第100話 告白

 北門の近くに座って、出入りする人をボーッと眺める。


 でも実際のところ、見ているようで見てはいない。


 夢か幻か、自分の体験した出来事がなんだったのかよく分からず、昨日からそのことばかり考えている。



 昨日、フェリンはいつもと変わらず、【神託】を使って昼に現れた。


 俺はドキドキしながら迎え入れたものの、なぜかフェリンは凄く普通。


 いつも通りの元気な感じで、照れてる様子やおかしな挙動も見られない。


 それは夜ご飯の時も同じで、もしかしたら今日も?なんて思ってたら、普通に【分体】引っ込めて帰っていくし……


 あれはただの夢、俺の勘違いだったのだろうか?


 酔っぱらってたし、「夢だよ」と言われればそうですかと納得するしかないわけだが、こんな俺の願望に塗れた話を本人に事実確認なんてしづらいしなぁ。


 まぁフェリンが物凄く普通なおかげで俺も普通でいられるわけだから、あの出来事はよく分からない俺の思い出として、大事に取っておくしかないんだろう。


「おーい!」


「ロキくーん!」


「おっ! 2人とも今日はごめんね!」


 そんなことを悶々と考えていたら、お目当ての2人が登場した。


「んー? なんでロキ君、釣り竿なんて持ってるの?」


「今日釣ってきた帰りか?」


「あはは……まぁそこら辺もポッタ君と会ったら話すよ。ちなみにポッタ君の畑は遠いの?」


 釣り竿は旅に出るなら不要だ。


 どこかで仙人暮らしするなら持っていってもいいが、基本は町を拠点に狩場を巡っていく予定なので、このままでは嵩張る荷物にしかならない。


 所詮は安物だし、それならジンク君達に予備竿としてあげちゃった方が良い。


 ただこのタイミングで釣り竿あげるなんて言うと、絶対「なんで?」って話になってしまうので、こんな場合はとりあえず話を変えるしかない。


「ポッタんとこは町から1時間くらいだよな?」


「うんうん。この道歩いてれば向こうから歩いてくるかも?」


「……へ~」


 この世界の時間感覚には慣れてきた。


 川遊びをするために2時間くらい平気で歩く人達なんだ。


 通勤徒歩1時間となってもまぁ普通なんだろう。


 こんな時、日本なら電車か車、もしくはバイクだろうなぁ。


 だがそれは無理。


 どうやっても俺の持つ知識では作れないし、そもそも燃料となるガソリンや電気が無い。


 だが……もし自転車なら?


 それなら燃料要らずで、鉄があればフレーム部分やチェーンも気合を入れればなんとかなるはずだ。


 構造だって子供の頃に散々乗ってきたものなんだから、なんとなく頭の中でイメージはできる。


 となると問題はタイヤ部分だが……馬車があるなら、その車輪を流用できればなんとかなりそうな気もしてくる。


 うーむ……庶民の味方に成り得る乗り物を広められるんじゃないのか?


 荷物を色々抱えながら旅する俺や行商の人とかには厳しいけど、農家の人や子供なんかにはバカ受けしそうな気がしないでもない。


 サドルなんて木でも加工して、その周りに厚手の布でも巻いておけば、最低限お尻は守られるだろう。


 理想を言えば、ゴムかゴムの代用品が見つかれば――



 どれくらい考えていたのだろうか。


 口ではジンク君達と魔物談義に花を咲かせ、隙をみては脳内で自転車構想を膨らませていると、メイちゃんが急に声を張り上げる。



「あっ! ポッタいた! おーーーい!」


「かあちゃんと一緒だな」


 その声に道の前方を見ると、確かにポッタ君と、ポッタ君によく似た雰囲気のお母さんがこちらに向かって歩いてくる。


「あれ? 3人共どうしたの?」


「ロキ君がポッタに用があるらしいよ?」


「ポッタにというか、俺達3人にだろ?」


「そうそう。だから畑まで行こうかなと思ってさ」


 そう言いながら、初対面のポッタ君お母さんを見上げる。


 女性にしては大きいなぁ。


 俺とは頭一つ分以上の差があり、背丈だけで言えばリガル様くらいありそうだけど、横幅も凄いし顔はポッタ君にソックリである。


「初めましてロキと言います! ちょっとポッタ君お借りしてもいいですか?」


「おやおや丁寧な子だねぇ。君が噂のロキ君かい」


「?」


「ポッタから色々と聞いていてね。本当に感謝しているよ。ありがとう」


 なんだなんだ?


 急に頭を下げ始めるポッタ君お母さんに戸惑ってしまう。


「え……いやいや、たいしたことしてませんから! 助けられているのは僕ですから!」


「友達に恵まれるってのはこういうことだね。この子なら一人でも帰れるんだし、好きにしてもらって構わないよ。ポッタチオ! 先にご飯の準備してるからね!」


「!?」


「そうだポッタ! ロキが今日のご飯なんでも奢ってくれるらしいぞ!」


「そうそう! かぁりぃでも良いんだって!」


「ほんとに!? かぁちゃん今日ご飯いらない!」


 なんか話が勝手に進んでいるけど、ポッタ君の名前が実はだったという、かなり今更な新事実に驚愕して言葉が出ない。


 もっと早く言ってよ……みんなポッタポッタ言ってるから、ずっと本名ポッタ君だと思ってたじゃん……


 でもまぁ、呼びやすいポッタ君でもいいのか?


 そんなことを1人考えていたら、ポッタ君お母さんはいつの間にか1人でズンズンと町に向かって歩いていたため、この場には4人だけとなっていた。



「……とりあえず、どっか座ろっか」



 そう言って、やや土手のようになっている道の端に腰掛け、皆が続くのを待つ。


 視界には夕日が照らす、刈り取られた後の畑のみが広大に拡がる世界。


 一面がオレンジ色に輝くその景色は、4人で命からがらパルメラの森を抜け出した時の光景を彷彿とさせた。


 ……今から伝えなければいけないことも相まって、年甲斐もなく感慨深い気持ちでいっぱいになってしまうな。



(この3人には情報という面でも、精神的な面でも、本当にお世話になった。本当に――)



 そんな俺の気配を感じ取ったのか、いつも騒がしいメイちゃんですら静かにその光景を眺めている。


「今日は急にごめんね」


「大事な話があるんだろ?」


「うん。大丈夫だよ?」


「僕も僕も!」


「まぁ湿っぽい話は苦手だし、いずれ必ず戻ってはくるんだけどさ」


「「「……」」」


「俺、明後日からベザートを離れて旅に出てくるよ」


「そっか……」


「うぅー予想通りだし……」


「分かってたよ? ねっ? ねっ?」


「そうなの?」


 ポッタ君まで予想していたことには少し驚いた。


「まぁな。強いハンターはいずれベザートを離れる。ただ……想像以上に早かったってだけだ」


「ほんとだよ!」


「ロキは強いからしょうがない……」


「必死になってるだけだって。それに皆もだいぶ収入が上がってきたみたいだし、これなら俺も安心して旅立てるよ」


「それ、ロキ君のおかげじゃん!」


「うん。父ちゃんと母ちゃんも大喜びしてた」


「……なぁロキ、どれくらい旅に出るんだ?」


 ジンク君の問いに思わず言葉が詰まる。


 それはなんとも言えないところだ。


 俺はこの大陸がどれほど広いのかだって分かっていない。


 数年になるのか、それとも数十年になるのか――


 それにこの町しか知らない俺は、どこに定住するかもまだ決められないんだ。


 でもたまに顔を出すくらいのことはしてみせる。


 ヤーゴフさん達との約束もあるんだし、それは必ず実現してみせる。


「まだ分からないよ。でも、俺はいつか必ず転移系の魔法を取得する。そうしたら気軽に戻ってこられると思ってる」


「転移系……」


「なにそれ?」


「?」


「父ちゃんが昔言ってた。異世界人の中には瞬間移動する人がいるって」


 ヤーゴフさんも同じような反応だったな。


 異世界人限定と思われても不思議ではない、超高難易度魔法か。


 まぁいいさ。コツコツと色々なスキルのレベルを上げていけば、いずれ隠されている【空間魔法】は表示されるはずだ。


 それにヤーゴフさんは解明されていないと言っていたが、フェリンの言っていた研究機関や、何かしらの書物でヒントが得られる可能性だってまだ残されている。


 そうなればより早い段階で取得できる可能性だってあるし、そんなことはこれからの旅で分かっていくこと。


 だから、今考えるべきことじゃない。


 そうだ、今やるべきことはこれだろう。



「今まで、ごめんね」



 俺は3人に向かって頭を下げた。


 唐突な謝罪に3人共首を傾げているが……俺はずっと偽っていたんだ。


 だから、まずすべきは謝罪だ。


「俺の本当の名はロキじゃないんだ。今まで騙していたみたいになっちゃってごめん」


「「「……」」」


「だから旅立つ前に、3人には本当の自己紹介をしようと思う」


 そう言いつつ、俺は革袋から事前に用意していたケースを取り出す。



「俺の本当の名は『間宮悠人』―――異世界人なんだ」



 自己紹介をしながら、ヤーゴフさん達にも唯一見せなかった『』をそれぞれに渡す。


「マミヤ……ユウト……難しい文字だな。こうやって読むのか……」


「なにこれ? 木? 凄く薄いね!」


「うぅ……僕、読めない……」


「ポッタ大丈夫! 私もだよ!」


「俺もギリギリだぞ? おまけに読めても意味がよく分からない!」



「プククッ……あはははははっ!!!」



 思わず、その場で大笑いしてしまった。


 いきなり笑い出した俺に3人は驚いて固まっている。


「あー面白かった……ごめんごめん。俺が異世界人だってこと伝えたのに、渡した名刺の方に興味が向いていたからさ」


 俺は『』だと公表した。


 なのに3人はそれよりも名刺やその文字に興味津々。


 警戒した様子も驚いた様子も無い。


 変わらず騒がしい3人のままだ。


「あぁ。だって……なぁ?」


「うん!」


「知ってたよ? ねっ? ねっ?」


「……へっ?」


 どういうこと?


 まさかヤーゴフさん達が情報を洩らした……?


「だってロキは普通じゃないしな。大魔王を名乗るし」


「いきなり僕たちの言葉分かるようになったしね」


「魔法の唱え方も、なんかちょっと違うよね?」


 え? ん?……あれ?


「誰かから聞いたとかじゃないの?」


「誰にも聞いてないよー?」


「誰もロキのこと異世界人って言ってないよね」


「普通じゃないことが多過ぎるから、たぶんそうだろうなって言ってたんだよ。しゃべりそうなメイサには口止めしておいたけど」


「へっへ~誰にも言わなかったもんね!」


 ……マジかよ。


 こっちは一大決心したんだぞ?


 それなのにバレてたとか……恥ずかしっ!


 恥ずかしーーーーーっ!!


 思わず手で顔を覆いたくもなるも、よく考えてみれば3人は俺が異世界人だと分かっても、普通に接していてくれたのか……


 そっか。そっか……



「へへっ……バレてたんならしょうがねぇ! おまけに実は俺、32歳だ!!」



「「「うぇえええええええええ!!」」」



 そうだ! 俺はこんな驚きを見たかったんだ!


 って、何か趣旨が変わってるけどもういいや。


 この子達とは笑い合っていた方が良いに決まっている。


「だからか。俺なんか結構な頻度でロキが父ちゃんみたいに見えたんだよなー。あ、もうユウトって言った方がいいのか?」


「いや、名前はそのままロキで良いけど……」


「そんなこと言ってたね!」


「どうせならお父さんになってもらえば? ロキお金持ちだし」


「うぉい!! そこのピスタチオ!」


 ジンク君も何まんざらでもないって顔してるの!


 中身は32歳でも見た目大して変わらないんだぞ!


 それに、ジンク君のお母さん会ったことないし……綺麗だったら意識しちゃうし……



 いつの間にか和やかな雰囲気になった一行は、ご飯を食べにゾロゾロと町へ戻っていく。


 道中、名刺に書かれている俺の名前は漢字というもので、住んでいた別世界の文字であること。


 そこには働いていた会社という組織や、<営業マン>という職業が書いてあり、仕事をしている大人が自己紹介の時に使うのが名刺というものであることなど。


 地球談義で感嘆の声が上がることもあれば、ハンターギルドや商業ギルドの影響で大陸の通貨はほぼ統一されているはずなのに、一銭も持っていなくてご飯すら食べられなかったこと。


 俺が【突進】という謎スキルを知っていて、誰に聞いても知らないスキルだったから、異世界人の疑いがほぼほぼ確信に変わったことなど。


 聞けば出てくる俺のミスなどを聞いて盛り上がった。


 見てないようでしっかり見てたんだねジンク君達……


 まぁ今更だ。


 さすがに転移者か転生者かなんていう小難しい話を子供達にするつもりはないけど、せめてジンク君達にはと思っていた俺の秘密はこうして打ち明けられたんだ。


 おまけにその秘密が受け入れられているんだから何も言うことはない。


 次に会う時は……みんなどれくらい成長してるのかな?


 ジンク君はきっと身長が伸びて、メイちゃんはお母さんに似て可愛くなって、ポッタ君は……まぁお母さんを見る限りあまり変わらない気もするけど。



(ふふふっ、そんな楽しみがあるのも良いじゃないか)



 ベザートに必ず戻る理由がまた一つ増えたな。


 そんなことを一人思いつつ、4人揃って夕日に染まる道を歩きながらベザートへと帰還した。

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