第99話 夢心地

(うーん……)


 まったく頭の回っていない中で目が開く。


(シーツ替えたのかなぁ……)


 ぼやけた視界は非常に暗いが、僅かな光が窓から差し込んでいるのか、薄っすらと白くも見える。


 それがシーツだと分かったものの、いつものシーツより凄くツルツルしているのが気になった。


 それに干したばかりの良い匂い。


 はぁ……心地良いなぁ……


 顔をちょっと動かせば、右に動いても左に動いても、頬がツルツルプニプニ。


 はれ……右……? 


 左……? 


 気持ち良いからなんでもいいか……


 そういえば、俺どうやって帰ったのかな……?


 また途中から覚えてないや。


 フェリンと飲んでいて……そうだ、フェリンと飲んでいたんだ。


 ってことは、もしかしてフェリンに送ってもらっちゃったのかな?


 そうだとしたら、男なのになんと情けない。


 歳を言い訳にするしかないけど、それでもなんとか最後まで意識を保っていたかったなぁ。


 楽しくて、途中から飲むペースを抑えられなかった……


 となると、ここはいつも泊っているとこよりも良い宿?


 そんな宿屋、フェリンが知っていたことに驚きだけど、うーん……今は心地良いからどうでもいいか。


 まだ暗いならこのままもうひと眠り……フェリンに会ったらちゃんとお礼を言おう。


 んん……んん……?


 なんで寝返りできないんだろう……


 んんんーッ!





 あれ…………なに、これ?





 摩訶不思議な状況に、急速に脳が働き始める。


 今が『』だと、警告を鳴らす。


 いったい何が起きている……?


 なぜ俺は、背中をで押さえつけられているんだ……?


 身体は……ダメだ。


 手足は動かせるけど、背中に回された手でガッチリ固定されている。


 足をモゾモゾすれば……やっぱり。


 誰かの足がある。


 ……自分の呼吸が荒くなってきたのを自覚する。


 それと同時に、お日様の匂いが強く鼻腔をくすぐる。


 この好きな匂いの犯人は――



「フ、フェリン……?」


「……」



 返事は無い。


 でも、起きてる。


 それは分かる。


 俺の耳にはっきりと鼓動が伝わるから。


 そしてその鼓動が、先ほどよりも物凄く早くなっているから。


 顔を少しだけ動かせば、物凄く柔らかい感触と共に、頭を腕で抱えられているのがなんとなく分かる。



 そっか……今そういう状況なんだ……



 そう分かった瞬間、俺から力が抜け落ちていった。


 


 この状況が嫌なわけないのだから、相手が拒絶しないなら俺は受け入れるだけだ。



 ……人に甘えるのなんていつ振りだろうか?


 昔いた何人かの彼女には甘えられる一方だったし、母親に甘えたことも、まったく思い出せないくらい記憶の奥底に放り込まれている。


 まともな歳になって、誰かに甘えようとしたことなんて無かったなぁ。


 でも――良いよね?


 相手は神様なんだから。


 そう思ったら、自然と片手を相対する人の背中に回していた。



「フェリン……酔い潰れてごめんね。ありがとう」



 そう言ってギュッとすると、無言のまま俺の背に回されていた手が頭を撫でてくれる。


 幸せだなぁ……ずっとこうしていたい。


 興奮と安らぎが入り混じった感情の中で、俺は再度眠りについていった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「大変なことをしてしまった」


 既にフェリンのいない部屋で、俺はベッドに座りながら頭を掻きつつ呟いた。


 なんとなく昨晩の記憶はある。


 一時は大変な興奮状態だったんだ。


 忘れるわけが無い。


 そんな中でももう一度眠れたのは、やはりあの匂いのせいなのだろうか。


 ん――……


 思わず自分の頬を摩りながら、周りを見渡す。


 たぶん今の俺の顔は、人様にお見せできるようなものではない。



(挟まれてた……いや、埋もれてたよな……)



 あの体勢、あのポジション。


 そうとしか考えられない。


 まさに至高とも言える一時だった。


 フィーリルの膝枕も至福の一時ではあったが、昨日のアレはベクトルの違うもの――


 ふぅ~……


 これはあまり想像するものじゃないな。


 今日の予定に差し支えが出てしまう。


 そう自分自身に言い聞かせ、朝食を摂りに1階へと向かった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「こんにちは~」


「あら、ロキ君いらっしゃい! メイに用だった?」


「いえいえ、それもあるんですけど、滋養強壮の丸薬はどうかなーと」


 俺は朝早くから動いている教会への挨拶を真っ先に済ませ、次にメイちゃん家の薬屋を訪れていた。


 丸薬があればその補充を、ついでにメイちゃんの狩り予定日を確認できるならしておきたい。


「あーっ! ロキ君だ~いらっしゃーい!」


「メイッ! 立ったままご飯食べないの!」


 と思ったらメイちゃんいた。


 寝ぐせついたままパンを齧っている。


「おはよ~メイちゃん。メイちゃんにも用があったから良かったよ。今日は狩り休み?」


「昨日の雨で地面がベチャベチャしてそうだから今日は休み~! そうだ聞いて聞いて! ロキ君に教えてもらった【探査】取れたんだよ! そしたらすっごいの!」


「おぉ! 何が凄いのかよく分からないけどメイちゃんが取ったんだ」


「女神様の祈祷試したら成功しちゃった! そしたらエアマンティスの場所は分かるし、欲しい薬草の場所も分かるし、このスキルすっごいんだよ!」


 あ~なるほど。


 狩りだけじゃなく、薬草採取にも使えるわけか。


 それならメイちゃんが狙っていたというのも頷ける。


 風呂イベントの時にジンク君が取るかメイちゃんが取るかって話だったけど、そうかそうか。


 結局メイちゃんが取得することになったんだな。


 狩りだと攻撃役のジンク君に伝達するという工程を挟むことになるけど、それでも将来薬屋を考えているメイちゃんには無駄にならないスキルだろう。


「エアマンティスの場所が分かるなら便利でしょ~さらに収入増えたんじゃない?」


「へっへっへー! 今凄いんだよ! 一回行くと一人6万ビーケくらいは稼いでこられるんだー!」


「おぉ……本当に凄いじゃん!」


「ロキ君ありがとね? なんだか色々とアドバイスしてもらったみたいで……メイが頑張ってくれるおかげでうちも大助かりなのよ」


「そんな大したことはしてないですよ。メイちゃんも含めた3人のやる気の問題ですから」


 これは謙遜ではなく、本当にやる気の問題だと思う。


 ロッカー平原で狩っている大人でも、安全重視のせいもあってか10~15万ビーケくらいのパーティ収入が多かったはずだ。


 なのに10歳のメイちゃん入れた3人パーティで平均超え。


【探査】の恩恵が大きいのは間違いないだろうけど、それ以上に魔物を見つければすぐ次へ次へという姿勢が収入増に繋がっているはずだ。


 そう考えると、以前ケツを(言葉で)叩きながらついていった、ロッカー平原の臨時パーティも意味があったのかなと思えてくる。


 これなら俺も安心して旅立てそうだ。


「ちなみにメイちゃんさ、明日って狩り予定?」


「ううん~なんかポッタがお家の仕事の手伝いあるみたいで、たぶん休みになるんじゃないかな?」


「うーんそっか……」


 少々マズいな。


 あと空いているとしたら明日くらい。


 明後日は武器の付与絡みで忙しくなってしまう。


「なんかあったの?」


「あーちょっと大事な話があってね。できればポッタ君にもいてもらった方が良いんだけど……」


「ん~じゃあジンクも連れて、3人でポッタのお家か畑に行ったらいんじゃない?」


「おぉ~なるほど!」


「ポッタのお仕事は暗くなる前に必ず終わるから、明日の夕方くらいに畑見に行ったらたぶん会えると思うよ!」


「じゃあ悪いんだけどそれでお願いできる? 俺は畑の場所とか知らないから、北門の辺りで待ってればいいかな?」


「大丈夫だよ! ジンクなんてどうせ暇してるだろうけど、一応今日のうちに私が伝えておくね!」


「助かるよ~お礼にお母さんが許してくれるなら、明日は晩御飯ご馳走するよ! かぁりぃでもなんでも!」


「きゃー!!! お母さん良いよね! 明日外で食べても良いよね!?」



 相変わらず賑やかだなぁ。


 でもこれでなんとかギリギリ、3人との時間も確保することができそうだ。


 本当は一日使ってどこかに行こうかとも思ったけど、ポッタ君抜きじゃなんか可哀想だしね。


 それに伝えるべき本題は数分もあれば済む話。


 3人になんて思われるかは分からないけど……


 今までのお礼も含めてしっかり伝えるべきことを伝えよう。


 っと、一つ解決してもう一つを忘れるところだった。


 こちらも重要なんだからちゃんと確認しておかねば。



「で、メイちゃんお母さん! 以前の丸薬、もしあれば買えるだけ買いたいんですが!」

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