第69話 理解の及ばぬ光景

「そろそろ1時間か?」


 これを聞くのはもうだ。


 聞き飽きたのか、誰も「まだだ」なんて言葉すら言ってくれない。


 ロキが狩っている間はただ待つだけ。


 この時間がこんなにも長いとは思わなかった。


 だからこそ、色々と余計なことを考えてしまう。



 ――水辺には魔物が集まる。



 昔からよく言われていることだ。


 その情報を利用して、パルメラ大森林なら好んで水辺に行くやつもいた。


 だがベザート周辺では最も強い魔物が出るルルブの森で、わざわざ水辺を狙うなんて発想を持ったやつはいなかった。


 ただでさえオークに囲まれれば死がチラつくんだ。


 そんな魔物が密集する場所に好んで行く、自殺願望溢れるやつなんて周りにも、そして親父の世代にもいなかっただろう。


 マーズ以外この場所を知らなかったのも当然と言える。


 そんな中に一人で、か……



 ギルド内で素材量の記録を作っていることは知っている。


 特に若い奴らの妬みも混じった噂はよく耳にしていた。


 だが、実際に戦っている光景を見たやつはこの中に誰もいない。


 見た目は明らかに少年、というより俺の子供であってもおかしくないくらいの年齢だ。


 そんな子を一人で突入させて良かったのか?


 一度見殺しにしてしまったというのに、また見殺しにするなんてことも――


 しかし、あの妙な自信を感じてしまうと何も言えなかった。


 そもそもロキの提案に、俺は拒否権など無いわけだしな……



「お天道さんが真上だ。そろそろ待ちに待った1時間だろうぜ」



 ミズルにそう言われ、それぞれが腰を上げて立ち上がる。


 あくまで俺は臨時のリーダー。


 本来のパーティリーダーであるミズルの方が指示にも納得しやすいのだろう。


 だがやるべきことはやらせてもらう。


 誰かを死なせたくないし、俺もまだ死にたくはないからな。



「それじゃ行くか。予定通り、まず籠を背負うのは俺とミズルとエンツ。後衛組は魔力が少なくなったら籠担当に切り替えてくれ。上手く埋まれば一度戻って籠の入れ替えだ」



 この1時間、手持無沙汰ということもあって色々な取り決めをした。


 ロキを信用していないわけじゃないが、道中魔物がどれだけ残っているかも分からない状況だ。


 それならと、6つある籠のうち3つをここへ置いていくことにした。


 誰も来ない場所なんだ。


 籠を置きっぱなしにしたところで何も問題はないだろう。


 それに籠が無い分3人が自由に動けると思えば、この方が利点も多いという結論になった。


 最初は元から荷運び担当だったエンツを主軸に近接組が籠を。


 魔力が怪しくなってきたら後衛に籠を引き継ぎ、近接組がメインの護衛になる。


 今日が初日だ。


 とりあえずはこれで様子を見る。



「さてさて、森の中はどうなってやがるかな?」


「リーダー、油断はしないでくださいよ? 魔物が溢れ返っているかもしれないんですから」


「相変わらず悪い方に物事を考える野郎だぜ。マーズ、夢を見た方が楽しいぞ?」


「その夢を見て死ぬハンターが多いのも知っているでしょう?」


「まぁな……まっ、こいつが悪夢だと分かりゃあ、とっととトンズラだ」


「そうなるとあの坊主は助からないか……」


「それはしょうがない。ロキ自ら提案したこと。ハンターなら死は常に覚悟している」


「でも魔物どころか、その死体すら無いわよね?」


「さすがにまだ森の入り口だからじゃねーか?」



 確かに何も見当たらないただの森という感じだが、それは入口から近過ぎるせいだろう。


 川沿いを奥へ進むか、それとも川沿いを離れ、森の中へ入るか……


 ただ目印になり、何かあった時に逃げ易いのは、方向がすぐに確定できる川沿いだろうな。


 ――ならば。


「そうだな、とりあえずもう少し進んでみよう。それで何も発見できなければ、川から一旦離れて森の内部へ入るぞ」


「あー……その必要はねーかもしれねぇ。血の臭いはしてきた」


「む? そうか?」


「リーダーは相変わらず鼻が良いですね」


 ミズルは咄嗟に指先を舐めると、その場で風向きを確認する。


「間違いねーな。このまま真っ直ぐだ。血の臭いはそっちからってな」


「ロキの血じゃなきゃいいんだが」


「おいおいアルバよ、縁起でもねーこと言うんじゃねーよ。ロキが死んじまったら俺達稼げねーだろうが」


「その考え方もどうなのよ……って、あれ、何?……山?」


「あん?……あー……こりゃ……予想以上にやべぇな……」



 ……ミズルが驚くのも無理は無い。


 最初は俺も、なぜこんなところに土盛りが? と思った。


 だが土が盛られたその小山に近づいていくと、その周囲には7~8体ほどの魔物の死体が転がっている。


「全てスモールウルフか……こんな数がまとめて襲ってくるなんて有り得るのか?」


「普通は精々4~5体ってとこよね。水場の近くだとこんな数になるのかしら」


「魔物の気配は無さそうだが――ザルサッ! 一応先行してあの土盛りの裏側を見てきてくれや!」


「分かった」


「よしっ! 数が多いからザルサとマーズの2名がとりあえずの護衛についてくれ。残りの者は解体に入ろう」


 そういって各々が準備に入った時、待ったを掛ける声が聞こえてくる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」


「なんだ! 魔物か!?」


「ち、違う……違うんだが……」


「あんだよザルサらしくねーな……ロキの死体でもあったの、か……」


 ザルサの異変に気付いて近寄ったミズルまで言葉を失っている。


 まさか――


「ロ、ロキが死んでいるのかっ!!?」


「くはっ……ふははははっ!!……こ、こいつは大当たりかもしれねぇ……やべぇ奴を引き当てたぞ俺達はッ!!」


「な、何を言ってるんだ?」



 そう言いつつ近寄った小山の裏には、先ほどの数以上にいそうなスモールウルフ達の死体。


 おまけにオークの死体まで3体も転がっていた。


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