第114話 謎の魔道具

 厳密には俺だけが泊まるこの宿『ハンファレスト』は4階建ての建物だ。


 大通りに面したお店でも大体は2階建て、たまに3階建てがある程度で、4階建てというのはパッと見た感じでもこの辺りで一番高い建物になる。


 そんな宿の最上階に着くと、正面には1本の廊下が延びており、その左右にはドアが3つ存在していることが一目で分かった。


(左に一つ、右に二つ。ということは――)


「こちらが当館で最も広いお部屋となります」


 やっぱりか。


 最上位の部屋はフロアの半分を占めているらしい。


 絶対にここまで必要無いよ?


 6畳程度のスペースもあれば十分なんだけど?


 内心そう思うも、今更止まることはできない。


 ドアを開けられ、一歩中へ踏み込めば――


「しゅご……凄いですね……」


 端から端まで50メートル走が余裕でできそうな、仕切りの無い一つの大きな部屋が視界に飛び込んくる。


 巨大なベッドが1つ2つ3つ……いったい何個あんだよコレ。


「お食事の時間はどうなさいますか?」


「えっ? あーっと……鐘の音が鳴ったあと、30分後くらいにお願いできますか?」


「承知しました。こちらの部屋には複数の魔道具を設置しております。もし使い方についてや、追加の魔石が必要になりましたら1階カウンターまでお申しつけください」


「は、はい」


「最後に、滞在は1週間ほどと伺っておりますが、その間シーツの換えはいかがいたしますか?」


「日中はいませんので、可能であれば毎日お願いします」


「ではご不在中、当館スタッフが室内へ入りますので、もしお荷物を部屋に残される場合、右奥にございますストレージルームをご利用ください」


「ストレージルーム?」


「開閉に個人認証を必要とする荷物置き場でございます。ご利用方法は部屋内に記載しておりますが、何かご不明な点がございましたらお知らせください。スタッフがご説明させていただきます」


「……分かりました」


「それでは、ごゆっくりとお寛ぎください」


 綺麗なお辞儀をして去っていくスタッフさんを見送りつつ、俺はとんでもない場所に来てしまったと頭を抱えた。


(なんだこりゃ……想像よりも遥かに凄いぞ? まずこの部屋涼しくないか? クーラーでもついてんのか?)


 中へ踏み込み辺りを見渡せば、よく分からない魔道具らしき物が所々に設置されている。


 しかし見慣れた家電品とは違い"何を目的にしているものなのか"が連想できないため、ただの調度品といまいち区別がつかない。


「素晴らしいお部屋ですね」


「リステは意外と普通だね。俺はもう謎の魔道具という時点でいっぱいいっぱいなんだけど」


「ふふっ、私も魔道具には興味がありますし、夕食まで時間もありますからゆっくり見ていきましょう」


「そだね。それじゃリステは先にこの部屋を楽しんでてもらえる? 俺は昨日の部屋から荷物取ってこないといけないからさ」


「あっ、そうでしたね。では私が使い方を把握して、あとでロキ君に解説してあげましょう」


「おぉ~それ助かるよ! さすがリステ! それじゃまたあとでね!」


 宿から宿までの距離は近い。


 俺はダッシュで昨日泊まった宿へ荷物を取りに行った。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「ふむふむ。冷風が出てくる魔道具、湯を出す魔道具、物を冷やす魔道具に水を出す魔道具か」


「使用する度に操作が必要なのは、お湯を出す魔道具と水を出す魔道具ですけど、どちらもこの棒を下げるだけなので難しくはないですね」


「んだね。ここら辺は使い方さえ分かれば問題無い。となると、よく分からないのはこれか」


「そうですね。使い方は把握しましたが、これだけは私もどの魔法が組み込まれているのか分かりません」


 二人揃って、先ほど簡単な説明を受けた『ストレージルーム』を眺める。


 内部は3畳ほどのスペースで、棚などは一切なく、見た目はただの物置きといった具合だ。


 だがドア、というよりは金属製の重厚な扉と表現した方が適切なソレには、中心部に魔法陣と思しき紋様が彫り込まれている。


「ここに手を当てるだけでいいんだよね?」


「そうです。一度試してみてください」


 当然とばかりに魔法陣の上に掌を当てると、その魔法陣が光り輝く。


 そしてすぐにリステがその魔法陣に掌を当てるが、魔法陣は何も反応しない。


「魔法を発動させた者しか開けられないというのは本当のようです」


「へ~こりゃ凄いなぁ。地球にも声紋や指紋とかで個人を判別する方法はあるけど、これはどうやっているんだろう?」


 魔法陣を見てもただ綺麗に彫られているだけといった感じで、とても指紋を判別するような装置が付いているとは思えない。


「一応確認ですが、ロキ君は魔力量が数値化されて見えるんですよね? 今の行動で魔力が減ったかどうか分かりますか?」


「ん? 分かると思うけど」


 リステに言われたことを確認するためステータス画面を開けば、今の施錠と開錠という工程で魔力が『2』消費されたことが確認できる。


「2だけ減ってるね。ということはそれぞれの消費がたったの1? これ、さらに凄くない?」


「凄いです。やっていることは結界の応用――ただ魔力消費1というのは在り得ないわけですから、そうなると外部からの魔力供給に頼ることになる……」


 なんかブツブツ言いながらドアを確認しているリステを黙って眺める。


 しゃがんだ時に真っ白な細い太ももが見えて、ラッキーと心の中で歓喜する。


「やはり。これで誰でも使えるようにしているわけですか。ただ個人の識別はどうやって……? 魔力を僅かに使用する、させるということは魔力の波長? しかし――」


「お、おーい……リステさーん……」


「す、すみません……他の魔道具は少なからず商人がもっていた知識だったのですぐ理解できましたが、これだけは初めて知る内容なので大変興味深いです」


「細かく確認してたもんね。で、何か分かった?」


「推測ですが、これはこの世界の人種が作れるとは思えませんね」


「つまり……転生者が作った可能性大ってことか」


「そうなります」


 そっかそっか。


 誰か知らんけど凄いじゃん!


 調子に乗りまくっている転生者もいるんだろうけど、その陰で女神様もビックリな機能を持った物を開発している同郷がいると思うと、なんだか俺まで誇らしくなってくる。



「また1個、転生者の功績見つけたね」



 思わず呟いた何気ない一言だったが。


「……一つ気になっていることがあります」


「ん?」



「フェリンに何か、重要なことを言いましたか?」



(……やっべぇ)



 考えて見たら、リステには転生者絡みの功績なんて一度も話していなかった。


 フェリンにまだ他の女神様達には言うなと言っておきながら、俺が先にボロを出してしまうとは……


「は、はは……言った……かも……」


「ロキ君、私達は先ほど学びましたよね? お互い正直になるべきだと」


「はい……」


「ロキ君に会った後、フェリンの様子がおかしくなりました。急に下界を旅したいとか、皆がうらや……んんっ! 皆が心配するようなことを言い始める始末です」


「はい……」


「その原因はロキ君にあると思っていましたが、いったい何を伝えましたか?」



 もうダメだな。


 これは逃げられない。


 神様相手に嘘が押し通せるとは思えないし、それをやってしまえばリステからの信用を失ってしまう。


(まぁ……当初の予定ではリステかアリシア様に話す予定だったしな。リステなら話してしまった方が良いかもしれない)


 覚悟を決めた俺は、フェリンと同様にヤーゴフさんから聞いた情報を、あくまで確証が得られていない話として伝え聞かせた。

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