第101話 新調武器
「おはようございます!」
「来たな。金は持ってきたか?」
「ここに」
そう言いつつ、ドン!ドン!ドドン!! と少し大きめの革袋をカウンターへ置いていく。
もちろん中身は全てお金だ。
1枚が100万や1000万相当の硬貨もあるらしいが、そんなもの田舎町のベザートにあるわけが無い。
チラホラと1枚10万相当の大金貨が混ざっているものの、大半は1枚1万ビーケ相当の金貨で埋め尽くされた革袋はそれだけで見た目の存在感が凄まじい。
これから数えるパイサーさんを気の毒に思ってしまう。
「ハンター共の噂を聞いていたから心配はしてなかったがな。よく稼いできたもんだぜ」
「余裕だと言ったでしょう?」
本当は残高確かめるまでかなりビビってたけど、ここは全力でカッコつけるところだろう。
「一段階目の付与は間違いなく成功する。だからそいつは代金に入れてあるが、2段階目は俺もどうなるか分からん。だから細かい勘定はそれが終わってからだな」
「分かりました」
「それで付与をどうするかは決めてきたか?」
「おおよその方向性は決まっているんですけど、事前に確認したいことがあるんですよね」
「ん?」
「『スキル付与』の場合はどんなスキルが付けられます? 【魔力自動回復量増加】と【魔力最大量増加】は分かるんですが、他の選択肢が分からないもので」
「そういやそうか。つっても俺が所持しているスキルの中で、さらに武器種の【付与】に対応可能なスキルなんて多くはないが……」
そういって説明されたのは、【剛力】【金剛】【封魔】【絶技】の4種スキル。
防具であればもう少し選択肢も広がるらしいが、武器種で可能なのはこの4つも含めた計6種らしい。
「詳しいレベルは――まぁおまえならいいか。【魔力自動回復量増加】がレベル1、【魔力最大量増加】がレベル5、【剛力】がレベル4
【金剛】がレベル3【封魔】がレベル2【絶技】がレベル5だ」
「詳しい内容ありがとうございます。……ちなみに【魔力自動回復量増加】と【魔力最大量増加】のレベルに差があるのは何か理由が?」
どうもこの差は違和感がある。
同じ魔力系ならセットでレベルが上がりそうなものだし、実際俺は同じように上がっているんだ。
【付与】の上限レベルがスキルによって異なるのだろうか?
「さぁな。俺が現役の頃は斧を振り回す近接職だった。だから魔力は使うが、そこまで大量に使うこともなかった。だからじゃねーか? 実際魔力不足で困ることなんて滅多になかったしな」
「なるほど……」
これは貴重な意見を聞けた気がする。
魔力を消費すれば経験値が増える【魔力最大量増加】。
対して【魔力自動回復量増加】は消費するだけではなく、例えば魔力総量の50%を切ったらとか、何か別の条件が付いている可能性が高い。
それであればパイサーさんはこの2種にレベル差があるのも理解できるし、常に消費しながら狩りをして、寝る時に魔力をスッカラカンにする癖が付いている俺が順調に伸びているのも納得できる。
定量増加じゃないからこその条件差か……
一応その他のスキルも、おおよそ見当はついているけど確認しておくか。
「あとは【剛力】なら僕も所持しているスキルなのでいいとして、【金剛】【封魔】【絶技】の3種も似たような類ですかね?」
「そうだな。【金剛】なら物理的な攻撃に、【封魔】なら魔法攻撃に耐性が付くと言われている。【絶技】はまぁ器用度みたいなもんだろうな」
「ふむふむ……」
そっと目を瞑り、考える素振りのままステータス画面を開く。
(これか、やっぱりだな)
ステータス画面を見れば、俺が取得している【剛力】や【疾風】と同じ並びに、【金剛】【封魔】【絶技】が存在している。
つまりスキルレベル1で対応ステータスが5上昇する系統のスキル。
残念ながら定量型だ。
どうしても長く使うことを想定するなら、数値が固定化されているものよりはパーセントで動く変動型を選びたい。
となると、長期運用を考えるなら【魔力自動回復量増加】の一択しかない。
できればこの【魔力自動回復量増加】のレベルが高いと有難かったが、付与師の所持スキルがそのまま反映されるとしか思えないので、この場で贅沢を言ってもどうにもならないだろう。
我儘言いたいなら、自分で【付与】を覚えろって話だ。
そして【付与】の依頼が1回100万ビーケというのもやっと理解できた。
当初は高いと思っていたが、自分の努力と経験の結晶をそのまま【付与】するのだから、スキルレベルが高いほどバカ高い金額になるのもしょうがない。
となると、確かめなければいけないのはこのパターンか。
「パイサーさん。例えば【魔力自動回復量増加】と【魔力自動回復量増加】っていけると思いますか?」
これがいけるなら、今考えられるベストなはずだ。
「成功例を聞いたことが無いパターンだな。試されたことがあるのかどうかすら分からんが……同じ系統を重ねるよりも、さらにハードルが高くなりそうな気がするぞ?」
「なんとなくそんな雰囲気がありますよね。ちなみに失敗した場合のデメリットはあります?」
「いや、それは無い。失敗すれば俺の魔力が消費されないで終わるだけだ」
「なら一度、そのパターンを試してみてもらえませんか? それがダメだった場合は―――今から属性魔石を買ってきますので」
「【属性付与】も失敗した場合、魔石を無駄に買うだけになるが構わないか?」
「そうなったらしょうがないので、再度売りにでも行ってきますよ」
「……変わった選択を取りやがるもんだ。おまえ一応近接職だろう? 普通なら【剛力】や【金剛】を付けたがるもんなんだがな」
「ふっふっふ……僕はできればこの武器を長く使いたいですからね。長期目線で得をしそうな選択を選んだつもりですよ!」
「ふん……まぁ良い。早速始めるぞ」
そう言って裏に入っていくパイサーさんを店のカウンター越しに眺める。
奥には工房らしい雰囲気と、年季の入っていそうな茶色い木製の長机。
その長机に俺の依頼した武器が置かれている。
そして武器にパイサーさんが手をかざすと、一拍後、彼の手に薄い青紫の霧が纏う。
これだけでもう分かる。
一発目は成功だ。
「こっからだロキッ! 気合入れっからよーく見とけや!! 俺が魂込めて作った武器ッ!! 2発目も成功させてやらぁ!!!!」
凄い気迫だ……
元から難易度の高い依頼。
そこからさらに難易度が跳ね上がりそうな注文をつけているんだ。
失敗したからと言って文句を言うつもりは無い。
でも……せっかくなら現状考えられる理想の仕様で長く使いたい。
頼む……俺のためにも、そしてパイサーさんのためにも成功してくれ……
俺は思わず手を眼前に組んで祈る。
でも目はしっかり開け、パイサーさんが行うこれからを観る。
頑張れ! 頑張れパイサーさんっ!!
(……)
霧が……出ない……
いや、出たっ! 出てるよ!!
「魔力出てますよパイサーさんっ!!」
「黙ってろ!! 一発目と違って……すぐに【付与】が付かねぇ!!」
「ッ!?」
ど、どんな状況なんだ……
それが分かるのはスキルを発動させている本人だけ。
俺は霧が出続けたままの手をかざし、一点に剣を見つめて歯を食いしばっているパイサーさんの姿を眺めることしかできない。
原理が分からなければ分析もできないが――それでも苦戦していることは間違いない。
それにこのままじゃマズいことは分かる。
霧が出ているということは、魔力を放出し続けているということ。
このままだと魔力切れになるんじゃ……
(どうするどうするどうする……魔力回復薬? いやいや、そんなもの持ってないし、魔力を譲渡するようなスキルは――ってそんなの調べているうちに魔力枯渇するだろたぶん! 何かないか? 即効性のある何か……)
そう思った時、長机の奥。
別の机に、俺が補修依頼をしたショートソードと革鎧が置かれていた。
それが見えた瞬間、俺は本来入ってはいけない店の奥。
作業場へ駆け込み、綺麗に補修されたショートソードと革鎧を掴み取る。
パイサーさんから怒声は飛んでこない。
それどころじゃないことは分かっている。
なら俺は現状が少しでも改善できそうな方法を取るまでだ。
ショートソードに【付与】されている【魔力最大量増加】
これがすぐに魔力を50増やす即効性のあるスキルであることは分かっている。
手で握らなくても【付与】の効果が発動することだって検証済み。
ならば。
傷を付けないよう、そっとパイサーさんの踏ん張る足先にショートソードを触れさせる。
ついでに魔力を1回復するだけでも3分近くはかかるので、意味がほとんど無いと分かってはいるものの、それでも革鎧をもう片方の足先にそっと触れさせておく。
これで息子さん用に付けた二つのスキル効果は、パイサーさん自身に発動しているはずだ。
そして、これ以上打てる手はもう無い。
後は祈るしかない。
既に魔力の霧が出始めてから、軽く30秒以上は経過している。
俺はただただその霧を見つめていると、さらに数秒後――フッと、霧は一瞬で消失した。
だから俺は、咄嗟にパイサーさんを見てしまった。
魔力切れならこのまま昏睡する。
武器が転がっているような場所で倒れれば、最悪は大惨事になってしまう。
だが……パイサーさんは立ち続けていた。
大粒の汗を額に張り付け、目は一点に剣を見つめながら――――ニヤッと笑った。
笑ってくれた……
「成功だ!」
「うぉおおおおおおおおお!!」
「一瞬ぶっ倒れるんじゃねーかと思ったがな……こいつのおかげか」
そう言いながら、パイサーさんは足元にあるショートソードと革鎧を拾い上げる。
「中に入っちゃってすみません。魔力切れになる可能性が過ぎったので、息子さんパワーをお借りしようかと……」
「ふん。こいつはもう息子のじゃねーよ。俺がロキに剣を売り、鎧はロキにくれてやったんだ。だったらもうロキのもんだろうが」
「それでもですよ! とにかく……ありがとうございます! そしておめでとうございます、でもあるんですかね? 珍しいパターンの成功例でもあるみたいですし」
「仕事で引き受けたんだから礼なんぞ不要だ。その分金を貰うんだからな。だがまぁ……同スキルの【付与】成功事例は、もしかすっと商業ギルドに報告すれば
「へ~そんなのもあるんですか?」
「詳しく報告すればだぞ? そしたら他の付与師のやつらの参考になるし、成功事例から指名依頼が入るパターンだってある。そうすりゃギルドは仲介手数料で儲かるってわけだ」
「おぉ! じゃあパイサーさん繁盛するかもしれないじゃないですか!」
「バカ言うんじゃねぇ! こんな魔力使っても失敗する可能性があるような、
「でも指名依頼は断れば済む話ですよね? 報告するだけでお金貰えるなら貰っとけばいいじゃないですか。明日からハンターギルドのアマンダさんが僕と一緒にマルタの商業ギルドへ向かいますし、ついでに報告でもしてもらうとかで」
「……それ、本当か?」
その後、外から見ていた俺の意見も交えながら、商業ギルドの報告内容を木板に纏めていく。
もう開き直ったのか、パイサーさんは伏せていた【付与】スキルのレベルも『2』とちゃんと書いていたのにクスッときてしまった。
ギルドに報告をすれば当然その確認も入るわけで、本来なら成功した装備を見せる必要があるらしいのだが……
そこは俺も商業ギルドへ一緒に行くので、ついでに剣を【鑑定】にかけてもらえばそれで済むらしい。
その結果報奨金が出たならば、そのお金をアマンダさんがベザートに持ち帰れば、ハンターギルドとパイサーさんのお店は目と鼻の先だ。
顔見知りのようだし、金銭のやり取りもスムーズに行われることだろう。
「ほんとありがとうございます! それではお納めください。1700万ビーケでございます」
一通りの装備を預かった俺は、不用心にカウンターに置かれたままだったお金をズズーッとパイサーの下に滑らせる。
それを見て「ケッ!」と一言。
「お使いに行ってもらうんだしな。メンテナンスの代金含めて50万ビーケは釣りだ。持ってけ」
「いやいやそれは片手間ですし、ほとんど動くのはアマンダさんですから。それに普通よりも難しい依頼をしたことは分かってますから1700万ビーケでいいですって」
「勘違いすんなよ? 俺は1700万ビーケなんて一言も言ってねぇ。1600万ビーケを超えるくらいって言ったんだ」
「だから多重付与も成功して、1600万ビーケを超える1700万ビーケを払うって言ってんでしょうが!」
「超えるっつーのはちょっとはみ出るって意味だバカ! 1700万ビーケかかるなら初めから言ってるわ!」
こんなやり取りがしばらくできなくなると思うと少し寂しくもなる。
だがパイサーさんは元冒険者だ。
ルルブでしこたま魔物を倒してきて、武器まで新調してるんだから……
俺が次にどうするのかは、もうはっきり分かっているんだろう。
だからパイサーさんには細かいこと言わないよ―――
「また来ます」
―――この人にはそれだけで十分だ。
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