第86話 輸送システムの成果
(推定予算は"1600万ビーケ"くらいか……たぶん大丈夫だよな? 大丈夫だよね!?)
内心ハラハラしながら向かいの建物、ハンターギルドへ足を運ぶ。
俺の要望に受けて立つといった素振りのパイサーさんは、「久々に本気を出すか」と、ちょっとカッチョイイ雰囲気を醸し出しながら使う予定の素材を教えてくれた。
「うちの店に少量だがミスリルの在庫がある。だからそいつを剣の芯材に使いながら、周りをそれなりに高価な
そう説明を受けた時、俺の心臓はバクバクした。
ついに来たか
シルバーは馴染みがあるものの、ミスリルなんてまさにファンタジー世界ならではの素材だ。
それを武器に混ぜるなんて言われてしまえば、興奮してしまうのもしょうがないだろう。
確か、以前アマンダさんから説明を受けたハンターランクと鉱石の関係性で言えば、ミスリルは結構上位のBランクくらいだったはずだ。
うはは! Eランクの俺が持てる素材じゃねぇ!
って思わず自分で突っ込んでしまうも、そこは金の力で解決してしまおうじゃないか。
だから聞いた。
いくらだ? と。
そしてパイサーさんは答えた。
付与の重ね掛けがいけるか次第だが、たぶん1600万ビーケを超えるくらいになると。
おもわず「この店にある最高級展示品より高いじゃん!」と叫んでしまったけど、ミスリルとはそういう素材なんだと言われれば何も言えない。
逆に挑戦的な目で、「おまえに払えるのか?」と煽ってくるパイサーさんに値切り交渉をしようものなら、なんだか負けた気がしてしまう。
だから――
「余裕です。すぐに取り掛かってください」
――思わず啖呵を切ってしまった。
そんなわけで今、猛烈にハラハラしているわけだ。
今まで一度もアマンダさんに「いくら貯まってますか?」なんて聞いたことが無い。
お金を使う予定がまったく無かったしね……
預けた装備のメンテナンスと新調する剣の作成でトータル7日間。
もし足りなかったら久しぶりに特製籠背負って、解体ナイフだけでロッカー平原に行ってくるしかない。
4日間くらい気合を入れて頑張れば、それで300万くらいはたぶん稼げるだろう。
そんなことを考えていたら、アマンダさんの前でブツブツ呟く怪しい人になっていた。
相変わらず近い、近過ぎる。
考え事をする暇もない距離だ。
そしてアマンダカウンターがいつも通りのアマンダカウンターで良かった。
「ロキ君、意識は戻ったかしら? それともルルブの森に引き籠って、本格的におかしくなっちゃったかしら?」
「大丈夫です! いつも通り考え事をしていただけなので御心配無く!」
「そ、そう……それで今日は例のアレの確認よね?」
「えぇ。もしかしたら僕は出稼ぎに行かなきゃいけないかもしれないので、できれば今預けているお金の総額も知りたいです……」
「な、なに買ったのよ!? まさか家? 豪邸!?」
「違いますよ! 武器ですよ武器!」
「な、なら大丈夫だと思うけど……とりあえずアルバ達と一緒に動いていた期間の記録を先に渡しておくから待ってなさい。その後に総額も出してあげるわ」
そう言われて少し待っていると、アマンダさんが一枚のやや大きめな木板を俺に渡してくる。
「今日の分は今彼らが素材内容を確認しているところだからまだよ。だからそれまでの16日間の分がこれね」
そう言われてサッと目を通した内容に、俺は思わず鼻水が垂れた。
「ブホッ!!……す、凄い……です……」
「一応言っておくけどね。ベザートどころかマルタを含めても前代未聞じゃないかしら?」
「か、確認ですけど、これが3割の僕の取り分ということですよね?」
「もちろんよ」
マルタはよく分からないが……確かにベザートで言えば前代未聞の報酬額と言えるだろう。
一番上に書かれている1日目が41万ビーケ。
これは参加者がアルバさんとミズルさんパーティの計6人だったんだ。
素材の厳選し直しをしてもまぁこんなものだろう。
だがここからが凄い。
2日目にいきなり227万ビーケ。
3日目には262万ビーケ。
そこから数日は260万ビーケ前後が続いているので、3日目の時点で4部隊編成になったことが窺える。
そして6日目になって以降は、さらに報酬額が280万ビーケ前後まで上昇。
これはー……西エリアに行ってオークの出現率が上がったせいかな?
皆が特上部位を厳選して持ち帰ったからだろうと思われる。
その後はまた260万ビーケ前後に戻ったり、なぜか11日目だけで4万ビーケなんてよく分からない金額が俺に入っているが、その後も250万ビーケを切ることのない数字が続いていた。
(えーと? 1日250万ビーケだとして16日間だとすると……すげっ!! この16日間で4000万ビーケくらい稼いでるじゃん!!)
想像以上の数字に、思わず木板を持つ手が震えた。
じゃがバター1個100ビーケだぞ?
串肉だって300ビーケくらい。
宿なんてそこそこ綺麗なところで1泊素泊まり3000ビーケの世界だ。
それが半月程度で4000万ビーケ……ハァハァハァ……俺ってば、大富豪になれるかもしれない……
そんなおかしくなった俺に警戒したのか、アマンダさんに早々と突っ込まれる。
「ロキ君、この変則的な仕事の仕方は今後控えてね? 絶対やるなとは言わないけど、素材の急激な供給は市場を混乱させるわ」
「うっ……おっしゃる通りです。それはアルバさんからも聞いておりました」
「一応残り日数をアルバ達から事前に聞けたから無理やり調整したけど、このまま続けられてたらギルドでも手に負えないくらいオーク肉の価値は暴落していたんだから」
「だ、大丈夫です! ここではもうやりませんから!」
「そぉ、ならいいけど……って、ん? なら今後はどうするつもり?」
「え? えーと、新調した武器が出来上がったら、次はマルタに行ってみようかなーと……」
「……そう。まぁロキ君の実力からすればそうなるわよね。それで
「拠点ですか?」
「えぇ。拠点もマルタに移すの?」
そっか。
そういえば講習の時だったか?
ハンター成り立ての時くらいに説明を受けた気がする。
確か自分のランク以上の依頼を受ける時、特例扱いに違いがあるとかそんな話。
だけどマルタがどんなところで、周りにどんな狩場があるかも分かっていない。
大した狩場が無ければすぐまた別の町に移るんだ。
毎回拠点を変えていては物凄い手間に感じてしまう。
それにアマンダさんは隠しもせず、残念そうな顔しているしなぁ……
なら今はそこまで深く考えなくても良いだろう。
「他にどんな狩場があるかも分かっていないですし、とりあえず拠点はこのままで良いですよ」
「そうなの!? 戻ってくるの?」
「こらアマンダ、あまり踏み込んではロキも迷惑だろう」
「「え?」」
声の方にアマンダさんとセットで振り向くと、そこにはヤーゴフさんが立っていた。
「ルルブの遠征からロキが戻ってきたと聞いてな」
「えぇ先ほど戻りました。何やら過度な供給でご迷惑をお掛けしたようですみません」
「この程度なら気にする必要は無い。ギルドは供給が増えれば基本利益になるからな」
「ハハハ……在庫が多過ぎと思えば買取額下げればいいわけですもんね」
「その通り。今回はギリギリ維持ができたようなので、全員が良い結果になったということだろう」
さすがヤーゴフさん。マルタへの輸送増やしたりとか見えないところで色々動いていたんだろうに、表に出さないところがカッコいいぜ。
「それでロキ、落ち着いたらで構わないから一度俺のところに来てくれ。今日はそれを伝えに来た」
「以前伺ったあの部屋ですか?」
「あぁ。予定が分かったらアマンダにでも伝えてくれれば良い。どうせそう日数が空くこともないのだろう?」
ヤーゴフさんはもう、俺が今後どう行動する予定なのかも分かっているんだろうな。
まぁ俺も町を出る前には、お世話になった人達に一度挨拶をしておこうと思っていたんだ。
なら何も問題は無い。
「分かりました。たぶん明後日になるんじゃないかと思いますが……はっきり決まったらアマンダさんにお伝えしますね」
「あぁ宜しく頼む」
そう言って階段を上っていくヤーゴフさんを眺めていると、アマンダさんから声を掛けられる。
「ぜ、全部で5692万4400ビーケね……それに今日の分がさらに足されるわ」
「……そ、そうでしたか。ありがとうございます」
おぅふ。
思ったよりも遥かに多い……というか剣の購入代金余裕過ぎた。
「事前に言っておくけど、この金額を一気に寄越せとか言わないでよ? 絶対に無理だから」
「ですよねー……ちなみに1700万ビーケくらいはどうですか?」
「それくらいならなんとかなると思うけど……それがさっき言っていた武器の値段?」
「そうなんですよ。6日後くらいには出来上がるみたいなんで、それまでにお金用意しておかないとと思いまして」
「武器って言うとパイサーさんよね? あの人が手付けも無しにそんな大仕事を受けることも驚きだけど……分かったわ。そのようにこちらも準備しておく」
「お願いします。あっ、あと――そうですね。ここから300万ビーケほど引いておいてください」
「?」
いくらにしようかちょっと迷ったけど、使い道も特に無いし、これくらいなら問題は無いだろう。
「とりあえずアマンダさんに100万ビーケ、ヤーゴフさんにも100万ビーケ。残りの100万ビーケもご迷惑お掛けしたみたいなので、ギルド職員の方々で分けてもらえれば」
「ちょ! ちょっと! さすがに多過ぎるわよ!」
「え、えぇ……でも予想以上に余りましたし……」
「余ったら取っておけばいいじゃないのよ! さすがにこの額じゃ何か悪いことをしていると思われてしまうわ!」
「た、確かに。でも実際悪いことはしてないですよね?」
「まぁ、アルバをリーダーに巨大なパーティとして活動しているという風にしているし、実際その通りだから何も問題は無いんだけど……」
「なら良いんじゃないですか? 上手くやってくれたお礼ですよ。多少なりギルドの協力もないと難しかったと思いますから。ね?」
そう言って、敢えて隣のカウンターにいる若い受付の人に伝えると、ブンブンブンと首が高速に上下している。
今の話はしっかり聞こえていたんだろうな。
「というわけで、あとはお任せしますから上手くやってくださいね」
面倒な時はトンズラするに限る。
後ろでアマンダさんが騒いでいるけど、あの人がお金好きなことはなんとなく分かっているからな。
あとは周りが言い包めてくれれば本人も納得するだろう。
(さーてと、それじゃあお迎えの準備でもしますかね)
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