第111話 アクセサリー屋
「次はアクセサリーのお店ですね」
「うん、ごめんね? さっきの話、宿に戻るまで待ってもらうことになっちゃって」
ヤーゴフさん達と何をやっているか、どんな物を開発しようとしているかは話そうと思えばいつでも話せる。
だがリステはどこにいても注目の的。
今もただ歩いて向かっているだけだというのに、ほぼすれ違う人全員の視線がリステに向けられ、そのついでとばかりに俺にも向けられていた。
こうなるとできれば内密にしたい話は外だとしづらいし、何よりヒールの靴を履いたことによってリステの身長は170cmを超えてしまっている。
顔一つ分では済まない身長差に俺が見上げて話をしているので、このような状況ではコソコソ内緒話というのも難しい。
「あっ、ここがそのお店だね」
「私はどうしますか?」
「ここなら一緒でも問題無いと思うけど……リステも気になるなら一緒に入ってみる?」
商業ギルドはリステと一緒に入れば確実に目立つ。
その目立った後が怖かったので回避したかったが、ここなら多少目立とうが俺が異世界人と関連付けられることも無い。
「そうですか。なら私も興味がありますのでご一緒させていただきますね」
「う、うん」
それなりの頻度で覚える妙な威圧感はなんなのだろう?
不思議に思いながらドアを開ければ、店内は左右がまったく異なる構成になっていることに気付く。
(右側は宝石類が多いから女性向け、左が無骨なデザインが多いからハンター向けってところかな?)
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
「……」
「あ、あの、ハンター用のアクセサリーが欲しいんですけど」
「……え? あっ、はい……承知しました。ではこちらへどうぞ」
店員さんは真っ先にリステへ声を掛けた。
もう満面の笑みで。
そりゃそうだろう、俺なんて横で空気のような存在になっている謎の付き人、もしくは奴隷だからな。
その俺がいきなり話し始めればビックリもするはずだ。
「リステも好きに見ててね。そんなに時間は掛からないと思うから」
そういった瞬間、ギョッとした顔で振り向く店員さん。
向ける視線の先はリステの方だ。
(俺じゃないということは、リステという名前で女神様でも連想したか? リアは女神様の名前なんてあやかる人が多いって言ってたけど、この反応を見ると不安になってくる……)
「どうしました?」
「いっ、いえ……なんでもありません。こちらが主にハンターの方を含めた男性用アクセサリーになります。どうぞお掛けになって少々お待ちください」
そう言われてカウンターの前に置かれた椅子へ腰掛けるが、肝心の店員さんは奥のスタッフルームのような場所へ引っ込んでしまう。
ハンター用アクセサリー専門の人でも来るのかな?
そんなことを思いながら目の前のアクセサリーを眺めていると、ほどなくしてグラスと木のコップを持ってきて――
「お待ちの間、こちらでもお飲みになってください」
なぜかリステにはグラスが丁重に渡され、俺には木のコップが目の前にトンと置かれる。
(このなんとも言えない差よ……)
一応俺にも出してくれているから文句を言うつもりはないが、どうせ用意してくれるなら一緒でもいいじゃん! と、少しやさぐれた気分になってしまう。
「はぁ。種類はイヤリングと指輪、あとはネックレスですかね?」
「ハンター用の能力強化アクセサリーはこの3種になりますね。お客様はどの能力を伸ばされたいのですか?」
「ん? 能力ですか? それであれば――やっぱり『筋力』ですかね?」
「んっ?」
「んんっ?」
「そのような能力はありませんが……」
「んんんっー??」
理解が追い付かず首を傾げていると、リステがいるおかげか、店員さんが懇切丁寧に解説してくれた。
まず単なる装飾目的ではなく、装備として活用する場合のアクセサリーは『イヤリング』『指輪』『ネックレス』の3種に分けられる。
そしてこの中から同種でも良いので2つ装備するというのが、能力向上を目的とする場合の選び方らしい。
逆に言えば【付与】上限と同じで、指輪を仮に10個着けても能力向上の効果があるとされているのは2個までというのが、長い年月検証されてきた上での通説でありこの世界の常識とのこと。
そしてこの『能力』というのも少し変わっており、そもそもこの世界では各能力値というものが表面化されていない。
なので能力向上と言っても言い方が異なり、『攻撃力上昇』『魔法攻撃力上昇』『素早さ上昇』『命中率上昇』という4つのどれかを願って作り手がアクセサリーを作成。
その恩恵にあやかろうと、ある意味お守りのような感覚で装備するのがアクセサリーという物らしい。
となると、当然気になることも出てくる。
「能力の向上はどれも均一なんでしょうか? それともバラつきが?」
均一ならデザイン重視でいいし、バラつきがあるのならデザインなんて二の次で、上昇数値優先というのが俺の考えだ。
ゲームに良くあったアバターとか見た目重視装備とか――その辺の優先度は低い。
「能力には差があります。これは【装飾作成】スキルを持つ作り手のスキルレベル次第と言われていますね」
そう言いながら手で陳列されているアクセサリー類を指す。
「ここから左側が【鑑定】で能力が『微小』とされているものです。そしてこちらから右が能力『小』のものになります」
(ふむふむ……値段は『微小』だと大体3万ビーケ前後、『小』だと20万ビーケ前後ってところか。そこまで極端に高いわけじゃないな)
「当店の在庫は全て【鑑定】済みでございますから、露天商などと違って標記偽りということは一切ございません」
「あー……そういうのもあるんですね」
「【鑑定】持ちでないと『微小』も『小』も区別がつかないでしょうから」
「たしかに見ても違いは分かりませんね。ちなみに『小』よりも上のアクセサリーは置いていないんですか?」
「当店では残念ながら……能力が『中』のアクセサリーであれば、王都など一部のお店で取り扱いがあると聞いたことはあります」
なるほどなるほど。
となると能力値『中』までが世間一般で購入できる限界。
さらに上の『大』なんかは、この世界の住人じゃスキルレベルが足らなくてそうそう作れないってことなのだろう。
転生者が好んで【装飾作成】なんてスキルを女神様にお願いするとは思えないしな。
あと気になることは――これか。
「まだどうするかは決めていないんですけど、【付与】目的で多少良い素材を使用して、一から作成してもらうことは可能ですか?」
「もちろんでございます。その場合はデザインも含めてご相談に乗らせていただきますし、必要があれば付与師も当店に在籍しておりますので、【付与】も含めた対応をさせていただくことが可能です」
「え? 付与師の方がこちらにいるのですか?」
「え、えぇ。アクセサリーは【付与】が主なところもございますので」
「もしお答えいただけるならでいいんですけど、その付与師の方はスキルレベル2の方ですかね?」
「? その通りですが知り合いでしたか?」
「あーいえいえ。商業ギルドで付与師の方を調べてもらったことがありまして」
そうかそうか、ここにスキルレベル2の人がいたか。
ならばスキルレベル3の人を仲介してもらう必要はないかもしれないな。
アクセサリー専門の付与師となれば、それなりに需要のあるスキルも所持していることだろう。
となると、ここからどうするか――
(パイサーさんの【付与】事例を考えれば、ミスリルなどの高級素材を使ってなんとか達成できるかもしれないのが二重付与まで。そしてハンター用のアクセサリーを見れば宝石類は一切使用しておらず鉱石のみなので、単純な素材量というだけなら武器なんかよりもだいぶ安く済みそうな気はしてくる。1つが仮に500万、いや1000万以内で二重付与が成功してくれれば、貯蓄もそれなりに残るからお金に怯える生活をすることもないか。
ただ問題はアクセサリーそのものの能力値が『微小』か『小』ってところだ。ここでオーダーすればまず間違いなくこのどちらかになるだろう。高級素材使って『微小』だったらどうする? 思わず笑っちまうぞ?……というか、『微小』とか『小』って差はどの程度なんだよ?)
思考がグルグルと巡り、黙りこくっていたら店員さんに心配されてしまった。
「お、お客様……?」
「あっ、すみません。何が正解か考え事をしてしまいまして……失礼しました」
(うーん……ここで無理に結論を出すべきではないか)
まず俺はアクセサリーが無くてもどうとでもなりそうな、FランクとEランク狩場でスキル収集をするんだ。
ならば答えはその間に出せばいいし、何よりこのまま考え込んでしまうとリステをずっと待たせてしまうことになる。
となると、今やるべきことはこれだろうな。
もしかしたら何かしらの判別ができるかもしれない。
「とりあえずアクセサリーがどんなものか試したいので、攻撃力上昇が『微小』の――ネックレスを二つください。デザインはなんでもいいです」
「え? あっ、はい! ありがとうございます!」
ネックレスであれば一番抵抗なく着けていられるし、狩りで邪魔になることはない。
2つを装着した状態と未装着の状態で狩りを行い、何かしらの差を感じられるのかどうか。
あとは上手くいけばだが、俺のステータス画面でネックレスの有無が能力数値の変化として現れるかもしれないな。
とりあえずの結論が出て後ろを振り向くと、リステは女性向けの装飾コーナーを眺めていた。
「待たせちゃってごめんね。今購入する物を決めたからもうすぐ終わるよ」
「時間は気にしなくて大丈夫ですよ? こうして直接見られるだけでも貴重な機会ですので」
「何か気になる物はあった?」
思わず女性物の装飾が並んでいる陳列棚を見ると――なるほど、そうかそうか。
値段はピンキリだが、安い物は10万ビーケ未満から、高いものだと1000万ビーケを少し超えるようなものまで並んでいる。
地球と同じで、宝石の大きさがそのまま値段に直結していそうな感じだな。
「えぇ色々と。私達は装飾を着けるという習慣がありませんから」
「そっか……」
ここで「身に着けてみたい?」と聞くのは野暮だと思う。
そんなことを聞けば遠慮される未来が見えてしまう。
だがリステの様子はちょくちょくとおかしかった気がするし――
こんなことを言うのは相当勇気がいるけど、ここは俺が覚悟を決めるべきところだろう。
「こ、このイヤリング似合いそうかな。リステの瞳と同じ色だし、耳につければ目立たないけどチラッと見える感じが凄く良さそう。もしくはこの銀のネックレスも、その服装には凄く似合うと思うよ。手持ちがそんなに無いから高い物は厳しいけど、これくらいなら買ってあげられそうだから――」
「結構ですよ」
「えっ? でも似合うとおも―――」
「私はお断りしています」
「あっ、そ、そっか……ごめん」
ただならぬ雰囲気に店員さんも固まる中、恐る恐る見上げれば。
そこには怒っているというより、悲しそうな表情をしたリステが俺を見つめていた。
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