第117話 導く者

 ゴ~ン……ゴ~ン……


「ん~……」


 朝の鐘の音が鳴り響く中、自然と瞼が開いていく。


 ベッドの違いはこれほどのものか。


 首を捻り、腰を回しても凝った様子はなく、非常に目覚めの良い朝だと実感する。


(今のうちに荷物整理でもしておくかな)


 広いベッドの上を転がりながら起き上がり、ストレージルーム内で物の分別。


 狩りに使う籠や装備類などを分けていると、後ろから声が掛かった。


「おはようございます。こちらにいましたか」


「あっ、リステおはよー。今のうちに狩りの準備をしておこうと思ってね。って、今日は白い服に戻したんだ?」


「ロキ君がいない時に着ても目立つだけですから。姿が見えなかったので、朝からお風呂に入っているのかと覗きに行ってしまいましたよ?」


「えぇ……それ俺が入ってたらどうするの……」


「ふふっ、その時はその時です」


 別に俺は男だし、そもそも身体が子供なわけだから、覗かれたところで大したダメージは無い。


「小さい」なんてもし呟かれたとしても、「これから大きくなるんですから」と言い返すことができるはずだ。たぶん。


「なんだか楽しそうですね」


「えっ? そう見える?」


「はい。顔が笑ってますよ?」


「そっか……まぁ10日以上振りの狩りだからね。それが見たことのない魔物がいる場所で、おまけに新調した武器となればワクワクしちゃうもんなんだよ。まだどこ行くか決めてないけど」


「そうなのですか?」


「とりあえずお金がピンチ過ぎるから、Eランク狩場でマルタから近い方をとは思ってるんだけどさ。ハンターギルドに行かないとそこら辺の判別ができないんだよね」


「んー……狩場の名称は分かりますか?」


「たしかボイス湖畔とコラド森林、だったかな? もしかしてリステ分かる?」


「ボイス湖畔とコラド森林……少し本体の方で調べてみましょうか。待っていてくださいね」


 ん? 調べる?


 人形のようになったリステを眺めながら首を傾げる。


 リア情報だと町や国の名前は頻繁に変わっても、土地の名称はそう変わることがない。


 だから長く下界を眺めてきた経験から分かるってことだと思っていたが……他に調べる方法でもあるのだろうか?


(【分体】は俯瞰した視点からポイントを特定して降ろす……俯瞰? ってことは地図? 女神様達は神界に地図を持っている?)


 下界から地図という存在を消そうが、管理している神界の地図まで消すとは限らない。


 もしそうであるならば、許可が下り次第地図を書き写してもらいたいところだ。


 未だ大量に持っている書類の裏に書いてもらうのも忍びないけど、わざわざどこかで羊皮紙を買ってきて書いてもらうよりは、見易さも描きやすさも現代用紙の方が優秀だろう。


「お待たせしました」


「あ、お帰り」


「コラド森林の方が近そうですね。マルタの西に延びる街道を進み、途中で分かれる分岐を南に向かえば1時間以内には着くと思いますよ」


「おぉ~ありがとう! ちなみにさ、神界には地図が残ってるの?」


「神界に地図はありませんよ?」


「ん? 調べるって言ってたから、地図でも見てきたのかと思ったけど違うんだ?」


「今日はその地図の件でも、ロキ君にお伝えしなければいけませんね」


「お、おぉ? 何かしら結論がでた――」



 コンコンコン――



「朝食をお持ちしました」


 ぐぅぅぅぅなんと間の悪いことっ!


 でも鐘の音が鳴って30分くらいと注文しているのは俺なので、当然文句を言う場面ではない。


「まずはお食事にしましょう? 食べながらでもお伝えすることはできますから」


「そ、そうだね……」


 なんだろうか。


 地図の結果がどうなったのか。


 そしてこの宿の普通の食事とは果たしてなのか。


 二重の緊張を感じながら、昨夜と同じ大理石っぽいダイニングテーブルへと向かった。




「うん……うんうん……普通に……美味しいね……というか、ちょー美味いね……」


「はい。昨日の味が嘘の……ようです……」


 昨夜ほどではないにしろ、ベーコンやソーセージといった軽い肉料理から、スープや卵料理、チーズにサラダ、フルーツなどなど。


 洋風と言える10種を超える料理が運び込まれ、テーブルの上を賑わしている。


 最初はおっかなびっくりという感じで口の中に入れていたが、今は味が美味しいことが分かりきっているので、早く早くと次の料理を口の中に放り込んでしまっていた。


「特にこのパンは……よく分かんないけど別格に美味い……おまけに食べ放題とか……この宿は『神』かな……?」


「実は私も神の一柱なんですけど……このパンには……負けるかもしれません……」


「いやいや……リステには……このパン100個いても、勝てないよ……」


「ぐふっ……すぐそうやって、さり気無く褒めるんですから……」


「パン100個と比較するのも……どうかと思うけどね……」


 横に置かれた花瓶のような容器には、見た事の無い赤い色の飲み物が入っており、雰囲気からしてフルーツ系のジュースに見える。


 さすがに朝から酒は出さんだろうと、グビッと飲めば――


「うまーーーーーーーーーーーい!!」


「(ビクッ!)」


「これ絶対果実生搾り100%だわ! 甘さと酸っぱさのバランスが絶妙! ん~オレンジに近いか? リステも飲んでみた方が良いよ!」


 そう言いながらコップに注いでやれば。


「ほ、本当に美味しいですね。神界でも飲みたいくらいです」


「原料が何か分かればなぁ……今度聞いてみようかな?」


 その後もパンにナイフで切れ込みを入れ、ベーコンとレタス、チーズを挟んで「これが地球で言うハンバーガーっぽい何かだ!」と力説しながら食べればリステも真似したり、コーンポタージュっぽいスープにパンを浸して食べればそれもリステが真似したりと……


 昨夜とは打って変わって、大半の提供された料理を食べきるくらいに腹を膨らませてしまった。


「リ、リステ……大丈夫? 動ける?」


「少し休めば、大丈夫なはずです……」


「ちょっと、調子に乗って食べ過ぎたね……くるしっ……ベッドで少し横になるけど、リステも苦しいならそうしたら?」


「そうさせてもらいます……」


 マズいとは思っている。


 狩りに行かないと今日の宿代も払えないというのに、ウマすぎて手と口が止まらず、結果動くのがかなり苦しいほどにまでなってしまった。


 せめて1時間、いや30分だけでも――そんな思いで朝まで寝ていたベッドに寝転がると、なぜか後ろをついてきたリステまで俺のベッドに転がってくる。


「ちょー! リステ! ベッドは横にあるでしょ! 未使用の綺麗なやつが!」


「私は気にしません。それに少し横になる程度なら、シーツ替えの手間も少なくなって宿の人間も喜ぶと思いますよ?」


「それはそうかもしれないけど……まぁいっか……」


 大きなガラス窓のせいで光が大量に入り込んでいる。


 さすがにこんな状況で間違いが起こるわけもないし、そもそも二人して間違いを起こせるほど自由に身体が動かせない。


「それで地図の件ですが」


「あ、あぁそうだった」


「皆と相談した結果、地図の存在を戻すことにしました」


「おぉ~それは良かったよ。でもどうやるの? 魔法解除したら元通りって感じ?」


「いえ、一度消したものは元に戻りません。フェルザ様が掛けた魔法ですから、どういう原理で発動させたのかも分かりませんし、私達ではそもそも解除できないのです。なのでということになります」


「なるほどね~となると時間はかかるわけか」


「そうなります。解除できない以上、この世界に生まれた人種は変わらず俯瞰した世界を書き記すという発想を持っていませんから、まずは誰かが作った地図を見せて広めていくしか方法がありません」


「誰か――ってそれ、今のところ俺しかいなくない!?」


「はい、だからロキ君に話しています」


「……一応確認だけど、フェルザ様にお願いして、魔法を解除してもらうという案は?」


「当然出ましたが、以前ロキ君が忠告してくれた言葉が気になりまして……改めての相談には踏み込めませんでした。私達がお願いしたのに、また戻してほしいというのも失礼な話ですし」


「あーそっか。俺がこの世界にいるのは上位神様が絡んでるって話だしね」


「えぇ。フェルザ様とロキ君を呼び込んだ何かが同一かは分かりませんけど、最悪はロキ君が消されてしまう恐れもありますので」


「マジかよ……」


 どんぐりとフェルザ様が同一人物かどうか。


 仮に違った場合、地図を復活させる経緯の中で俺の存在を知れば、異分子としてフェルザ様に消される可能性は十分に在り得る。


 もし同一人物だった場合は――俺は何かしらの目的があって呼ばれたんだからセーフかもしれないけど、その目的如何いかんによっては、女神様を含む誰かが厳しい状況に立たされる可能性も無きにしも非ずか。


 となると、言わないで解決するならそれが正解というのもなんとなく分かる。


 だが――


「地図なんてさ、当たり前だけど俺作ったことないよ? おまけにそんなことしている暇はあまり無いと思うんだけど……」


「もちろんです。地道な地図の作成という重しをロキ君に背負わせるつもりはありません。なので私がロキ君にスキルを与えるつもりです」


「へ?」


「私の固有最上位加護は<導者>。ロキ君の特性上、アリシアの<神子>同様に加護を与えることはできませんが、導者固有スキルの【地図作成】だけは残るはずですから」


「え? ちょ、ちょっと? 話が急展開過ぎて追いつかないんだけど!?」


「安心してください。きっとロキ君の旅を助けてくれるスキルだと思います。ただお渡しする日にちだけ少し猶予をください。与えてしまうと、私は身動きが取れなくなりますので……」


「あ、あぁ……アリシア様の時みたいに、【分体】を降ろすとかできる状況じゃなくなるわけだね」


「はい。だからせめて予定の滞在期間くらいは、ロキ君との食事を楽しませてほしいです」


 今の説明を聞いただけでは、【地図作成】がどんなものなのかよく分からない。


 なんとなくの予想はつくものの、それが有用かどうかは実際に使ってみてからの話だろう。


 でも今はそんなことどうだっていい。


 スキルの性能云々ではなく、リステが相応の覚悟を持って俺に与えようとしていることは分かる。


 俺を信用してくれて、俺に託そうとしていることも分かる。


「―――ッ!?」


 だから思わずリステを抱き締めてしまった。


「リステ、ありがとうね。まだよくは分かっていないけど、地図の作成にそこまでの労力が掛からないというなら、俺は可能な限り広めるよ。それこそ、流通や情報の伝播でんぱ、文明の発展を願ってね」


「……はいっ!」



 リステがベッドの上に座って見守る中、俺は鎧を着こみ、2本のショートソードを腰に掛けた後、特大籠を背負う。


(解体用のナイフ、水筒、ポーション類が入った革袋、食べたくはないけど馬糞モドキ、よし、大丈夫だな。あとは――)


 ふと、思い出したかのように革袋を漁り、既になけなしとなった5000ビーケ相当の大銀貨1枚をリステに渡す。


「これ、転移者探索の時にお腹空いたら使って。昨日の屋台飯、美味しかったでしょ?」


「あっ、ありがとうございます……」


 これで俺の手持ちは見事にスッテンテンだ。


 まさかベザートを旅立つ時は、こんなに早く金がなくなるとは思わなかった。


 まぁその分色々買ったんだし、もうしょうがないと思うしかない。


 今日から稼げばそれで済む。


「じゃあ行ってくるよ。何かあったら【神託】でも使って? 何もなければ、夕方の鐘の音くらいには戻れるように努力するから」


「分かりました。行ってっらしゃい」


 挨拶を済ませてからの道中は長い。


 なんせベッドがある場所から部屋の出口までがビビるほど遠いんだ。


 背中に視線を感じながら歩き続け、やっとこさ廊下に出て――



 リステの見えないところで、俺はあまりに刺激的な匂い、抱き心地に思わずフラついた。

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