第115話 高級な料理とは

「なるほど……そういうことだったのですね」


「うん。まずは黙っててごめんね。本当かどうかを俺自身が判別した後にって思ってたから」


「いえ。ロキ君がそう判断されるのも当然のことです。特にリアを知っているのであれば」


「そう、そこなんだよ。いきなり暴走されるのもマズいからさ」


「しかし――そうでしたか。地図といい、転生者といい、私達は本当に失敗だらけです……自らこの世界の終わりを早めてしまっている気さえします」


 基本は冷静沈着なリステだ。


 フェリンのように感情を表に出すタイプじゃないと思うけれど、それでも落ち込んでいる様子は手に取るように分かる。


「女神様達の選択したことが全て悪い方に転がったわけじゃないんだよ? 地図を無くしたことによって大陸全土を巻き込むような戦争が無くなった。それも事実なんだろうし、転生者を呼び込むことによって今目の前にあるような、地球人の俺でも驚く機能の設備だって生まれている。必ず物事にはメリットの裏にデメリットが存在するんだからさ。結果を踏まえた上でここからどうするかを考えるのが重要だよ。まだ断定できない情報でもあるしね」


「……そうですね。ふふっ、さすがロキ君です」


「違う違う。ただ打算的なだけだよ。異分子の俺を泳がすことは女神様達にとって大きなデメリット。でもその裏にきっと色々なメリットだってあるんだぞ、っていうね」


「ロキ君の存在をデメリットに感じている女神はもういないと思いますよ? アリシアだけ余計なことで心配しておりますが」


「余計なこと?」


「えぇ……まぁそれは置いておくとして」


「え?」


 なんだこの露骨な話題逸らし。


 さっきお互い正直にって言っていたはずなんだが?


 まぁ、神様達の事情になんでも首突っ込めるわけじゃないのは分かってるけどさ……


「下界の多くの人種が、一部の転生者によって被害を受けている可能性があることは把握しました。そしてロキ君はその事実確認をしていただける。この認識で間違いありませんか?」


「うん合ってるよ。ただ凄く重要なこととして、俺は世界の英雄とか救世主の類になるつもりは無い。その手の資質が無いことは自分が一番理解している。だからあくまで目的のついで。何よりも優先するわけじゃないことは理解してほしい」


「目的――強くなりたい、ということですよね?」


「そうだね。そのためにはこの世界の狩場を巡る必要があるから、その過程で得られる情報だって色々出てくると思う。それはもちろん女神様達に伝えるよ」


「それでも十分過ぎるくらいです。元は私達の撒いた種ですから、ロキ君に全てをどうにかしてもらおうなどという気はありません。フェリンの件も含めて、こちらでどう対処すべきか――まずは私一人で考えてみます」


「一応フェリンにも心を読まれてバレたから、必要があれば相談してみると良いかもね」


 コンコンコン――


「お食事をお持ちしました」


「おっ、それじゃ今結論の出ない話は置いておいて、まずは食事を楽しもうか。きっと高級宿の料理ってなったら凄いよ!」




 大理石と思われる、20人くらいは座れそうな横長のダイニングテーブルに、いったい何人前なんだ? とドン引きしてしまうレベルの様々な料理が次から次へと並べられる。


「……」


「……」


 俺の前には鉄……いや銀かな?


 今までとは違う、金属製のフォークやナイフがズラリ。


 皿も木製はほとんどなく、大半はガラス製か陶器のようなものが使われていた。


「2時間ほどしましたら下げに参りますので」


 そう言って去っていく従業員さんを後目に、リステへ声を掛ける。


「凄い量、だね……」


「貴族は食事を残すべきという考えがあるようですから、それに合わせているのかもしれませんね」


「う~んさすが最上位の部屋。勿体無いとしか思えないけど、まぁ明日から減らしてもらうように言えばいっか。とりあえず乾杯しよう」


「乾杯?」


「グラス同士をコンッとね。仲の良い人達がやる地球の風習と思ってもらえればいいかな?」


「や、やります!」


「ふふ、それじゃ乾杯」


「乾杯」


 明日は本気でお金を稼がないといけないので、俺は飲み過ぎないよう注意しないといけない。


 だが、最初に注がれたワインくらいなら、場の雰囲気というのもあるので飲んでおきたいところだ。


 グラスに軽く口を付け、すぐ視線をリステに戻す。


(ほんと似合うなぁ……)


 上品なドレスを着て、赤ワインを飲む姿がこれほど様になっている人は、今までテレビでも見たことがない。


 顎を少し上げた時、チラッと見えるイヤリングがまた、安物のくせになんとも良い仕事をしている。


「どうしました?」


「うん? んー……素直に、綺麗だなと思って」


 言うのを躊躇った。


 誤魔化そうかと悩んだ。


 だが、""という言葉が引っかかって、物凄く恥ずかしいけど言ってしまった。


「あ、ありがとう……ございます……」


 透けるような透明感のある白い肌が、みるみるうちに赤くなる。


 そんな反応されると余計に恥ずかしくなるわ。


 思わず視線を外に向ければ、今までこの世界では見なかった大き目のガラス越しに、視界一杯の屋根が見えた。


「この町はかなり大きそうだね。1週間くらいの調査で間に合いそう?」


「どうでしょう? 本格的に動くのは明日からなのでまだなんとも言えませんが、もし間に合わなければ引き継ぎますから」


「そっか……」


 内心、間に合わなければ1週間と言わずに延長しちゃえば? と言いかけてしまったが、女神様達は順番を決め、次がリガル様なのかアリシア様なのか分からないけど、その二人も下界観光を楽しみにしているのだろう。


 そんな中、俺が余計なことを言ってゴチャゴチャにしてはいけないと、グッと堪えて我慢する。


「さー食べよっか! リステの好きな食べ物は――って、今まで食事してこなかったんだから分からないか」


「そうなんです。だからロキ君が美味しいと感じた物を私も食べてみたいです」


「オッケ~じゃあどんなものか、俺がちょっとずつ食べてみようか」


 目につく物を小皿に分けていき、とりあえずと計10種ほどの料理を眼前に並べる。


「どれどれ、まずはスープから……って辛っ! このスープ辛いわ!」


「辛い料理ですか? どんなものか飲んでみたいです」


「そ、そうねそれも人生経験と思って……取ってあげるからちょっと待ってて」


「ロキ君のそれでいいですよ」


「え? あ、そう?」


 少し立ち上がり、ヒョイッと俺のスープ皿をスプーンごと回収していったリステは、躊躇いもなくそのスープを口に運ぶ。


「ッ……なるほど。舌と喉が痺れますね」


「でしょ? 辛くても美味しい料理ってのはあるんだけど、これはただただ辛いだけな気がするなぁ……」


 その後も肉料理を食べれば強烈に濃い味付けが、魚料理を食べれば鼻腔を襲うくしゃみ発生成分が、油で揚げたような団子形状の物を口に運べば、内部には辛みを伴った香辛料の詰め合わせ爆弾が。


 美味しいと感じる料理に巡り合うことなく時間だけが過ぎていく。


 その間、まるで決まった流れのように、俺のところからヒョイヒョイと皿を回収してはちょっとずつ食べていくリステもしかめっ面が多く、唯一美味しいと感じたのは生野菜だけだった。


(なにこれ? まさかの嫌がらせ?……いや、さすがにリステがいること分かっていてそれはないよな……)


「リステ、正直に言っていい?」


「はい」


「一番美味いと感じたのがサラダで、あとは個人的に全滅だったんだけど、俺の舌がおかしいだけ?」


「いえ、ロキ君の味覚が正常だと思いますよ。私もお昼に食べた食事の方が断然美味しいと感じましたので」


「だよねだよね……なんだこれ?」


「これが貴族などの上級民、一部の特権階級が食す料理なのだと思いますよ?」


「へ? 敢えてこんなの食べてるの?」


「あくまで教会に立ち寄った商人達の記憶ですが、高価な香辛料をふんだんに使うことこそが貴族の料理、という考え方もあるようです」


「なるほどね……」


 この説明で納得がいった。


 見た目はとにかく豪勢だ。溢れんばかりの料理が並び、素材もよく分からないけど丸焼き系があったりと、きっとお金を掛けて良質な素材を使っているんだろう。


 だが素材の味を活かすなんてことはなく、とにかく高い香辛料をぶっかけろっていう――味よりもこれだけ使ったんだぞ、っていう実績を優先させた料理なんだろうな。


 だからほとんどの料理が冷めていようとも関係無し。


 そしてそれを少しだけ食べて、残りを捨てることでさらに自分の力や財を誇示する、みたいな。


 そんな想像をしたら、思わず本音が口から零れ出た。


「貴族の見栄ってのはくだらないなぁ」


「地球では違うのですか?」


「俺は地球でも庶民だったから詳しくないけど、まずこんなレベルの意味が分からない料理はないと思うよ。素材の味を活かしつつ、どれだけ美味しく仕上げられるかが最重要だし。例外もあるけど、高い素材は美味しくて当たり前。逆に安い素材でどれだけ美味しく仕上げられるかが腕の見せ所、ってのが普通の考え方かな?」


「なるほど……」


「こんなことのために、住民が税を持っていかれているわけでしょ? そう思うと下らな過ぎるって思っちゃうよ。まぁそれがこの世界のルールなのかもしれないけどさ」


「……」


「ねぇリステ、まだ食べられるでしょ?」


「え? あ、はい」


「俺も正直足らないというか、ちゃんと美味しい食事を摂りたいからさ。ちょっと待っててもらえる? 今からなんか買ってくるから」


 そう言って、返事も聞かずに部屋を飛び出す。



(冗談じゃない。折角仲直りできたっていうのに、こんな見栄だけの料理にぶち壊されてたまるか)



 残金の都合上、安心して買えるのは屋台飯くらい。


 だが、俺がこの世界に来て頻繁に食べている料理だし、何よりハズレ無しで今まで全部美味かった。


 ならば、それらをリステにも食べさせてあげたい。



(さてさて、リステは何を好むのかな?)



 そんなことを考えれば自然と足取りも軽く、俺は屋台を求めて町の中を駆け巡った。

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