第98話 デート

 デートなんて言葉にしても、俺達がいるのは片田舎の町、ベザートだ。


 映画館もカラオケもゲームセンターも。


 この世界なら王都でも全部無いだろうが、男女が二人で行くようなそれっぽい場所なんて何も無い。


 だから結局はいつもの大通り付近をウロウロするだけ。


 しかし、それでも、やはり、デートと口にすれば街中の雰囲気も変わって見える。


 それはフェリンも同じなのだろう。


 今まで何度もご飯を食べに二人で街中を歩いているのに、今日はお互いソワソワしてしまってるんだから、俺も含めて大変初心うぶなものである。


(もうちょっとフェリンの容姿が庶民的であればなぁ)


 そんなことを思うのは贅沢だって分かっている。


 32歳にもなればデート経験くらいあるのに、横にいる子の容姿が常識を突き抜けているので、コミュ障が盛大に爆発して会話が上手く繋がらない。


「と、とりあえず何か飲む?」


「う、うん!」


「なんか飲みたい物とかある?」


「んー……お、お酒?」


「え? この時間から!?」


「あっ、ウソ! ウソウソっ! 冗談だから!」


 反射的に明るいうちからお酒? って思ったけど、よく考えてみればそれは地球の、というか俺の常識だ。


 この世界ならハンターはなぜか朝からお酒飲んでいる人もいたし、地球でも昼間から飲む人はいるんだし……


 それに俺が飲み会と言った時、なぜかフェリンはお酒に強い反応を示していた。


(うーん、ならありか? 妙な緊張も酒飲めば解れそうだし)


 辺りをキョロキョロ。


 何度か買っている屋台のおじちゃんを視界に捉えたので、そのおじちゃんにお酒情報を聞いてみる。


「おじちゃん! この辺の屋台でお酒を出すとこってあります?」


「おう坊主。なんだ、酒飲むようになったのか?」


「こないだお酒初体験をしまして……」


「酒なら店ん中で食い物出すとこなら大抵置いてるが――」


 そう言いながら、チラッと俺の後ろにいるフェリンを見るおじちゃん。


「ふむ。ここから少し北に向かって、服屋んとこを右に曲がれ。その先に広場が見えてくるが、その広場の向かいにある店はなかなか良いぞ」


「ほうほう、ありがとうございます!」


 どんな店かは話を聞く限りじゃ分からない。


 だが何かを察してくれたような表情を見せるおじちゃんに、不思議と信頼感のようなものを感じる。


 まるで「坊主、バッチリ頑張れよ」という幻聴が聞こえるような……


 それなら行ってみるしかないだろう。


 お礼に焼き鳥を2本買い、フェリンと食べ歩きしながら言われた場所へ向かってみると、たしかに視界の先には広場が見えてきた。


 そしてその向かいには――


「おぉ! オープンテラス!!」


 小じゃれた雰囲気の建物が建っており、屋根だけ備わった路面にはいくつかのテーブルと椅子が設置されていて、店外でも食事が摂れるようになっている。


 現代なら見慣れているが、ベザートだと建物の中に入るか屋台かの二択だったので、初めて見るちょっと雰囲気の良いお店に感動してしまった。


 ここなら広場を見ながらのんびりマイペースにお酒を飲めるし、そのままお腹が減れば食事を摂ることもできそうだ。


 おじちゃん、マジでありがとう!


「今まで見たことが無い雰囲気のお店だね!」


「だねだね。ここならのんびりできそうだよ! この時間ならまだガラガラだし!」


 オープンテラスには少し裕福そうな身なりをしたおばちゃん二人がお茶を楽しんでいるので、店がまだ閉まっているということもなさそうである。


 早速店に入りオープンテラスを希望。


 席に着くと、裏までビッシリ書かれた木板のメニューを渡される。


「フェリンはお酒飲んだことある?」


「無い無い! 人種……人がよく飲んでいるのは知ってたから、一度飲んでみたかったんだよね!」


「なるほど。なら色々飲んでみたいだろうし、度数が弱そうなやつからいってみる? 俺はちょっとエールが苦手だったから外すけど」


 そんなことを話しながら、まずは最初にと2人で選んだのが果実酒。


 これならお酒の初級編みたいなものだし、初めてでもまず問題無いだろう。


 食べ物と違ってすぐ出てくるので、俺は日本の習わしということを伝えて「乾杯」と言いながら、フェリンのグラスに自分のグラスをコツンと当てる。


 そして不思議そうにしながらもグラスに口を付けるフェリンを眺めていると――


「これ美味しいね!」


 そんな感想を漏らすフェリンにホッとしつつ、俺も飲んでみれば予想通り。


 かなり飲みやすく、前回ワインで速攻潰れた俺には丁度良い飲み物だと感じる。


 だが……やはり残念なのは冷えていないことだ。


 ワインはまぁ常温で飲むことに抵抗は無いのでいいとしても、この手のグビッと飲みたい物はできれば冷えていてほしい。


 このような陽射しの強い夏日なら尚更だ。


「ロキ君は口に合わなかった?」


 一口飲んで考え込んでいた俺をフェリンは見ていたのだろうか。


 やや心配そうな顔をしているので、その誤解をすぐに解く。


「ううんワインよりもさらに飲みやすいかも。ただ地球だとこの手の飲み物って全部冷えてるんだよね。それこそグラスも」


「えっ? コップまで冷やすの!?」


「その方がより冷たく味わえるじゃない? 特にこんな暑い日はさ」


「なるほど~たしかにそう聞くと冷やした方がおいしそうだね!」


「この世界だと冷たい物って魔道具か魔法頼みになるだろうから、冷やすという作業が簡単じゃないんだろうね」


「ふんふんふん……ならちょっと待ってて!」


 そう言ってどこかに走り去っていくフェリンをホゲーッと一人眺めていると、一度視界から消えた後にすぐまた戻ってくる。


 ま、まさか――


「へへへ。持ってきたよ【氷魔法】!」


「おぉー!」


 さすが女神様。


 愛してると勢いで言ってしまいたくなるほどの有能っぷりだ。


 早速グラスを両手で覆ったフェリンは、少し首を傾げながら「コップよ~冷たくな~れ。飲み物も~冷たくな~れ」と、可愛らしい言葉をグラスに呟いている。


 ピキッ……ピキッ……


 するとちょっと怪しげな音を立てながら、少し白み掛かっていくグラス。


 はたから見ても冷えていることが一発で分かる。


「完全に凍らしちゃだめだよ? 冷やすだけだからね?」


「ならこのくらいかな?」


 そう言いながら作業を止め、そのグラスを俺の方へ持ってきた。


「これでどう? ロキ君、感想宜しく!」


 そう言われれば俺が実験体になるしかないだろう。


 これフェリンのグラスじゃ? なんて中学生みたいなことは言っていられない。


 ドキドキしながらグラスを掴むと、手にも感じる心地良い冷たさ。


 そして果実酒を口に付ければ――



「ウッマーーーーーーーッ!!!」



 これだよこれ!


 夏にこの冷たさでグイッとやるから最高なんだよ!


 あぁ……会社の人達と夏場に行ったビアガーデンを思い出す。


 わざわざエアコン無しの野外で飲む冷たい酒……染みるわぁ。


 身体の芯まで染み込むわぁ。


「フェリン、これはヤバいよ。暑いからこそ効果絶大だ!」


「やったね! じゃあこっちもやっちゃお!」


 そう言って俺のグラスにも作業を開始するフェリン。


 一度コツを掴めば5秒程度で済むお手軽魔法のようで、パパッと作業を終わらせたらそのグラスを一気に呷った。


「ぷっはー! 冷たくておいしぃー!!」


「でしょでしょ! これで地球の大人は病みつきになっちゃうんだよ!」


 お酒が入ってきたからか、最初にあった妙な空気感はどこへやら。


 地球のお酒談義や俺が過去にやらかしたお酒失敗談なんかを話しながら、摘まみのチーズを食べつつ少し冷やしたワインに手を出したり、ちょっとコッテリ気味のお肉を食べながら果実酒で流し込んだり。


 なんとか酔い潰れないようにと自制しつつ、ゆっくりとした楽しい時が流れていく。



 フェリンは……お酒強そうだなぁ……



 顔は赤いけどはっきり喋ってるし、というより喋りまくっている気がするし……



 こういう子と飲むお酒は楽しいなぁ……



 きっと飲むほど明るくなるタイプなんだろうなぁ……



 いつの間にか外は暗くなってるし……


 

 ふぁ~……眠い……

 



 酒に弱い、この身体が恨めしい……

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