第23話 報酬
「おぉー初仕事にしては中々大量じゃねーか」
目の前にいるロディさんからお褒めの言葉を頂く。
ここはハンターギルドの奥にある解体場。
解体場用に作られた大きめな入り口は裏の通りに設けられており、建物内部は受付や依頼ボードのある正面入り口と繋がっている。
その裏口とも言えるところから入ると、真っ先に「見かけない顔だが新人か?」と言われたので、自己紹介をしたらロディと名乗る髭面親父さんが現場主任であることを知った。
ガタイも良いし、よほどロディさんの方がギルドマスターの風格を漂わせているなと感じてしまう。
「手探りでホーンラビットの血抜きをしてみたんですがどうですかね?」
まだ息もあまり整ってはいないが、現場の人のニーズに合っているのかは確認しておきたいので聞いてみることにする。
「ふむ……肉の色も問題なさそうだし、このくらいなら大丈夫だろう。ただ……」
「ただ……?」
「できればだが、ホーンラビットは一気に首を落とした方が良いぞ。横から斬りつけると皮がどうしてもマイナス査定になる。この程度なら多少だから無理をする必要まではないけどな」
「なるほど……そりゃそうですよね」
どうしてもホーンラビットの突進に合わせて横からナイフを合わせていくので、刃が当たる場所も側面になってしまうのが問題だ。
首だけ落とすとなると上着作戦で拘束してしまえばいけそうな気はするが……荷物が増えることに抵抗があるんだよなぁ。
「ホーンラビット5体で素材価値は全て『B』、ゴブリンの魔石と討伐部位が4体分、フーリーモールの魔石と討伐部位が3体分だな! こいつを受付に渡してくれば報酬を貰えるから行ってこい! 籠はここで回収する」
そう言ってロディさんが木板を渡してくるので、内容を確認すると確かにその通りの内容が書かれている。
「素材価値というのは何段階あるんですか?」
「EからAまでの5段階だな。火魔法なんか使ってまる焼きにすると、皮は使い物にならないし肉にまで火が通っちまうこともあるからまずDかEになる。となると当然素材価値が落ちるってこったな!」
「ほうほう。ということは首だけを斬り落とせばAということですね」
「時間経過で肉質が落ちてなきゃな。ただAとBじゃ200ビーケしか素材価値の差は無い。わざわざ命を危険に晒してまでAなんて狙うんじゃねーぞ? 命あってこそだからな!」
「ですよねありがとうございます! これからほぼ毎日来ると思いますので宜しくお願いしますね」
「おう! ロキが稼いでくれりゃギルドも儲かる。ほどほどに頑張れよ!」
気の良いおじさんだなぁ。
当面お世話になりそうだし、もし次の狩場へ行くことになったらしっかり高値買取のコツを聞いておこう。
そんなことを考えながらも踏み均された木板の通路を通り、途中にあった資料室や講習を受けた部屋などを通過しながら受付カウンターへ向かう。
天井からぶら下がった木の案内板が出ているので、迷わず向かえて新米には非常にありがたい。
到着すると当然のことながらアマンダさんが「こっち来いや」と目で訴えてくるので、若いお姉ちゃんの対応を捨ててアマンダさんのところへ。
さきほどロディさんから渡された木板を渡すと、アマンダさんの目が少し見開かれる。
「ロキ君、結局パーティ組んだの?」
「あ、いえ……パルメラ大森林は問題無いと感じたので、パーティは次のロッカー平原というところからどうしようか考えようかなーと……」
「そう……剣を持ったゴブリンも討伐しているんだから、Fランク相当の実力はあるのでしょうけど……それにしても中々の数ね」
「ちょっと自分の甘さに気付いたこともありまして。それで気合を入れ直したと言いますか、走り回って魔物を探していたらこうなりました」
「あまり無理はしないのよ? ハンターなんて3年5年後でも職を変えない限りは命を削らなきゃいけないんだから。常にある程度の余裕を持たないと……ね?」
「ですよね。今日は無理をした自覚があるのでその点は反省しています。おかげで足が物凄く辛いです……」
「ふふ。まぁ今日は無事に初仕事の完了ということで、素直におめでとうと言っておくわ。計算するから少し待っててもらえる?」
「分かりました~座って待ってます」
そういって、とりあえず串肉のおばちゃんのところへ行く。
猛烈に喉が渇いた……魔物じゃなく喉がカラカラで死んでしまいそうだ。
「おばちゃん飲み物ありますか?」
「もちろんさ。ただお酒はまだ早そうだから……果実水でもいいかい? 氷付きの水もあるけど」
「あぁー今は氷付きの水が良いかも。一気に飲みたいです」
「はいよ。それなら100ビーケだ」
そう言って渡された水を一気飲みする。
「ぶはぁーーーーー美味いっ!! もう一杯!!」
思わず叫ぶほどに喉へ染み渡る。
考えてみたら宿屋の果実水も常温だったので、この世界で初めて冷えた飲み物を飲んだな。
やっぱり水は冷えていると3倍は美味く感じる……となると氷魔法か。
いずれ取得したいところだが、魔法の発動もできないこの状況で取得しても宝の持ち腐れ。
当面はこうやってお店で購入するしかないのだろう。
「ロキくーん! 計算終わったわよ!」
そうアマンダさんから呼ばれたので、おばちゃんにお礼を言いつつコップを返してカウンターへ向かう。
「はいお待たせ! 初報酬はなんと48500ビーケです! これは中々凄い金額よ。しかも半日でこれなんだからちょっと多過ぎるくらいね」
「お、お、おぉおおおおおお!」
今日は本気で頑張ったからそれなりの金額になると思っていた。
が、まさか5万近いとは!!
あれ?
午前中の1便と午後の2便とで考えれば、1日10万くらいいくんじゃ……?
明日も同じペースでやれって言われたら倒れそうだけど、本気を出せば現状このくらい稼げるという目安にはなる。
そうかそうか……この世界で暮らしていくだけなら、身体が動くうちはまったく問題ないな!
「ふふふ、頑張った甲斐があったわね。明日は休むなりペースを落とすなり、しっかり自分で調整するのよ」
「えぇ、身体を壊さないように気を付けます。それでアマンダさんにちょっとお伺いしたいのですが……」
そこで今日感じた自分の知識不足、ハンターに必須の装備を確認する。
「そうねぇ。必須と言えば武器だけど、壊れた時用に予備の武器を持ち歩く人も多いわね。嵩張らないようにナイフを腰に差している人も多いから、今度混み合っている時間に来たら他のハンターを見てみると良いわよ。あとは武器の血を拭う布と水筒。当然水筒は飲み水用としても必須ね。他にはルルブの森に行くハンターならすぐに戻れないから携帯食や雨具はまず必須だけど……パルメラ大森林ならすぐ戻ってもこられるから、昼に戻るつもりの無い人が持参するという感じね。ポッタのように籠に鉤具を付けて、一度に多く運べるよう工夫する人もいるわ。あとは緊急時用のポーション、ロッカー平原に行く人は必ずポイズンポーションも持っていくかな?そのあたりから防具も着けていく人が多いから、狩りが終わったら小まめに手入れしておくことも必須と言えば必須ね」
「な、なるほど……凄く有難い情報です!」
「え……まさか水筒も無しに行ってきたの?」
全体を舐めるように見られながら、非常に痛いところを突っ込まれる。
土で誤魔化しても血の跡がかなり残る右手で視線が止まっているので、これは隠しても無意味だろうな……
「どんなものかと軽い気持ちで行ってしまったもので……なのでこれから買いに行ってこようと思います!」
「はぁ……だからパーティを組んだ方が良いと言ったのに! そんなんじゃすぐ死んじゃうわよ!」
「分からなくなったらアマンダさんに聞くので許してください……」
「そ、そうね! ちゃんと私に聞きなさい。私にっ!」
「はい! では店が閉まってしまうので行ってきます!」
なんとなく逃げた方が良さそうな雰囲気だったのでそそくさと退散。
走るのは怠いが、アマンダさんから時折魔物のような狙われた気配を感じるのだからしょうがない。
そのまま以前服などを買った商店街通りに向かおうと歩いていると、前方に見慣れた3人衆が歩いてくる。
向こうも気付いたようで
「ロキくーん!」
「おっ、もう今日の狩り仕事は終わったのか?」
「やぁ! もう換金してきてこれから買い物に行くところだよ。ジンク君達は……これからだね」
ポッタ君の籠には3体のホーンラビットが吊るされており、中には薬草類となぜか果実が籠の半分くらいまで入っている。
「ん? 果実?」
思わず突っ込んでしまうと
「果実もギルドが買い取ってくれるんだよー知らなかった? 家にも持って帰るから全部は渡さないけどね!」
ニシシって笑いながらメイちゃんが教えてくれた情報によると、果実も1個100ビーケほどでギルドは買取り、それを商店や飲食店に卸しているらしい。
ザっと見ると籠に入っているのは30個くらいか……俺みたいに魔物のみを標的にしているのと違って、ジンク君達は小範囲を動きながらお金になるものを一通り回収というスタイルで動いているんだろう。
ポッタ君が荷物持ちとは言え、さすがに広範囲を走り回るなんてやり方は厳しいだろうしなぁ。
ちなみに俺だって籠を背負ったまま走り回るのは厳しい。
籠に中身が入っていない最初のうちは良いが、2体3体とホーンラビットが入ると走るのはかなりしんどくなってくる。
だから今回俺はノルマ達成のため、森と平原の境にある木の枝に籠を置いて放置し、3体目以降のホーンラビットは籠無しで探す作戦を取った。
1体くらいなら持ったまま移動も余裕なので、間に魔石や討伐部位なんかも回収しながら籠の場所に戻る。
籠に入れたらもう一度手ぶらで探索というやり方は、我ながらかなり効率が良かったように思える。
ただ誰でもできるかというとやや難しいところがあり、腕時計の方位機能で探索に向かった位置をしっかり把握していたからこそのやり方だ。
一直線に森の中へ向かい、少し逸れてから一直線に逆方向へ帰還する。
これができなければ置いてある籠を探すのに相当苦労するはずなので、ジンク君達には教えてもあまり意味がない方法になってしまうだろう。
ポッタ君の存在意義が無くなってしまうしね。
(っと……そうだそうだ……)
渡す物があったと革袋に手を突っ込み、お目当ての銀貨をジンク君達に差し出す。
「今日教会に行ってきたんだけどさ。俺にはまだステータス判定は当面必要ないなって感じたから使わずに帰ってきたんだ。だからこれ良かったらあげるよ」
そう言うと、手に持つ銀貨を見つめる3人。
「これってあれだろ? ハンター登録した時に貰えたステータス判定をタダでしてもらえるやつ」
「私こないだやったよー十字の銀貨だから一緒だね!」
「それそれ。教会の人にあげる予定って言っても何も言われなかったから、たぶんジンク君達が使ってもタダで判定してもらえると思うよ」
「マジかよ! もう判定してもらってから2年近く経つからそろそろしたいなとは思ってたけど……いいのか? 自分の持っているスキルを把握できるチャンスだぞ?」
「んー今日狩りしてみたんだけど、俺は【気配察知】さえあれば他のスキルって使わないんだよね。だからパルメラ大森林にいる限りは新しいスキルがあっても関係無いんだ。魔物しか倒さないしさ」
「そうなのか。それなら有難く……とは思うけどさすがにタダで貰っちゃーな。確かお金だと20000ビーケだったよな? なら半分の10000ビーケで俺が買い取るよ」
「いいよいいよ。その代わりに一つ教えてほしいんだけどさ。前ステータス判定してもらった時って3人共どうだった?」
「「どう、とは?」」
「黒い石板に文字が出てくるとは聞いたんだけど、取得しているスキルが一気に浮かび上がる感じ?」
「そうだな。俺が10歳で受けた時は10個くらいのスキルとそのレベルが浮かび上がったな。書き写してもらってないから数は大体そのくらいだが」
「ジンクそんなにあったの!? 私7個だったんだけど! 【異言語理解】でしょー【採取】でしょー【薬学】でしょー……」
「ちょちょちょちょ!」
俺はメイちゃんの言葉を必死に止める。
最近判定を受けたメイちゃんは全部しっかりと覚えているようで、このままじゃ指を折りながら道のど真ん中で所有スキル丸ごと公開してしまう勢いだった。
この世界の人がどう思うのかは分からないけど、ゲームだと所有スキルがバレるのは弱点を晒すようなもの。
だからこそ隠すのが基本だと思っているので、さすがに俺の質問がきっかけで世間様に晒させてしまうことには抵抗がある。
「スキルはあまり人に言わない方が良いんじゃない? 悪い大人がいるかもしれないしさ!」
「そっか! じゃあ内緒ー!」
「そうだぞ。珍しいスキルだと攫われて奴隷にされることもあるって昔父ちゃんが言ってたぞ。メイサはまったく問題無いと思うが」
「どうして!?」
ふう~危ない危ない……
「なるほどね~それじゃ今日がハンター初日の俺はまだまだ判定なんて必要ないや」
「スキルなんて急にレベルが上がるものでもないしな。普通は数年に1回判定してもらうくらいだと思うぞ」
「そっか……まぁジンク君が2年振りくらいなら、俺よりも遥かに意味があるし使っちゃってよ!」
「うん、ありがとな! 今度ギルドであったら串肉奢るよ!」
「あ、それ良いね! そんじゃ急がないと店が閉まりそうだし、俺は水筒とか買いに行ってくるよ!」
「あぁまたな!」
「いってらっしゃーい!」
ブンブンと手を振る3人衆に、俺も手を振りつつ考える。
(やはり教会の言っていることと内容は変わらずか……これでこの世界の人達が見る『ステータス』は、スキルとスキルレベルのみで確定しても良さそうだ)
どんぐりの言う凄いとはこういうことだったのか。
そんなことを思いつつも、俺は丁度夕刻の鐘が鳴り始めた道を急ぎ商店へと向かった。
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