第102話 見送り

 ロディさんへの挨拶ついでに回収してきた特製籠の中へ、宿に置いてある荷物を片っ端から放り込む。


(俺のカバンに、古城さんのバッグ、あとは女神様達のサンダルに――ほんと女物の比率が多いな……)


 見る人が見たら「そんな趣味をお持ちで?」と思われそうだが、気にしてもしょうがないし、籠の奥に入れて上から穴空きスーツで蓋をする。


 おっと……フェリンも今日が最終日だな。


 靴はもう回収しておいた方が良いか。


「フェリン? フェリンのサンダルも一応持ってくよ?」


「ん~しょうがないよね。【神眼】にすると持ち運べないし……」


「また必要な時が来るまでちゃんと俺が持ち歩くからさ」


「あーあ! ずっと【分体】を降ろしていられたらなー!」


「ははは、そうすると女神様達の間で大揉めになるでしょ」


「正解! というか既にちょっと揉めてるし!」


 ん? それは初耳だぞ?


 大丈夫なのか?


「そうなの?」


「私が旅するって言ったからなんだけどね。誰がパルメラの森を調査、監視するのか。旅をするならどこら辺に行くつもりなのか、とか……色々ね~」


「そっか……みんなも世界を見て回りたいっていうのが本音なのかな」


「たぶん?」


 女神様達はざっくり言えば、刺激を渇望する暇人集団。


 自分達の世界を見て回る方が、そりゃ様々なモノが視界に飛び込んでくるし楽しいはずだ。


 それに比べてパルメラは……まぁツマらないだろうな。


 魔物に興味があるフィーリル様も、【神通】で「もう飽きました~」なんて言ってたし。


 ただそれについて俺がどうこう言うことはない。


 そもそも言える立場でもない。


 アドバイスを求められれば答えるが、そうでない限りは女神様達の方針に口を挟まないのが一番だろう。


 俺の狩りに支障が出るような方針になってしまったら、さすがにブーブー文句言うけどね。



 さて、これで忘れ物はないかな。


 約3ヵ月間お世話になった部屋ともお別れだ。


「それじゃ、そろそろ行ってくるよ」


「うん! 行ってらっしゃい!」


「……」


「……」


「ん?【分体】消さないの? 俺が見送ろうかと思ったんだけど」


「ううん~今日は私が見送ってあげるよ。この町最後の出発でしょ?」


「まぁまたいずれ顔は出す予定だけど……分かったよ。それじゃ行ってくるね。またそのうち【神通】で!」


「うん!」


 いつもは女神様達の【分体】が消えていく様を見るばかりなので、なんだか不思議な感じだなと思いながらも籠を背負い、フェリンの横にある部屋の扉を開ける。


 が、開けきる前に、なぜか俺の頭を片手で包むように抱えられた。


「ロキ君、頑張ってね」


「……もしかして籠、邪魔だと思った?」


「……ちょっとだけ」


 そっか、やっぱりアレは夢じゃなかったんだ。


 そっかそっか。


 なんだか勘違いじゃなかったことが嬉しくなって、俺はフェリンの方へ向く。


「え?」


「こっち向けば、大丈夫でしょ?」


「……フィーリルは抱っこしようとしたら断られたって言ってたよ?」


「あ、あれは血だらけだったし……」


「ふーん……まぁいっか!」


 そう言いながら、俺の頭をギュッと抱き抱えてくれた。


 だからあの時と同じように、俺も背中に手を回す。


 物凄くドキドキもするけど、それでも眠たくなってしまうような良い匂い。


「行ってらっしゃい! またね!」


「……うん! また!」


 最後に頭をポンポンと撫でられたので、それを合図とばかりに俺は部屋を出る。


 最後、恥ずかしくてフェリンの顔は見られなかった。




「とうとう出発だね」


「はい~」


「ん? 顔赤いけど……熱でもあるんじゃないかい?」


「あーいえいえ! 大丈夫です勘違いですよたぶん!」


「そうかい? まぁ本人が言うならそれでいいけど……ホラ余分に預かっていたお金だ」


「んん? あぁ……気にしなくていいですよ? それ」


 女将さんには発つ日を事前に伝えていた。


 ただリアが下界に来たあたりから、まとめて多めに払っていたお金のことはすっかり忘れていた。


 女将さんが差し出すお金は5~6万ビーケくらいありそうだが……


 その程度数時間で稼げることはもう分かっているので、お世話になった人から受け取る気にもならない。


 フィーリルの時は俺いなかったけど、毎週別の女神様を連れ込んで迷惑かけたし、弁当作ってもらったり部屋食にしちゃったりと、色々便宜を図ってもらっていたしね。


「そんなわけいくかい! 決まったお金以外は受け取れないよ!」


「ん~それでは僕の国の常識をお教えしましょう。色々とサービスをしてもらった人にはという物を払うのがマナーなんです」


「チップ?……なんだいそれは?」


「客からその人個人へのお礼、みたいなものですかね? もちろんサービスが悪い人には払いませんけど、女将さんには色々よくしてもらいましたから」


「……」


「だからそれは、料金以上のことをしてもらったと感じている僕からのお礼だと思ってください」


 日本にそんな習慣ほとんど無いけど、この世界ならバレることは無い。


 それにこう言っておけば、元から手を抜く人じゃないけど、より一層仕事を頑張ってくれそうな気がする。


「本当に変わった子だねぇ。こんなの余裕がある商人だってしやしないよ。……それじゃ坊やのお礼、有難く受け取らせてもらうよ!」


「えぇ、本当に長い間お世話になりました。いずれまた、ベザートへは顔を出すつもりですから、その時はまた泊めてくださいね!」


「任せときな! その時は誰か追い出してでも部屋用意してあげるから!」


「ははっ、それじゃあまた!」



 これでギルド以外のやるべきことは全て終わった。


 あとはヤーゴフさんに会って、最後にコレを渡せば出発だ。


 もし会えなくてもアマンダさんに渡せば話は通じるだろう。


 最後にお礼の意味も含めて、ギルドのお食事処で串肉でも食べるかな?


 それとも出る前に果実水でも飲んで、ガッツリ水分補給しておくかな?


 両方でもいいか?


 そんなことを考えながら、念のためと雑貨屋に寄り、その後にハンターギルドへと向かった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「ん? どういうこと?」


 ギルドの受付側から入った俺は思わず固まる。


 今の時間は午前11時くらい。


 本来ならハンター達は狩り真っ最中の時間だ。


 だからこの時間帯は空いている。


 そう思っていたのに、なぜか朝の依頼争奪戦もかくやという混み具合である。


 しかも、どう考えても知り合いのような……大半が飲み会の席にいた人達のような気がする……


「おっロキ、予定より早いな」


「まだ出発の時間じゃねーだろ? 出るまで一緒に飲むか?」


「アルバさんにミズルさん、こんな時間から何やってんですか? しかもお酒飲んでるし……」


 見渡せば、知り合いの大半はお食事処でグダグダゴロゴロしており、大半の手にはジョッキやグラスが握られている。


「バカヤロー! 半年分一気に稼がせてくれた恩人を、黙って行かせられるかってんだ!」


「マルタに行くことは聞いていたからな。アマンダさんに予定を聞いて、ここに集合していたってわけだ」


「うぇ~!?」


 咄嗟にまだ受付に座っていたアマンダさんを見ると、大して悪気も無いのかテヘペロしている。


 まったく可愛くないし、本当に歳を考えてほしい。


「それはなんとも有難いですけど……でも皆さん仕事はいいんですか?」


「大丈夫ですよ。さっきリーダーが言った通り、参加者は半年分くらいの蓄えがありますからね」


「そうそう! サボる時はサボるのがハンターよ!」


「自由だからこその特権だな!」


「その通りだ」


「……」


 本当にいいのだろうか?


 この人達を誘ったのは失敗だったんじゃないだろうか?


 でもまぁ……それがこの世界のハンターなんだろうな。


 命を懸けて数日分の収入を1日で得る。


 その分、働く日数を抑える。


 それを良しとするからハンターになるし、そんなのは不安だと思えば、いくら腕っぷしが強くても衛兵さんとかこの文明なら騎士とか?


 もっと堅実な仕事を選んで定職に就くんだろう。


 それにこんなことされて嫌なわけがない。


 いくら飲んだくれていようが、俺の見送りという名目で集まってくれているんだ。


 ならしょうがないか……


 パイサーさんからは解体用ナイフを購入したりと帳尻合わせをしたけど、それでもそれなりのお釣りをもらってしまったんだ。


 旅をするにはやや革袋が""と感じる。


 はぁ……俺もチョロいなぁ。


 ヒロインならチョロチョロチョロインだよ。



 お食事処に向かい、おばちゃんへ適当に掴んだ革袋の中身を渡す。


「この分でここにいる皆さんの代金を払います。もし余ったら、初日にいただいた串肉のお礼ということで受け取ってください」


「ちょっ……坊や! 多過ぎるよ!!」


「「「「「うぉおおおおおおおお!!」」」」」」


 おばちゃんの声は聞こえているけど、大歓声のせいで聞こえなかったことにしておこう。


 パッと見た感じ30万ビーケくらいはありそうだから、前の飲み会代金を考えてもまず確実に余るだろう。


 あの串肉、さいっこーーーーーーーに美味かったからな。


 生き返ったお礼ということなら安いもんだ。


「ロキすげぇー!!」


「お母さんにお土産買ってもいいのかな!?」


「お金持ち過ぎて怖い……」


「あれ! ジンク君達もいたのか!」


 ビックリした。


 てっきり狩りにでも行っているのかと思ってたら、大人たちの陰に隠れて飲み食いしてる。


「当たり前だろ。風呂入った人達はみんないるんじゃないか?」


「え? まさか誰かの奥さんや彼女さん達も?」


「あぁ。なんかハンターギルドにはさすがに入りづらいから、北門の方にいるようなこと言ってたぞ?」


 マジかよ……大事になり過ぎだよ……



「は、はは……そっか……そりゃ凄い……」



 駄目だ。状況が俺の器では収まりきらない。


 なんか「偽勇者(スケベ)の旅発ち」みたいなテロップがどこかで流れていそうな気がする。


「大変ねぇ」


「何を他人事みたいに……アマンダさん、早く出発するとかできないんですか?」


「それは無理よ。ギルド専用馬車が正面に来ないと出られないもの。多少は早めに到着すると思うけどね」


「そうっすか……」


「いいじゃないの。みんなロキ君を慕って集まってきてくれてるんだから、最後くらい付き合ってあげなさいな」


「最後じゃないですから! 顔出しますから!! ……でもまぁ、たしかにそうですね」


 コミュ障にはかなり厳しい状況だ。


 自分が見送る側の一人なら何も問題ないんだが、見送られる側の主役となるとどうしていいか分からなくなってしまう。


 でもせっかく俺のために集まってくれているんだしな。


 それなのに俺が出発までどこかに引っ込むというのはちょっと違うだろう。



(ヤーゴフさんの部屋で時間潰そうかと思ったけど……うん、コレはあとでアマンダさんに渡そう)



 よしっ! そうと決まれば景気づけだ!


 こんな環境、飲まなきゃやってられんわ!



「おばちゃん! 串肉と果実酒ください!!」


「ちょっとー! ロキ君あなた一応護衛なのよ! お酒はダメーーっ!!」

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