第34話 神通

(まだ後頭部に手が動いている気配を感じる……ということは、身体はこのままで意識だけが飛んだってことだな。まぁそれは予想していたから良いとして、いったいどれくらい時間が経過した?)


 女神様達のいる謎の世界から戻った俺は、とりあえず現状把握に努めようと考えたものの……


 変わらず跪いて祈りのポーズを取ったままの状態だったので、軽く薄目を開けてみても地面しか見えず状況が分からない。


 神官さんの表情すら見えないのでは、このまま祈ったポーズを取り続けるべきなのか悩んでしまう。


(しかし、女神様達から直接職業選択はできないと言われたんだ。このままでは神官のトレイルさんは【神託】が下りずに相当焦るはずだ)


 既に焦っているのか、これから焦るのか。


 どちらにせよトレイルさんには申し訳ない話だし、あの空間にいた時間を考えれば10分くらいこの状態が続いていてもおかしくない。


 となると、俺から声をかけるべきだな……


「あ、あの……」


「だ、大丈夫です……今まで一度も神託が下りなかったことはありませんから安心してください。多少時間はかかっても、必ずあなたに適した職業が告げられるはずです……」


 マズい。


 声色から伝わるこの切迫した雰囲気は、既に相当焦っているとしか思えない。


 となると、女神様から直接無理だと告げられたことを言うかどうかだが――


(これを言えば教会だからこそ大変なことになる可能性もあるか……でもトレイルさんは見るからに人が良さそうな真面目な人だ。最悪このまま何時間も続けてしまう可能性も有り得る。なら……)


「もう大丈夫です……どなたかは分かりませんけど声が聞こえた気がします。あなたはまだ職業には就けないと」


「な、なんですと……?」


「僕にはよく分かりませんけど、たぶん女神様だったんじゃないかなと思います。だからもう大丈夫ですよ。また修行して出直そうと思います」


「そ、そんなことは……幼子ならまだしも、ロキ君くらいの年齢ならまず考えられません……いや……分かりました。ここはロキ君の意向に沿うべきですね」


 そう言って手を戻す神官さんの動きを【気配察知】で感じた俺はホッと一安心する。


 この人には何の罪もないからね。


「お手数だけお掛けして申し訳ありません。職業が告げられなかったのは自分の責任ですので、お布施はそのまま教会のためにお使いください」


「そんなわけにはいきません! 可能な職業を告げ、その方を導くからこそのお布施です。導けないまま頂いてしまってはただ奪ってしまったのと同じこと。女神様がお許しになるはずがありません!」


「そんな……トレイルさんには頑張っていただいたのに、それではこちらが申し訳ないです」


「いいえ何も気にする必要はありませんよ。私達のしていることは形だけの作業ではありません。真に重要なのは導けるか導けないか、それだけなのです」


「……」


「だから今回のお布施はお返しします。そして修行をされた際にはまたお立ち寄りください。今回の件で女神様への信仰を捨てないでいただくことが私共の喜びでもありますので」


 できた人だ……俺とは別人種かというくらいに考え方が成熟している。


「分かりました……ただ個人的な気持ちとして、せめて10万ビーケは教会へお布施させて頂きます。信仰があるからこそのお布施です。ここに理由を作る必要はないでしょう? 教会の修繕にでもお役立てください」


「……そのお気持ち感謝します」


 そう言って頭を下げるトレイルさんだが、頭を下げたいのはこちらだよ。


 横目を向ければメリーズさんもなんとも言えぬ顔をしているし、なんだか教会の人達には申し訳ない気持ちがいっぱいだ。


 ただ結果は結果。


 俺には職業選択が無理ということなら、それを受け止めた上でどうにかやっていくしかない。


 冷静になればなるほど、この世界の職に就けないって痛過ぎるけど……


 その分レベルを人より上げて、スキルを大量に獲得して穴埋めしていくしかないだろう。


 うぅ……


 人がいなければ、この重過ぎるハンデにまた泣いてしまいそうだ。



 メリーズさんから差分の40万ビーケを受け取り、改めて二人にお礼を言って教会を出る。


 時は夕暮れ。


 夕食には少し早いが……精神的に疲れてしまったので今日はもう宿へ戻ろう。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 夕食を済ませ、ベッドに寝転びながらステータス画面を開く。


(これか……あっ、結局【神託】も残ったままだ)


 得られた【神託】と【神通】がどちらもスキルレベル1になっていることを確認できたので、それぞれの詳細を確認してみる。



【神託】Lv1 職業<神官>専用加護スキル 女神達からの言葉を授かることができる 使用条件1日に1度のみ 任意発動不可 魔力消費0            


【神通】Lv1 職業<神子>専用加護スキル 女神達と意思の疎通を図ることができる 使用条件1日に1度のみ 使用制限時間1分 魔力消費50



 ふーむ……職業専用加護スキルか。


 アリシア様とリガル様が言っていた通り、俺がこの世界の人間ではないから加護が付かず、残ったスキルだけを得られたということだろう。


 現に加護の部分は相変わらず空欄のままだ。


 本来だと何かしらの条件が整えば、神官から告げられる職業選択の中にレア職業が混ざり、そのレア職業を選択すれば加護と共におまけのスキルも取得という流れが想像できるな。


 そして神子……どんな役割を持った職業なのかいまいち想像がつかない。


 世界に一人だけと言っていたことからも、相当な重職ということは間違いないんだろうけど……どちらかといえば、聖女専用加護スキルと言われた方が馴染みもあってしっくり来てしまう。


(あとは……ん? ボーナス能力値は魔力か?)


 どの能力値が上がっているのかと見てみれば、今までプラス数値の無かった魔力最大値が+6になっている。


【神託】【神通】ともに+3ずつだろうか?


 まぁどちらにしても、魔法スキルを使えない俺には魔力を大きく消費する場面が無い。


 それこそ今回貰った【神通】スキルの魔力消費量が大きいと言えるが、これは戦闘中に使うものでもないので、今のように寝る時使っていけば問題無いだろう。


 それなら朝には魔力も回復しているだろうし、同じ時間帯に使えば使用条件の1日1回を無駄無く消費することができそうだ。


 あとは使ってみてだな……


 女神様がいつでも対応可能なのかよく分からないし、というのも気になるところ。


 いったい誰に繋がるのか……


 俺が会ったのは3人だけなのだから、残りの3人に繋がったらまずは自己紹介から始めなくてはならない。


 それでも1日1回限定の希少スキルだ。


 聞きたいことは事前にまとめて要領良く確認していこう。


【神通】で質問だけを伝え、時間制限の無い【神託】で回答してもらうというのがベストかな?


 となれば手帳、手帳と。


 聞きたいことの最優先は―――……


 まずは魔法の使い方か。


 あとはどうしても欲しい無限アイテムボックス系の魔法がこの世界にあるのかどうかも重要だ。


 それに異世界人を呼んでいるとも言っていたので、現在どれくらいの異世界人がいて、それが全て地球人なのかどうか。


 あとはその人達がどんな活動をしているのかも、今後の参考として聞けたら良さそうだな。


 常識的な内容がどこまでなのかは分からないけど、たぶん「パルメラ大森林はいったいなんなの?」なんて聞いても回答を得られるかは怪しい気がする。


 うーん……聞きたいことは山ほどあるはずなのに、いざ聞けるとなったら意外と思い付かないものだな。


 まぁそれでも生活していく中で確認したいことはいくらでも出てくるはずだ。


 何かあればメモを取っていくようにしていけば、俺のこの世界での生活は順風満帆になるような気もしてくる。


 ふふふ……そう考えれば素晴らしいスキルかもしれない。


 となればまずは何よりも、このスキルをくれた愛の女神、アリシア様へのお礼と容態を確認することが先決だろう。


 最後ヘロヘロになって地面に這い蹲っていたしなぁ……それでも美し過ぎたが。



 よしっ!


 手帳を手元に、念のためにメモを取れるようポールペンも持った。


 それじゃあやってみよう。



【神通】



「あ、あのー聞こえていらっしゃいますでしょうか? これはしゃべらなくても思うだけで良いんでしょうかー?」



(きたよー! 早速きたよー!!)


(むっ? この反応はロキか。では私が……)


(待ちなさい。リガルは先ほどお話しされたのですよね? それであれば、私達3人のうちの誰かに譲るべきでは?)


(そうですよ~独り占めはズルいんですよ~?)


(私はいい……話すと神罰落としてしまいそうな気がする……)



「あのー? アリシア様は大丈夫ですかー?」



(君がロキ君だよね? 聞いたよーなんか凄い力? スキルを持ってるんだってー?)


(な、なんとか……だいじょ――)


(私は生命の女神フィーリルですよ~。一度お会いしてみたいので今から教会に来られますか~?)


(この時間は閉まっているから無理でしょう。明日ならいけますよね? 私は商売のめがっ……)


(待て待て。そうなると誰が結界を張る? 最低3人は張っておかないとバレたら大事になるぞ?)


(当然次はリアとリガルが結界担当でしょ! リステはそんなに興味無さそうだったから結界役でもいいよね?)



「あのー?」



(待ちなさい! 誰も興味が無いとは言ってないでしょう! 異世界人の知識は得てして有益なものが多いのですから、私が代表してお話しした方が……)


(フェリンが結界役でいいんじゃないですか~? もし地球からの落とし子であれば農耕なんて今更興味が無いと思いますし~?)


(ちょっとー! 私はロキ君という子に興味があるの。アリシアは別としても、リアとリガルに噛みついてまだ生きているなんて普通じゃないし!)


(勘違いしないでほしい。私が早とちりしたと理解したから素直に謝っただけ。何かあれば神罰は落と――)


(神罰ッ!!……ダメ……絶対……)



「あの……もしもーし?」



(ロキの持っている謎の情報は下位神をも超える。すなわち手厚く保護し、その情報を教えてもらえれば私達にも上位神への道が……)


(それは……興味深いお話ですね……)


(リガルが興奮したという話もちょっと納得してしまいますねぇ~)


(私はそんなに興味がない……)


(さっき逃げちゃったもんねー? ちょっとロキ君が怖かったりしてー?)


(フェリン殺すっ!)


(私のために……争わないで……)



「おーい……あのー聞こえてますかー? ちょっとー?」



((((((…………))))))



 バシッ!!


 気が付けば、俺はフルスイングで持っていた手帳を壁に投げつけていた。



「ビックリするくらいクソスキルじゃねーかっ!!」



 なんだこれは……?


 なぜ俺は女神様達の世間話を聞かされたんだ?


「あのー」しか言えないまま、いつの間にか1分が過ぎた現実を受け止めきれない。


 まさか『女神達』というのが一遍に繋がるとは思わなかった。


 ここまで一方的に、かつ好き勝手にしゃべるとも思わなかった。


 結局アリシア様の安否確認ができただけじゃねーか……


 一度まだ見たことの無い3人と顔を合わせれば解決するのか?


 いや、既に会った3人(うち1人は死にかけ)も遠慮無しにしゃべっていたし、会う会わないはまったく関係無いような気もする……


 あぁ……


【採取】や【狩猟】みたいに、大して期待もしていなかったスキルならこんな落胆も無かったはずだ。


 この流れは俺が初めて得たスキル【火魔法】と同じ。


 期待していた分だけ落差が大きく、俺の精神的ダメージも計り知れない。


 ということは、そういうことか……



 

 よし、このスキルの存在はもう忘れよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る