第118話 狩場選択と効率と
「リステは絶対に興奮を誘発するフェロモンが出ている。近付き過ぎるのは危険。俺が暴走する可能性有り。というか特大」
誰が聞いても怪しいとしか思わない言葉をブツブツ呟きながら、俺はハンターギルドへと向かっていた。
一応『コラド森林』の場所は教えてもらったが、それとは別に依頼ボードもチェックしておかなければならない。
なにかお得な依頼があったら、確認しないだけで損をしてしまう。
そう思ってギルドの正面扉を開けたわけだが―――
(いやいや、混み過ぎだろ。つーか、ちょっと乱闘になってんじゃん……)
あまりの煩雑さに、俺はソッと扉を閉めてしまった。
身長180cm、中には190cmあろうかという筋肉ムキムキの男達に混ざって、美味しい依頼をゲットできる自信がない。
というより背伸びしても、ジャンプしても、人が多過ぎて依頼内容を確認できるとは思えなかった。
その中に割り込んでいくなんてもっての外である。
(ちょっと遅めに来たはずなのに、それでもこの混雑っぷりか。となると、常時依頼以外は時間の無駄と思って諦めた方が良いかもしれないなぁ)
自分の背丈が恨めしい。
だが自ら望んだことなので、文句はどんぐりにしか言うことができない。
(本気になられたらミジンコの如くあっさり殺されそうなものなのに、なぜかどんぐりには文句言えちゃうんだよなぁ~不思議不思議)
そんなことを思いながらも、依頼を受けないなら狩りの時間でカバーと。
マルタ西門を通過し、コラド森林へと向かって走り出す。
そして約20分後。
長期休暇後ということもあって調子良く走り続けられたため、思いのほか早くコラド森林に到着した俺は早速狩りを開始した。
俺とリステの宿代を稼ぐべく、今日は獅子奮迅の勢いで魔石と討伐報酬を狩り取っていかなければならない。
(とりあえず【探査】は初見のスネークバイトに合わせつつ、適度に他の魔物へ切り替えるかな?)
他は見慣れたリグスパイダーとスモールウルフだ。
リグスパイダーに糸を吐かれると面倒だが、まずはスネークバイトという蛇が安定して倒せる魔物なのかを判別しておきたい。
そう思って極力人の声が聞こえない方へと移動していくと、体長は約3メートルほど。
頭部だけバランス悪く肥大化した、見た目の気持ち悪い蛇が上方の枝に絡みついている。
身体全体が茶色く木の枝に溶け込んでいるので、【探査】や【気配察知】がないと見つけるのがしんどそうな類の魔物だ。
となると、この手の待ちタイプが何を狙っているのか、なんとなく予想もついてしまう。
試しに今まで使用していた方のショートソードを持ちつつ、【気配察知】を発動させながら素知らぬ顔してスネークバイトの下を通過すれば――
「やっぱりね」
上から狙ったように噛みつこうとするスネークバイトが切断され、頭部だけが地面に落ちる。
尻尾は枝に絡まったまま胴体部だけがぶら下がっており、なんとも不気味過ぎる光景だ。
だがそんなことはお構いなしに、討伐部位である頭をヒョイッと籠の中に放り込んだら、残された胴体を下に引っ張りバラしていく。
(下を通れば勝手に剣が届くところまで下りてきてくれるし、これならスネークバイトは楽勝だな。だがこいつは釣れるタイプじゃない――となると、ここはルルブの森より効率が落ちるか)
ルルブの森であれば、走り回っているだけで勝手にオークとスモールウルフがついてくる。
それこそ魔物のペースに合わせれば、40体でも50体でも際限無く。
だが、ここだとリグスパイダーとスネークバイトが、どちらも気付かず近寄る人間をジッと待ち構えているので、わざわざこちらからいる場所まで向かわないと倒されてくれない。
(まぁとりあえずは5体だな。その結果次第で短期撤収か、長期で粘るかを決めるとしよう)
やや頭寄りの胴体内部に魔石を発見し、改めて全体を眺めつつ、頭部と魔石のあった場所との距離感を頭に叩き込む。
皮に需要があるという話だが、今はチマチマと皮剥ぎに時間を費やしたりはしない。
まずは魔物がどの程度の密度でいるのかを調査。
魔物を探す時間の方が明らかに長いとなれば、その時は皮にも手を出そうと決め、【探査】に反応している次なる標的へと向かって走り出した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
夕暮れ時。
ハンターギルドの裏手から直接解体場へ入ると、目の前の光景に思わず顔をしかめてしまう。
「うへぇ……やっぱり混んでるじゃん……」
2つに分かれたカウンターにそれぞれ5~6人の籠持ちが並んでおり、その周りにはパーティメンバーと思しきハンターの人達もいるため、解体場は非常にむさ苦しい場と化していた。
朝はこれから動くという状況なのでまだ良いが、皆さん仕事をしてきた後なので、血や皮などの生臭い匂いの他に、汗のすっぱい臭いまで充満してしまっている。
(はぁ~今日は色々と残念な日だ。早くリステに会って癒されたい。って、リステは癒しより興奮か……)
そんなことを考えながら、籠を背負うではなく、中学生の時に何故か流行っていた抱っこちゃんスタイルへ切り替える。
目の前に並んでいる人の籠から中身を取ろうと思えば取れてしまう。
そして俺は一人身。
俺が取れるなら、俺の後ろに並んだ人は監視の目もなく俺の籠から中身を取れるということに気付いてしまった。
だからこその自衛だ。
どこでも悪い奴は一定数いるし、こういうのは後ろに人が並んでいないうちにやっておくに限る。
(しっかし、大半はカエルと蟹なんだな。マルタはボイス湖畔が人気なのか? そして蟻っぽい素材を抱えている人はいないと)
周囲を見渡せば、籠の隙間や上からはみ出ている素材は大半がカエルか蟹ばかり。
今日行ったコラド森林もそれなりの人とすれ違ったが、さらにボイス湖畔は混み合っているとなると、効率厨の俺は頭を抱えたくなってしまう。
(あーあ。明日からボイス湖畔とパル草原、どっち行こうかなぁ……)
そう、狩場変更は明日からだ。
狩場に魅力がなく、最低限の目標は達成した。
コラド森林終了のお知らせはこれだけで十分だろう。
結局4体目までスネークバイトを倒しても新規スキルは得られず、5体目でやっと得られたのは【脱皮】という謎スキル。
すぐにステータス画面から詳細を確認するも、【粘糸】と同じく俺には使えない魔物専用スキルであることが判明した。
対応ボーナスも魔法防御力と微妙なところだし、スネークバイトが所持している【脱皮】はレベル1だしと……
この時点でレベル3止め、早期撤退ということが確定したため、【探査】で重点的に狩り倒して1日で終了させた。
スキル所持レベルが1でも、レベル3に持っていくまでなら45体で済む。
格下狩場であれば、このくらいの数はなんとでもなる。
「これ、お願いします」
やっと順番が来たので、カウンターにドンッ!と特大籠を乗せる。
案の定カウンターに乗せると対応している人が中身を見られないので、気合を入れて一人で――いや、応援呼んでるな。
二人で地面に降ろしていた。
「随分と変わった狩り方をしたな……」
ボソッと呟く声が聞こえたが、俺に向けられた言葉ではなさそうなので、待っている間にステータス画面確認。
(うわ~今日【脱皮】以外≪New≫がついてないよ! 酷い結果だなコレ……)
レベルも上がらず、使えない【脱皮】スキルをレベル3にしただけ。
これでお金まで悲惨だったら目も当てられない。
「待たせたな。リグスパイダーの魔石と討伐部位が18体分、スモールウルフが同じく62体分、スネークバイトも同じく45体分だ。確認してくれ」
「大丈夫です」
「その籠は――自前か?」
「そうですよ?」
「なら問題無い。坊主、助かったぞ」
「?」
何が助かったのだろうか?
よく分からないまま木板を持って受付カウンターへ向かうも、途中で「あ~なるほど」と一人納得する。
(皆が持ち込む物は解体が前提の素材だったのに、俺は魔石と討伐部位だけ。魔石なんて軽く洗うくらいだろうし、討伐部位だって証明するだけなので、何か手を加えるでもなく焼却なりして処分するんだろう。解体場の人にとって、仕事を増やさないハンターなんだろうな俺は)
だからこそ思う。
明日からは、大量の解体前提素材を持ち込んじゃうかもしれないと。
まぁ彼らだって仕事だ。
ハンターが正規に持ち込んだ素材に対して文句を言うこともないだろう。
先日、忙しそうに解体している姿を見ているので、心の中で謝罪しつつ、もう慣れたとばかりに空いているカウンターへと木板を提出した。
(さてさて、後半は籠の重みで失速してしまったけど、果たしていくらになるかな?)
・
・
・
「全部で634,600ビーケよ。一応革袋に入れておくから、余裕がある時にその革袋は返却して頂戴ね」
安定のおばちゃん受付担当からそう言われ、こんなものかと思いながら革袋の中身を移し替える。
ルルブで稼ぎまくったせいか、1日でこれほどの大金を稼いだというのにもう驚かなくなってしまった。
「革袋は今返却しちゃいますね」
「あら? パーティの人達と分けるんじゃないの?」
「えっ、あー……はは、そこら辺は後でやりますので」
「そう? こちらは助かるからいいんだけど」
(さすがにパーティとは思われるが、金額自体に驚きは無しと。これでBランク狩場の報酬が100万ビーケくらい当たり前って可能性が濃厚になったな)
上位狩り場になれば、討伐数の減少や素材の有用性から素材価値が上がるというのは当然の流れだ。
しかしその反面、魔物が強くなれば数をこなせず、結果的にトータル収益が下がるというパターンも考えられる。
マルタに拠点を構えるBランクハンターがパーティでどれほどの収益を上げているのか。
まだまだ参考程度だが、一つの目星が付けられたと言っても良い。
――ふと、後ろを振り返る。
(誰も並んでいないか。やっぱり皆、可愛いか綺麗な若いお姉ちゃんが好きなんだな)
横を見れば5人ほどの列を成しているカウンターもある中、俺の後ろには誰も並ぼうとする気配が無い。
一時は俺もそうだったことに苦笑いしつつ、チャンスとばかりに質問を重ねる。
「あのーお伺いしたいんですけど」
「ん? 何かしら?」
「パル草原とボイス湖畔って、ここからどれくらい時間がかかりますかね? あと場所も分かれば有難いんですけど」
「えっ? もしかして最近この町に来たの?」
「えぇ。近いと聞いていたコラド森林はすぐ分かったんですけど、他がさっぱり分からなくてですね」
「なるほどね。パル草原はここから2時間ほど。Fランク狩場ということもあってあまり人気はないわね。場所はここから北北東なんだけど、北の街道から右に逸れないといけないから、目印も無いしちょっと分かりづらいかもしれない。そっち方面に他の狩場は無いから、行くなら向かっているハンターの後をついていくといいわよ。
あとボイス湖畔もここから南東に2時間ほど。そっちは町から見える山に向かえばすぐ分かるわ。少し遠いけどマルタでは大人気の狩場よ? なんと言っても獲れる魔物が美味しいから!」
「おぉ~ありがとうございます!」
なるほどなるほど。
2時間というのがなんとも微妙なところだが、まぁ通おうと思えば通えないこともない距離か。
コラド森林との距離が逆だったらとは強く思ってしまうけど、こればかりはどうしようもないことだからな。
そして魔物が美味いか。
蟹は分かるが、カエルも美味いのだろうか?
咄嗟に【気配察知】を発動させて、後ろに人がいないことを確認する。
「素材が美味しいということは、高値で売れるということですよね?」
「もちろん。多少個体差や状態で前後するけど、マッドクラブは一匹20000ビーケ、アンバーフロッグは一匹16000ビーケほどでギルドでも買い取っているわ。お・ま・け・にっ! 金色に輝くアンバーフロッグは至高の味と言われていて、貴族や王族がこぞって食べたがる幻の食材!
取ってきたら最低でも50万ビーケはするだろうから、君もチャンスがあったら積極的に狙ってみると良いわよ!」
(んー? んー……うーん……)
ここまで聞いて、報酬はなんとも微妙だなと感じてしまった。
先ほど籠から見えたそれぞれの大きさは、おおよそ50cmほどだろうか?
決して小さいというわけではない。
となるといくら特製の籠でも、ギュウギュウに押し込めたところで10体入るかどうか。
いや、たぶんそこまでは入らないだろう。
買取額の高いマッドクラブを詰め込んだとしても20万ビーケ程度……
隙間にその他の討伐部位や魔石を放り込んでも、精々30~40万ビーケくらいが関の山だろう。
Fランクのホーンラビットを獲ってくるよりは割が良いかもしれないが、数をこなせるなら今日のように、魔石と討伐部位に集中した方がトータル収益は高くなるだろうな。
その後も誰も並ばないのをいいことに、根掘り葉掘りといった感じでそれぞれの討伐報酬額、魔石の買取額などを聞いていく。
おばちゃんも暇だったからか、それとも長年の経験か。
饒舌に狩場情報や換金情報を語ってくれるので大助かりだ。
そしてひとしきり聞けたところで――
ご~ん……ご~ん……
夕刻の鐘が鳴り始めたので、おばちゃんにお礼を言って宿へ戻る。
背後でおばちゃんが
「君は何か大成しそうな気がするわよ! 何かあったら私のところに来なさい! 私のところによ!」
と、騒いでいるのが印象的だった。
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