第121話 謎解きとヒント

 時刻は17時半。


 僅かに日の光が暗がり始めた頃、俺はようやく帰路に就き始めた。


 走れば1時間程度。


 ギリギリ食事に間に合うかどうかという時間帯だが、1日粘ればどの程度ファンビーを狩れるのか。


 この数値を把握しておきたくて粘ってしまった。


(今日1日で、ザッと60体くらいか……)


 45体以上の最低ノルマはクリアしたので、【飛行】スキルは無事レベル3に到達している。


 ちなみに【飛行】のスキル詳細はこの通りだ。



【飛行】Lv3 浮遊した状態で上空を移動することができる 魔力消費:1分毎に7消費



 スキルレベル1の時は1分毎の魔力消費が9だった。


 このことから、スキルレベル1上昇毎に魔力消費が1減少。


 最終的にスキルレベル10まで到達すれば、魔力消費が無くなるのではないかと踏んでいる。



 そしてここからスキルレベル4を狙うかどうか。


 狙うならできれば明日の一日で終わらせたいので、残りのパーセンテージを見ても、あと85体ほど狩らなければいけないことになる。


(明日早起きすればいけるか? 朝食は諦めることになるが、今日より3時間も早く到着すればまずクリアできそうではある……)


 あくまでを想定する。


 そう、この早朝出発は、今から実験する【飛行】が上手くいかなかった場合の最悪パターンだ。


 逆に【飛行】が上手くいけば、上空を直線で移動することができるわけだし、ジョギングよりもかなり飛行速度が速い可能性だって十分にあり得る。


 そうなれば狩場までの時短も可能になってくるだろう。



(さて、まずは魔力がもつかどうかより、飛べるかどうかだな)



 ふぅ――……


 それじゃいってみようか。



【飛行】



「……」



(なるほど。何も起きない、と)


 だがまだ焦るには早い。


 次に最低限予備動作は必要なのかと、軽く地面を蹴りながら発動を試みる。


 するとスキルを使用した途端、なんとも言えない浮遊感に包まれた。


 が―――



「おおお! おおおお!? うぉおおおおおおっ!?」



 浮遊したという感動も束の間。


 すぐに視界が緑一色となり、素材を頭に被りつつ顔から地面に倒れ込んでしまう。


「うぐぐっ……き、今日の素材が……」


 地面にぶちまけられた素材を見て、思わず口から漏れ出る悲鳴。


 セコセコ拾いながらも、二度目のテスト結果を思い返す。


(浮いたは浮いた。だから俺でも使用できることは間違いない。しかし前に倒れるっていうのはどういうことだ? 普通倒れても籠を背負っているなら背中からだと思うが?)


 物は試しと籠と武器をおろし、鎧だけといったほぼ手ぶらの状態で【飛行】を試す。



「うっ……うおっ……ま、まるで昔遊んだ、スケボーを、さらに難しく、したような……状態だぞこれ……って、うごーっ!!?」



 今度は後頭部から地面に激突。


 その後も幾度となく籠の中身をぶちまけながら、町への帰還ついでに色々なパターンを試していく。


 その中で分かってきたこと。



(ふむふむ。慣れればまた違うかもしれないが、最初のうちは大きく助走をつけた方が良いな)



 これが一つの結論になった。


 走りながら【飛行】と唱えると、前方への運動エネルギーが強く残ったまま足が離れる。


 すると、ぴよ~ん、と。


 走り幅跳びの選手もビックリな空中歩行を繰り広げ、20メートルくらいは先に着地することができた。


 時短ができるかどうかは微妙なところだし、そもそも飛んでいるという感じではないが――


 それでも今は、この飛べる距離を延ばすことから始めてみよう。


 そう思って俺は、人がいないことを確認しつつ、ぴよ~ん、ぴよ~んと、一人謎の動きを繰り返しながらマルタへと帰還した。





「リステー! 大変大変! 聞いて聞いて聞いて!」



 俺は疲れも忘れ、ドドドドーッと効果音が聞こえてきそうなほどの勢いで宿の階段を駆け上がり、ドアを開けたと同時に、定位置化した場所に座っているリステへと声を掛ける。


「お帰りなさい。どうされたのですか?」



「大変だよ! 俺、【飛行】スキル覚えた! まだ飛べないけど!」



「……へ?」



 こんな顔をするリステは凄く新鮮だ。


 切れ長の目が見開いてこちらを見つめているので、俺も目が離せなくなって見つめ返す。


(驚いた顔も、文句無しに綺麗だぜ……)


「んんっ!……今、なんとおっしゃいました?」


「【飛行】だよ【飛行】! 今日魔物倒したらゲットできてさ。これ凄くない? たぶん凄いよね!?」


「……冗談、ではなさそうですね」


「もちろん!」


 そう言いながら目の前で少し浮いてみせる。


 帰りのピョンピョン修行のおかげか、パル草原を出発した時よりもだいぶ浮くのが安定してきたと自分でも分かる。


「ロキ君。一応たぶんということにしておきますけど、空を飛べる人間はこの世界にいませんよ?」


「やっぱり? なんとなくスキルツリー見てるとそうじゃないかなーって思ったんだよね」


「スキルツリー? ロキ君が見られるという独自のステータス画面でしょうか?」


「そうそう。かなり取得までハードルが高そうだなってことが分かったからさ。飛び級で取得しちゃったけど」


「なるほど……」


「……も、もしかして、取得したらマズいやつだった?」


 どうも喜んでいるのは俺だけのようで、リステは先ほどから驚くか、神妙な面持ちになってばかりだ。


 これでは取得したことがマズかったのかと不安になってしまう。


「大丈夫ですよ。人間が飛ぶなんて前代未聞ですけど、だからといってそれが世界に大きな悪影響を及ぼすとは思えませんから」


「だよねだよね。一応人間も元から取得できるタイプのスキルではあるみたいだし――って、もしかしてリステも飛べたりする?」


「どうでしょう? スキル自体は持っているはずですが、飛ぶ必要性が今までなかったので試したこともありません」


「そっか~飛べたらコツとか聞きたかったんだけどなぁ。まぁいっか! とりあえずお風呂入ってくるわ!」


「……」


 女神様以外誰も見ていなければ、そして魔力さえ残っていれば少しでも練習と。


 歩きながら前方への運動エネルギーを利用し、フヨフヨ浮きながら風呂場へと向かう。


「ぬぉぉ――――……いでっ!」


 浮くことはできても、止まることも曲がることもできやしない。


 それでもいつかは―――


 俺は大空を飛び回る妄想をしながら風呂場の中へと消えていった。




 そして食後。


 テーブルに向かい、ステータス画面を見ながら、今日発見した諸々について考察しつつ手帳に書き込んでいく。


 遺留品の物色にはもう飽きたのか、リステは俺の横に座りながら手帳の中身を覗いていた。


 相変わらず距離が近いけど気にしたら負けである。


(【飛行】の対応ステータスは上位版の魔力、と……良し悪しは別として、レベルが上がらないとボーナス能力値の判別が楽で助かるな)


 スキルレベル上昇による対応能力上昇値はスキルレベル7まで把握しているので、ちゃんと手帳に元の数値さえ残しておけば、すぐにどれが対応しているか判別できる。


 ここまでは良いんだ。比較すれば分かること。



 ――比較じゃ答えが出ない、超が付くほどの重要事項はここからである。



 今日初めてスキルツリーに現れたグレーと白のスキル同士を繋ぐ線。


 この意味はなんとなく予想できる。


 その他枠にある初期に取得した【突進】スキルは白、昨日取得した【脱皮】スキルはグレーということから考えても、白が『』を示していると思っておけば認識がズレることもないはずだ。


【飛行】スキルを取得したことによって有効になったから、取得条件の一つである【跳躍】スキルと、もう一つのよく分からない未表示スキルに白い有効線が入り繋がった。


 ここまでは問題無い。


 問題なのは、このグレーの線の扱いだ。


(これは―――……取得条件となるスキルの種類だけは判別できた、ってことでいいんだよな?)


【飛行】という、いくつもの未表示スキルが取得条件に入る高難度スキルを得たおかげで、予想外の特大ヒントを得られてしまった。


 手帳にこのように書き込んでいく。



【火魔法】+【水魔法】+【風魔法】+【土魔法】+【雷魔法】+【氷魔法】+【闇魔法】+【光魔法】=【レアスキル『A』】


【闇魔法】+【光魔法】=【レアスキル『B』】


【レアスキル『A』】+【レアスキル『B』】=【レアスキル『C』】


【レアスキル『C』】+【跳躍】=【飛行】



 未表示スキルと書くよりは、レアスキルと書いた方がなんとなくそれっぽいし、個人的に取得意欲がより強く湧いてくる。


 そしてこの3種のレアスキルに当たりが付けられれば、俺がどうしても欲しい【空間魔法】にだいぶ近づけるのではないか?


 そう思っての行動だ。


(よく考えろ……初めて浮いた時、重心は明らかに後ろにあったはずなのに、後方ではなく前方にひっくり返った。先ほど風呂に行く時も、無重力に近いようなフワフワした感覚で移動している。ということは――存在するのであれば、この中に重力系のレアスキルが混ざっている公算が高い。そして重力と空間は――うん、別系統だろう。同一の魔法枠に収まるとは思えない)


 考えながらテーブルをコンコンと叩く。


 思わずタバコを吸いたくなるが、すぐに不味かったことを思い出す。


「ねぇリステ。重力系の魔法……【重力魔法】ってたぶんあるよね?」


「えぇありますね。ロキ君は一度体験していると思いますが?」


「えっ?」


「一番最初に魂だけ神界へ運ばれた時、リアが【重力魔法】を使ったと聞いていますよ?」


「あぁ……」


 そういえばと、初っ端に地べたを這い蹲らされた記憶が蘇る。


 あれは強烈だった。


 魂だけのはずなのに、呼吸すらできなくて死ぬんじゃないかと、本気で泣きそうになったものだ。


 そうかそうか……ということはこれでまず確定だ。


【レアスキル『A』】【レアスキル『B』】【レアスキル『C』】のどれかが【重力魔法】に違いない。


 だが、この中のどれになるんだ?


【重力魔法】と【飛行】の繋がりはなんとなく分かる。


 が【空間魔法】と【重力魔法】、【空間魔法】と【飛行】に繋がりはあるのか?


「空間……重力……空間……飛行……空間と重力は繋がる……ような……気がしなくも……ない……」


「……ロキ君は、この式から何を得ようとされているのですか?」


「んー今日唐突に、俺のステータス画面でも表示されていないレアスキルの取得ヒントを得られたからさ。この3種の中に俺が一番求めている【空間魔法】が入るのかと思ってね。入ればレベルを上げるべきスキルが確定できるから、そうしたら溜め込んでいるスキルポイントを全力で振れるかなーって」


「なるほど……」


 リステはさらに俺に近寄って、手帳に書いた式を覗き込む。


(フェッ、フェッ、フェッ、フェロモンがががががががが)


「……私達は最初からスキルを持っていましたから、途中の取得条件というは分かりません。なのであくまで予測ですけど、この【レアスキル『A』】がたぶんこのスキルではないか? というのはなんとなく分かります」


「マジ!? そ、そそそ、それはどんなスキルで……?」


「……」


 えっ? なにこれ、焦らしプレイ?


 リステは顎に手を当て、長く考え込んでいる素振りを見せている。


 そんな姿も知的で大変魅力的だが、できれば早く答えを教えてほしい。


「すみません。こういったことを教えてしまっても良いのかと思いまして」


「あっ、ですよねー……」


 よくよく考えれば当然だった。


 いるのが当たり前過ぎて距離感がおかしくなっていたけど、女神様達はこの世界の管理者。


 たかが一個人を優遇するなんて、本来あってはならないことだろう。


 まぁ、初めから自分で考えて結論を出すつもりだったしな。


 しょうがな――――


「なんて冗談ですよ。転生者には望む高レベルスキルを与えたというのに、私達はロキ君に何もしてあげられていません。逆に巻き込まれただけのロキ君にお世話になってばかりです。それなのにロキ君は地球の知識をこの世界に落とそうとしてくれているのですから……この程度の情報なら大した問題ではありませんよ」


「リ、リステ~」


 あ、あぶねぇ……思わず感動して抱き締めそうになってしまった。


「その代わり」


「え?」


「お教えしたら、何かご褒美をくれますか?」


「……」


 その言葉を聞いて、俺はこう思う。



(絶対それ、俺もご褒美なやつじゃん……)



 それでも、俺は訴えかける金色の瞳に抗えず、黙って首を縦に振った。

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