第122話 リステ先生

 満足したように笑顔になったリステはこう告げた。


「たぶんこのレアスキル『A』は【精霊魔法】でしょうね」


 ――なるほど、そうきたか。


 ある意味定番とも言えるし、以前精霊というワードはリステが口にしていたから、それに関係する魔法が存在する可能性は高いだろうと思っていた。


「ちなみになぜ、【精霊魔法】という答えに辿り着いたの?」


「以前ロキ君に少しだけお伝えしたと思いますけど、精霊は魔法の発動補助を行うため、この下界に無数とも言える数で存在しています。そして精霊は、この8種の属性に分かれていますから」


「なるほど。全種の基礎魔法を一定数マスターすれば、精霊自体を使役? って言ったらまた違うかもしれないけど、その上位版とも言える魔法が使えるようになるってことだね?」


「上位というよりと言った方が正解に近いでしょうね。精霊は考える能力があまりありません。なので例えば100ある精霊の力に対し、人間が魔法の行使によってその中の1の力を補助してもらうことは可能ですが、精霊を直接扱うとなればそのまま100の力が魔法という形で発動します」


「ヤッバ……でもそれって威力とか効果の面でも上位になるんじゃないの?」


「ロキ君が言う基礎魔法のスキルレベルが低いうちはそうなるでしょう。しかしスキルレベルが上がれば、魔力を対価に100ある精霊の力に対して100の補助をしてもらい、大きな魔法を発動することも可能ですから」


「そういうことか。なんでそれが広範囲に繋がるのかはよく分からないけど……なんとなく分かった気がする」


「数の問題ですよ。基礎魔法の補助をしてもらう精霊の数と、【精霊魔法】で動く精霊の数とでは大きな違いがあります。使用する環境によっても多少の差はありますけどね」


「それはつまり――水場があると『水の精霊』が多いとか、そんな感じ?」


「まさにその通りです。と言っても本当に多少の差なので、そこまで気にする必要はありませんけどね」


 凄い。


 凄い凄い凄い。


 ここまで詳しく聞けると思っていなかった分、凄まじい感動を覚えてしまう。


 これって世界の根幹とかいうやつに関わるんじゃないの? と少し思ってしまったが、たぶんリステじゃなければここまで詳しい説明はできなかったはずだ。


「リステ、本当にありがとう。さすが女神様随一の頭脳派、説明も凄く分かりやすかった」


「ふふっ、『木製ペン』の対価だと思ってください」


 そう、冗談っぽく言うリステの言葉に俺は頷く。


 なんとも商売の女神様らしい言葉だ。


 対価として教えてくれたと言われれば、もっと色々な地球の物を実現してやろうという気にもなってくる。



 ふぅ――……


 これでレアスキル『A』が【精霊魔法】。


 レアスキル『B』と『C』のどちらかが【重力魔法】ということは分かった。


 いや、たぶんではあるが、レアスキル『C』の方が【重力魔法】ではないかという予想もなんとなく立つ。


 スキルレベルの条件は不明にしても、【闇魔法】と【光魔法】の2種でレアスキル『B』は条件クリアなんだ。


 となると、イメージだけでいえば【重力魔法】の条件にしては些か簡単過ぎるような気がしてしまう。


 そして――


(【闇魔法】【光魔法】の二つで【空間魔法】が解放されるなんて、さすがにそんな甘くないよなぁ……)


 この仮説通りにいけば、今回得られたヒントでは【空間魔法】が取得できない可能性が高いこともなんとなく分かってしまった。


 2種のスキルをゴリ押しするだけなら、長い年月の中で誰かがやっているはずだ。


 情報公開の有無は別にしたって、『異世界人限定スキル』なんて極端な言い方を商業ギルドのおばちゃんがするほどではないと思う。


 まぁそれぞれのスキルレベル10が解放条件なんて話なら、この世界の住人は絶望的なのかもしれないが。


 そうなると俺も絶望的になるし、正解に少し近づいた分、なんだかな~という気分にもなってしまう。



 コンコンコン……



 静かな空間の中、俺が指でテーブルを叩く音だけが鳴り響く。


 俺が考え事をしているとリステは黙っていてくれる。


 それが心地良かったりもするが――こういう部分で甘えちゃ駄目だな。


 何も言いはしないけど、きっと先ほどの『ご褒美』とやらを待っているんだろう。


 それに考えて分かることなら無理をしてでも考えるが、たぶんいくら考察を重ねようとこの辺りが限界だ。


 結局のところ解放に必要なスキルの種類が分かっただけで、そのスキルレベル条件は不明なまま。


 ほぼ確定と言えるくらいの【空間魔法】取得条件に辿り着けなければ、怖くてスキルポイントを使うわけにもいかない。


(とりあえずここまでだな……)


 そう思った俺は手帳を閉じ、一呼吸挟んだ後にリステへ声を掛ける。



「ご褒美は何がいいの?」



 それなりに覚悟を決めた言葉――


 だったが、返答は予想外過ぎるものだった。



「はい。少し散歩をしましょうか?」






 時刻は夜の9時過ぎ。


 まだ多少は人の往来があるマルタの町中を、リステと俺は並んで歩く。


 どこに向かっているかはよく分からない。


 だが以前のアクセサリー屋の時とは違い、俺から逃げるような素振りはまったく無いので安心してついていく。


「ここら辺なら大丈夫そうですね」


「ん? こんな路地裏で何を?」


 場所は―――ちょうど俺達が泊まっているハンファレスト入口の裏側辺りだろうか?


 宿に沿ってグルッと半周したような気がするが……


 辺りをキョロキョロと見渡していると。


「それではロキ君、失礼しますね」


「えっ?」


 瞬間、心臓が爆発しそうになった。



(ふぁ……な、なぜ、リステは俺を抱き締めているの……?)



 リステは俺の好みに合わせて、夜は黒のドレスを着てくれている。


 そして靴は俺が買ってあげた黒いヒール。


 元からある身長差がさらに広がるため、俺の顔は丁度開いた胸元に押し込められていた。


 フェリンの時と違って埋没するという感じではないが、リステの手が俺の頭と腰に添えられているため、自らの腕で寄せられ俺の両頬を圧迫してくる。


 思わずこの世界に来て初めて、背が低くなったことに極大の感謝をしてしまった。


 それにこの、脳を焦がすような艶美な匂い――


(無理だ……こんなことされたら理性なんて千切れ飛ぶ……フェリンごめん……)


 思わず、俺もリステの腰に強く手を回した。


 その時、リステの身体がビクッと反応したが、次の瞬間、それ以上に俺の身体もビクッとしてしまった。



「あ、足ッ!? 足がプラプラしてるんだけどー!」


「ロキ君、騒ぐと誰かに見られますよ? 少し黙っていてください」



 視界は全面胸部なので、今がどんな状況なのか目で確認することはできない。


 だが足がプラプラな上に上空から風が吹いてくるので、俺は間違いなく""ことが分かって、思わず手だけではなく足までリステに纏わりつかせてしまう。


 まさに抱っこちゃんスタイルだが、そんなこと気にしてはいられない。


(うひーーっ!! こえぇえええええーーーーー!! でもずっとこのままでいたいかもーーーーーっ!)


 様々な感情が入り乱れる中、時間にして十数秒で風が止み、ストンと、俺の足がどこかに接地した。


 そして離されるリステの手。


「ロキ君、もう大丈夫ですよ。空の旅はどうでしたか?」


「ふぅ~ふぅ~……リステの抱擁は最高でした! もう死んでも良いと思ってますッ!!」


「そ、そっちじゃありません!」


 今すぐにでも襲ってしまいたい。


 そんな気持ちの中、辺りを見渡せば視界には統一感のある多くの屋根が映った。


「あ、あれ? ここは?」


「泊まっている宿の上ですよ。この時間ですと広場はまだ人目に付くと思いましたので」


「それは確かにそうかもしれないけど……」


 足元を見るとそこはやっぱり屋根で、緩やかではあるが傾斜になっており、滑り落ちたらどうしようと身震いしてしまう。


「さぁロキ君、【飛行】の練習をしてみましょうか?」


「へっ? ここで? というか、リステ飛べないんじゃなかったの!?」


「ロキ君がお風呂に入っている最中、少し練習したらできましたよ?」


「あ、そうですか……」


「コツは分かりましたからお教えしますし、何かあれば私が助けてあげますから」


「ほんとに?」


「ほんとです」


(……こ、これは素晴らしいことじゃないか? コツを教えてもらえる上、危なかったらまた抱擁が……なんてこと……なんたる幸せ……)


 実年齢32歳のおっさん。


 ここに来て、甘えることに目覚めてしまう。


 こんなことが世間にバレれば、地球なら居場所は相応のお店か、少数派の希少な彼女を見つけるくらいしかないだろう。


 だが、相手は俺の―――何倍だ?


 もうよく分からないほど生きている超絶美人お姉様なんだ。


 それに俺の身体は13歳。


 だったらいいじゃないか。


 もうこの際、心も13歳になってしまおう。


 恋愛感情とかではなく、ただ甘えているだけ――


 そう自分に言い訳しながら、俺は抱っこされること前提でお願いをする。


「ぜひ、宜しくお願いします!」





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「慣れないうちは腕を、手を上手く使ってください」


「はいっ!」


 俺は今、宙に浮き続けながら、円を描くように旋回する練習をしている。


「実際に魔力は消費しません。ですが、手や腕から魔力を放出するイメージをもつのです」


「はいっ!」


 言われた通りに魔力を放出するイメージを片側の手に作り、方向転換を試みる。


「そうです。上昇したい時、下降したい時、止まりたい時も同じですよ。本来【飛行】スキルを先天的に持つ種族は必ず羽を有します。ロキ君にはその羽が無いのですから、まずは手で代用するしかありません。はい、ここで上昇してください。手は下です」


「はいっ!」


 掌を下に向け、下方に魔力というエネルギーを放出するイメージを作る。


 すると、ただでさえこの辺りでは一番高かったハンファレストの景色とも違う、闇の中で薄く光り輝く町の全容をなんとなく確認することができた。


 って、高く飛び過ぎると危ないな。


 リステの声も聞き取りづらくなるので、上空に掌を向け、空気を押すような感覚をイメージ作る。


「それでは可能な限りこの屋根に近い場所で、急停止するほどの強い魔力イメージを作ってください」


「うっ、はい!」


(急停止……急停止……今ッ!!)


「って、やばっ! 近過ぎたかも!」


「……もう、しょうがないですね」


 ボスッと。


 それなりの勢いで宿の屋根に激突するところをリステに拾い上げられ、お姫様抱っこの状態でリステの胸の中に納まる。


 昨夜の決意はどこへやら。


 甘えるだけなら良いんだという精神に汚染されているため、そのままリステに抱き付くことも躊躇わない。



 ちなみに、ここまで到達するのに2時間は経過している。


 途中、5回はリステに救出という名の抱擁を受けているし、そもそも俺の魔力量では2時間の練習なんてもたないので、リステが途中で神界に戻ってはその都度魔力を回復してくれていた。


【魔力譲渡】という、取ろうと思えばすぐ取れるスキルではあるけれど、俺が誰かに魔力を譲渡するなんて状況がパイサーさんの時くらいしか想像できないので、今はあまり深く考えないことにする。



「……ロキ君? もう足が着きますよ?」


「そうでした!」


 仕方がないと思いつつ、天上の抱擁を自ら解く。


「だいぶ上手くなってきましたね。あとは、強い魔力イメージを持つことが課題でしょうか?」


「そうですね。まだそこまで強い魔力を使った魔法の行使経験が無いので、なんともイメージが付きにくいです」


「あの、ロキ君? 先ほどから気になっていたのですが、なぜそんな丁寧な言葉に戻っているのですか?」


「今リステはリステ先生です。先生に対して敬語を使うのは当たり前です」


「せ、先生ですか……あとでちゃんと戻してくださいね? それで話を戻しますが、強い魔力イメージは例えば―――」


 二人並んで屋根に座り、マルタの景色を眺めながら授業を受ける。


 リステは本当に伝え方が上手く、最初に俺が魔力の放出イメージという部分で躓いた時、手に青紫の霧を纏わせながら実演して見せてくれた。


 これはスキル云々ではなく魔力の具現化という、魔力を消費する一歩手前の現象で、ここから放出という工程に入れば【無属性魔法】、身体や武器に纏わせれば【魔力纏術】など。


 いくつかのスキルに繋がっていくらしい。


 それはそれでかなり興味のある内容だが、それでも今余計なことを考えている余裕はないと。


 最初の1時間以上をみっちり魔力の放出イメージに充て、後半なんとか最低限の飛行が形になったというわけだ。


 そしてここからの課題はリステが言っていた通り、強い魔力放出のイメージを作れるかどうか。


 これができなければ飛行速度は上がらないし、緊急時の停止や急速発進なんてことも難しくなる。


 だが――


「俺の中で最も強い魔力イメージって、女神様達の【分体】が降臨したり消えたりする時の、あの霧なんですよ」


「私達が持つ魔力の何割かが【分体】に回りますからね」


「あれをイメージすると――……うーん。できるできないよりまずって思っちゃうんで、自分の魔力がそれなりに増えるまでは難しいかもしれないですね」


「私もついつい張り切ってしまいましたけど、そこまで急ぐ必要はないと思います。今でも十分『』と言えますから、あとはゆっくり精度を上げていってください」


「ですね。でもまた分からないことがあったら教えてくれますか? リステ先生の教え方は本当に最高なので」


「ふふっ、もちろんですよ。なぜか生徒になった途端甘えるロキ君も新鮮で可愛かったですしね」


 その言葉を聞いて、俺は心の中で謝罪する。


(リステ先生ごめんなさい。生徒になったからではなく、甘えるだけなら許されると勝手に思っているだけです。本当にごめんなさい)


 そしてふと、これのいったい

どこがリステへのご褒美だったのだろうか? と首を捻る。


「ねぇリステ。これがご褒美で良かったの? 俺がただ【飛行】を教わっただけのように思えるけど」


「もちろんですよ? その練習ついでに、ロキ君を何度も抱き締められたじゃないですか」


「それ……俺へのご褒美だと思うよ……」


「……」


「……」


 今この時、夜で良かったなと心底思う。


 明るかったら俺が赤面していることがバレバレだ。



(はぁ……どうしたら良いんだよ俺は……)



「明日はいつもより早いし……そろそろ戻ろっか」


「そうですね」


 飛べるようになったならば、帰りは自力の【飛行】だ。


 慎重に宿の上から降りていく中。



(この世界の女神様が、もし一人だけだったなら……)



 ――俺はついつい、そんなことを考えてしまっていた。

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