第70話 さらなる理想を求めて
「フッ……フッ……『火よ、飛べ』」
ぶら下がる糸を溶かされたリグスパイダーが落ちてくるも、その身体を地面に触れさせることもなく真っ二つにする。
「分かってんだよ!」
そのまま背後に向かって剣を横薙ぎに振るい、背後を狙う1体のスモールウルフを斬り付けながら、逆手に持ったナイフでもう1体のスモールウルフの首を横から突き刺す。
「フッ……ハッ……『穴を、形成!』」
スモールウルフの後ろから俺を狙っていたオークの足元へ小型の穴を形成。
転ばしている間に残りのスモールウルフ3体を多少のダメージも気にせず滅多斬りにし、終わればすぐに立ち上がろうとするオークの首に剣を突き入れて、残り1体となるオークと対峙する。
(1体だけなら魔力は節約……)
そう思いながら振り下ろされるこん棒を躱し、オークの足元へ剣を突き刺せば勝手に顔が下がるので、左手のナイフを喉に差し込む。
血を噴出させながら横たわり痙攣するオークに、念のためショートソードで再度首を深く刺せば、その動きは止まって静かな森へと戻っていった。
周囲を見渡してもオークの姿は無し。
【気配察知】でも周囲15メートルに魔物の気配は無し。
(スモールウルフを【探査】……無し、リグスパイダーを【探査】……2体……次はこいつらか)
敵の位置情報と周囲を確認後、次の標的へ向かおうとしたその時。
ピ――――――――――――ッ…………
森の中では聞きなれない音が。
すぐにミズルさんと打ち合わせをしていた指笛の合図と分かるも、自然と緊張が走る。
まだ狩り始めてから2時間も経っていないだろう。
魔物の空白地帯だってそこまで出来上がっていない。
2度目が鳴るかどうか――
だが、そんな心配も杞憂に終わり、鳴らされたのが一度だけだったことに安堵する。
「ふぅ~……一旦戻って休憩するか……」
念のため革袋からゴソゴソと腕時計を取り出し方位を確認。
既に作った空白地帯を通りながら南方面へ進んで行けば、おおよそ100メートルほどで外の草原が見えてきた。
「んがー! 疲れたー!」
ずっと気を張りつめていた分、安全地帯に出た時の安心感は凄まじい。
肩や腰をコキコキ回しながら周囲を見渡せば、自分が川から300メートルくらい離れた位置で森を抜け出したことが分かる。
「おーい! ロキー!」
「こっちだー!」
手を振るみんなの数は……うん、大丈夫だ。
全員生きているし、手を振っている時点で致命傷を受けたということも無さそうだな。
「皆さん怪我とか無かったですかー?」
「おう! 誰も怪我してねーっていうか、魔物との戦闘なんて一度も無かった……が……おまえは大丈夫なのかよ……?」
「え?」
ミズルさんの問い掛けに、どういうこと? と首を捻る。
なぜか近づくほど皆さん若干引き攣った顔をしているし、唯一の女性であるロイズさんなんかは俺を見て後退ってしまっている……
「元気そうではあるが血だらけだぞ? どこか怪我をしているんじゃないのか……?」
アルバさんにそう言われ、改めて自分の身体を見てみると、腕も足も革鎧も、物凄い量の血が付着し赤黒く染まっている。
「あぁ……これは返り血ですね。常に乱戦で気にしている余裕も無かったもので」
「「「「「「……」」」」」」
「はははっ……と、とりあえず川で洗ってきまーす!」
男に多少引かれるくらいであれば構わないが、20代と思われるロイズさんに後退られるのは俺の心にグサッと来る。
俺は素材確認の前に、まずは全身洗い流すことを優先した。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
真夏とも言える気候で良かった。
見事にずぶ濡れだが、この日差しと気温ならすぐに服や髪も乾くだろう。
あーやっぱり川の水を頭から被るのは最高だ。
革鎧を一旦脱いだ俺は、再度皆さんと合流。
遠目に見ても、それぞれの籠が素材でパンパンに埋まっていることが確認できる。
「籠がちゃんと埋まったようで何よりですね」
「あぁ……これをロキが1人で倒したというのが未だに信じられん」
「俺は今日から坊主をロキ殿と呼ぶことにしようと思う!」
「いやいや! 意味が分かりませんから!」
「ぶっちゃけ1人15万はねーだろって思ったんだぜ? だがこりゃ、たぶん15万を超えるかもしれねぇ。感謝どころじゃねーよ」
「そうね。いくらになるか想像できないから楽しみでしょうがないわ!」
ふーむ……
正直、俺も籠の中身見たっていくらになるかは分からないが――
でも
「あの、スモールウルフの皮を剥いだんですか?」
「そりゃそうだろ。こいつも売れるからな」
「それは知っていますが……」
他の人達の籠も隙間から覗くと、後衛職のマーズさんとロイズさんの籠はスモールウルフの皮が大量。
前衛職のアルバさん、ミズルさん、ザルサさんの籠はオークの肉とスモールウルフの皮が半々くらい。
元から荷物持ち担当だった一番ガタイの良いエンツさんは、比較的オーク肉が多めという具合か。
ただ肉も厳選しているというより、とりあえず取れるものを取って詰め込んだという感じだな……
「ちなみにどの辺りで素材回収しました?」
「川沿いを100メートルくらい森に入ったところだな。オーク3匹と大量のスモールウルフが転がっていたから、そこで作業して放り込んだぞ」
「なるほど。そこ以外では?」
「え?」
「ん?」
「まさか、あそこだけで籠埋めて終わらしちゃったんですか?」
「どっ、どういうことだ……?」
あららら……
こりゃやっちゃったパターンだな。
まぁ無理をして移動範囲を広げれば、それだけリスクが増すとも言える。
基本自衛は自己責任なんだから無理強いはしないけど、彼らは『
だったら情報だけはちゃんと伝えてあげよう。
その上で判断は彼らに任せれば良い。
「単純な話で、素材の厳選はされても良いんじゃないですか? オーク肉が一番高く売れるって話ですし」
「そりゃ分かっちゃいるが……他にもそんなにオークが転がっているのか?」
「何体倒したかは分からないですけど、少なくともオークだけで20体くらいは倒したと思いますよ?」
「「「「「「は?」」」」」」
「皆さんが素材回収したのは僕が最初に魔物と当たった場所です。そこから周囲50メートルくらいですかね? そこら辺の魔物を殲滅しながら、さっき出てきた辺りまで移動していたんですよ」
「あー……どういうことだ?」
「リーダー……つまりロキ君が言っているのは、僕らが素材回収をした場所から東に森へ入っていけば、スモールウルフとかリグスパイダーに混じってオークも転がっているってことですよね?」
「そういうことです。皆さんの籠は大サイズが5つに僕の特大籠が1つ。容量的にはオークで一番高く売れる背中の部位だけを厳選しても、大サイズの籠で4~5体分は入るはずなんですよ。特大籠ならもっとですね。
なので今皆さんが持ってきた大サイズの籠5つはほぼ全てオークの特上部位で埋まるはずなんです。あとは特注籠に小さいけどお金になる魔石を入れながら、余ったスペースに他の素材なんかを詰め込んでいけば……」
「い、いけば……?」
「肉の素材が「B」ランクだとして6万くらいでしたから、オークの肉だけで120万ビーケほど。それに魔石やら他の素材、討伐部位も入るとなると150万ビーケは超えるんじゃないですか?」
「「「「「「……(ゴクリ)……」」」」」」」
「ただ移動が増えればその分リスクも増しますし、皮より肉の方が重さもあるでしょう。なのでどうされるかは皆さんにお任せしますよ。ただまぁ、皆さんは『
「僕はよほどロキ君の方がリーダーの素質があると思うのですが?」
「あー……まったく否定できないところがつらい」
「ロキ君……彼女いたりする?」
「俺はこれからロキ殿ではなくロキ神と呼ぼうと思う」
「神」
やっぱり計算に疎いんだろうな。
皆目を輝かせながら好き放題言っているが、ただ勘違いされては困るのでちゃんと釘は刺しておこう。
「ただそこからの3割ですからね? なので、仮に150万ビーケが総額だったとしても、105万ビーケほどが皆さんの報酬。そこから6等分なんで――……一人17万とか18万ビーケくらいってところですね。そして僕は皆さんが運んで換金してくれるので、45万ビーケほどが収入ということになります。ね? ウィンウィンな関係でしょう?」
「俺達は戦闘すらしてないんだぞ? それでこんな報酬……これは夢か?」
「夢を見て追いかけるってのは良いよなぁ! 分かるかマーズ!」
「えぇ。やはりハンターは夢を追いかけてなんぼですね。僕が間違ってましたよ!」
やっぱり彼らはこの世界の住人だ。
リスクなんて然程考えず、得とあらばすぐに動く気概を持っている。
ならば何も言うことは無い――いや、浮かれて死なれると困るから、もっと安全マージンを取れるように動いてもらうか。
その方が俺も安心して狩りに専念できるしな。
「ちなみに、この結果までがおおよそ2時間ほどです。つまりこの程度の時間で皆さんの籠は換金効率を重視してもある程度埋まることになります。そして、僕は日が出ているうちは丸1日狩るつもりですから――どういうことか分かりますか?」
「あー……分からん」
「2往復……まさかの2往復か!?」
「それ、暗くなっても動く必要があるんじゃないか……?」
それも運搬役という専門部隊を作ればできないことはないだろうが、相当ハードな作業になるだろうな。
「ここまでの移動時間を考えれば相当キツいと思いますけど、されたいなら2往復しても良いと思いますよ。ただ個人的には、もっと人を集められたら良いんじゃないかなと思います」
「人? ハンターをってことか?」
「そういうことです。ルルブで狩りをされているパーティは他にもあるのでしょう? その方々を誘ってみたらどうですか? より団体行動になれば、不測の事態でも対処しやすくなると思うんですけど」
「確かにな。仮に3パーティ合同、15人くらいのハンターが集まったとなりゃ、オーク数体に囲まれようが数で押し潰せる」
「現実問題として、森の手前――大体100メートルくらいから魔物の密度が急激に増えています。ただ狩り続ければその密度は自ずと減りますから、今後皆さんも森の奥へ入る必要が出てくるわけです」
「ふむ……その時に今の6人だと、万が一があった時に対応できない可能性も出てくるか」
「ロキ君が言っていることは十分理解できますね。人が増えたところで僕達の報酬は変わらず、より安全を得ることができる。ならば率先して取るべき選択でしょう」
「んだな。知り合いに声かけてみっか……この素材量見せりゃ一発だろ」
「全員涎垂らしてついてくることは間違いない」
「そこら辺はベザートに戻らない僕ではどうにもできませんから、後は皆さんにお任せします。僕は今日もこれから殲滅エリアを拡大させていきますので、明日から指笛無しでここに着いたら自由に魔物の素材回収始めちゃっていいですよ。さすがにオークの肉はこの気温じゃマズいでしょうけど、魔石や討伐部位なんかは1日経とうが関係ないでしょうから」
「おうよ。ロキは明日以降素材の確認もしに来ないのか?」
「そこは状況によってですね。誰かを見かければ声は掛けさせてもらいます。どこら辺を殲滅したとか次はどこに手を付けるとか、情報共有はしておいた方がいいでしょうから」
「ということは当面川の東側、幅500メートル以内を徐々に奥へ進んでいくと思っておけばいいんだな?」
「ですね。ちょっとどこまで進むかは今のところなんとも言えないので、伝える必要があれば僕の方から森の出口に来ます。僕がここに満足した時も声は掛けないといけませんし」
「了解だ」
「できる限り長く続けてほしいもんだがなぁ……」
「はははっ……そこは僕がここに飽きたら終了ということでお願いしますね」
「まぁロキがいてこその計画だしそこはしょうがねぇ。その期間こっちも存分に稼がせてもらうさ」
「そうだな。それまでは俺達も休まず働くとしよう」
こうして話し合いは終わり、素材の厳選作業のため、再度森の中へ入る6人を見送りつつ革鎧を着直す。
これできっと、俺の収入も増えるに違いない。
さてと……それでは乱獲と、ついでの寝床探しを再開するとしますかね。
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