第112話 本音

「リステ! ごめんって!」


 代金を支払い、品物を受け取った俺達は早々に店を出た。


 というよりも、リステが先に店を出てしまったので、急いで後を追いかけた格好だ。


 正直、なぜこんなことになっているのかはよく分からない。


 ただリステの機嫌が明らかに悪いのは俺のせいだろうし、そうなると口から出てくる言葉は謝罪しかなかった。


 しかし、それでもリステは止まらない。


 大通りから中へ入り、人気の少ない細い路地の方へと向かっていく。


「リステ……リステ様! ちょっと待ってください。一度止まって――まずは事情を聞かせてください!」


「……」


「何か気に障ったのなら謝りますから! 俺がバカなばっかりに、なぜリステ様が怒っているのか……それがよく分からないんです!」


 まるで俺から逃げるように何本もの路地を抜け、それを追いかけながら謝罪の言葉を繰り返し――


 やっと、人がギリギリすれ違えるかどうかという、細い裏道のような場所でリステは止まってくれた。


 が――


「……なぜ、追いかけてくるのですか?」


 ――背を向けたまま発した言葉は俺へのだった。


「そっ、それは当然でしょう!? 今日は行動を共にするって話だったじゃないですか! こうなったのは俺が何かやらかしたからですよね? だからちゃんと謝ろうと……」


「ロキ君が問題ある行動をしたわけではありませんよ?」


「じ、じゃあなぜ!?」


「ロキ君は――私と一緒にいてもつまらないでしょう?」


「は……?」


「先に下界へ降りた3人は、皆がその様子を語ってくれました。と言っても語る内容の大半はロキ君のことばかりです。フィーリルやフェリンはまだ分かりますが、あのリアもがロキ君との会話を、共に行動した内容を楽し気に語るのです。――だから私も楽しみにしておりました」


「……」


 失敗した。そう思った。


 最初に降り立った時、砕けたやり取りに抵抗を感じていた俺を、リステは仲間外れと称して嫌がった。


 泣き真似から半分冗談くらいに捉えてしまったが――


「気付いてますよね? ロキ君は私に気を使ってばかりです。言い換えれば、私がロキ君に気を使わせてしまっているということになります」


「そ、それは……」


「昨夜、ロキ君は眠気を我慢して私に付き合ってくれました。でももし、その相手がフィーリルであれば、ロキ君は素直に眠いと言ったのではありませんか?」


「……」


「今日連れていっていただいた食事のお店も、ロキ君はずっと私のことばかり気にされていました。でももし相手がフェリンであれば、お互いに食事の感想を言い合う楽しい場になっていたのではありませんか?」


「……」


 どちらも、リステの言う通りだ。


 フィーリル相手なら素直に眠いと言えるし、フェリン相手なら食事の感想を言い合っていたに違いない。


 どうして、どうして俺はリステ様だとこうなってしまう?


 ただただ高貴という言葉で片付けている雰囲気のせい?


 それだけなのか?


 いや、違うだろ……答えは分かっているじゃないか……


「だからもう大丈夫ですよ? 私はロキ君に気を使わせたくはありません。これからパルメラ内部の調査へ切り替えますから、もう当面お会いすることも無いかと思います。神界に魂だけ来られることがあった時だけ、もしかしたら私がいる可能性もありますが――その時くらいは許してくださいね?」


「――――ッ!? 冗談じゃないっ!!」


 思わず声を荒らげてしまった。


 だがここでどうにかしなければ、本当にリステの言ったことは実行されてしまうはずだ。


 そんなの、俺が望むところじゃない!



「すみませんでしたっ!!」



 だから咄嗟に土下座をした。


 これは身分不相応な思いを抱いた、俺自身への戒めだ。


 せめて、本来あるべき関係には戻したい。


 その一心で頭を下げる。


「?……さきほど言ったはずですよ? ロキ君が悪いわけではありません。それは今日周囲の人間を見ても感じました。原因は周りに気を使わせてしまう私という――」


「違います! 明らかに俺自身の問題です!」


「……?」


 こんな不格好な告白なんて前代未聞だろう。


 ただでさえ小汚い恰好だというのに、舗装もされていない裏道に手と額を擦り付け、これ以上無いほど無様な格好を晒してしまっている。


 だが――


「お、俺は……リステ様を一人の女性として強く意識してしまいました。相手が女神様であるにもかかわらず……少しでもリステ様に気に入られたいと、余計な気を使ったばかりにこのような事態になってしまい、大変申し訳ありませんでしたッ!!」


「ッ……」


「でも、こんな話になるくらいなら――もう大丈夫です。これからは普通。そう、普通だ。下手な気を回したりはしない。だからもう会わないとかじゃなく、頼むから普通に話せるくらいの関係にはなっていこう?」


「そ……こと…ズ……いです……」


「えっ?」


 何を言ったのか聞き取れず、思わず顔を上げると、リステはいつの間にか俺を見つめていた。


「そんなことを言うのはズルいです!」


 その瞳には今まで度々感じた威圧感のようなものはなく、どちらかというと困惑しているような、狼狽えた雰囲気が見て取れる。


 リステのこんな姿を見るのは初めてだ。


「ズルいというのは……どういう……」


「そんなことを言われて、その上でこんな選択を与えられて、私が素直に喜ぶわけないじゃないですか! 靴を買っていただいた時、皆と違う高価な物に特別を感じて嬉しかったんですよ!? だから私は、ロキ君の望む姿になろうと――ロキ君は喜んでくれるだろうと、そう思ったから服だって替えたんです! なのに……ずっと壁を感じて……

 何かしていただくのは嬉しいのに、それと同時にロキ君は困った顔をするんです! 私はそんな顔をさせたくないんです!! だから距離を置こうと決断をしたのに――」


「ちょ、ちょっと待って! 俺だってほんとは嫌だよ!? もっとお近づきになれるものならなりたいよ! でも緊張しちゃうんだからしょうがないだろ!! 似合う靴を買ってあげればより磨きがかかって、神界から取ってきた服に変わったら、あまりにも似合過ぎて俺が死にそうになって……たぶんアクセサリーなんか着けられたら俺はもっと死にそうになる! でもしてあげたいんだよ! もっと俺好みになると思ったらしてあげたいんだよ!!」


「―――ッ!? そっ、そっ、そんなこと言われて、分かりましたなんて言えません!」


「なんでだよ!? 俺は何かしてあげることを嫌だなんて思っていない! それでリステも嬉しいなら、黙って受け取ってくれればそれでいいじゃないか!」


「何度も言っているじゃないですか! 困った顔をさせたくないんです!」


「じゃあキスでもさせてくれよ! そうしたら大抵のことは軽く思えてくるわ!」


「えぇ!?」


「えぇ!? じゃないよ! そのくらいのことしなきゃ俺程度の男に極大美人耐性なんて――って、うえぇえええええ!?」


 い、勢い余ってとんでもないことを言ってしまった……


 何がどうなったら、いきなりぶっ飛んでキスになるんだ!?


 ヤバいヤバいヤバい……


 リステの顔を見れば、真っ赤な顔して俯いてしまっている。


「うううううううそ、ウソ、嘘ぉー!! 冗談! 言い間違え! ものの例え! ちょっと俺の口がおかしくなっちゃっただけだから気にしないで!」


「でっ、でっ、でっ、ですよね?」


「当然だろ~? いきなり行程をぶっ飛ばすなんて、そんな大それことができるようなイケメンじゃないし!」


「……ふふっ」


「ん?」


「やっと――私が望むロキ君の姿になってくれましたね」


「あ……」


 そう言われて初めて気付いた。


 本音をぶつけ合ったせいか、俺の中でずっと続いていた極度の緊張感は無くなっていた。


 それにたぶん、リステの本音が聞けたのも大きかったように思える。


「お互い、本音をぶつけたからかな……? はははっ……」


「本音……そうでしたか。それが原因だったようにも思えますね」


「んだね。俺も正直、リステにはかっこつけようとしてばっかりで、本音とはまた違っていたような気がするから」


「ではロキ君、これからは本音を言いますね」


「え? うん」



「先ほどのアクセサリー、どちらかで良いので買ってくれませんか?」



 そう言うリステの笑顔は凄く輝いて見えた。


 だから俺は本音でこう答える。



「当然。似合うと思うから買うよ。ただどっちも10万ビーケ以内のね! なんかほんとにお金ヤバくなってきたし!」

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