第11話 異言語理解

 ゴブリン3体との戦闘終了後。


 とりあえず落ち着けるよう、身振り手振りで少年少女を川辺へ誘導する。


 ナイフの少年は何度も後ろを振り返り、死んだゴブリン達を名残惜しそうに見つめていたが……


 よほど俺がラストアタックを取ったことが悔しかったんだろうか?


 まぁ助けたんだし、俺は腹を思い切り殴られているんだ。


 さすがに文句を言われる筋合いはないだろう。



 川辺に着き、見通しの良い開けた場所で俺が腰を下ろすと、それを見た3人も続くように適当な石へと腰を掛ける。


 しきりに頭を下げ、お礼であろう言葉をしゃべる目の前の3人。



「蜉ゥ縺九▲縺」


「縺サ繧薙→縺ゅj縺後→縺?シ」


「諤悶°縺」縺」



「……」



 はぁ。


 先ほどはナイフの少年が焦って早口になっているのだと思っていたが……さすがにもうどういう状況かは分かっている。


 俺ってば、言葉を理解できていないんだよなぁ……



 そっと掌を前に出し、話しかけられる言葉を止める。


 そしてそのまま、視界が塞がれるのは少し躊躇われるが、この状況で襲い掛かってくることはないだろうと視線を下に向け、ステータス画面を起動させる。


 スキル欄を眺め――――


 あぁ、やっぱりあったよ、それっぽいスキル。



【異言語理解】



 普通さぁ、転移なら身に着けている衣類と同じくらいに、『言葉の理解』も標準装備だよね?


 転移セットの一つと思ってもいいくらいだよね?


 なのになんで、転移世界の言葉を理解する程度の最低限の対応すらしてくれないの?



 ――――もちろんステータス画面は君が見てしっかり理解できるよう十分配慮しよう


 ――――ステータス画面は君が見てしっかり理解できるよう


 ――――ステータス画面は




 ……ステータス画面は、だろうが!!


 間違えんなよクソどんぐりがッ!!



 あぁ、いけないいけない。


 こんな少年少女の前でイライラしたって何も始まらない。


 慌てるな俺。


 こんな緊急事態の時のために、レベル3以降のスキルポイントは温存しておいたんだ。


 レベル3で3ポイント、レベル4で4ポイント、レベル5で5ポイント。


 そして先ほどレベルが6になったからさらに追加で6ポイント、計18ポイントを温存している。



 そして【異言語理解】は―――


 げげっ、これもスキルレベルが10まであるのかよ……


 嫌な予感しかしないが、まずは上げる前に確認しておこう。


 ステータス画面を一度閉じ、俺は少年少女に向かって声をかける。



「俺の言葉が分かるなら頷いてくれ」



 すると、ナイフを持った少年と少女は頷き、大きな籠を背負った少年は怪訝な顔を浮かべている。


 なるほどなるほど……


 ならば、とりあえず【異言語理解】を一つ上げてみるか。


 再度ステータス画面を起動。


【異言語理解】を見つめながら、スキルポイントを「2」振りたいと頭の中で呟く。



『【異言語理解】Lv1を取得しました』



 そしてすぐさま、スキル習得後の詳細説明を見る。



『【異言語理解】Lv1 人族が扱う言語であれば、知識が無くても5歳児程度の理解度で会話をすることができる。 LV1.言語の読み書きは不可 常時発動型 消費魔力0』



 よ、読み書きが不可だと……?


 おまけに5歳児って、俺は今幼稚園児かよ……


 本当に最低限の会話レベルじゃねーか!


 これでは町に行けたとしても、まともな情報収集ができるとは思えん。


 せめて15歳、いや年齢相応に13歳程度の言語能力が欲しい!


 うーむ止む無しか……どうせ魔物から【異言語理解】なんて取得できる可能性はほぼ0だろう。


 なんせ【異言語理解】の下に【獣語理解】なんてスキルがあるわけだからな。


 だったら上げる価値があると思いたい! レベル2だっ!!



 レベル2に上げたいと思ったら自動的に『4』のスキルポイントが消費されていく。



『【異言語理解】Lv2を取得しました』



『【異言語理解】Lv2 人族が扱う言語であれば、知識が無くても8歳児程度の理解度で会話をすることができる。Lv2.書くことは不可 消費魔力0』



「しょっぱぁああああああ!! 上昇幅は3歳かよぉおおおおお!!」



 思わず叫んだら「だ、だいじょうぶ!?」って声が聞こえる。


 少女が心配してくれているんだな……


 おじさんこの世界とどんぐりの残酷さに少し感情が爆発していたみたいだ、ごめんごめん。



「だいじょうぶだよ、もうちょっとだけ待ってね」



 そう声を掛けながらも、少し悩む。


 8歳児相当もキツいが、文字を書けないというのが何よりもキツい……


 レベル1でスキルポイントが2ポイント、レベル2で4ポイント……


 ということは残り12ポイントでレベル3なら上がりそうであるが。


 しょうがない、ここは出し惜しみせずいってしまうか。



(【異言語理解】をレベル3にしてくれ!)



『【異言語理解】Lv3を取得しました』



『【異言語理解】Lv3 人族が扱う言語であれば、知識が無くても11歳児程度の理解度で会話をすることができる 消費魔力0』



 もう小学生高学年レベルならとりあえずは良しっ!


 これで読み書きの制限は無くなった。


 が、まさかの予想外……必要ポイントジャストでもうすっからかんである!


 レベル3からは急に必要ポイント大幅増で12ポイント消費か。


 レベル4以降を考えると頭が痛くなるな。


 だがこれなら日常生活くらいなら問題無く送れるはずだ。



 システム画面を閉じ、改めて少年少女を見つめる。


 籠を背負った茶色い短髪の少年は、ぽっちゃりしていて大柄な体格だけど、垂れ目で見るからに優しい雰囲気が滲み出ている。後、汗が凄い。


 真ん中に座っている綺麗なラベンダー色をしたショートカットの少女は、体は小さいけど快活な雰囲気で、ここに来るまでにも意味は分からなかったがしゃべりまくっていた。


 そしてその隣に座っている灰色の短髪をしたナイフの少年は、目つきが鋭いけど身長は少女と同じくらい。どう見てもヤンチャなタイプだろうな。



 そして―――


 どう見ても3人はだ。


 髪色が随分と斬新ではあるものの、顔や身体の造形、その配置や長さのバランスなど。


 見慣れた人間との違いを探す方が難しいくらいの人間にしか見えない。


 と言っても、よほど俺が喜怒哀楽を前面に出していたのか……3人とも今はかなりドン引きしているが。


 まぁ気にしたら負けだろう。こちらにも複雑な事情があるのだからしょうがない。



「待たせてしまってごめんね。とりあえず事情を聴きたいんだけど良いかな?」


「う、うん。さっきは言葉が分からなかったの?」


「あぁ、うん、なんか忘れてたというか……今はもう難しい言葉じゃなければ大丈夫だよ」


「そんなことあるんだ?」


「女神様への祈祷じゃないのか? 教会以外でなんて聞いたことないけど」



 気になる内容ではあるけど今は突っ込むべきじゃないな……


 俺の立ち位置も決まってないし、とりあえず話を本題へ戻そう。


「それで、君たちは森の中、もしくは外の町で暮らしているのかな?」


「うん、そうだよ。ベザートの町に暮らしてるよ? 今日はホーンラビットが見つからなくて、ちょっと深くまで森に入っちゃって……」


「そしたら見たこともない魔物が現れてさ。ポッタのやつ、言いつけ守らずに森の奥に向かって逃げるから!」


「違うよ違うよ! 言いつけ守って真っ直ぐ走ったよ! どっちが森の出口か分からなかっただけなんだよ! それにメイちゃんも一緒に逃げたじゃないか」


「危なかったら"森の出口に向かって真っ直ぐ走れ"だよバカ! メイサはポッタを追いかけただけだろ」


「そうだよ! ジンクが倒してくれると思って呼び戻そうと思ったんだよ!……ジンクもゴブリンもついてきたけど!」


「バカバカ! 普通のゴブリンならなんとでもなるけど、あんな剣持ったやつなんて怖いって! ナイフより全然長いし! ビックリだし!!」



 はははっ。騒がしいなぁ。


 騒がしいけど……まったく嫌じゃなくて、それどころか待ち望んでいた光景で。


 やっと君達のおかげで安堵できたよ……



 大樹の上から見た光景は一面が緑の木々一色で、それでも可能性を追ってここまで来た。


 無理やりにでも自分でを作らなきゃ足が止まった。迷ったら動けなかった。


 だから根拠があるのかも怪しい理屈で自分自身を納得させ、それを原動力に動き続けてきた。


 だけど、それでも本当に向かう先に人がいるのか、町があるのか。


 もしかしたら見当違いな方向へ向かってるんじゃないか……毎夜自問自答し、不安で押し潰されそうな毎日だったんだ。


 相談できる人もいない。全て自己責任で決めていかなければならない。正解なのか不正解なのか答えが分からない。



 そして不正解ならばいずれ死ぬ。



 そんな中で町から来たなんて聞いたら、さ……


「え!どうしたの!? なんで泣いてるの?」


「おいおい、そんな森の中が怖いのかよ! おまえ強かっただろ!?」


「たぶんジンクの顔が怖いんだよ!」


「ポッタ! てめぇ腹摘まむぞ!!!」



 ふふっ、そうだな。まだ安心している場合じゃないよな。


 ジンク君の言う通り、ここはまだまだ森の中だ。


 それなら精神だけは32歳の俺が、この状況をなんとかしないとダメだろう。


「俺は迷子だったから安心しただけでもう大丈夫だよ。それじゃあまずはこの状況をなんとかする作戦を立てようか。あと……2時間もかからず日が落ちるはずだけど、どう? ベザートという町には着けそうかな?」


 内心、1時間2時間という表現がしっかり伝わるか?と思ったが、【異言語理解】が働いているのか問題はなかった。


「ここまで深く入ったことがないから……でも森の外までなら、日が落ちる前に抜け出せると思うよ!」


「走れば間違いないんだろうが……そうするとポッタがな」


 そう言いながらジンク君が横目で見るポッタ君は、確かに汗ビッショリで顔にかなりの疲れが見える。


 そりゃさっきまで走って逃げてたもんね。


 その体形で大きい籠も背負っていたら、余計に負担がかかっているのも頷ける。


「ちなみに野営……というか木の上で寝た経験は?」


「「あるわけない!」」


 ですよねー。


 というかポッタ君は俺の言葉は理解できず、ただメイちゃんとジンク君の言葉は理解できるし話せるようだな。


【異言語理解】のスキルも一筋縄じゃいかないようだ。


 まぁそれは今考えることじゃない。

 まずは森からの脱出が最優先だ。


「それじゃ森の中で野営という選択は無いから、なんとかして日が落ちる前に森を抜けよう。ポッタ君には頑張ってもらうしかないけど、どうしても間に合わない場合は光で照らすこともできるからさ」


 そう言いながら、先ほどゴブリンとの闘いでも活躍した懐中電灯を出し、3人の顔に向けないよう注意しながら光を照らす。


「うわっすっげーー!! さっきも気になってたけどこれって魔道具!?」


「やっぱり貴族様だよ!! 服が変だもん!」


 興味深いワード頂きました。心にグサッと来るワードも頂きました。


「さ、しゃべっている時間はないからとりあえず出発だ。俺は道が分からないんだけど、任せても大丈夫?」


「セイル川が見えているなら方向は大丈夫だ。川沿いを進むとかなり遠回りだから森の中を抜けていこう」


「分かった。それじゃジンク君が先頭、俺は最後尾で行こうか。もし魔物が出たら二人で対処するから、ポッタ君とメイちゃんは離れないようにね」


「うん!」


 ポッタ君も会話の流れから、なんとなくは今後の行動が分かっているのだろう。


 一人と違って守るべき人がいる状況では勝手が違う。


 動き方や戦い方だって変わってくるはずだ。


 それでも……ここを乗り切ればやっと人の住む世界。


 そう考えるだけで足腰に力が入る。もうひと踏ん張りだ。



 それじゃあ向かおうか。念願の町へ。

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