第120話 青天の霹靂

「それじゃ行ってくるね。ハンターギルドの情報だと片道2時間ぐらいのところだから、もし間に合わなかったら先にご飯食べちゃってて」


「私一人なら食べる必要ありませんから大丈夫ですよ。お気を付けて」


 若干会話の一部におかしいところはあるが、これではまるで夫婦だなと思いながら宿を出る。


 これでお出かけの――


(いやいや、昨日頭の中で整理したばかりだろ。俺は誰かを選ぶ勇気なんて無いんだよ。余計なこと考えてんじゃねぇぞ!!)


 踏み込み過ぎれば後戻りができなくなる。


 いくらスケベに敏感だからと言っても、女神様達の関係をぶち壊してまで突き進もうとは思わない。


 だからこそ、既にギリギリと思われるこの辺りで止めるべき。


 幸い、思考に耽った後のリステに様子の変化は見られなかった。


【読心】を持ち込まれていたらどうしようと、我に返った時はかなり焦ったが……


 バレなかったのであれば、このまま現状維持を押し通すまでだ。


(リステごめん! ここだけは正直になれない――なっちゃいけない部分だ)



 パンパン!



 思わず自分の頬を手で叩く。


(悩むなら強くなることに悩め。俺がやりたいのは敵を倒して成長を感じる冒険だろ?)


 そう自らを叱咤し、これから向かうFランク狩場 《パル草原》へと走り始めた。




 そして約1時間後。


 たぶん先輩ハンターであろう若い男女二人組のパーティを発見したら、そのままペースを合わせてストーキング。


 辺りに魔物は見当たらないが、なんともそれっぽい場所に到着する。


 それっぽいと断定できないのは目的地が草原だから。


 森と違って明確な境がなく、今まで通ってきた風景との違いがよく分からないので、たぶんココ? というくらいの感触しかない。


 これで実はピクニックでしたとなったら笑えないので、とりあえず立ち止まっている二人に声を掛ける。


「あ、あの~ここがパル草原という場所でしょうか?」


「ん? この先がそうだぞ?……坊主は一人か?」


「えぇ。昨日までコラド森林というところにいたんですけど、パル草原はどんなものかなと思いまして」


「Eランク狩場で狩れるのに、こんな場所まで来るなんて物好きねぇ」


「んだな。まぁコラドで狩ってたんなら一人も納得だ。もう少し進めば膝下程度の草だらけの場所に着く。そこがパル草原だぜ」


「ありがとうございます!」


 年齢は20歳前後くらいの男女二人組。


 夫婦かな? それとも恋人かな?


 休憩なのか、木の木陰で仲良く水筒から水を飲んでいる姿を見ると微笑ましくなってくる。


(あーあ。アーアーアァアアアァ――――ッ!)


 自分の取り巻く環境が普通とは違い過ぎて、こんな光景を見せられると思わず心の叫びが……


 このなんとも言えぬ気分は全てファンビーとやらにぶつけてやる!


 そう心に決めて言われた方角へ向かっていくと、話通り、草の生い茂る地帯が見えてきた。


 遠目には――


(あーいるわ、ゴブリン)


 スキルのせいで目が良くなった分、モゾモゾ動く緑色の物体が何体か確認できる。


 とりあえず無事狩場についてホッと一安心しつつ、どうしたものかと思いながら後ろを振り返る。


 道中は獣道と呼べるような、踏み込まれた細道すらほとんど無かった。


 ここがどれだけ不人気なのかがよく分かる。


 となると、明日もスムーズにここへ着ける気がしないので、今日一日で必ず終わらせてやると覚悟を決める。


(【探査】は新種のファンビーに固定っと……他はいたら狩る程度で良いか。どうせ大して金にもならんし)


 ここは通過点。


 ファンビーに新しいスキルがあれば、とりあえずレベル3まで取得。


 新しいスキルが何も無ければ――その時は今からでもボイス湖畔に偵察がてら向かってもいいかな?


 そんなことを考えつつ、【探査】と目視の両方でファンビーを探し始めた。



 すると体長30cm弱くらいだろうか。


 紫と黒の斑模様をした蜂っぽい魔物が、いくつかある低木の枝に留まっているのが視界に入った。


 見るからに毒々しい色合い。


 ポイズンポーションを持ってきていなかったことに若干焦りながら近寄ってみると、スススーという感じで飛びながらこちらに向かって移動してくる。


(遅っ……)


 率直な感想がこれだ。


 さすがFランク狩場である。


 俺がこの世界に降り立った頃に相対すればまた違った感想が漏れるかもしれないが、今となっては「どうぞ! 近くに来ましたので斬っちゃってください!」と、無言のメッセージを飛ばされているようにしか思えない。


「……」


 的が小さく剣を使うのも手間と、解体用ナイフでお腹の部分をプスッと一刺し。


 すぐに討伐部位の頭、素材の尻尾、魔石と手早く解体していく。


「こりゃ、本当に作業感がハンパないな……」


 贅沢な悩みだ。


 敵が強過ぎても困るが、弱過ぎても刺激が無くてつまらない。


 まさにRPGやMMO、ゲームと一緒である。


 本来なら死ぬ要素が欠片もなく、楽に金を稼げるとなれば喜んで然るべきものだが――


(さて、まずはあと4匹探すか)


 無表情に次の標的を見据え、淡々と狩り作業を開始した。






 ――が。






 人生何が起きるかは分からない。


 低位狩場だと思って舐めてかかると恐ろしい目に遭うこともある。




 今回は逆の意味でだが……


 青天の霹靂とはまさにこのことで、作業と化したファンビー討伐が5匹目に到達した時、それは起きた。




『【飛行】Lv1を取得しました』




 このアナウンスを見て、最初は何が起きたのか理解できなかった。



 あれ?



 毒が飛行?



 毒って飛行だっけ?



 訳の分からないことを一人口走った。


 しかし、冷静になるにつれて実感が湧く。



(飛行……つまり飛べる?……俺が?……飛べちゃうの!?)





「う、うそでしょぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」





 この世界に来て、間違いなく過去一番の雄叫び。


 さっきのペアが近くにいればさぞ驚いただろうが、今はそんなことを気に掛ける余裕も無い。



「やっば……やべーやべーやべー! やべーぞこれはッ!!」



 周囲の魔物なんかには目もくれず、その場に立ち尽くしたまま咄嗟にステータス画面を開く。


 当然見るのは右側のスキル欄だ。



(無い無い無い……あれ……その他枠にも無い。どういうことだ?)



 今までは視線で上からスクロールすれば、人が得らえるスキルならすぐどこかに。


 人が本来得られない魔物専用スキルであれば、新規取得はその他枠の最下部に表示されるというのがいつもの流れだった。


 現に昨日取得した【脱皮】は、グレーのままその他枠の最下部に名前とスキルレベルだけが載っている。


 念のためと、再度ゆっくり上にスクロールさせ、≪New≫の文字を改めて探すも――



(やっぱり無い……いやいや、どういうことだよこれ。スキルのようでスキルじゃないのか?)



 過去に『飛行』というワードが話に出たことはあった。


 たしか――パルメラ大森林の上空を飛行中に、多くが撃ち落とされたとされる鳥人族。


 それにリステも、精度の高い地図を鳥人族が作っていたと言っていた。


 となると……種族限定スキルだろうか?


 もしそうであれば、種族用の新しいスキルタブでも追加されているんじゃ?


 そう思って見直してみるが、それらしいものは見当たらない。


 だがなぜか、既に取得している【火魔法】や【風魔法】、また、取得はしていないが初期から表示されていた【光魔法】や【闇魔法】などから、が伸びていることに気付く。



(こんなの今まで無かったよなぁ。あったら絶対気付いていたはずだ……)



 新しい発見があれば気になるもの。


 思わずその線を辿ると、【火魔法】【水魔法】【風魔法】【土魔法】【雷魔法】【氷魔法】【闇魔法】【光魔法】という計8種からグレーの線が伸び、一つの未表示スキルのもとへ。


 同じように【闇魔法】【光魔法】の計2種からグレーの線が伸び、こちらも別の未表示スキルのもとへ。


 さらにこの未表示スキル2種からグレーの線が伸びていることに気付き、俺はここで初めて、スキル欄は上下だけではなく、スクロールできることを知る。


 ――内心はドキドキだ。


 どう考えても右にいくほど取得難易度の高いレアスキルになることは、このスキルツリー構成を見れば一目瞭然だろう。


 自然と呼吸が荒くなりながらも右にスクロールさせていくと、未表示スキル2種から伸びたグレーの線は、さらに未表示のスキルへと集まり、そこからさらにもう一つ先――


 段階で言えば4段階目になって、ようやく≪New≫のついた【飛行】スキルの存在を確認することができた。


 現在スキルレベルは1と0%。


 これで分かっちゃいたが、ファンビーが所持している【飛行】スキルがレベル1であることも確定である。


(すげぇ! もう一つ、まったく別方向から伸びている白い線は――そうか、【跳躍】か。つまり【跳躍】とかなり上位の魔法系統スキルの組み合わせで、本来ならやっと【飛行】スキルが取得できるわけだ。一応その他枠じゃないから人間にも取得できるんだろうけど、この階層を考えればまず普通じゃ無理だよな……)


 つまり、だ。


 元から飛べる素質を持った鳥人族みたいな一部の種族以外だと、【飛行】スキルを持っているやつなんて俺くらいかもしれないということになる。




「ふふ……ふへへへ……ふははははははっ!!!」




 Fランク狩場だと思って侮っていた。


 蜂という形状や見た目から、てっきり毒に関係するスキルだろうと思っていたのだ。


 それがまさか、飛んでいるから【飛行】なんてパターンでくるとは。



「はぁ~……めっちゃ燃えてきたわ……」



 本音を言えば実際に飛べるのか、飛んだらどうなるのかをすぐにでも試してみたい。


 だがそんなことはマルタへ帰る時にでもできること。


 ならば今は我慢して効率だ。


 まずはファンビーの所持スキルレベルが1と確定した以上、今日中に3までは必ず上げる!


 そして性能如何によっては明日もここで狩り倒し、スキルレベルの4を狙う!


 最初の気怠さはどこへやら。


 少しだけスキル詳細を確認して内容を暗記した後は、迸るほどのやる気でパル草原を駆け回った。

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