第39話 勧誘

 自分で作った高さ3メートルほどの石柱。


 そしてその上に鎮座する素材入りの籠。


 誰も手の届かないところに持ち上げたいという願いを見事に具現化できたはいいものの、自分も届かないというシャレにならない状況になってしまっていた。


 魔力が緊急時用の【突進】1回分程度しか無くなり、石柱を消せるのか消せないのか試すこともできず、半べそになりながら定点狩りを開始。


 夕方になって魔力がある程度回復したところで、「石柱を消せ」「石柱を砂に変えろ」と呟きながら魔法行使を行なってみたもののそれぞれ不発。


 結局石柱の根元に魔法行使で土を盛り、無理やりバランスを崩して石柱を倒すという方法でなんとか籠を回収することには成功した。


 一度石柱、というより石にしたら自力で戻せないというのは予想外で焦ったが……まぁ良い勉強にもなったな。



 ちなみにベザートへ帰る途中、魔力を残すのももったいないと色々試した結果、盛った土を減らすことは簡単にできた。


 つまり地面に穴を開けるという作業も、魔法を使えばそう難しいことではない。


 そしてなぜか、手をいつぞやのような拳銃の形にし、「火よ、灯れ」と試しに呟いてみたら、指先に青紫の霧が発生した直後にマッチのような火が灯ることも確認。


 これで足で魔法を発動するという謎ルールから解き放たれたのは良かったものの、なぜあの時【火魔法】は発動しなかったのかという疑問は残ってしまった。


 あの時できなくて今できること。


 思い返してみても、色々在り過ぎて答えがさっぱり分からない。


 濃厚なのは女神様と会ったことのような気もするけど、じゃあこの世界の魔法使いは皆女神様に直接会ってるのか? となれば違うだろうし、謎は深まるばかりである。



 まぁ今は発動できている。


 ここが物凄く重要だ。


 なんせ俺は【火魔法】【土魔法】、そして今日獲得した【風魔法】も使うことができる。


【風魔法】は試してみた結果、自分の顔に弱い風を当てて燃費の悪い扇風機代わりにすることができるし、エアマンティスのような、見えないかまいたちを飛ばすことだってできてしまう。


 まだレベル1だから、飛距離は10メートルあたりを超えると木の皮すら剥けないくらいに、途中で空気に溶けこんでしまっているっぽいけど……


 ちょっと高いところにある果物なら、この風を使って落とすこともできるだろう。


 土壁を作って寝床を確保する、火を使って獲物を焼く、風を使って取れない場所の食べ物を収穫する……


 なんだか攻撃魔法というよりは生活基盤を作るための魔法になってしまっているが、あとは【水魔法】を取得できれば、どこかの狩場に引き籠っても安定した暮らしができそうでワクワクしてしまうな。


 水筒を捨てられる代わりに、スキルポイントを使って【水魔法】を取得してしまうべきか。


 それともスキルポイントを節約して、そのうち出会うことになるだろう【水魔法】持ちの魔物を倒すまで我慢するかはかなりの悩みどころだ。


 まぁいつでも実行できる嬉しい悩みなので、もう少し考えながらどうするか判断していこうと思う。



 ふふふ、今日は初めて魔法が使えたお祝いということで、『かぁりぃ』のお店にでも行こうかな~。


 でもちょっとペース早過ぎかな~?



 そんなことを考えていたら、後ろから声を掛けられた。


「おーい、ちょっと……ちょっと待てって」


「ん? 僕ですか?」


「そうだよ! ちょ! 声かけてんだから走るなって!」


 習慣にしている修行のスタミナ作り。


 籠を背負っていても可能な限りはジョギング移動の影響で、後ろの人も小走りするハメになってしまっていた。


 ついて来ているのは一人だけで、籠を持った人ともう一人が遥か後方でのんびり歩いているようだ。


 しょうがないなぁと思いながらも徒歩に切り替える。


「それで何か御用ですか?」


「あぁ。聞きたかったんだが、おまえは一人で狩っているのか?」


 そう聞く男には見覚えがあった。


 ハンターギルドでお金を分けていた……えーと、アテントだかアデントって人だ。


 槍を持っているからたぶん間違い無いだろう。


 そして俺の顔と籠の中身とを、視線が行ったり来たりしている。


「えぇそうですが……」


「そうか。なら良かったな? 俺はアデントという。もう一人くらい入れてもいいかなって思ってたし、俺んとこのパーティに入れてやるよ」


「……はい?」


 一瞬、この人が何を言っているのか理解できなかった。


 もしかしたらパーティ勧誘かもという覚悟くらいはしていたが……


 って、なぜそんな上から目線で俺は誘われているのだろうか?


 もしかしたら見た目?


 子供だから?


 見れば目の前の兄さんは20歳前後くらいだろうか。


 前に見た残りのパーティメンバーも同じくらいの年齢だったような気がする。


 内心、君達より年上なんだけどなぁ……と思いながらも、年上だからこそ穏便に面倒を回避しようと口を開く。


「すみません。1人を案じてパーティに誘っていただいたのは有難いのですが、一人で行動するのが性に合っているのでごめんなさい」


「は?……断られるとは思ってなかったわ」


「え?」


「おまえ、つい最近ロッカー平原に行くようになっただろ? 今まで見たこと無かったしな。ロッカーなんてパーティで狩るのが常識だぞ?」


「それはアマンダさんからも聞いてますね。ただパーティの必要性をまだ感じないんですよ」


「そうやって妙な自信を持ったガキが真っ先に死んでくんだよ。先輩としては見過ごせないって言ってんだから、大人しく俺達と組んどけよ? ギルドだって納得するはずだぜ?」


 あぁ~この上無く面倒くさい……


 どう考えても俺の素材目的なのが透けて見える。


 そりゃこないだトータル12万ビーケくらいの報酬だったパーティが、一人加えることによってトータル30万ビーケ近い報酬になれば君達は大喜びだろうさ。


 そして俺はまったく嬉しくない。


 メリットが何も無く、収入、経験値、スキル経験値、全てにおいて損をするし、身の安全は元からロッカー平原で死ぬことを想定できないのでプラスにもならない。


 ただなぁ……あまり突っ込むと面倒事が余計に拡大する気がしてならない。


 となれば取る方法は1つか。


「すみません。それでも当面は1人で頑張る予定ですのでごめんなさい」


 ただひたすら断る。これに限る。


 営業でも何を言おうが、理由無く断られ続けるとどうにも八方塞がりになる。


 逆に「こういう理由で無理なんです」と言われた方が、その無理な理由を切り崩せばこちらに向く可能性があるので交渉がしやすい。


「いや、ちょっと待てって……とりあえず止まってうちのメンバーとも話してみろって? 皆良い奴だからすぐ慣れると思うぞ? 専用の荷物持ちだっているからお前が背負うことも無い!」


「大丈夫ですごめんなさい」


「お守りなんて好んでやるやつはまずいないんだぞ? 今のうちに組まなかったら後で余計にパーティへ入り辛くなるんだぞ!?」


「覚悟してますごめんなさい」


「チッ……ギルドには報告しておくぞ! 後悔しても知らねーからなッ!」


「はいごめんなさい」



 ふぅ……やっと終わったか。


 以前アマンダさんから受けた講習内容だと、ハンター同士のトラブルは基本自己解決。


 殺す殺さないといった法に触れる内容でもない限りは、ハンターという職業柄のせいもあって多少の怪我程度は黙認だと言っていた。



 だからこそで来られると非常にマズかった。


 勝てるかどうかよりも、一度火種が付くと今後の活動にまず間違いなく支障が出る。



 俺はポッと出のソロ活動、つまり知り合いがほぼいない。


 対して向こうはベザートの町の住人だろうし、それなりに長くハンターをやっているとなれば知り合いも多いだろう。


 つまり彼らに味方をする人間も多くいる可能性がある。


 そんな中でトラブルなんて抱えたら……俺がベザートの町で安心して住めなくなってしまう。


 ゲームだってそうだ。


 ソロは柵(しがらみ)も無く楽なものだが、その分一度問題が発生すると立場が弱い。


 四六時中PKプレイヤーキルを狙われるなんてことも当たり前だった。


 ゲームならバッサバッサと返り討ちでPKしていけばそれで良かったが……ここは現実世界。


 殺してしまえば俺は牢屋行きか処刑だろう。



 あーもう。


 ベザートの町は良い人が多いと思ってたんだけどなぁ……


 これからのことを考えると憂鬱な気分になりながら、俺はベザートの町へと帰還した。

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