第12話 名前

「なぁ、さっき倒したゴブリンのところにちょっとだけ寄って良いか? 少しだけだからさ」


 歩き始めて数分。前を向きながらもジンク君が聞いているのは、たぶん俺に対してだろうな。


 さっきも気になっていたようだし、方向が合っているなら構わないが……


「何か理由でもあるの?」


「さっきのゴブリンは剣を持ってただろ? 剣は回収すれば金になるし、あのまま放置してたら別のゴブリンがその剣を使い始めて厄介なことになる」



 なるほど、それが理由だったのか。


 それならそうと早く言ってくれれば……って、あの時は俺もジンク君の言葉を理解できなかったんだったな。


 俺が倒しているのに勝手に剣を回収するのも失礼、だからしょうがなく放置という選択を取ったのだろう。


 なかなか良い子じゃないか。


「それなら多少の寄り道程度は構わないよ」


「本当は討伐部位や魔石も回収したいところだけど……時間が無いからな。とりあえず剣だけは回収しよう」


 ……なんですと? 討伐部位? 魔石!?


 ここに今までの全部スルーした人がいるんですけどーっ!!


 その手の予備知識はあったのに、忘れていた人がいるんですけどーっ!!


 ……まぁナイフの類を持ってないから、どの道無理だったと思うけど。


「ち、ちなみにその魔石とやらは売れるのかな?」


「この森に出る魔物の魔石なんて全部小さいから、大した金にはならないけどな。それでも俺らみたいな駆け出しには大事な収入だからさ。いつもなら全部回収だね」


「貴族様って魔石知らないの? 普段いっぱい使ってそうなのに」


「いや……俺は貴族様じゃなくバリバリの平民ですし、どちらかというと下層の社畜だったんですが……」


「え? 何か凄い生き物を育ててるの?」


 駄目だ。メイちゃんとは会話が通じているようで通じていない。


 そしてポッタ君は既に苦しそうだ。しゃべる余裕が無いと見える。



 詳しく聞けば、メイちゃんは10歳、ポッタ君は11歳、ジンク君は12歳の仲良しトリオで、皆がハンターギルドに所属していて3人でパーティを組んでいるとのこと。


 所謂冒険者組合、冒険者ギルドってやつだね。異世界人がなるべくしてなる職業と言える。さすがファンタジー!!


 メイちゃんは親が薬師で、まだ小さいながらも薬草の判別が得意。


 それで10歳から登録できるらしいハンターギルドに所属し、修業兼お金が稼げればとジンク君に同行しているとのこと。パーティではもちろん採取担当のようだ。


 今も道すがら薬草があればそれを摘まみ、ポッタ君の背負う籠に放り込んでいる。


 親が薬師、日本で言う薬剤師なら10歳の子供が働かなきゃいけない状況なんて想像もできないが、この世界では魔法で回復するすべがあるとのこと。


 ポーションなど回復アイテムの作成は薬師とは別の仕事らしく、薬師は主に外傷よりは内面の病気に対してのお仕事なので、大きな町でも無ければそこまで豊富に仕事があるわけではないらしい。


 話を聞く限り薬師が扱っているものはに近いという印象だ。


 この世界では基本的に貧しい人達は多少の体調くらい寝て治す、治らないのは何をしても死ぬの精神なので、そんなに薬を買い求める層は多くない。


 お金に余裕がある人は薬師に依頼するが、その上に魔法治療、もしくはこの世界でも医術という病気に対しての専門分野があるらしく、ちょっと酷くなるとより高額ではあるがそのどちらかに依頼をする。


 なので10歳でも家にお金を入れて家計を助けているとのこと。聞いていて涙がちょちょ切れそうになった。



 そしてポッタ君は親が小作人で、幼いころから作物を運ぶ手伝いをしていたからか力が強い。


 ただ身体の大きさに似合わず性格が臆病なので、武器を持って魔物と対峙するのは厳しいらしく、パーティでは狩りや採取した物を大きな籠に入れて運ぶのが彼の仕事。


 確かに彼は全体から優しさが滲み出ているから、切った張ったの世界は向いていないのだろう。


 しかしそうなると、なぜハンター登録を?という疑問も出てくるが、聞いてみると魔物を倒す、もしくは一緒に同行していると『女神様への祈祷』が叶いやすいらしく、収穫や種植えなどで忙しい時期は親の手伝いを。


 そこまで忙しくない時はこうしてジンク君に同行し、少しでもお金を稼ぎながら『女神様への祈祷』が通りやすくなるよう頑張っているらしい。


 ……メイちゃんが全部代わりに答えてくれているから、どこまで本当なのかはよく分からないが。


 ちなみに『女神様への祈祷』は教会内の神像を前にして、『このスキルを伸ばしたい』とお願いすると、スキルを覚えたりそのスキルのレベルが上昇するというもの。


 ポッタ君は元から勉強とは無縁の生活だったようなので、生活しているこの国の言葉をしゃべることだけはできる。


 ただ読み書きが覚束ないので、【異言語理解】か家業である【農耕】のどちらを女神様にお願いするか、悩んで悩んで既に1年以上経過しているとメイちゃんにバカにされていた。


 メイちゃんは薬師に必要な【薬学】が1番、余裕があれば自分でも採取できるように【採取】と決めているようなので、彼の優柔普段っぷりにぷんぷんだ。


 どうせならギルド登録時に1度だけ無料でしてもらえる『ステータス判定』で、既に習得していた【剛力】を伸ばしちゃえーなんて第三の選択を与えるあたりが子供らしく、そして非常に惨い。


 ポッタ君は若いうちから禿げてしまいそうである。




 最後にジンク君はこのパーティーのリーダー的存在で、メイちゃんやポッタ君が混ざるまでは一人でこの森の中を狩りしていたとのこと。


 父親がハンターだったようで、ある程度魔物や狩りに対しての必要な知識を持っているというのは心強い。当然パーティの魔物退治担当だ。


 理由は濁されたが父親が既に他界しており、母親は特別有用なスキルを所持していなかったこともあって、現在はジンク君が一家の大黒柱として家計を支えているようだ。


 普段は俺が角ウサギと呼んでいた魔物――ホーンラビットをメインに狩っていて、この森だとホーンラビットが肉も売れて一番実入りが良いという実に有益な情報を聞けた。


 そしてそのジンク君は先ほどから回収した剣の横っ腹で、コンコンと木や地面の木の根を叩きながら歩いている。


 気になり聞いてみたところ、音を出してフーリーモールという魔物を誘い出しているらしい。


「もしかして石を飛ばしてくるモグラ?」って聞いたらその通りのようで、フーリーモールは音に敏感らしく、こうして音を出しながら叩いていると先に住処から顔を出してくるので、そこを魔法発動される前に叩くのだそうだ。


 俺がやっていた対策も間違いではないっぽいが……やっぱりプロの対策の方がしっくりくるし勉強になるね。


 ソッとポケットに残っていた小石を投げ捨てたのは言うまでもない。


 ただ今のように直進している状況ならそれでいいが、採取目的で方向性が定まらずウロウロする場合はやはり危険らしく、厄介なフーリーモールが出るこの《パルメラ大森林》はあまり人気が無いらしい。


 もっと修行をして【短剣術】スキルと【気配察知】スキル、そして女神様への祈祷で【弓術】を伸ばしたら、少し強い魔物が出る町の北東の《ロッカー平原》に行きたいらしいが……その時にはポッタ君とメイちゃんどうするんだろうな。


 なんだかんだ面倒見が良さそうだから、しょうがなくこの森に留まるのかもしれない。


 ちなみに【異言語理解】は、ジンク君もメイちゃんも両親から言葉を教わっていたらいつの間にか覚えていたとのこと。


 大体は普通の生活をしていれば年齢相応に【異言語理解】のレベルも上がっていき、レベル3~5くらいまでいくとそれ以上は他国に足を運ぶ商人や国のお偉いさんなど、よほど才覚のある者以外は仕事に関係する人だけ伸びるというのがこの世界の常識のようだ。


 ということはポッタ君の場合、親の教育の問題な気もするが……生活環境は人それぞれだろうから、他人がとやかく言ってもしょうがないのだろう。



 そんな世間話をしながら、一行は歩みを止めることなく森の出口へ向かって進んでいく。


 道中ホーンラビットが出るも、ジンク君は突進してきたタイミングで横に身体を逸らし、あっさりナイフで切り裂いていく。


 そしてそのホーンラビットはポッタ君の背負う籠に引っかけるように吊るされ、ポッタ君が増した重みに苦悶の表情を浮かべる。


 血抜きを兼ねて引っかけているようだが……その後ろを歩く俺はなんとも言えない気分になるな。


(頑張れ頑張れポッタ君……俺が背負ってもいいけど、そうするといざという時の戦闘に支障が出るんだスマン)





 ふと地面に垂れる血を見ながら、ジンク君に甘えさせてもらって少し考える。


 順調に移動しながらの取り留めのない世間話。


 それでも得られる情報は山ほどあった。


 特にこの世界を何も知らない俺にとっては、今の会話だけでも情報が多過ぎて整理しきれないくらいだ。


 そして、俺からはあれやこれやと聞いているのに、こちらの情報となると卒なく躱す自分が嫌にもなる。


 ジンク君達はまったく気にしてもいないようだが、今までの人生経験が、無意識に近いくらいこちらのを出すリスクに対して警戒してしまっている。



 異世界人であることを公にするか否か。


 一歩間違えれば非常に面倒臭い事態になることだろう。


 ヘタにボロを出したり、何かこの世界にとっては異質なことをやってしまえば、それが元で噂が広まる可能性もある。


 先ほど3人の前で【異言語理解】を取得した時も、「ステータス画面を見るから待ってて」とは言えなかった。


 どんぐりは「僕のお手製だから凄い」と言っていたが、


 いつでも見られることが凄いのか。


 他とは違うステータス画面だから凄いのか。


 それともステータス画面だけは俺がすぐ理解できるようにしたのが凄いのか。


 これが分かっていない。


 別にどうしても異世界人であることを隠したいわけじゃない。


 異世界人だと公にすることによってメリットが大きければ気にしないし、デメリットが多ければ誤魔化して隠し通すしかない。


 しかし今の段階では情報が不足し過ぎてその判断すらできない。


 どんぐりがなぜ俺をこの世界に連れ込んだのか、その理由すら知らされていないからな……


 この世界に俺以外の異世界人はいるのかどうか。もしいたとして、その人たちはどういった立ち位置でこの世界で暮らしているのか。何を目的にしているのか。


 ここら辺が分かるまでは、少なくとも隠せるなら隠した方が身のためだろう。


 異世界人だと知って、俺に害をなす存在が現れた時……今の弱い自分では何も抗えないのだから。



 とりあえず一つ一つ情報を整理し、この世界の知識として蓄えていく。


 俺は歩きながら、数秒なら問題無いとステータス画面を開き、三つの数値を確認する。



 レベル経験値 8%


【突進】 81%

  

【気配察知】 87%



 このくらいであればメモを取らずとも覚えておけるので、確認したらすぐシステム画面を消し、周囲への注意に意識を注ぐ。


 この世界のパーティとはなんなのか。


 ゲームであればパーティは誰と組んだかすぐに分かるし、経験値配分や戦利品ドロップ配分などもゲームによって違うものの定義づけられている。


 今、俺が行動を共にしているジンク君達とパーティを組んだ状態になっているのか。


 それともハンターギルドや教会など、この人達とパーティを組んでいるという意識だけではなく、別に登録や証明をする何かが必要なのか……


 分からないなら今試せることを試してみよう。


 ジンク君が倒した敵の経験値から、既にパーティ扱いになっているかどうか、パーティ時の配分などを予測できる可能性もある。


 できれば移動開始前にチェックしておけば良かったんだが、急遽の予想外な展開になってしまったのだからしょうがない。


 先ほどジンク君が倒したホーンラビットで検証できていればベストだったな……


 そんなことを考えていたら、メイちゃんが後ろを振り返りながら聞いてくる。



「そういえば、君って名前なんて言うの? 聞いてなかった!」



 あっ、そういえば……3人の会話からそれぞれの名前を理解して当たり前のように呼んでいたけど、俺はまったく名乗ってもいなかったな。


 さすがにこれは失礼だ。


 しかし、どうするか。


 3人の名前からすると『悠斗』ではなく『ユート』だったらこの世界でも違和感がないような気はするが―――



 しばしの間を空け、俺はこう答える。



「自己紹介が遅れてごめんね。 名前はだよ」



 敢えて違う名前を伝えた。


 昔ハマり込んだゲームで使っていた名前。


 カッコ良くて強そうなキャラ名はなんだと、当時まだ重度の厨二病を患っていた俺は必死にネット検索をして調べた。


 同じことをやっているやつは相当数いたはずだ。


 俺はそれこそ名前を決めるだけで丸一日時間をかけてしまったが。


 膨大な神様とか神話の凄そうな名前を検索して悩む中、なぜか調べなくても知っていた、神様系にしては珍しい2文字の分かりやすい名前ということで採用したのがこのキャラ名だった。


 オープンベータ直後の名前取り合戦に見事勝利して、当時はそれだけで「っしゃぁああ!!」とガッツポーズしていたものである。



 正直、ここは異世界だし問題無いだろうと思った。


 この名前にしたら、より当時の楽しかった時間を思い出せる。


 飽くなき強さへの探求。最高のモチベーションでこの世界を生きていけると思ったんだ。


 だから。



「「えっ?……魔王?」」



 揃って呟くジンク君とメイちゃんから、こんな返答が返ってくるとは思わなかったんだ。

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