2章 パルメラ大森林編

第14話 待ち望んだ景色

「うぉおおおお! あぶねぇー!!」


「ぬ、抜けられたぁー!!」


「ぶふぅー……ぐふぅー……あいっ!」


 横目で安堵の声を漏らす3人の姿が目に映るも、俺は言葉を口にできなかった。


 地平線に頭が少しだけ出ている……もうあれは太陽ということにしておこう。


 その太陽の光が僅かに森の中を照らす状況でなんとか抜け出せた。


 ジンク君に懐中電灯を渡して足元を照らしながらの歩みではあったが、明らかな視界不良で魔物に接近されてもほとんど分からず。


 おまけに懐中電灯を使ってしまったせいか、道中のラストスパートとも言える状況で追加のホーンラビット1体、ゴブリンが1体出たのも余計に時間を食った原因だ。


 ゴブリンがいきなり横から現れるものだから、最後は生きた心地がしなかった。


 だがしかし、俺は今、草原にいる。草原にいるんだ。


 森の中よりは明るく照らされた眼前の景色は、所々に生える木々以外はほぼ膝下程度の草ばかり。


 そしてその先に、僅かに光りが灯る人工工建造物群が確認できる。


 あれが町か……


 うぅ……生きて抜け出せた!


 俺は抜け出せたぞっ!!


 思わずまた泣きそうになってしまう。


 だが今は我慢だ。


 町に着いて、コソッと枕に顔を埋めながらの方が安心して泣ける。


 無駄に泣き顔なんて見せたくない。


 ならばまずは感動に浸っている3人へ行動を促そう。


「3人ともまずは町に到着してから落ち着こう。あの光の見える場所が町で大丈夫?」


「そうだよ! あれがベザートの町!」


「そっかそっか……やっとだね。ちなみに道中魔物が現れる可能性は?」


「一応【気配察知】を使って警戒はするけど、ほぼ心配はないと言っていい。安全のために町と森の間では作物を育ててないからな」


「なるほど……無駄に森の外へ出てこないようにしているってわけか」


「あぁ、魔物にとっちゃ森の方が食料も豊かだからまず出てこない」


「分かった。それじゃ懐中電灯はそのまま貸しておくから、なんとか日が落ち切る前に進めるだけ進んじゃおう」


「よし、そうだな! ポッタ! もうひと踏ん張りだ! 町まで入ればいくらでも休めるぞ!」


「戦闘の心配が無さそうなら俺が籠を背負うよ。 ホラ! あとちょっとだ頑張ろう!」


「早く帰らないとお母さんに怒られちゃうよ!」


「ふぅ……あぃっ!」



 こうして隊列は変えず、一行は町へ向かって歩を進める。


 前を進む3人の足取りは、疲労の色が濃く出ているものの森の中より格段に速い。


 想像以上に籠が重かったのでついていくのがやっとだ。


 もちろん歩きやすさの違いも大きいだろうけど、それ以上にゴールが見えたことへの安堵。


 早く町へ、我が家へという期待が疲労感を軽減させているんだろう。


 なんと言っても俺がそうだしなぁ……



 そんなことを考えながらも、僅かにある心残りに思わず中空を見上げて深く息を吐く。


 あーあ。


 結局は俺がどうしたいのかだ。


 ただこの世界にある成長の仕組み次第だと思っていた。


 そして、期待とは真逆の結果と判明した。



(この世界はラストアタックが優位な仕様か……)



 フーリーモールを倒した時、【気配察知】と【土魔法】を習得できたのは視界に流れるアナウンスですぐに分かっていた。


 だけど、得られたスキル経験値は俺の1体分だけ。


 それを森から出た時に確認してしまった。


【気配察知】のスキルは1レベルになった上で3%止まりのままだ。


【突進】スキルはレベル1になってから、ホーンラビットを1体倒す毎に10%ずつ上昇することは分かっていた。


 スキル取得まではどちらも1体20%なのに、レベル1からスキル取得経験値がスキルによって違うなんてことは考えにくいだろう。


 ということは、そういうことだ。


(はぁー……ちょっとだけパーティプレイ、仲間に憧れてたんだけどな)



 ラストアタック。


 つまり最後に魔物を倒した者、止めを刺した者だけがスキル経験値を取得できる世界であれば、パーティを組むメリットは激減する。


 もちろん一人じゃ倒せない敵を皆で倒すという意味では有効だし、レベル経験値は詳しい配分まで分からないものの幾分かは上昇している。


 俺が一切手を出していない魔物でもだ。


 つまり一緒に行動をしている者、その対象範囲のようなものが何かしら決められているのだろう。


 ただ、全てがラストアタックになるソロでやれということだ。


 さすがにパーティ組んで「ラストアタックだけ下さい」なんていう厚顔無恥な発言はできないしね。


 そんなやつが現れたら、俺が「舐めてんのか?」と頭を叩く自信がある。



 俺は結局『ロキ』と名乗った。名乗ってしまった。


 どこまでも強さを目指したあのキャラに自分を重ねてしまったんだ。


 あの時の楽しかった時間をもう一度と思ってしまったんだ。


 なら、仲間なんて願望を持たずに一人で頑張ってみるか……


 自衛できずに死ぬなんてまっぴらごめんだしな。



「おーい! ジンクにポッタ、メイもか! お前らこんな遅くまで何やってたんだッ!!」



 急に野太い怒り声が聞こえて視線を戻すと、そこには柵に囲まれた町を守る門番だろうか?


 槍を持ったおじさんが険しい顔をして叫んでいた。


(あっちゃーこりゃジンク君達怒られるパターンだ……)


 とは思ったものの、俺は住民でもないのでどうすることもできない。


 その声を聞いて走り出すジンク君にメイちゃん、ポッタ君……って、えっ? ポッタ君はやっ! えぇっ? 凄くはやっ!!


 そんな力を隠し持ってたの!?


 まさかの演技派かよ!と内心突っ込みながらも、俺は歩いて町の入り口へ近づいていくと、なんだかんだで緊張が解れたのか、門番さんに抱きついて泣き崩れるメイちゃん。


 ポッタ君も腰が抜けたように座り込んでいるし、ジンク君だけが安堵した表情で事情を説明している。


 さすが年長さん、12歳にしてはビックリするくらい優秀だ。


 そして門番さんがこちらに向いたので軽く頭を下げる。


「君が3人を助けてくれて、わざわざ町まで送ってくれたのか。本当にありがとう。感謝する」


「いえいえ、たまたま居合わせただけですし、僕も迷子になって困っていたのでこちらこそ助かりましたよ」


「そんな謙遜しないでくれ。聞けば剣を持ったゴブリンが現れたというが、本当か?」


「本当ですね。今ジンク君が持っている剣がそれです」


 そういうと、ジンク君は門番さんに剣を見せ、門番さんはその剣を見て唸る。


「錆びは無し……刃毀れもほとんど見られないな。まだ新しい部類か……となると最近落とした可能性が高い……」


 何やら門番さんは考え込むも、こちらの状況を察したのか慌てて声を出す。


「あっ、疲れているのにすまなかった! とりあえず町へ入ってくれ!」


「あの~流れの者と言いますか、身分証になるようなものは所持していないのですけど、大丈夫でしょうか?」


「こいつらを助けてくれた命の恩人なんだから当たり前だろう! ただゴブリンの件も含めて町長には一言伝えるが宜しいか? 剣を持ったゴブリンなんて5年振りくらいの話だからな」


「えぇそれはもちろんです」


「それじゃあ何も問題ない! ベザートの町は君を歓迎する!」


 そういって簡素な門を開けてくれる門番さんの横を通りながら、とうとう町の中へ足を踏み入れる。



 ――あぁ! あぁ! あぁあああ!!


 文化の匂いを感じるぅうううううう!!


 頭がおかしくなったわけじゃないが、おかしくなったかもしれない。


 正面の通りには人が行き交い、脇にある建物からは灯りが漏れ、どうにも香ばしい……そう香ばしい食べ物の匂いが漂ってくるのだ。


 今まで味のしない川魚や、ほぼ水分の果実だけで生きてきた俺が、こんな匂いのする状況の中で冷静でいられるわけがないだろう。


 あぁ……なんと鼻が幸せなことか……早く舌も幸せになりたい……


 そんな飛んでいってしまいそうな夢想状態にいると


「「「本当にありがとうございました!!」」」


 3人から一斉にお礼の言葉を掛けられる。後ろで見守っている門番さんも、さっきは怒っていたのに今は笑顔だ。


「ううん、さっきも言ったけど俺は迷子だったからさ。逆に町まで道案内してくれてこっちが感謝してるくらいなんだ。こちらこそありがとね」


 そう言って籠をポッタ君に返す。


「何言ってんだよ! あの時助けてくれなかったら俺達はたぶん死んでいた。もしゴブリンを上手く撒けても、森の中から抜け出せなかった可能性も高いんだ」


「そうだよ! ジンクが逃げるくらいの魔物だったんだから!」


「ちゃんと家に帰れたの嬉しい。ありがとう! ありがとう!」


 皆が思い思いの感謝をしてくれているのは嬉しいけど、本当に感謝しているのは俺なんだけどなぁ……


 川沿いを予定通り下れば、いつかは俺一人で町に辿り着けたのかもしれない。


 しかしジンク君は遠回りになると言っていた。


 なら予定より早く町に辿り着けたのはジンク君達のおかげだ。


 それに面と向かっては言えないが、俺にとっては貴重過ぎる情報も色々教えてもらえたしね。


 ただまぁ……これ以上は堂々巡りになってしまうか。


 だから。


「さ、もう日も落ちたし、早く家に帰って家族を安心させてあげな? 心配しているはずだよ?」


「まずハンターギルドに寄らなきゃいけないしな……それじゃあ、これ」


 そういってジンク君は懐中電灯とゴブリンが持っていた剣を差し出す。


「先導する時便利だから使ってたけど、これはロキが倒してくれた魔物が持っていたんだからロキの物だ」


 懐中電灯は素直に受け取るけど、剣はなぁ……一方的に情報を得た身としては気が引ける。


「それはあげるよ。俺にはちょっと長過ぎて使いこなすのが難しそうだしさ。俺が助かった感謝の気持ちってことで!」


「んなわけいくか! なんで助けてもらって戦利品も俺達が貰んだよ。まずロキより小さい俺はもっと使いこなせないだろ!」


 た、たしかにー……それは納得のいく返しだ。


 そこでチラッとポッタ君を見るも、身体が大きいだけで臆病な彼に剣の話を振るのは酷だろう。


「それじゃさ、俺はまだ当面この町にいると思うし、そのうち皆で売りに行って4等分しようか!」


「えーそれもおかしいだろ……まぁいいや。このままだと帰るの遅くなりそうだしそれで! その代わり籠の中身も4等分だからな!」


「分かった分かった。ホラ、いいから用事済ませて早く親に顔見せてあげな!」


「分かったよ。それじゃとりあえず預かっとくだけだからな! 見かけたら声かけろよ!」


「大丈夫だよ。近々ハンターギルドってところにも顔出す予定だからさ。すぐ会えると思うよ!」


「了解! じゃあまたな!」


「またねー!」


 そう言って渋々歩き出す3人と、それを見送る俺。



 ふぅ。


 どうせ同じ町にいればそのうち会えるんだ。


 俺もとりあえずはハンターになろうというか、選択がそれくらいしかないわけだしな。


 それに……俺は一刻も早く肉が食いたいんだ。


 さっきから鼻腔を刺激する美味そうな匂いで頭が働かないんだ。


 だから詳しいことは明日以降にしよう。


 よーし、見送ったあとには一目散で匂いの元へダッシュだ!


【異言語理解】を取得している俺に抜かりはない!!


「こんばんは!この串焼きいくらですか!」


「らっしゃい!一本400ビーケだよ!」


「400え、ん?……ビーケ?……何語?」


「……」


「……」


 咄嗟に先ほどの場所へ振り返る。



「ジンク君!! メイちゃん!! ポッタ君でもいい!! 誰かッ! 金貸してくれッ!!」



 そう叫ぶも、既に3人の姿は視界から無くなっていた。

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