第85話 オーダー
「どうも~こんにちはー!」
誰もいないカウンターから声を掛けると、奥で作業をしていたのか、パイサーさんがのっそのっそと現れる。
「おうロキか。って、随分と装備がくたびれてねーか?」
「はははっ、ちょっとルルブで頑張ってきまして……今日はメンテナンスをお願いしたくて来たんですよ」
職人じゃなくても、自分の装備がどんな状況かはなんとなく分かる。
散々スモールウルフに齧られた革鎧は傷が増え、剣だって何千匹倒したのだろうか?
最後の方はオークの首を刎ねる時に違和感があったし、刃毀れも少し目立つようになってしまっている。
特に解体用にも使っていたナイフは、ルルブだとかなり無理をして振り回していたのでさすがにもう寿命だろう。
とりあえず鎧は脱げと言われたので、剣をカウンターに置きつつ革鎧を緩めていると、その様子を眺めながらパイサーさんが話しかけてきた。
「噂は聞いてるぞ? 町にも戻らねーでルルブに籠ったとか」
「そうなんですよ。あそこは換金効率が悪くてですねぇ。それなら町に戻らなくてもいいかなーと」
「まったくアホなことを……それで装備がこの有様になったのか」
「人が長く入らなかった川沿いを狩場にしたら、想像以上の魔物の数で驚いちゃいましたよ! まぁその分効率が良かったので助かりましたけどね」
そう言いながら引き攣った顔をしているパイサーさんへ脱いだ革鎧を渡すと、全体を眺めながらボソッと呟く。
「補修もできるっちゃーできるが、買い替えって選択も―――」
「補修でお願いします!」
思わずパイサーさんの言葉に被せてしまった。
今のところこの装備で力不足と感じることは無いし、それぞれに付いた【付与】は俺にとって有難いものだ。
いずれ買い換えることはそりゃ間違いないんだが、それでもまだ息子さんには守ってもらいたい。
「ふん……お前がそう言うならそれでいいがな」
どことなく嬉しそうなパイサーさんに確認しておく。
「一旦狩りを休憩するんで、日数はそこまで気にしないんですけど……どれくらいかかりそうですか?」
「剣で1日、鎧で2日ってとこか」
「了解です。それじゃまたそのくらいになったら取りに来るとして、一つパイサーさんに聞きたいことが」
「ん?」
「【付与】って1つの装備に対して1つだけですか?」
個人的にかなり気になっていたことだ。
付与がいくつも付けられるのなら、俺の戦力は大きく上がる。
そして残高がいくらかは分からないけど、当面お金の心配をする必要は無さそうな今の状況であれば、ある程度の大金を【付与】に注ぎ込むこともできると思っている。
というか、それくらいしかお金の使い道が見出せない。
先ほど寄った魔石屋のお姉さんは、属性魔石が【付与】されることは知っていても、それはお客さんが付与目的で買いに来ているだけ。
【付与】の制限やルールなどはまったく知らなかった。
だからもし【付与】が重ねられるようであれば、魔石屋で質の良さそうな属性魔石でも買おうと思っていたわけだが。
「装備の材質、あとは付与師のスキルレベルによるな」
このような曖昧な返答に戸惑ってしまう。
今愛用している息子さんのお下がり装備には可能なのだろうか?
そんななんとも言えない顔をしている俺に、パイサーさんは言葉を続ける。
「まず結論から言っちまえば、この剣と鎧にこれ以上の【付与】はできねぇ」
「えぇー……」
「文句言おうがこの剣と鎧じゃ、たぶん【付与】のスキルレベルに関係無く無理なはずだ」
「はず? 確定していないんですか?」
「あぁ、魔法やスキルの仕組みなんて手探りだからな」
あくまで【付与】は現在進行形で研究対象になっているスキルらしく、分かる範囲で教えてもらった【付与】の仕組みはやや複雑で、しかし考察のしがいもある内容だった。
まず装備は武器防具、あとは鍛冶職とは別の専門職で作られるアクセサリーと、大別すれば3種に分かれ、それぞれにはランクがある。
このランクは主にどの素材を使用しているかというもので、低ランクハンター。
つまり今の俺クラスが愛用している鉄素材や、そこらの低級な魔物から取れる皮なんぞは当然のことながらランクが低い。
そしてこれが希少鉱石や高レベルの魔物から採れる素材になってくると、素材のランクが上がり『
これには素材と【付与】する際に使用する魔力の親和性が関係しているっぽいが、あくまで可能性というくらいではっきりとは分かっていないらしい。
また【付与】を行う者のスキルレベルが関係していることも判明しており、もちろんスキルレベルの高い者の方が【付与】の多重掛け成功例も多い。
おまけに以前軽く説明を受けたことだが、【付与】には『
要は『スキル付与』+『スキル付与』より、『スキル付与』+『属性付与』の方が成功しやすいってことだな。
現在公表されている【付与】の最高事例は1つの装備に
なので魔力との親和性が高い高ランク素材を使用した装備を作り、その装備を高レベルの付与師に依頼し、おまけにスキル付与と属性付与を混ぜれば3つ重ねることも可能ということ。
そして目の前にある俺の愛用装備は、残念ながら素材ランクが低く、パイサーさんもレベルまでは言わなかったが【付与】のレベルが低く、過去に似たような素材で『スキル付与』+『属性付与』を頼まれて一度も成功したことが無いので、今の俺の装備では重ね掛けは無理という結論になったらしい。
(ふーむ。なんとなくは分かったが、地味にしっくりこない部分も……さすがにこのレベルの素材なら【付与】は1種と断定できるんじゃないのか?)
パイサーさんは鉄素材や低級魔物の皮でも"
でもそんなの【付与】スキルをカンストさせた人が試せば一発だろう? と思って聞いてみると――
「バカかおまえは。スキルレベル10到達者なんて滅多にいるもんじゃねーぞ? いたって加護の乗りやすい戦闘系スキルで稀に噂が流れるくらいで、ジョブ系って言われているようなスキルじゃまず聞かねーしな。数百年と生きてるような長命種なら有り得るかもしれんが……普段からあまり表に出てこないような連中が情報開示に協力的なわけもないし、レベル10で試すという前提がおかしいだろ」
――このように、「訳のわかんねーこと言ってんじゃねぇ」とばかりに猛反撃を受けてしまった。
加護が乗りやすいというのは、以前教会のメリーズさんから聞いた職業による上方補正のことだろう。
その手の職業ボーナスがあっても、スキルレベル10のハードルは相当高いか……
まぁでも、よく考えればそれもそうかと納得してしまう。
魔物討伐数という目安で言えば、スキルレベル4から5へ上げるのに10倍ほど。
約100体から一気に1000体の討伐数を要求される。
あくまで魔物の所持スキルがレベル1ならという前提だが、レベル5に上げるだけでこれだけの同じ魔物を倒さなければいけないんだ。
となればレベル9や10の要求数がどれほどになるのかは想像もつかない。
おまけにスキル経験値の自然上昇は、いくら関連する行動を取ってもかなり遅いことを考えると――
生涯、何か一点のスキルに、心血を注ぎ込んだという人でもなければ到達しない域。
それがスキルレベル10なんだろうな。
――しかし。
「異世界人は高レベルスキルを所持しているんですよね?」
「……そうだな。だからあいつらは『
「……」
ギルドマスターのヤーゴフさんと同じかな。
今の話し振りからすると、あまり異世界人に良い印象は持ってなさそうだ。
となると、いざという時に俺の素性は明かしづらいか……話を変えよう。
「ちなみに! 装備1つにつき付与が1つだとするなら、複数の【付与】付き装備を持てば効果が重複するということですか?」
話を聞く限りはこれが抜け道じゃないだろうか?
鉄素材の武器一つに付与一つなら、安くて小型の武器を複数持てばいい。
忍者の手裏剣のような感覚でいけば、10個くらい携帯しても重さ的には問題無いだろう。
「まぁそう考えるわな。高みを目指すやつは皆そう思う。だからその答えは検証されているぞ。答えは"
「んん? その制限とは?」
「武器は2種。防具は物によって部位分けも様々だが全部ひっくるめて2種、ただし盾は別種扱い。アクセサリーも2種。これが【付与】の効果を発揮できる上限装備個数だ」
「なるほど……つまり盾持ちは最大7種、それ以外は最大6種の付与付き装備を着けられる。そして素材や付与師のスキルレベルによっては1種に複数の【付与】も一応可能ということですね」
「そうだ。だからおまえなら――まずはこのショートソードの他に、【付与】付きの
なるほどなるほど、サブ武器か。
となると解体用のナイフとは別にした方が良いだろうか?
どうしても解体用ナイフは消耗、劣化が早いような気がするし、そこに【付与】を乗せて使い捨てにするというのも微妙な気がしてくる。
「ん~パイサーさんにサブ武器の【付与】を依頼したらおいくらかかります? 内容は【魔力最大量増加】か【魔力自動回復量増加】で」
「スキル【付与】の方なら、正規の依頼だと100万ビーケくらいは貰うだろうな」
「……なるほど。ということは、普通なら解体兼用のナイフなんかに付けないってことですね」
「そりゃそうだろう。【付与】なんざ当面はこれだっつう長く使いそうな装備につけるもんだ。ベザートなんかじゃ【付与】付き装備を持っているやつの方が圧倒的に少ねぇ」
ふーむ……
ここで俺は一旦思考する。
普通なら付けない、それはお金の面が主な理由だろう。
5~10万ビーケの解体用ナイフや入門装備に100万ビーケ払って【付与】を乗せても、元が取れるかとなると疑問を感じる。
そして俺はというと金の面は問題無いが、さして愛着も無い消耗品の解体用ナイフなんかに付与を乗せようとは思わない。
だが、ちゃんとした、長く使えそうなサブ武器なら?
ルルブでは魔物の数の多さからほぼ二刀流状態……いや刀じゃないから二刀流と呼べるかは分からないけど、とにかく両手に武器を持って斬りまくっていた。
しかしナイフが短過ぎて使いづらかったのも事実。
かと言って大き過ぎても扱いづらいし、使わない時は狩りの邪魔にもなるし……
ということは刃渡り50~60cmくらいの、小太刀みたいな武器ならどうだろうか?
できれば俺は【剣術】スキルを伸ばしたい。
となれば、この長さくらいなら剣に該当してもいいような気がするし、形状は今あるショートソードをもう少し短くするようなイメージでいけば、存在している【刀術】や【短剣術】に経験値をもっていかれることもないだろう。
使わない時にはそこまで負担にならず、いざ使うとなればそれなりの殺傷能力もある――
うん、これだな。
一応店内を見渡すも、俺が思い描くような大きさの剣は無い。
となれば。
「決めました! このショートソードよりもう20cmくらい短い―――素材はパイサーさんが可能な範疇で、できる限り上等なやつを使った剣を作ってください! もちろん【付与】付きでっ!!」
その瞬間、パイサーさんはニヤリと、まるで挑戦を受けて立つかのように笑みを零した。
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