第124話 ボイス湖畔

(ポーション良し、馬糞モドキ良し、水筒は――水辺とはいえどうなるか分からないし、一応持っていくか)


 今日は念願とも言えるボイス湖畔だ。


 パル草原で予想外のスキルが取得できたこともあり、いったい今日一日でどれほどの成果が得られるのか。


 特に初日だからこそワクワクで胸がいっぱいになってくる。


 だが、残念なことも一つ。


「リステは明日で終わりだよね?」


「そうですよ。お昼から夕方くらいにかけての転移者探索で終了する予定です」


 この言葉の通り、リステとの夕食は今日で最後になる。


 いや、また降りてくることはあるかもしれないが、このような豪華な部屋で豪勢な食事となればまず最後になる可能性が高いだろう。


「分かった。じゃあ今日は必ず夕食の時間に間に合わせるようにするよ」


「気にしなくて大丈夫ですよ? ロキ君のやりたいことを優先させてください」


「リステと美味しいご飯を食べるのも俺のやりたいことなの! それじゃ行ってくるからね!」


 一瞬目を丸くしながらも、笑顔で手を振るリステに打ちのめされそうになりながら部屋を出る。


(なんだかよく笑うようになったなぁ……)


 冷静沈着な分、あまり表情に変化が見られなかったのがリステだ。


 そんな印象があったのに、昨晩から笑顔が増えたような気がしてならない。


(何か良いことでもあったのだろうか? まさか転移者探しに進展が……?)


 そんなことを思いながら、まぁ言われないということは自分に関係のない部分だろうと高を括り、俺は【飛行】が可能そうな場所まで移動した。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





【飛行】は優秀だが非常に扱いづらい。


 俺の所持している【飛行】スキルは、昨日気合でレベル4まで到達させたので1分間の魔力消費が6。


 連続飛行だと約30分ほど可能になるので、俺の魔力放出イメージでも徒歩2時間程度の距離なら魔力が尽きる前に目的地へ到着できる。


 しかし、問題は目立たず【飛行】できるかどうか。


 この点を考えるのが非常に手間で、気軽に使えない大きな欠点でもあったりする。


 リステも言っていた通り、このスキルは正規の取得方法だと難易度の問題から普通の人間が取得できると思えない。


 明らかに羽を持つような飛ぶことを連想できる人種、それ以外だと飛ぶことを夢見た転生者くらいしかまず持っていないだろう。


 となると、パッと見で人間にしか見えない俺が目立つように飛んでいれば異世界人疑惑濃厚になってしまい、疑惑を持たれれば今後面倒くさい勧誘を受ける可能性が大きく上がってしまう。



(ここら辺でいいか……)



 辺りは鬱蒼と生い茂る森。


 狩場にも指定されていない、野生動物しかいないような場所に敢えて俺は向かっていた。


 理想を言えば宿からそのまま飛んでしまうことだが、夜ならまだしも明るいうちにやってしまえば、まず住人に目撃されて噂になってしまう。


 だからこそ、人がまったく寄り付かなそうなが今のところの理想だ。



【飛行】



 フワッと浮く身体。


 手を下に向け、魔力を下方へ放出するイメージを作りながら上昇する。


 リステに抱きつきながら上昇した時は恐怖しかなかったが、自分で操縦しているという意識を持つとまたちょっと違った感覚になるものだな。


 ジェットコースターも自分で操作できないから怖い、みたいな?


 まぁ高所恐怖症だと、自分の意志があろうが無かろうが恐ろしいことには代わりないだろうけどね。


 そういう意味では高い所に苦手意識がなくて本当に良かった。



(ふーむ。これで俺は豆粒くらいか?)



 見事なまでの絶景、高さは推定300メートルほど。


 ここまで上がれば下から見上げたところで、俺は鳥にしか見えないはずだ。


 籠はどうしても目立つが、よく見られなきゃ問題無いと割り切らなければ、このスキルはいつまで経っても使えない。


 当初は大喜びしたものの、自由に【飛行】スキルが使えないことに些かのストレスを感じてしまう。


 そして移動に関しては完全上位互換とも言える存在。


 部屋から瞬時に消え、古城さんのバッグをあっという間に持ち帰ってきたフェリンの空間魔法が、余計に鮮烈な印象を俺に与えていた。



(あぁ早く【空間魔法】が欲しい。溜めているスキルポイントを湯水の如く注ぎ込みたい……それか開き直って町から使っちゃうか? いや、さすがにまだ早いよなぁ)



 そんなことをブツブツと呟きながら、ギルドで教えてもらった山を目指して飛び続け、視界に湖が見えてきたところでだいぶ手前の木々の中にコソッと着陸。


 そこから毎度のジョギングをしつつ湖の方角へ向かって進んでいくと――


 もうそろそろ到着か? というところで、頭に赤い花を咲かせた不思議な草が前方でウネウネしているのを視界に捉えた。



(……あれはギルドの資料室で見たやつだな。ホールプラントだったか? 確か花が素材になって、蔦で攻撃してくるようなことが――って、蔦が無いんだが?)



 全長は1.5メートルほど。


 自分の背丈くらいある大きな花といった感じで、蔦と表現すべき部位は見当たらない。


 一部分だけ大きく膨らんだ太い茎がクネクネしており、上部に大きめの葉っぱが複数枚。


 そして頂上に存在感を示すような真っ赤な花があるだけ。


 一見すると、この植物がどうやって攻撃してくるのかも謎だ。


 なので、一応今まで使っていた方のショートソードを握り締ながら、ゆっくり近づいていくと――



「おぉ! って、蔦というより根っこじゃねーか!」



 思わず驚きの声が口から洩れた。


 急に地面から現れた根っこが足に巻き付いて引き寄せようとしてくるので、咄嗟に腰を落として重心を下げつつ踏ん張る。



「ギョ……ギャ……」


「……」


(なるほど。本来はこの根っこを絡ませて自分のところに引っ張り、花の中心部にある気色悪い口で捕食するってことか)



 だが、どう考えてもホールプラントの方が力負けしており、俺の身体はピクりとも動かない。


 根には薔薇のような棘が見えるので、毒持ちだったらどうしようと少し心配するくらいである。


 まぁ【毒耐性】がレベル7なので、心配はほんのちょっとだけであるが。



 ――スパッ――



 やはりここはEランク狩場だな、と。


 不意を突かれたところでどうということはないことが分かったので、とっとと絡まった根を斬り、そのまま間髪容れずに頂上の花を切り落とす。


 すると急激に萎れていくホールプラント。


(凄く弱い、けど……)


 切り取った花を持ちながら、ふいに先ほど根っこが出てきた場所へ振り返った。



「大体10メートルくらいか?……まさかなぁ」



 口ではまさかと言いつつも、期待せずにはいられない。


 一度ステータス画面を開き、とあるスキルのパーセンテージを把握した俺は、茎の膨らんだ部分から魔石を取り出したら、視界に入っていた次のホールプラントに向かって走り出した。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「乱獲ぅー! 乱獲じゃー!!」



【飛行】により早く到着したせいか、それとも着地場所が本来ハンター達が訪れる場所とは距離があったのか。


 誰も人のいない狩場をいつものショートソード片手に、縦横無尽に走り回る。


 今いる場所がどの辺りなのか。


 そんなことを気にしてはいられない。


 いざとなれば【飛行】を使い、湖の先に見えた山と逆方向へ飛べばマルタの町まで帰還できる。


 だから今は誰もいないこの独占狩場で、一体でも多くのホールプラントを斬り飛ばす。


 ただそれだけを思って走り回る。



『【気配察知】Lv4を取得しました』



「キタキタキターーーーーッ!!」



 不思議だったのだ。


 花には口はあったが目が無かった。


 なのにどうやって俺の場所をピンポイントで察知したのだ、と。


 それにおおよそ10メートルという距離。


 これは俺が一度経験している【気配察知】レベル2の範囲と同じだ。


 だから、もしやと思った。


 そして2体目を倒した時、すぐに【気配察知】の数値を確認して心が躍った。


 こいつ――【気配察知】持ってやがる、と。


 もうそこからは一心不乱だ。


 この有用スキルはどこでも使える。


 それこそ異世界人だとバレたくない今の状況下では、ある意味【飛行】よりも重宝する。



「狩って、狩って、狩りまくって――って、おぉ!? 蟹ゾーン突入か!? カエルもいるしっ!」



 気付けば視界の奥には湖が。


 水辺に近づいたことで、アンバーフロッグとマッドクラブの生息域へ入ったことに気付いた。


 それにチラホラとハンターの姿も見え始めており、逆に視界の先にホールプラントの姿はほとんど見られない。



(なるほどなるほど。水辺に近い場所かどうかで魔物の住み分けがある狩場なのか)



 花を狩りたければ湖から少し離れる。


 カエルと蟹を狩りたければ湖に近づく。


 これだけでも、狙ったスキルがあればピンポイントで上げていきたい俺にとっては有益情報だ。


 となると折角近くにいることだし、まずはマッドクラブとアンバーフロッグがどんなスキルを所持しているのか判別といこうか。


 一旦ホールプラント狩りは止め、冷めやらぬ興奮のまま近くにいた蟹へと突撃する。


 直前に狩っていたホールプラントが余裕だったことによる慢心。


 心の中でスキップしながらマッドクラブに剣を振り下ろすと――



 ―――ガキンッ!



「いって……っ!!」



 一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 決して何かの攻撃を食らったわけではない。


 ただ剣を振り下ろす間際、動かなくなったマッドクラブが一瞬光った。


 それは分かっていたものの、剣の振りは止めようもなく、そのまま振り下ろした結果がこのザマだ。


 剣はそれなりに食い込んでいるので、マッドクラブは絶命寸前といった感じだが……


 あまりにも硬くて手がジンジンと痺れている。


 そして咄嗟に思ったのは剣の刃毀れ。


 先日メンテナンスしたばかりだというのに、こんな短期間で武器をダメにしてしまえばパイサーさんに申し訳ない。



「やっべ……って、あれ? 抜く時は楽だな。んー大丈夫か……?」



 スポッと簡単に剣が抜けたことに拍子抜けしたものの、愛用していたショートソードに目立った刃毀れは無く一安心する。


 そして注意深く遠目にいるハンター達の姿を目で追えば、ハンター達は皆硬いことが分かっているのか、槌系統の武器で切るではなくように攻撃していた。


 しかも攻撃をワンテンポ遅らせているようにも見える。



「なるほどね……」



 ここまでの情報があればマッドクラブの攻略法は分かったようなものだが――


(ショートソード2本の俺には、ちと厳しいよなぁ……)


 そもそも槌系の武器が無いのだから、後はあの光った瞬間。


 あのタイミングを外して攻撃してみるしかない。


 ならば。


「……一応、試してみるか?」


 どうも貧乏根性が出てしまい、持ち歩くだけで一度も使っていなかった新調武器。


 こちらなら値段は約30倍。


 素材も拘っているし、切れ味だって当然優れているだろう。


 Eランク狩場なら今までの初代ショートソードで十分と思っていたが、スキルなのか特性なのか、この異様に硬いマッドクラブを倒すならば丁度良い機会にも思えてくる。


 いきなり刃毀れでもしたらまったく笑えないが……


 初代でもなんとかなったんだから、高級な2代目はきっと大丈夫だろうという気持ちで握り締め、2体目のマッドクラブへ向かって歩き出す。



(攻撃する振りをしてーと……ここっ!!)



 案の定だ。


 近づくと大きなハサミを振り回すマッドクラブだが、元からそこまでの射程もないので、攻撃面での危険性はほぼ無いと言っていい。


 その代わり、こちらが攻撃モーションに入ると動きを止め、身体全体が光り出す。


 そしてその光に攻撃性がないことからも、何かしらの防御スキルを発動していると見るべきだろう。


 だから先ほどは異様に硬かった。


 そしてワンテンポ遅らせ、光が消えたタイミングで斬り下ろせば――



 ―――スパッ。



 意外とあっさり。


 剣が優秀なせいかは分からないけど、そこまで力を込めなくても胴体が真っ二つに割れ、美味しいそうな蟹みそ……が……



(マジかよ! めっちゃ食いたいんだけど!)



 毒があったらどうしようとは思う。


 しかし【毒耐性】スキルのレベルが高いこと。


 そして好物の一つでもある蟹ミソが目の前にある誘惑にはどうしても勝てず――


 思わず手を伸ばし、クンクンと一度匂いを嗅いだ上でミソをペロッと舐めると



「うわっ……濃厚だし全然生臭くない! もしかして、ミソを身に絡めたらもっと美味いんじゃ……?」



 こうなるともう止まれない。


 解体用ナイフを使い、30cmはありそうな腕やハサミの殻を剥き始める。


 当然他のハンターは換金素材として籠に入れているので、こんなことをしているやつは周囲に誰もいない。


 端から見たら、狩場のど真ん中で食い始めるなんて異様な光景だろう。


 でもこれだって新しい狩場の醍醐味、格下狩場だからこそできることだ。


 さすがに安物の解体用ナイフだと殻が硬いなと思いながらもなんとか剥き終わり、プリプリの新鮮な生の身をミソの中にくぐらせ、口の中に放り込めば――



「んほっ! うんめっ!!」



 涎ジャブジャブである。


 生の蟹の身というだけで日本じゃかなり高級だったのに、それがこの大きさ、この食べ応え、この甘み。


 思わず醤油やポン酢、それに日本酒が欲しいと思ってしまうも、無いもの強請りをしたってしょうがない。


 ミソを付けるだけでも十分な味わいなんだし、これを妥協と言ったらバチが当たるってもんだ。



(止まらない……止まらないけど、楽しみはお昼と晩御飯に取っておこう。帰る直前に2匹くらい取って帰ればリステも喜んでくれるかな?)



 頭の中にマッドクラブをそのまま換金しようなんて気持ちは欠片もない。


 デカくて籠を圧迫してしまうので、魔石と討伐部位である左のハサミだけを切り取ったら、後は自分が食べたい分だけ持ち帰る。


 この方が金銭効率的にも良いことは大よその脳内計算で分かっていたので、残す最後の1種。


 遠くてジッとこちらを見据えているアンバーフロッグを見つめ返しながら俺は心の中で呟いた。



(頼むぜ? 期待通りのスキルを持っていてくれよ?)

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