第15話 肉の味
ザワ……ザワザワ……
(んん……?……やかましいな……)
そう思いながら目を覚ました俺は、辺りを見回してビックリする。
知らない子供達数人が、まるで変な生き物を見るかのように俺を見上げていたからだ。
(……恥ずかしい)
そう思ってペコペコ頭を下げながら木を降りる。
そう、木を降りた。
結局財布にお金はあっても、
そりゃそうだ。
森の中に売店があったわけでもあるまいし、今までお金を使おうと意識したことが無かったんだ。
俺が学生の頃ならまだしも、社会人になって財布の中身を意識しながら物を買うなんて、数万単位の買い物でも無ければなかったわけだから、屋台くらい何も気にしていなかった。
だからしょうがない。しょうがないと思いたい……
あの後ジンク君達は見つからず、ハンターギルドとやらに追いかけようかと足を一歩踏み出すも、「早く親に顔を見せな?」なんてカッコつけて別れておいてはそれもできず、また門番さんからお金を借りることも躊躇われた。
日本人の感覚からすれば、初見の人に「お金貸してください」なんてセリフはあまりにもハードルが高過ぎる。
結局心が折れ、町の中にあって極力食べ物の匂いが漂ってこない街外れの木を探し、その上で鞄を抱えながら寝たというわけだ。
お金が無ければ宿にすら泊まれないし、路上爆睡して起きたら鞄や腕時計が無いなんてなっても嫌だしね。
川の行水はできないし果物も生えてないしで、ある意味森の中よりも辛い環境だったかもしれない。
マジであの洞穴サイコー!
そんなわけでとりあえずは場所を移動し、適当な広場に腰を掛けて今後のことを考える。
やりたいこと、調べたいことは山ほどある。
あるわけだが、何より優先すべきはまずお金。
というよりそのお金で買える食い物だ。
さすがにお腹が空き過ぎて、人生で経験したことがないくらいの脱力感に見舞われている。
匂いで胃が刺激されてしまったせいで余計に辛い。
正攻法でいくなら、森に戻ってホーンラビットを狩って帰ることだが―――……
現状は森に戻るまでの1km近い距離でさえ歩くのが億劫。
こんな状態で敵と戦っても無駄に怪我を負ってしまいそうで怖い。
もしくはハンターギルドに赴いてジンク君達と合流。
あの剣や籠の中身を売り払ったお金でお腹を満たし、そのあと森へ戻るかだな。
うん、こちらの方が現実的だ。
難点はジンク君達と合流できなかった場合だけど、最悪ハンターギルドの入り口で半日も待てばたぶん合流はできるだろう。
みんな疲れて、今日は自宅で休日とかにしてたら俺は餓死一直線だが。
その場合は最終奥義。
この町で質屋……はまずないだろうけど、商店でも屋台でも、スマホとか使う予定の無い現代製品を売れば多少のお金にはなると思っている。
スマホで写真や動画を撮れば、文明が遅れていると言われたこの世界ならバカ受け間違い無しのはずだ。
充電が切れたら使えないことを伝えたとしても、誰かが物珍しさで買ってくれるに違いない。
少なくともご飯とトレードぐらいはしてくれるだろう。
「やっと見つけたー!!」
絶対「これはなんだ? どこで手に入れた?」なんてめんどくさい話になるだろうから、もうどうにも立ち行かない限界ギリギリまでこの手は温存―――
「こらー! ロキ君ーー!!」
「んぁ?」
名前を呼ばれ、覇気の欠片も無い顔を上げると、そこにはメイちゃんが指をピーンと俺に向かって指しながら仁王立ちしている。
「やぁメイちゃん、昨日振りだね」
「ちょっとー! 昨日どこの宿に泊まってたの? 宿の人達みんな全身黒い人は泊めてないっていうから探したんだよ!」
「ハハ……無一文だったことに気付いてね……向こうの木の上で寝てた」
「えぇー!? なんでそういうこと言わないの! それならうちに泊めてあげたのに!」
「いやいや、それはさすがに申し訳ないし、別れる時まではお金があると思ってたんだ……ビックリだよね」
「私はロキ君にビックリだよ! とりあえずハンターギルドに来て! ギルドマスターが呼んでるから!」
「……えっ?」
ちょっと待ってほしい。ギルドでマスター?
それってここのギルドのトップっぽいよね?
俺まだ何もしてないよ? 木の上で寝てただけだよ!? なんで呼び出し?
まさか……何もしてないから? サボってないで早く仕事しろってこと?
「すみません支店長すぐ行きます!」
「意味分からないよ! ジンクとポッタも探し回ってるはずだけど……まぁいっか! とりあえず向かおう!」
先行して歩くメイちゃんは相変わらず朝から元気だなぁ……
おじさん腹が減り過ぎてついていけないよ。
どうしよう「とりあえずお金貸して」って言おうかな?
10歳の女の子にお金貸してって、32歳としては終わってるよね。
たぶん死んだ方が良いレベルだと思うんだけど、実際もう死んでしまいそうなんだ。
そんなことを考えていたらいつの間にか目的の場所に着いてしまった。
目の前にあるのは木造建築の2階建て。
周囲の建物よりは5倍くらい大きいから、会社が立派=儲かっていると連想してしまう自分としては、どうにもお給料には期待が持てる気がします。
ハンターなんだから完全出来高制だろうけど。
テキサス州のガンマン映画に出て来そうな大型のスイングドアを通り抜け、内部に入れば目の前には3つのカウンター。
右側にはかの有名な、依頼ボードのようなものが自己主張していた。
大判のこげ茶色い板が2枚壁に立てかけられており、そこに肌色に近い小型の木の板がそれなりの枚数引っ掛けられている。
中には2つ3つと小型の木の板が繋がっているやつもあるな。
まずあれの一つ一つが『依頼』ということなのだろう。
紙じゃないことに驚きである。
そして左手には……左手には……良い匂いを撒き散らしているお食事処と丸テーブルやベンチが複数ある。
ここに来てさらに俺を悶絶させるとは……ん?
ポッタ君ここにいるじゃん。
って……手に持ってるの串に刺さった肉じゃん!!
……メイちゃんには決して言えない。
でもポッタ君にならなぜか言える!
だから許してくれ!!
「頼むポッタ君! 一生のお願いだからその肉1個くれ!! あとで! あとで必ずお返しするから!!」
返事も聞かずに1個指で摘まんで口に放り込むと、この世界に来て初めて感じる塩気と僅かな香辛料の風味。
そして噛むと溢れる肉汁に……もう涙が止まらないッ!!
いきなり号泣しだした俺にポッタ君は唖然として俺を見上げているが、よく考えたらポッタ君は俺の言葉が分からないんだった。
これじゃあただのつまみ食いした盗人だよねごめんなさい。
メイちゃんに通訳をお願いしようと声をかけると、逆に後ろから女の人に声をかけられる。
「あんた肉一つで泣きだしてどうしたんだい……そんなに美味しかったのかい?」
振り返ると小さいエプロンをしているので、どうやらお食事処のおばちゃんのようだった。
「騒がせてすみません。 5日、いや6日かな……まともに食事を取れなかったもので……美味し過ぎて死ぬかと思いました」
「6日って……あんたまだ小さいのに親は何やって!……って野暮なことは聞くもんじゃないね。ちょっと待ってな!」
そう言っておばちゃんがドシドシと厨房へ戻り、串肉2本を持って戻ってくる。
「ホラ! とりあえずこれお食べ! お金ないんだろ? 余裕ができたら多めに買ってくれりゃいいからさ」
うぅぅぅ……俺、また号泣。
なんだよ……この世界良い人ばっかじゃん……
「わかりまじた……本当にありがどうございます……おいじいでず……ありがとうございまず……」
俺はこの日。
32年間生きてきた中で、最も美味い肉を味わった。
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