第110話 解けない緊張
「蜂はお尻の針、カエルは食用だから全身、蟹も食用だから全身……って、ボイス湖畔は金銭効率悪くないか? まぁいっか。なんとかプラントは頭の花、蛇は頭だけど皮が高い――」
先ほど得た情報を忘れないように、ブツブツと呟きながら手帳に書き記していく。
時刻はもう少しで12時丁度。
そろそろ鐘が鳴ってリステが降臨する頃だろう。
ふーむ。
チラッと先ほど購入してきた靴を見る。
品揃えの豊富な大通り沿いの靴屋を見つけた俺は、なんとなくリステにはヒールのある靴が似合いそうだと店主に相談した。
「高貴な女性が履くような靴はありますか?」
すると案内されたのはカウンターの横にある棚で、全ての靴の値段が今までより一桁違う代わりに、凝った作りであることは素人の俺でもすぐに分かる物がズラリと並んでいた。
だからその中で、黒いヒール付きの靴を買った。
似合いそうだからと、それだけの理由でジンク君達が聞いたらビックリするくらいのお値段がする靴を買ってしまった。
(サイズ合わなかったらどうしよ。こんな靴、さすがに何足も買えないぞ?)
ベザートで無駄に稼ぎまくった弊害がここに来て出てしまっている。
変な形をしたハサミもやけに高かったし、食べ物や宿代はそれほど高くないのに、何かの『物』となると全般的に高くなってしまう。
(残りのお金は――そろそろ50万ビーケ切っただろうなぁ。こりゃ頑張って稼がないとな)
そんなことを思っていたら教会の鐘が鳴り始め、その後少しして俺の横に青紫の霧が発生した。
「お待たせしてしまいましたか?」
昨日同様、美し過ぎるリステのご登場だ。
やっぱり目の前に立たれると、なんとも言えない緊張が走る。
「ううん大丈夫だよ。靴も買ってあるから早速試してみてね」
「ありがとうございます。楽しみにしてたんで…す……」
(あ、あらららら!? もしや豪快に好みを外しましたか!?)
なぜか靴を見つめて固まるリステに、俺は怖くて声を掛けられない。
失敗したとなってもこの世界に返品なんて便利なシステムは無いだろう。
そもそもレシートなんて無いのだから。
となると使い道の無い無駄に高い靴はゴミとなり、もう一足ダッシュで買ってこなければいけなくなる。
「……ロキ君、この靴高かったんじゃありませんか?」
「えっ? あっ、そのー……リステってそういうの分かるの?」
「商売の女神ですよ? 私は教会を訪れる商人の記憶から下界の情報を確認していますから」
「そ、そう言えばそんなこと昨日も言ってたね……ははは。まぁなんて言うか、一番これが似合うかなーって思ってさ。サイズ合わなかったらごめんだけど」
「そうですか……」
「き、気に食わなかったら買い直すよ? 今からすぐに買ってくるからさ! どんな物が好みか教えてくれれば――」
「いえ、それは結構です。履いてみてもいいですか?」
「も、もちろん……」
なんだろうか。
リステから物凄い威圧感のような物を感じる。
怒っているとも違うような気がするけど、俺が何かやらかしてしまったのではないかと心配になってくる。
「……」
「……」
「良かったです。ピッタリですよロキ君」
「ほ、ほんとに? はぁ~良かった。本当に良かったぁ」
「ありがとうございます。まさかこのような高価な靴を買っていただけるなんて」
「そこは気にしないで。物凄く貧乏だったら買ってあげられないけど、今のところお金は問題無いからさ」
選んだ俺が言うのもなんだが、本当に良い物を買ってきたなと自分を褒めたい。
黒いヒールの靴を履いたことで全体の雰囲気が引き締まり、リステの美貌により磨きがかかったように感じる。
「一つ、確認をしたいのですが」
「ん?」
「ロキ君から見れば、私はこのような高価な物を身に纏った方が似合うと思いますか?」
「んー……うん。なんというかリステは話し方もそうだし、見た目や雰囲気からしても物凄く位の高い人に見えるんだよね。って実際に偉い女神様に向かって言うのもおかしいんだけどさ」
「そうですか。なら衣装も変えた方が良いかもしれませんね」
「えっ?」
今着ている服は、リガル様以外お揃いの白いワンピースだ。
スカートの丈には女神様それぞれで多少の違いがあって、リステはロングスカートのように足首付近までの長さがある。
それもあって似合うかなと黒を選んだわけだが――
(まままままさか、これから凄く高そうな服までご購入ですか!?)
いや、買ってあげられるお金があれば好む服くらい買ってあげたい。
だが俺の手持ちはたぶん50万ビーケ弱くらい。
そのお金でこの世界の高貴なるお洋服なんて買えるものなのか?
訳の分からないところでこの世界は物価が高かったりするから、情けないことに自分のお財布事情が心配になってしまう。
そんなことを一人考え込んでいると、ふいにリステの身体が青紫の霧を纏い始めた。
「ロキ君にこれ以上のご迷惑はお掛けしませんから安心してください。一度神界に戻りますが、すぐまたこちらへ【分体】を降ろしますので」
そう言いながら消えていくリステを呆然と眺める。
いったい何をするつもりなのだろうか?
衣装を変えるって言っていたし、神界にある服でも取ってくる?
そう言えばリアは以前、素材があればスキルで作れるようなことを言っていたような――
すると、言っていた通り僅かな時間をもって再度霧が発生し、目の前にリステの【分体】が出現した。
が―――
「どうでしょうか?」
「……」
俺は、その姿を見て言葉を失った。
現れたのは黒いドレスを身に纏ったリステの姿。
ウェスト部分がかなり絞られ、全体が身体にフィットしていて細いリステには恐ろしいほど似合っている。
しかもそれだけではなく、胸元はやや開かれ、スカート部分にあるスリットによって、今まで隠されていた太ももまでチラリと見えてしまっていた。
「似合いませんでしたか……?」
「あ、あまりにも似合い過ぎて固まってしまいました……すみません……」
マズい。
心臓がバクバクしてくる。
まともにリステが見られなくなり、思わず視線は下を向いてしまう。
(これは……綺麗過ぎるし、何よりエロ過ぎるだろ……)
男にとっては反則過ぎる格好だ。
落ち着こうとしても、先ほど視界に捉えた姿が脳裏に張り付いて離れない。
(ふぅ~昔行ったキャバクラを思い出せ。こんな雰囲気の姿は接待で何度も見ているだろう? 質の差は凄まじいが、そんなことを気にしていたらここからずっと動けないぞ俺!)
盛大なコミュ障が大爆発している中で、それでも意を決して顔を上げ、リステの顔を見る。
(えっ?)
その時一瞬だが、なぜかリステは悲しそうな顔をしていた、ような気がする。
が、それも気のせいだったのかと思うくらいに、次の瞬間には笑顔になっていた。
「さぁ行きましょう? ロキ君も予定、あるんですよね?」
「は、はい……」
こうして自分が敬語に戻ってしまっていることすら気付かないまま、俺達は揃って宿を出た。
「リ、リステはご飯食べたい?」
「えぇ。食事はまともにしたことがありませんし、下界に降りた3人は食事が美味しかったと言っていましたから興味があります」
商業ギルドのおばちゃんは、あまり早いと調べ終わっていない可能性があると言っていた。
だから俺は丁度昼時だしと、靴屋を探している最中気になっていた、ベザートにはなさそうな高級感のある飲食店へリステを連れていった。
そこのお店で注文したのは蟹料理。
これがどこで獲れた蟹かは言わずもがな。
本来ならタラバガニを連想させる、茹でられた巨大な蟹の足を見て大興奮するところだ。
だが悲しいかな、味がさっぱり分からない。
緊張が止まらず、リステに何度も「美味しい?」と質問ばかりしていたような気がする。
その度に「美味しいですよ」と笑顔で答えてくれる姿を見て、俺はさらにドツボにハマっていった。
その後、まずは用事を片付けようと商業ギルドへ向かい、そこでリステに事情を説明する。
「リステはあそこのお店で待ってもらってていいかな? 俺が案を出した物が、商業ギルドで商品化の申請に通ったみたいでね。地球産の物にかなり近い形状だから、ここのお偉いさんに目を付けられれば厄介なことになりそうなんだ」
「え? 早速動いていただいていたんですか!?」
「あ、うん。最初にいたベザートのハンターギルドが協力的というか、積極的だったおかげでね」
「分かりました。ではあちらでお待ちしていますので、終わったらその品物の詳細を教えていただけますか?」
「もちろん。他にもいくつか提案してあるから、今どんなことをやっているか詳細は後でリステに教えるよ」
「いくつか……本当にありがとうございます」
俺は革袋から1枚の金硬貨を渡し、これで好きな飲み物でも注文するように伝えると、リステと別れ商業ギルドの中へと入っていく。
(ふぅ~ヤッバ! 緊張しっぱなしなんだけど! あんな美人オーラ放ちまくった人と行動を共にするなんて経験無いんだけど!)
一人になったことで安堵している自分に情けなくなるも、身の丈に合わない、身分不相応であることが身に染みて分かっているので、これはしょうがないと一人納得する。
天性のチャラ男でもなければ、大なり小なり皆が俺と同じようになってしまうはずだ。
「こんにちは~昨日依頼をした者です」
アマンダさん同様、なぜか一つだけ列の作られていないカウンターへ向かい、案の定待ち構えていた昨日のおばちゃんへ声を掛ける。
「あら坊やこんにちは。情報は出し終わっているからちょっと待っててね」
そう言いながらおばちゃんは事務所の奥へ向かい、1枚の木板を持ってカウンターへと戻ってくる。
「これがマルタにいる商業ギルド登録済みの付与師リストね」
「ありがとうございます」
受け取った木板を早速確認すると、リストに上がっていた付与師は計3名。
付与師のスキルレベルを確認すれば、階段状にレベル1、レベル2、レベル3となっている。
(ふーむ……順当にいけば付与レベルの高い人に当たるべきなんだろうが、それ以外にどんなスキルを所持しているかも重要なんだよなぁ)
いくら付与レベルが高くても、他のスキルが残念な内容だとまともな【付与】を付けられない。
逆に付与レベルが1でも、他のスキルが高レベルで優秀なら、多重付与さえ狙わなければ問題無いとも言える。
「ちなみにですが、この方々がどんなスキルを【付与】できるか、所持スキルを公開しているなんてことは無いですよね?」
「それはさすがに無いわねぇ。仕事に影響の出る一部のスキルを公開する人がいるくらいで、普通はあまり所持スキルなんて言わないものよ?」
「ですよねぇ」
分かってて聞いてみたがやっぱりダメだった。
となると、片っ端から仲介してもらって直接確認していくしかないわけか。
「ただスキルレベル1の人に当たる必要は無いんじゃないかな? その人はスキルレベル3の人のお弟子さんみたいだから」
「ほほぉ」
この情報は有難い。
もしかしたらスキルレベル1の人が凄いスキルを所持している可能性もあるけど、お弟子さんならスキルレベル3の人に会いに行けば一緒にいるということだろう。
「ありがとうございました。では少しお金を貯めながらどうするか考えてみます。お願いする時はまたこちらに来ればいいんですかね?」
「そうよ。その時は今渡した木板を持ってきて頂戴。それが一番スムーズだからね」
お礼を言い、リステのいるお店に向かいながらアクセサリーについて考える。
(多重付与を狙うかどうか、か……)
狙えば素材から厳選することになるだろうから、また1500万2000万ビーケといきなりお金がぶっ飛んでいくだろう。
しかもそれを二つ、そうなれば貯蓄の崩壊待った無しである。
その分稼げばいいにしても、お金が無くなると心にも余裕が無くなるので、できればスッテンテンは避けたいところだ。
(これは一度、アクセサリー屋に行って値段の下見をした方が良さそうだな。うん、そうしよう)
次の予定を決め、遠目から見ても良い意味で浮きまくっているリステに声を掛ける。
「お待たせ」
その瞬間雑音が止み、視界に入る人達の視線が一斉に俺へ向いた。
(あの子は従者かしら……)
(あの身なりじゃきっと奴隷でしょ……)
(あぶねぇ。あれなら絶対に彼氏じゃねーぞ)
(おまえがホッとしたところでどうにもならねぇだろうが)
お互い席に座ったまま小声でしゃべっているだけなので、好き勝手に推測している内容がボソボソと聞こえてくる。
よく見れば、それなりに混み合っているのに、リステの周りだけ謎の空席地帯が出来上がっているし。
恐るべき高貴オーラだなほんと。
ただ座ってお茶を飲んでいただけで注目されていたらしい。
「大丈夫ですよ。ロキ君も少し休憩されますか?」
「あー……いや、ここじゃまともに話せそうもないから、それ飲み終わったら移動しよっか」
注文もしないのに座るのはどうかと思うが、なんだか気疲れして思わず深く椅子に腰掛けてしまう。
(ふぅ……こりゃ大変だなぁ……)
視線を向けていた人達が俺を興味の対象から外し、またそれぞれの会話に戻る中。
一人視線を向け続ける人がいたことに、俺はまったく気付いていなかった。
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