第24話 リアルな世界

 夕食を済ませた後、魔石の欠片をエネルギー源に光るライトを見つめながら、椅子に腰を掛ける。


 テーブルには手帳とボールペン。


 今日あった新事実など、布団で考えればすぐ寝入ってしまう自信があるので、無理やり椅子に座って情報を纏める予定だ。



 しかし、今日の夕食が魚で良かったな……


 俺が噛り付いていた生魚と違って、しっかり味付けされた魚は美味かったというのももちろんあるが、今日は肉だとちょっと胃にくるものがあったと思う。


 死ぬか魔石を掴み取るか、どちらか選べという精神状態だったから途中からは何も感じなくなった。


 ある意味ランナーズハイのような、特殊な精神状態だったようにも感じる。


 ただ素面に戻れば、やはり見慣れぬあの光景は脳裏に焼き付くわけで、今はお肉を食べたいという気にまったくならない。


 って、そうなると何食うんだって話になるから、今度どこかで休みを取って町を探索してみるのも良いかもしれないな。


 この世界の食文化とはどんなものなのか。


 宿屋で夕食を取れるのはかなり楽ではあるけれど、1200ビーケという夕食代が普通なのかも調査してみるべきだろう。


 もしハンターギルドと宿の間に「ホーンラビット丼 特盛600ビーケ」なんて店でも発見しようものなら、肉に抵抗が無くなった際には相当通ってしまう可能性がある。


 その時にホーンラビットを直接飲食のお店に卸すとどうなるのか、あとはあるか分からないが魔石を専門に扱う店もあれば、買取価格を確認してギルドと比較をしてみても良いだろうな。


 ギルドはランクの昇格に実績と実力が必要と言っていたので、間違いなく常時討伐依頼に合わせて討伐部位を渡し、その報酬を貰うというのは実績に繋がっているはずだ。


 ただそれ以外の魔石や肉などを、ギルドで換金することがギルドの利益に貢献していると判断されて実績扱いになるのかどうか。


 ここ次第では売り先を開拓しておいてもいいわけだから、俺にとって損にならない選択を模索していかないといけない。


 アマンダさんに聞くよりは……裏表の無さそうなロディさんに聞いた方が良いだろうなぁ。



 あとはステータスに関してか。


 まさか、どんぐりの言っていた『』が本当に凄いとは思わなかった……


 俺だけが認識しているレベル、俺だけが把握している能力数値……これらがいつでも見ようと思えば見られるというのは一種のスキルなのだろう。


 当初、初めてのその他枠になる【突進】スキルを取得した際、なぜ突進の上に2つ分のがあるのだろうと疑問に感じていた。


 今だにそこは空白のままで何も表示されていないけど、この詳細を見られるステータスがスキルということなら納得もいく。


 俺がどんぐりにしてもらったことは、このステータス画面と身体年齢を戻すことの2つなので、なぜどちらもスキル名が表示されないのかは分からないが、年齢が若返ったことも【若返り】とか、きっとそれっぽいスキル名が隠されているはずだ。



 どうもおばちゃんシスターやジンク君達の話を聞く限り、この世界のスキルとスキルレベルは日本で言えば『資格』と同じような扱いをされているように思える。


 例えば留学して英語が堪能になれば、あなたは英検2級に準ずる能力がありますよと、女神様から【英検】2級というスキルが与えられる。


 ただ違いとして資格を取った瞬間から特殊な能力、つまり【気配察知】であれば周囲5メートルの動きが肌感覚で分かるようになるといった力が発現されるので、魔法がある世界だからこその不思議現象と捉えるしかないだろう。


 またこの世界の人達が認識していない魔物を倒してのレベルアップは『徳を積む』ということに近く、宗教観念の薄い日本だと何より自分が良い人で在りたいかどうか、あとは一部の人が死後の世界を信じて天国に行きやすくなるようにとかその程度だろう。


 無意識にする人はするし、しない人はしない。本人の性格によるところが非常に大きいと思う。


『徳を積む』メリットは人脈、円満な人付き合いなど当然あるものの、得てして徳を積む善人は過ぎれば損をし、悪い人間ほどお金を稼いでいたりもするという悲しい側面もあるわけだから、日本では一概に徳を積む=実益があるとは言い難い。


 しかしこの世界だとスキルの習得やスキルのレベルアップ、つまり徳を積めば英語の理解度が深まったりしゃべれるようになったりと、外部の力によって能力を無理やり押し上げてもらえる。


 実情は単純にレベルアップして得たスキルポイントを、女神様を経由して使用しているということになるのだろうが、魔物を倒すという善行に対しては、死のリスクと引き換えにしっかりとした実益が生まれている。


 元の世界との違いは


 そう、たかだかこの程度であって、魔法が存在したり文明が遅れていたりはするものの、その中で日本と同じように皆が幸せを願って日々生活しているわけだ。



 そうだ。


 そうなんだよ。



 おおよそでは分かっていたことだけど……やっぱりここってっぽいんだよなぁ……



 生身の身体で食って寝て、魔物と痛い思いをしながら闘っているんだから何を今更と思うかもしれないが、俺にとってはかなり重要なことだ。


 この世界に飛ばされた当初、俺はどんぐりから貰った『ステータス画面』を見た。何もしなくてもすぐ見ることができてしまった。


 だからゲームとしての世界に飛ばされたのか、それとも地球のようなリアルな世界に飛ばされたのか。


 これがよく分かっていなかった。



 いや、薄々は分かっていたか。


 森には日本と同じように昆虫がいて、地面には巣穴から出てきた小さな蟻が行列を成してゾロゾロとどこかへ進行していた。


 枝と枝の間には蜘蛛の巣があり、そこに虫が捕らえられている姿を何度か見かけているし、俺はその蜘蛛の巣を木の枝で払いながら森を進んでいたんだ。


 仮にここがゲームの中の世界なら、そんなところにリソースを使うなんて考えにくいだろう。


 それなら魅力あるボスでも追加で1体作ってくれって話だし、作り手側だってそうするのが普通だと思う。



 殴られれば痛いし血は出る。


 気持ち悪ければ吐き気がするし、一度だけだが腹痛に見舞われたこともある。


 ジンク君達やアマンダさん、おばちゃんシスターや宿の女将さんに商店の人だって、どう考えてもNPCという雰囲気はまるで無い。


 皆それぞれが決まった返答を繰り返すなんてことはなく、考えて行動、言葉を発している姿は日本にいる数少ない友人や同僚と同じようにしか見えない。


 そう考えると……


 俺だけがこの世界でゲームと現実リアルを混同してしまっている。



 変なところで甘え、変なところで無謀になり、自覚も無くゲームの視点とリアルの視点が切り替わっていたように感じる。


 そしてゲームの視点に切り替わっている時が、俺の死ぬ確率が高い時なんだろうなと、なんとなく思ってしまう。



(直せるかな……直さないとな……でもあまり自信は無いな……)



 昔ゲームにハマり込んでいた時は、まさにゲームがリアルだった。


 1日24時間、トイレに行く時も風呂に入る時も、行っている間にキャラは死んでいないか、ちゃんと敵を倒して効率を落としていないか。まさか戻ったらレアドロップしているんじゃ?


 こんなことばかり考えていた。


 食事なんてパソコンの前で、画面を見ながら取るのが当たり前の生活。


 寝れば夢でも狩りをしていて、夢の中のドロップに一喜一憂する生活……



 一度は社会人として働き、自分は真っ当な人間に矯正できたと思い込んでいたけど、こうもを目の当たりにしてしまうと抑えるのが厳しいよ。


 考えてみたら社会人になってゲームを一切やらなくなったのも、時間が無いからという言い訳を作って、また前の自分に戻ってしまうのが怖かったからだ。


 中途半端に趣味の範疇で楽しむことができない。自分の性格はよく分かっている。


 弱い自分に落胆するし、そんな状況に納得もしたくない。


 努力すれば結果がついてくる世界なら尚更だ。


 結果、全てを捨てる選択を取ろうとする……今がもう怪しいもんなぁ。


 自分の子供だって言ってもおかしくない年齢のジンク君達を、それとなく利用してしまっているのが良い証拠だ。


 営業マンの時なら子供を利用するなんて発想すら出てこなかっただろう。


 あぁ……現実に戻ると罪悪感でいっぱいになってしまう……でもそれが俺の本性だ。


 表面を取り繕って矯正されたと思い込む前の、本当の俺の姿だ。




 強さへの憧れは我慢できる?




(たぶんできない)




 惨めで弱い自分に耐えられる?




(もうあんな思いはしたくない)




 じゃあ、どうするの?




(…………)




 ここはゲームじゃない。リアルな世界だ。


 耐えられないからもう止めますなんて、"都合の良いリセットボタン"のようなものは存在しない。


 どうやったら帰れるか。森の中にいた頃は考え、辛くなる度に何度もどんぐりへ呼び掛けたりもしたが……


 少なくとも町に着いてからは一度も考えたことが無い。


 俺がこの世界の仕組みを楽しいと感じてしまったからだ。


 この世界俺は強くなれると感じてしまったからだ。



「どんぐり……このままじゃ俺はどこまでも腐ってしまうよ。今なら間に合うと思うんだ。まだ引き返せると思うんだ。俺を……元の世界に帰してくれないか?」


 ・


 ・


 ・


 まぁ……分かっちゃいたが、何も反応は無いよな……


 たぶん、それが本心ではないことを見透かされているんだろう。



 フッ――……



 魔石の燃料が切れたのか、ライトの灯りが消え、部屋全体が闇に包まれる。


 部屋にある唯一の小窓から入り込む光はかなり微弱で、自分の手元にあるはずの手帳はなんとか薄明かりでその所在を確認できるのみ。


 そっと手帳を閉じ、自然と灯りを求めて小窓へ視線が向かう。



「真っ暗――全身黒ずくめの魔王か……」



 ロキという名を名乗ったことで分かった存在。


 本当に勇者タクヤに倒されたのかは分からないが、既にいないとされている存在。


「俺のこの考え、性格は勇者というより、魔王と呼ばれた方がまだしっくり来るな。……ハハッ、この際目指しちまうか? 魔王を」


 暗闇の中一人呟くも、どんぐりは反応を示さない。


 冗談だと思っているのか、どうせ無理だろうと思っているのか。もしくは俺に対してさほど興味が無い可能性もある。



 まぁいいさ。


 結局のところ誰のために生きるかだ。


 そして俺は自分自身のために生きる。


 いきなり飛ばされたんだから、現状それしか選択肢も無い。


 ならば、あとはなるようにしかならないだろう。


 ただそれでも――



「言うか? せめてジンク君達には本当のことを……」



 そんな思いが自然と口から零れ落ちた。

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