ~」
「お、俺んところもいいか?」
「もちろんです~」
その後も少し俺より大きいくらいの若いパーティが、次いで30代くらいのおじさん構成で纏められたパーティも声を掛けて回収していくが、やはりというか、金銭面を気にして敢えて拾わないパーティもあったりと考え方は様々だな。
そして。
(籠が埋まったパーティは皆同じ方向へ帰っていくわけね……となると――この狩場の入り口はあっちの方向かな?)
正規ルートで入ってきていない俺には、ルルブのような歩いてくれば皆が到達する入口の場所が分かっていない。
だが3パーティも同じ方向へ帰っていくとなれば、これはもう確定と言っていいだろう。
ということは―――
(湖周辺の魔物を駆逐しながら反対に向かえば、人がいなくなるってことで良いんだよな?)
開けたこの場所には、少なくとも15を超えるハンター達のパーティが存在している。
アンバーフロッグが湖から陸に上がってくるのは目撃したが、そんなのを待ちながら狩っていたらあまりにも非効率的だ。
だったら空いているところ。
極端に言ってしまえば、一般的な入口とは湖を挟んで対岸へ移動してしまうのが一番である。
となれば、今日はなんとかしてその反対側の目的地に辿り着くこと。
これが第一目標だな。
そして一度明るいうちに軽く【飛行】をしておおよその着地場所を把握した後は、【夜目】を使ってでも暗くなるまで狩り倒し、暗くなってから浮上すればまず誰にもバレることはない。
徐々に日の暮れる時間帯が早くなってきているので、日暮れからここを飛び立っても夕食の時間には間に合うだろう。
それに明日以降の朝も、今日の様子ならそのまま着陸したってまだ人は誰もいないはずだ。
混み合うのは腕時計時間で朝の9~10時頃。
俺なら7時半頃には既に到着して狩り始めているわけだから、普通の徒歩パーティがこんな早い時間に、しかも入口とは反対側に来られるはずがない。
「さてと……」
一応単純に転がっている魔物が勿体ないという理由もあって、拾わなかったパーティにも声を掛ける。
「さっき拾わなかったパーティの方も好きにしていいですからね~! 火は危ないので消しときますけど、この場で食べるなり好きにしちゃってくださーい!」
すると、残っているパーティも「マジかよ?」という顔をしながら捨てられた魔物に群がり、それぞれが固まって食事に入っていく。
(ふふふっ、これで下準備は完了、後半戦の開始だ。皆は食事に夢中、俺がどこに向かうかもよく分からないままだろう?)
俺はニヤリとしながら、湖の反対側を目指してコソコソと移動を開始した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
【飛行】
辺りが薄暗くなってきた17時半頃。
俺は体力の限界を理由に少し早めの帰還を開始した。
誰かが近くにいれば、籠を背負った謎の子供が上昇していく姿を見られたかもしれないが、予想通り湖の反対側には人っ子一人おらず、逆に魔物が溢れかえる
もう控えめに言っても俺にとっては最高の狩場環境だ。
湖の反対側に行くだけで5時間くらいかかったので、こんな場所に徒歩で狩場まで移動しているハンターなんているわけがない。
反対側にも町があれば別だろうけど、小高い山が存在していて人の住む気配はまるで感じないので、明日以降は俺専用狩場として思う存分好き勝手に動けるだろう。
そして【飛行】しながらステータス画面を開き、今日の結果を振り返る。
共感できるのは一部のゲーマーくらいなのかもしれないが、俺にとってはこの成果を確認する瞬間がどうにも堪らない。
(ホールプラントの所持スキルは【気配察知】Lv2と【光合成】Lv2、マッドクラブの所持スキルは【物理防御力上昇】Lv2と【硬質化】Lv1、そしてアンバーフロッグの所持スキルは【水魔法】Lv1と【跳躍】Lv1。これで確定っと)
【気配察知】以外は未取得スキルだし、その【気配察知】だって上げられるだけ上げておきたい有用スキルだ。
【脱皮】しか収穫がなかったコラド森林と違い、ボイス湖畔は本当に大当たりな狩場だと改めて感じる。
しかもその他枠に入った【光合成】【硬質化】【物理防御力上昇】は、魔物専用でありながらも使用可能を示す白文字表記だった。
狩り中はチラッとしか確認していなかったのでそれぞれ説明文を詳しく見ると、【光合成】は太陽の光を浴びれば自然治癒力と魔力回復量が微増と書かれている。
日中と制限は付くものの、基本狩りをするのは明るいうちなので、微増だろうとあれば嬉しいスキルであることは間違いない。
おまけに【光合成】は魔物専用スキルの中で初となるパッシブ系。
常時魔力消費無しでこのスキルが稼働してくれてるので、このような開けた場所で狩り続ける限りはずっと俺の力になってくれるだろう。
なぜ葉っぱが無い俺でも使えるかは、たぶん俺自身が死ぬまで謎のままである。
難点はBランク狩場である蟻の巣――デボアの大穴のように、洞窟内部とかになると効力を発揮しなさそうということだろうが……
まぁそれはそれ、これはこれだ。
光の入り込まないその手の狩場ならしょうがないと割り切るしかない。
そして【硬質化】はマッドクラブにしてやられたあの光る防御スキルだな。
詳細説明はこのように記載されていた。
【硬質化】Lv2 一時的に身体を硬質化させ、効果時間内は防御力が7倍になる 効果時間1秒間 魔力消費7
ちなみにスキルレベル1の時は防御力数値が6倍に、その代わり魔力消費が5で済んでいた。
このことからレベルが上がれば魔力消費の増加と共に倍率が上昇。
上手くいけば、【棒術】スキルのように硬化している時間も幾分延びるのではないかと思っている。
効果時間から超が付くほどの緊急時用スキルになるだろうが、このスキルのポイントは本来魔物専用という点だろう。
つまり人は取得できないわけだから、もしどこぞの極悪人に絡まれたとしても、相手にとっては未知であるこのスキルを使用することによって窮地を脱せられる可能性もありそうだ。
もちろんBランク狩場なんかでも使えば有用かもしれない。
あとは同じマッドクラブが所持していた【物理防御力上昇】スキル。
これは文字通りだな。
最初取得した時は人間用と勘違いしていたが、どうやらこれもその他枠にあることから魔物専用スキルということが分かった。
そして詳細説明を最初見た時、俺は思わず固まってしまった。
【物理防御力上昇】Lv3 防御力が9%上昇する 常時発動型 魔力消費0
【光合成】と同じく気にせず使えるパッシブ系、おまけに数値が割合上昇ときたもんだ。
もうこれは最高過ぎるスキルだろう。
レベルが上がる毎に3%ずつの上昇だったので、今は大した実感も湧かないのが正直なところだが――
後半はかなり大きな影響を及ぼすスキルになることは間違いない。
人用に設定されている防御上昇スキル【金剛】は、固定数値上昇型で1レベルの上昇が防御力5増加。
もちろん無いよりはあった方が良いのは分かっているが、これが追々防御力値1000にでもなろうものなら、【物理防御力上昇】はレベル1の上昇だけでも30の防御力数値上昇になるわけだから、比較にすらなっていないというのが正直なところだ。
レベル10までもっていけるかは別として、最終的には防御力数値が30%も上昇する可能性を秘めているので、このままいけば俺は将来アイアンマンになってしまうかもしれない。
おまけにこんなスキルが出てきた以上、他にも筋力や素早さなどを上昇させる魔物専用パッシブ系スキルがあるのではないかと思うと、今からワクワクが止まらなくなってしまうな。
あっ、いけないいけない。
狩りのお供として重宝する念願のスキルも取得したんだった。
それは【水魔法】!
これでもう水筒いらず!!
当初はこいつを期待していたけど、他のスキルが想像以上に優秀で忘れかけていた。
魔力消費1で『水球を作れ』と呟くと、目の前にコップ一杯分程度の真水が生成されるので、魔力をバカ食いすることも無いし、日常でかなり役立つスキルということがすぐに分かる。
半面、攻撃用として使うにはいまいち使いどころが分からないのと、生成された水が常温というのが少し気になるところだ。
まぁ攻撃系は【風魔法】が、防御系は【土魔法】が有用だと感じているので、とりあえず【水魔法】は水筒代わりに使っておけば問題無いのかなと思っている。
あ、おまけで取得した【跳躍】スキルは、もう【飛行】も取れたので使うことはなさそうです。
ボーナス能力値が筋力だったので、そこだけは有難く活用させていただきたいと思います。
ここで【光合成】は最低でもスキルレベル4。
【気配察知】も勝手にレベル4まで上がるだろうが、次のレベル5は500体近い討伐というやや苦行の域に入るので今のところ未定。
その他のスキルもレベル4までの到達を目標にしておけば、討伐数はそれぞれ145体と無難なところで収まるので2~3日でクリアできる。
あとはそこからさらに上を目指すかは、その時また考えれば良いだろう。
(さーて、マルタが見えてきたな……)
時間にして約25分ほど。
【夜目】も使いながら空から森を確認し、そこにゆっくりと、そして静かに着地する。
内心、夜ならもう宿の屋根に着陸しちゃっても良いのでは? と思わなくもないが、そこまで緩くなるのはせめてもう少し自衛ができるようになってからだ。
今がハンターとしてどの程度の実力なのかはさっぱり分からない。
けど、間違いなく俺より上が大勢いることはなんとなく分かる。
ならば今は可能な限り慎重に。
そう自分を戒めながら、籠には大量の魔石と討伐部位、そして両手にはマッドクラブを2匹ぶら下げて、俺はマルタへの町へと帰還した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます