第22話 解体
道中、ベザートの町唯一の武器屋で攻撃用と解体用を兼ね備えたやや長めのナイフを買い、俺は依頼ボードの前に陣取っていた。
ナイフは表示額が70000ビーケで購入額が50000ビーケ。
武器屋の親父は泣いていたが、「次はこの武器買うから!」と、先日気になっていた55万ビーケのショートソードを予約しておいたので問題無いだろう。
もちろん55万ビーケでそのまま買うなんて一言も言っていないけど、さすがに赤字になってまで売ることは無いはずだ。
ということはお互いWinWinの関係なので、あのショートソードは50万切りを目指そうと思う。
平常時は朝の鐘の音と共に動き出すハンターギルド。
そこで割の良い依頼は早々に持っていかれるようで、昼時の今は閑散としており、ボードに掛かっている依頼もややまばらだ。
要は残り物の依頼か常時討伐依頼しか無いということだが、ハンター初日で相場感も何も無い俺にとっては残り物だろうと問題無い。
逆に明日以降は今残っている依頼よりも割の良い依頼を積極的に選べばいいわけだから、今ぶら下がっている依頼内容も良い物差しになる。
それに今日は依頼がメインというわけではない。
まず俺にとってかなり重要な"特例によるFランク依頼"が受けられるかどうかの確認。
そしてパルメラ大森林の入り口周辺で軽く動きつつ、新しく買ったナイフでの初解体に挑戦してみようと思っている。
(ふむふむ……Gランク依頼が家の掃除1000ビーケに外周の柵交換で1日3500ビーケ、Eランク依頼だとマルタの町まで馬車護送が片道2日で30000ビーケと……
大体町での雑用関係と馬車の護送が残り物になっている感じか。馬車の護送は一見良さそうに思えるけど、2日間拘束で30000ビーケ、おまけに向こうで置き去りにされるわけだから、その町に行きたいとか別の目的がなければ無しだろうなぁ。
となると、あれば緊急性のある魔物討伐系を受けつつ、無ければパルメラ大森林の常時依頼で稼いでいくしかないか。
しかし、常時依頼のホーンラビット1体800ビーケ、ゴブリン1体1000ビーケ、フーリーモール1体1500ビーケというのは、アマンダさんが言っていた通りどうも安く感じちゃうな……)
アマンダさんから事前に聞いていた情報と合わせて考えれば
ホーンラビット:常時依頼で1体800ビーケ+肉、魔石、材料となる角や毛皮で4000~5000ビーケ、あとは状態によるので血抜きだけしてそのまま持ち帰ること推奨。討伐部位は耳。
ゴブリン:常時依頼で1体1000ビーケ、その他換金できるのは1500ビーケの魔石のみなので解体推奨。討伐部位は右手。
フーリーモール:常時依頼で1体1500ビーケ、その他換金できるものは2000ビーケの魔石のみなので解体推奨。討伐部位は頭。
パルメラ大森林の第一層で言えばこのようになる。
ジンク君の言う通り、ホーンラビットが確かに一番金にはなるが……
問題は重さで、ポッタ君の代わりに背負った籠は、毎年ばあちゃん家から送られてくる30kgの米と同じくらいの重さを感じた。たぶんホーンラビットが4~5体ぶら下がっていたと思うが、正直あれ以上の重さを運ぶのは現実的じゃない。
運ぶことだけはできても、背負って狩りなんて到底無理だ。
レベルが上がれば改善されそうなもんだが―――……
効率を頭の中で計算していると、アマンダさんから声を掛けられる。
「お待たせしてごめんね。マスターから特別許可は下りたから、Fランク依頼までなら受けることを許可します!」
「おぉ! ありがとうございます助かります!」
「ただし! ロキ君はまだ新人なんだから極力パーティを組むこと! 不測の事態に一人ではそのまま死んでしまうことになり兼ねないからね」
「……善処します」
これには言葉を濁すしかない。
言っていることは理解できるが、それはレベルやスキル経験値といった概念が無いからこその選択だ。
もしパーティを組むと落ちるレベル経験値や、ラストアタックのみ貰えるスキル経験値の存在を知れば、どうしても別の選択だって出てきてしまうことだろう。
ジンク君達のパーティを例にすれば、魔物討伐を一手に引き受けているジンク君がポッタ君とメイちゃんに経験値を分け与え、その代わりにいくらになるか分からないものの採取した薬草の報酬分が増え、ポッタ君が引き受けている荷運びで狩りが楽になる。
ジンク君が一人で狩りをしていた時は、ホーンラビット1匹か2匹仕留めたら町に戻るという非効率なことしかできず、結局本格的に活動したのはポッタ君がハンターになった後と言っていたので、その時に比べれば確かに今の方が楽ではあるのだろう。
ただしその結果として、報酬も3等分するため一人当たりの実入りは少なくなる。
パーティを組むことによってレベル経験値減、戦闘担当がいればいるだけスキル経験値減、収入減のトリプル減少……これはさすがに俺の性格上許容できない。
上位狩場となるルルブの森ならパーティも有りかもしれないが、パルメラ大森林であればソロで頑張った方が良いように思える。
アマンダさんからギルドで籠の貸し出しをしていると聞いていたので、お借りしたい旨を伝えて準備をしてもらっている間にギルドの資料室に行ってみる。
「死なないためにちょっと勉強してきますので、籠は邪魔にならないところにでも置いておいてください!」
そう伝えて向かった先のドアを開けると、3畳程度のかなり狭い空間の中にテーブルと椅子が1脚。
そして鉄柱に鎖で繋がれた本が2冊だけと……なんとも殺風景な空間だった。
本を1冊捲ってみると、1冊は講習でも聞いていたギルドの概要が書かれた本であることが判明。
今はこちらに用がないので、もう1冊の薄い本を開いてみる。
紙が茶色いからこれが羊皮紙ってやつかな? と思いながらペラペラ捲ってみると、内容はこのギルドから動ける範囲の魔物情報のようだ。
パルメラ大森林の第一層と、話には聞いているEランク推奨のルルブの森……町の北東に位置するロッカー平原の魔物情報も稚拙な挿絵付きで記載されている。
(アマンダさんは詳しく教えるとすぐに俺が行ってしまいそうと思ったのか、あまり教えてくれなかったしな……こんなものがあるとは実に素晴らしい!)
この町にあるなら別の町にもまずあるだろうし、移動をしたら早々にチェックすべき狩場情報である。
早速内容を詳しく見てみるとしよう。
パルメラ大森林第一層は、分かっている情報ばかりという感じだな。
出てくる魔物はホーンラビット、ゴブリン、フーリーモールの3種のみで、たまに木の棒を持った武器を扱うゴブリンも出現するので注意が必要と。
また、ゴブリンは武器を拾って扱う習性があるので、万が一剣や槍を持ったゴブリンが現れたらギルドに報告しろとも書かれている。
ということはパルメラ大森林で一番厄介なのは武器持ちゴブリンだろうか?
この前倒した感触でも剣や槍ならなんとかなりそうだけど、弓を持ったゴブリンがいたらどう対処すればいいのかよく分からない。
ただ矢が無ければ撃てないし、ゴブリンが矢を作れるとも思えないし……結局弓で殴りつけてくるだけのような気もするので、どうせかなりのレアケースだろうし気にしてもしょうがないという結論になる。
となると、やはり一番警戒しなければいけないのはフーリーモールだ。狩りの時は気配察知を常時発動しつつ音を鳴らしておけば大丈夫だろう。
そしてルルブの森は……
おぉ! オーク! まさに挿絵はちょっと猫背の豚人間!!
体長は2メートルほどで丸太を振り回すとか……こりゃやべぇ。
でも食肉用か。持ち運ぶのは大変だけど、お金にはなるタイプの魔物だろうなと想像がつく。
他には体長50センチほどのリグスパイダー。粘着性のある糸を放出して生きたまま食われる可能性があるから、特に複数体同時戦闘は要注意。でも糸の需用は高い。
体長1メートルほどのスモールウルフはウルフ種の中では小型だけど、集団行動をとる魔物なので背後からの攻撃には注意が必要、毛皮に需要有りと……
うん、ヤバいね。
ちょっと行ってみようかな~なんて思ったりもしたけど、ナイフ1本のソロでは攻略できるイメージがまったく浮かばない。
というか今行ったって撲殺か、生きたまま捕食か、色々なところ噛みつかれて穴だらけになるか……何にしたって死ぬのは俺だろう。
さすがEランク推奨、場違いでございました。
最後にロッカー平原という場所は、体長50センチほどの大型ネズミが多く出没するらしく、作物を食い荒らすので緊急討伐が出やすいらしい。
ポイズンマウスという名前の通り、噛まれると毒を食らうようで、できればあまりお近づきになりたくない魔物である。
頭部にある毒袋に需要があるらしく、頭だけは持ち帰ることが推奨のようだ。
そしてポイズンマウスほど生息数は多くないようだが、挿絵を見る限り……体長30~40センチほどのカマキリだな。
エアマンティスという名前の魔物は腕は鋭利な上、振り上げて風魔法を使用としてくるとか中々凶悪そうだ。
ただ風魔法を発動すると平原の草の動きで分かるようなので、注意深く見れば比較的避けるのは簡単、か……
どちらの魔物もFランクに指定されているので、順序的にはパルメラ大森林の次がロッカー平原、最後にルルブの森という流れになるのだろう。
しかしレベルの概念が無いからか、魔物の強さがランクだけでしか現されていないのが厳しいところだ。
どの段階で次の狩場へ移行するか……
判断をミスれば死ぬ可能性が一気に上がるので、結構な安全マージンを取ってから上位狩場に進んだ方が良さそうな気もする。
ゲームでは1度のデスペナルティで数日分の努力が水の泡となり、たまにやらかす度に俺は大発狂していたが、それでもデスペナルティだけで済むことが可愛く思えるね。
とりあえずの情報はこれくらいで良し。
パルメラ大森林は今までのやり方で問題無いと分かったので受付に戻る。
すると既に籠がカウンター横に置かれていたので、お礼を言って背負いつつ、肉串のおばちゃんへ行ってきますの挨拶。
ついでに1本購入して齧りながらパルメラ大森林へと向かう。
町を出る時には剣を見て唸っていた門番さんがおり、「日が落ち始めたらちゃんと帰ってくるんだぞ!」と声を掛けてくれたので、「もちろんです!」と返して歩を進める。
まさかあれだけ出たかった森に舞い戻るとはなぁ。
だが、生活のためなら仕方がない。
弱い俺にはここしか収入の得られそうな場所がないのだから、深入りせずにどんどん魔物を倒していこう。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
約1時間後。
俺は四つん這いになって吐き気を催していた。
既にホーンラビットは1体籠の中へ。
上着作戦を使わなくても、レベルが上がったおかげかホーンラビットの突進に余裕を持って合わせられるので、そのまま斬りつけ首を落としてから籠に入れておいた。
籠の隙間から血が滴っているが、薬草採取をしているわけでもないので、効率的に血が抜ければ問題無いと思われる。
が、問題は目の前で倒れているゴブリン……
こいつがやっぱり厳しい。
魔石は身体の中央、ゴブリンなら心臓くらいの高さの位置にあることはアマンダさんから聞いていた。
だから覚悟を決めて胸を開いてみたものの、理科の授業で習った内容を遥かに激しくした光景が目の前に飛び込んできてしまい、胃から込み上げるものを感じてしまう。
この作業を当たり前のように
生温い環境で育った現代人にはかなり厳しい作業だろう。
うぅ……もう甘えないと決めたのに。
いや違う、あの時決めたんだ! だったらやれ!! 生きるために吐いてでもやれ!!
現代人だって医者はこんなの当たり前の世界で働いているんだ! 手を突っ込むくらいで甘えんなよ! すぐ慣れるすぐ慣れるすぐ慣れる……うぉおおおおお!!!
ズブッ――……
するとすぐに
「はぁ……うえっ……ふぅ……この親指の先くらいある黒い石……これが魔石か……」
宝石と呼べるほど綺麗なものではない。それでも目が引き付けられてしまう不思議な感じは見慣れなさ故か。
妙に感慨深い感情を持ちながらも、次に討伐部位の解体に入る。
「アマンダさんに言われたのは右手首から先……ナイフで切れるかな……」
いくら身長が120~130cm程度といっても手首は4~5センチほどあり、当然ながら中には骨もある。
無理やりナイフで切ろうとすれば、すぐナイフがダメになるような気がしてしまう。
「うまく関節の隙間を……うぇ……触るとプニプニしてて意外と柔らかい……」
触った感じでココだという部分に刃を添え、上から一気に力を入れて手首を落とす。
「ふぅ……これでやっとゴブリン1体完了、2500ビーケくらいか」
倒すまでは早いものの、換金に必要な討伐部位、魔石の取り出しには20~30分くらい要している。
結局のところ、死体を前に躊躇っていた時間が多かった。
「これを1体1~2分くらいでサクサクできるように頑張らないとな……あっ! この血だらけの手はどうすれば……」
ここでやっと失敗したことに気付き、自問自答する。
水を持ってきていなかった……
そういえば今までは川辺を歩いていたんだ。多少汚れようが返り血を浴びようが、サッと川で洗えば済んでいたし、血の付いたマイナスドライバーもその時一緒に洗っていた。
あぁークソッ……何がソロだよ、何がその方が効率が良いだよ馬鹿野郎……
普通新米はその手のいろはを先輩から学ぶんだろうが。
俺はエアコンのある部屋で飲み物を飲みながらゲームをやっていただけ。まともなサバイバル経験なんてまったくないのに、何を底辺狩場なら余裕だと勘違いしてやがるんだ。
ソロに拘るならせめてジンク君なりアマンダさんなり、必要最低限の装備でも確認すりゃ良かっただろーが。
考えてみたら今日はたまたま昼からだから良かったけど、朝から良い依頼があったら受けるってなっても、その日の昼食なんてまったく頭に無かった。
それでいざ狩り始めれば、唯一金に換えられる部分なのにビビッてチンタラと……
それで次は頑張ろう? アホかよ俺は? 生きるか死ぬかのハンターという仕事を選んだのは俺だろうが!
だったら有無言わさずとっとと覚悟決めてやれよ!
あーチクショウ……自分にイライラする……
咄嗟に血濡れた自分の右手に土を被せて塗りつける。
(ナイフが滑らなきゃ問題無い。だったらこれは自分への戒めだ。生臭い血付けたままナイフ握りしめろ。遅れた分は走って取り戻せ。それが仕事だろ)
今日のノルマはホーンラビット5体。時間は……残り3時間で時間厳守。それ以外の魔石と討伐部位も必ず回収。
ノルマの見通しが立つまで絶対に足を止めるな。
そう覚悟を決め、俺は走り出した。
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