第13話 勇者と魔王の存在
どうしてこうなった。
やらかさないようにと慎重に言葉を選び、本当の情報は隠したはずなのに……
まさか名前で訳のわからない地雷を踏むとは思いもしなかった。
「ちょちょ……待って、魔王ってどういうこ――― 」
「貴族様かと思ったけど違うんだ! ホラ! 真っ黒だし! 服も靴も黒いし髪も黒い! 良く見たら瞳だって! お話の通りだよ!」
「いやいや、まさか……でも確かに全身が黒いな……」
俺の言葉なんて関係無しにメイちゃんとジンク君が盛り上がっている。
ポッタ君は置いてけぼりだが、今そんなことを気にしている余裕は無い。
(いったいどういうことだ? 魔王?……この世界に魔王がいるのか? いや、いてもおかしくはないか。なんせ魔物がいるし魔法やスキルがあるファンタジーな世界だ。魔王が存在したってまったくおかしい話ではない。親玉として存在しているということか。ということは俺がこの世界に呼ばれたのは? まさか、魔王を倒す勇者役……? どんぐりの野郎そんな大役を寄越したのか!? でも俺に大した正義感なんてない。なのになぜだ? 勇者と言ったら正義のヒーローだろう。こんな腹の中であれこれ考えるようなやつは勇者じゃない。しかし……どんぐりは俺を「見つけた」と言った。何かが引っかかって正義感がなくても勇者役になったということか? でも待て、俺は確かにチート能力を、それこそ具体的に勇者スキルはないのかと尋ねた。にも拘わらずどんぐりは俺に寄越さなかった。これはどういうことだ? なくても倒せる? いやいや、それならわざわざ異世界から転移なんてせずにこの世界の人間に討伐させれば良い。ということはなんだ?……勇者スキルを使っても倒せない魔王がいる? それが魔王ロキ? そうか、そういうことか。だから俺にわざと何も与えず、大森林にいきなり放置という大試練を与えた。つまりこの程度のことをクリアできないやつには魔王を倒せない。そういうことか! それなら合点がいく! となれば俺がこの世界に来た目的は……)
「その全身が黒い
「「目の前に」」
「こらっ! 人を指で差さない!! 違くて、君達が知っている本当の魔王ロキってやつのこと!」
「「もう勇者に倒された(よ!)」」
「……へっ?」
俺が勇者かよ!って意気込んで浮かしたこの腰はどうしてくれるんですか……空気椅子になっちゃってるよ……?
「
「ロキ君っていったいどこの人なんだろうね? ベザートみたいな小さい町でも、5回くらいは演劇旅団とか吟遊詩人が来てるのに」
「そんなの知らないっす……」
「
「最近は見なくなったが、一時期は全身黒いやつがベザートの町にも何人かいたな」
「ジンクもちょっと前まではよく真っ黒だったじゃん!」
「うるさい! たまたまだ! たまたま!」
待て待て。色々ツッコミたいが、物凄くツッコミたい部分が1ヵ所ある。
勇者タクヤ?
物凄く日本人っぽいお名前なんですが……?
「ゆ、勇者タクヤって何者なんですかね……?」
「知らないの? えーと、なんて国だっけ? どこかにある凄く大きな国の王子様だよ! 別の世界から来たんだって!」
「俺も西の大国ということくらいしか分からないな。 町の大人なら知っていると思うが……」
「アッ……別世界……そうっすか……」
思わぬところにヒントはあったが……この全然嬉しくない感じはなんなのだろうか。
気を取り直して詳しく聞いてみると、この世界には歌や踊りを交えた演劇を生業にする旅団や、気ままな旅をしながら町に寄っては伝記や創作物語を歌っていく吟遊詩人が存在する。
そして娯楽の乏しい住民はそのような人たちを歓迎し、おひねりを投げながらその歌や踊りを皆で楽しみ、酒を交わす。
そんな中で定番中の定番とも言えるのがジンク君の言っていた『魔王討伐伝』で、全身黒の衣装を身に纏った恐怖の象徴、魔王ロキを異世界から現れた勇者タクヤが悪戦苦闘のすえに討伐するという……そんな英雄譚らしい。
おまけにその主人公は実在する大国の王子ということで人気が爆発。それこそ町で暮らしている人間なら誰でも知っており、こぞって子供たちはマネをして遊んでいたのだとか。
と言っても煌びやかな装備を纏った勇者のマネは現実的に難しく、黒めの服を着れば簡単に成りきれる魔王ロキの方が庶民には人気らしいが。
ただ実際に流行ったのは3年ほど前で、今は魔王討伐伝第二弾が期待されているとのこと。
なのでジンク君とメイちゃんは、ちょっと時代遅れのコスプレをして、おまけに同じ名前まで名乗る俺を、『ちょっと恥ずかしい魔王のなりきり君』と思ったんだそうだ。
確かにビックリしつつも、警戒している感じは無かったもんな……
しかし、そうかそうか。
正直、第二弾とかかなりどうでもいいが。
そんなに魔王がいるのかよって話だが。
転移か転生かは分からないけど、異世界人タクヤは確かに存在するわけだ。
そしてこんな子供にまで異世界人であることが認知されていると。
となると、ここら辺も3人は知っているのかな?
「別の世界から来た人達っていっぱいいるのかな?」
「さぁな。昔父さんがなんか言っていたような気もするけど覚えてない」
「私も知らなーい! でもいるなら見てみたいね!」
「バカ! いたってベザートみたいな小さい町に来るわけないだろ!」
「じゃあ王都!? 王都行けばいいの?」
「バカバカ! そんな金がどこにあるんだよ!!」
相変わらず遠足のように賑やかな一行。
森の中でこんなにしゃべってても良いのかと思うけど、ずっと一人で行動していた俺がどうこう言うのもおかしな話だ。
しゃべりながらでも剣でコンコンと、しっかり警戒して歩いているジンク君はさすがだし、いざとなれば声に釣られて魔物が寄ってきてもなんとかなると思っているんだろう。
一応魔物担当が今は二人いるしね。
そしてメイちゃんすまない。君の目の前にいるのも別世界の人間なんだ。これからベザートの町に行くことを凄く楽しみにしているんだ……王子じゃないけど。
あっ、ポッタ君は……もう空気に溶け込んでいるから放っておこう。その存在感が希薄な感じ、昔の俺みたいで嫌いじゃない。
しかし、子供達だけの情報には限界があるな。
それでも俺からしたら充分有難い内容だから感謝しかないが、さらに踏み込んだ内容は町の大人たちから聞くしかないだろう。
あぁ、もうだいぶ日も落ちてきた。
思ったよりも戦闘になっていないので、話ながらでも結構進んだはずだが……あとどのくらいで抜けられそうなのか。
「ジンク君、だいぶ日が落ちてきたけど、あとどれくらいで抜けられそうか分かるかな?」
「あまり魔物と遭遇しなかったからな。もうそんなにはかからないはずだ。たぶん完全に暗くなる前には……って、言ってるそばからフーリーモールが頭を出したぞ!」
おっ、検証できる!……ってもう1匹か!
「右前方にもフーリーモール! そっちは俺が片付けるよ!」
「了解! メイサとポッタは周囲を確認! 念のため敵の攻撃を受けないように木に隠れて固まっていてくれ!」
「分かった!」
「ふぅー……ふぅー……あぃ!」
戦闘中に不謹慎なのは分かっているけど、なぜか自然と笑みが零れた。
(ふふっ……昔のパーティ狩りをちょっとだけ思い出すなぁ……)
指示役がいて、それぞれの適性に合わせた最適な動きを取り、相乗効果で敵にダメージを与える。
自分が強くなればなるほどパーティを組む必要があって、同じくらい強いやつら同士が自然と固定パーティ化していった。
そんな光景を俺は腐るほど見てきた。
そう、
俺は効率を追い求めてソロプレイを選んだ。
ただ黙々と、目の前の敵を一人で倒し続けた。
だからちょっとだけ。
所謂レイドボスと呼ばれる、複数人討伐が大前提の大ボスでしかパーティを組んだ経験が無いから、ちょっとだけしか思い出が無い。
……羨ましかったのかなぁ。
道中世間話に花を咲かせ、敵が現れたとなれば慌てて動き始める。
誰かがヘマをすればヘルプに入り、得た戦利品を皆で喜ぶ。
今、こういうのもちょっと良いなと思った時点で……俺はあの時、少しは憧れていたんだろう。
それでも、そんな楽しみを捨てたからこそ、俺はトップに成れた。
自分が強くなることこそが最大の喜びであり楽しみだった。
(仲間か……)
この世界で俺はどうなるのかな。
まぁ今はそんなことを考える前に目の前の敵を倒そう。
まずは森を抜けるために――――突進っ!!
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