第113話 威光の効果
無事、先ほどのアクセサリー店でリステ用のネックレスとイヤリングを購入した俺達は、次なる目的地へと向かって歩き出していた。
もう何度目か、横を歩くリステを思わず見上げる。
(美人は安物だろうと関係無しだなぁ……)
アクセサリーを着けることによって、リステの高貴オーラはさらには爆上げしてしまった。
街行く人々の視線が痛いとはまさにこのことだなと痛感する。
セットで「横にいるこいつはなんだ?」という、怪訝な視線を向けてくる人達には火の玉でも飛ばしてやりたい。
が、俺自身の気持ちはもうだいぶ落ち着いていた。
ここまでいけば1段上がろうが2段上がろうが、どっちにしろ天上人というのもあるし、リステは自分のためではなく、俺が喜ぶと思ってこのドレスに着替えてくれたんだ。
(むふっ……むふふふっ……)
男にとってこれほどの喜びはそうないだろう?
この優越感だけで飯が5杯は食えそうだし、そう思えばそれなりに心の余裕も生まれてくるというもの。
それに対し――今のリステは厳しい状況に置かれているはずだ。
今俺達が向かっているのは服屋。
きっかけはリステの一言だった。
「ロキ君、さすがに服装をもうちょっとよくしましょうか」
正直を良しとしたリステのこの言葉に、俺は黙って深く頷いた。
自覚症状がありまくりだったので、言われてショックということもまったくない。
だから俺はこう答えた。
「じゃあリステが選んでよ。せめて奴隷じゃなく、従者と判断されるくらいに見られればそれでいいからさ」
その後、リステは先ほどとはまた違った威圧感を放ちながらブツブツ呟いている。
「なんという責任を……男性の理想の格好とは……そこに予算も加味しなければ……」
こうなった時、今までなら迷わず「大丈夫?」と声を掛けたんだろうけど、今はもう放っておくことにしている。
リステが俺のためにあれこれ考えてくれていると思えば、それはそれで嬉しいしね。
だが、俺のような未成熟な身体に似合う服となれば、選ぶ側のセンスもかなり問われるはずだ。
まぁ商売の女神様だし、これくらいの試練は今後のためにも乗り越えてもらうとしよう。
「リステ、このお店小さいサイズの服も置いてそうだよ?」
「……では入りましょう。ちなみにご予算は?」
「ん~10万ビーケ以内くらい? 明日から狩りを開始するから、手持ちのお金で足りるならなんでもいいんだけどね」
「分かりました。ロキ君を立派な男性に仕上げてみせます!」
おぉ、凄い気合だ。
これは本当に残金の勘定をしておかねば。
(とりあえず宿代とご飯代を差し引いて――5万ビーケくらい残しておけば何かあっても大丈夫か?)
そんなことを思いながら、俺はコソッと革袋の中身を数え始めた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「こっ、これでどうでしょう……?」
壁に掛けられた小型の鏡から、自分の上半身を確認する。
「おぉ~!」
映された自分の姿は、地球の頃の衣類にだいぶ近い印象を受けた。
首元に謎の、結ぶわけでも無い紐が付いた灰色のシャツ。
いったいこの紐はなんなんだと問い詰めてやりたいが、低価格帯の量販店でいつでも売っていそうなこの服なら、地球人の俺でも抵抗なく受け入れられる。
そしてズボンは何の素材か分からないけど、レザーではない何かの繊維でできた黒い普通のズボンだ。
当初リステは、不思議な構造をしたズボンを俺に提案してきた。
それもなぜか、白い靴下付きで。
どうやら靴下の中に裾を入れることが前提のズボンなようで、地球にいた頃に何かで見た貴族様スタイルを思わせるヘンテコ衣装だった。
だから俺は即答した。
マジで勘弁してくれと。
遠慮をしなくていいというのはこういう時に楽なものである。
ブーツインならまだ受け入れられるが、靴下インなんて、それなんて罰ゲーム? と俺は思ってしまうので、いくら上級民スタイルだろうと断固拒否。
その後もズボンの裾を何かに入れたがるという、重い病にかかったリステの提案を躱し続け、最終的にはよくある平民スタイルを俺が希望してやっと今の形になった。
「こうこう! こんな感じ! これなら抵抗無く受け入れられるよありがとう!」
「もっと位の高そうな服装にしたかったのですが……」
何やらリステはちょっとご不満みたいだが、金銭事情を考えても小奇麗な平民スタイルが無難なところだろう。
ついでに狩り用のインナー農民衣類も、比較的程度の良さそうな古着を4セット購入。
スキルのせいで当分背が伸びないんじゃないかという不安から多めに購入したわけだが、1セット10000ビーケくらいなら急に背が伸びても後悔することはないはずだ。
「代金は15万6千ビーケでございます」
「じゃあこれで」
お金を払うついでに革袋に入れてある腕時計を見れば、時刻はもう17時過ぎ。
そろそろ風呂付き高級宿屋の空き状況を確認した方が良さそうな時間帯だ。
「リステ、次は宿屋の部屋が空いているか確認しに行こうか?」
「はい分かりました」
こんなやり取りを、お金を受け取る店員さんは目を見開いて見つめていた。
「ねぇ……リステの名前って人前で気軽に言わない方が良さそうじゃない?」
「どうしてですか?」
「いや、さっきの店員さんもアクセサリー屋の人も、明らかに『リステ』っていう名前に反応してたんだよね」
「私達の名を子に与える者は多いはずですから、気にしなくてもいいのでは?」
「うーん。それはリアからも聞いてたんだけどさ。どうもリステの場合は雰囲気も相まって、そのまま女神様を連想させてしまっている気がするんだよなぁ」
ここまで普通じゃないオーラを放ちまくっている人はそういない。
特に商売をしている人はリステを信仰している可能性が高そうだし、そんな神々しい人が信仰対象と同じ名で呼ばれていたら、「まさか」と思われてもおかしくない気がする。
「伏せた方が良さそうならそうするけど、どう思う?」
「今まで通りでお願いします」
「はやっ! 結論出すの早くない!? ちゃんと考えてる!?」
「考えましたよ? リステと呼ばれないのは嫌なのでお断りします」
「いやいや、それ何かあった時のことまったく考えてないでしょ……まぁ女神様的にそれでいいならいいんだけど」
「大丈夫ですよ。女神が下界に降りたという前例がありませんから、"まさか"と思ってもそのまま"まさか"で終わります」
「あーなるほど」
「それにリステと呼ばれないということは、仮の名になるということですよね?」
「仮の名を作ってもいいし、あとはリステをモジって『あだ名』を作るとか? さすがに呼び名を作らず『君』じゃ他人行儀だし、『おい』とか『おまえ』じゃ失礼過ぎるだろうしね」
「おい……おまえ……?」
(やべっ……マズったかもしれない……)
「い、いやいや、それは無しってことだからね!? そんな失礼なこと言わないよ!」
「……いっ、一度言ってみてもらえませんか?」
「は?」
「どんなものか、一度だけ」
「……」
「……」
「……おいおまえ、早く宿屋に行くぞ?」
ブルッ……
そう言った瞬間、横を歩くリステの身体が小刻みに震えた。
まさかと思って見上げれば、驚きつつも恍惚とした表情を浮かべていらっしゃる……
「リ、リステッ! なんかマズい気がするよ! せっかく慣れたのに、俺までおかしなことになりそうな気がする!」
「そっ、そっ、そうですね! 不敬ですよまったく!」
自分で望んだことなのに、顔を真っ赤にしながら不敬なんて言っているリステが可愛くてしょうがない。
が――
(リステってまさかの亭主関白好き? というか、もしかしてどMなんじゃ……?)
良からぬ想像に思わず頭を振る。
(今起きたことは忘れよう……)
そう思いながら、見えてきた例の風呂付き宿屋の入り口へ向かった。
「さて、今日は空いているかな~」
「今日は大丈夫だと思いますよ? 念のため私も一緒に行きますし」
「? それが何か関係あるの?」
「えぇ。たぶんですが」
どういうことだ? と首を捻りながら受付カウンターへ行くと、昨日も対応してくれた初老の男性と目が合った。
「すみません。今日は部屋に空きがあるでしょうか?」
その言葉に初老の男性は焦った表情を浮かべながら俺を見て、リステに目を移し、また俺を見る。
「も、もちろんでございます……」
「それは良かったです」
そう返答しつつも、頭の中には疑問が、そしてすぐに予測へと結び付く。
(あ~なるほど。そういうことね)
なぜ、もちろんなんて言葉が出てくるのか不思議だった。
が、昨日も空きがあったのなら、その言葉を使うことにも納得できる。
そして昨日はリステがおらず、俺の格好はまるで乞食のような農民スタイル。
つまり、そういうことだったんだろう。
身形で客を選別する宿なんて聞いたことはないが、地球にだって相応の格式がある場所では最低限の服装やマナーが求められるし、ここがそういう場所だったと思うしかない。
俺がそう整理を付けたというのに、話はあらぬ方向へと転がっていく。
「差支えなければ、昨日もこちらの女性と宿泊する予定でございましたか……?」
「え? えぇ……結局別の宿に泊まりましたが」
実際には部屋にいただけで泊まっていないけど、この返答に初老の男性は硬直する。
そしてすぐ様リステを見つめ、最敬礼と言ってもいいほどの角度で頭を下げた。
「こちらの不手際、大変申し訳ございませんでした!!」
この声に、ロビーで寛いでいた裕福そうな人達の視線が一斉に集まる。
うへぇ……
チラリとリステを見上げれば。
「……」
相変わらずのだんまりだ。
考えてみれば、なぜかリステはこの世界の住人と言葉を交わさない。
今の状況ではどうでもいいことかもしれないけど、目の前で脂汗を垂らすこの男性にとってはそれどころじゃないだろう。
構図からして、リステが主人で俺は小間使い。
その小間使いの宿予約を身形だけで断わった結果、リステの宿泊まで断ったことになってしまった。
おまけにそのリステはお冠――黙っていればそう判断されてしまう。
「お詫びに無料で最上位のお部屋をご用意させていただきます……何卒、何卒ご容赦を……」
凄いな……不謹慎だが素直にそう思ってしまった。
リステは一切身分を明かしていない。
ただ黙って立っているだけだ。
にもかかわらず、リステの雰囲気から小金持ち程度の存在ではないと悟り、すぐさま最上位の部屋を提供という提案に入った。
立っているだけでそうさせているリステも凄いし、相対する人物を見極めてすぐ最上位を提案するこの男性も、どちらも凄い。
だが――こうなると次に困るのは俺だ。
俺は一時的な宿泊ではなく、この近辺の狩りに満足するまでここに宿泊予定なんだ。
最上位の部屋と言われればそりゃ有難いが、一日だけお詫びで泊まって、その後の自腹は格下の宿になんかすれば、自ずとリステの株を下げてしまうことになる。
かと言ってずっと最上位の部屋に無料はいくら何でも宿側が許容できないだろうし、俺も費用を払い続けられるかどうかが分からない。
「一応お尋ねしますが、本来であれば最上位の部屋はおいくらするんですか?」
「……お食事代も含みで、お一人様一泊20万ビーケとなります」
「なるほど……」
こりゃキツいな。
二人で40万ビーケ。
宿代のためだけに全力で稼ごうとすればなんとなかなるかもしれないけど、風呂と美味しい食事があれば他はなんでもいいと思っている俺には無駄金過ぎる。
「まず前提として、僕達は1泊だけの予定ではないんです。こちらの女性は約1週間ほど滞在します」
「……」
チラッとリステを見上げれば表情に変化は見られない。
さすがにリステの名をこの場で出すのはマズいと思ったので、ちゃんと空気を読んでくれているようで一安心だ。
「その間ずっと無料というのはそちらも厳しいでしょうし――どうでしょう? 今日を無料にとおっしゃるようでしたら、滞在期間の宿泊費をお安くしていただくというのは?」
「……承知しました。では滞在期間中、最上位のお部屋を1泊10万ビーケとさせていただきます」
「一人分がですか? それとも二人分がですか?」
「ッ……も、もちろんお二人様で10万ビーケとさせていただきます」
(あ、あぶねぇ……)
これで一人10万ビーケと言われたら、リステだけその部屋にして俺は安い部屋を選ぶところだった。
だが二人で10万ビーケなら、まぁ一時的な贅沢と思えば許容範囲内の金額だろう。
「それでいいですか?」
そう言いながらリステを見上げると、無言のままコクリと頷く。
「承知しました。それではご案内させていただきますのでどうぞこちらに。お食事は朝夕とお部屋に直接お持ちいたします」
部屋への道中、「あれはいったい何者だ?」と。
ロビーにいた商人っぽい男達から好奇の視線が注がれる。
慣れてきたとはいえ……それでもなんとも言えない鬱陶しさを感じながら、俺達は案内役の女性についていき宿の上階へと向かった。
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