第10話 邂逅
「どこ見てんだよマヌケがっ!――突進ッ!」
明後日の方向を向いて穴からズボッと顔を出したソイツの頭を、速度の乗った突進中に蹴り飛ばす。
よしよし、思っていたよりも順調だ。
時刻は現在15時で、朝の9時くらいにはレベルが5に上がった。
今日だけで既にゴブリン4体、角ウサギ5体、今倒した2体目のモグラと十分な討伐成果だ。
水場はやはり魔物が集まりやすいのか会敵しやすく、それぞれの魔物を倒す流れがある程度組み上がっているから、1体当たりにかける時間もそう多くはない。
移動しては討伐、移動しては討伐と繰り返しているので、これでも距離はだいぶ稼げているはずである。
ちなみに昨日とは違って、今日の移動は川を横目に見ながらの山の中だ。
判明したスキル持ちの魔物を倒すウマさ。
この点を考慮すれば、可能な限り安定して倒せる角ウサギとゴブリンは積極的に倒した方が良いだろう。
もちろん最優先は人里を目指すことなので、わざわざ川沿いから外れることはないが……
どうせ移動するなら遭遇しやすい山の中を通った方が効率的という判断だ。
特にゴブリンは「素手」と「棒持ち」の2種類が存在している。
上位個体なのかレア的な存在なのか、同一の魔物でも個体によって所有スキルが違う可能性もあるので、可能な限り多く倒してデータを取った方が後々の成長に繋がるだろう。
ちなみに今日のゴブリンは全部ハズレ、素手タイプである。
所詮はモブ、雑魚の代名詞だけあって、素手タイプはスキルの未所持が確定っぽいのは悲しいところだ。
そのモブに殴られて、爪で引っ掻れたやつが言うことではないけどな。
そして背後で寝転がっている例のモグラ。
この魔物のせいで昨日は川辺を歩くことになったわけだが、正直モグラの所持スキルが美味し過ぎて回避している場合ではないことに気が付いた。
【土魔法】は確定だし、【気配察知】も所持していたことが判明したのだ。
2種のスキル持ちでどちらも有用となれば、ここで逃げ回っては明らかに
どう考えても取れるなら、今のうちにスキル経験値を取っておいた方が良い。
特に気配察知は俺が弱い時ほど意味がありそうだし、取得できればさらにモグラ討伐が捗る可能性もある。
ここは安全な町じゃない。森の中、魔物が闊歩するフィールドだ。
無駄に死にたくないからこそ、美味しい敵は狩らせていただく。
とはいっても、当然モグラに無策で挑んでいるわけではない。
相変わらず頭部を狙われたら、レベルが多少上昇した今でも頭が陥没する可能性もあるのだから、俺にとってはまだまだ恐怖の対象である。
だから考える。考察する。
以前遭遇した時は、後方10メートルくらいで魔法を放たれていた。
石の生成まで5秒くらいの時間があったにもかかわらずだ。
ということは、モグラは俺が通過した後にすぐ土の中から這い出て魔法を発動していることになる。
そうでなければ俺とモグラとの距離がもっと離れていたはずだからだ。
ならば。
【気配察知】を逆手に取って、俺が穴倉へ近づく前に勘違いして顔を出させてやればいい、という作戦を立てた。
そのために俺の上着の両ポケットには小石がパンパンに詰め込まれている。
やや重いし機動力は落ちるが、ちょいちょいと前方10メートルくらいに放り投げてやれば、ひょっこり顔を出すこともある。
それが先ほどのパターンだった。
側面に現れることもあるので完全な対策とは言えないが、これで不意打ちを食らう可能性は大きく減少するだろう。
よし行くか。
日が沈むまで、あと2時間は進める。
そう思って歩き始めた時。
「――――――――――!」
思わず顔が上がり、辺りを見回す。
(なんだ……? 声……ゴブリン?……いや、違う……女、というか……人の声?……人間かっ!?)
その瞬間、息を呑む。
僅かに聞こえ、徐々に大きくなる声は悲鳴と叫び。
その切迫した状況に肌が粟立つも、それでも、生きた人間に会えるかもしれないという思いが先行する。
自然と足が前に出る。
靴が脱げそうになりがらも駆ける。
ポケットの石が邪魔だと投げ捨てていく。
人間の声がするということは、少なくとも近くに集落くらいあるはずだ。
やっと。やっとだ。人間の世界に足を踏み入れられる……って考えるのは後だ後!
まずは助けなければ。
死んだ人間に会うのはもうごめんだ。
徐々に大きくなる声。
女だけじゃない、男もいる。複数人か?
ここでモグラの気配察知内に入るのはマズい。
というか、なぜか前方でモグラが頭を出している。
向かってくるやつを狙っているのか、こちらを見ていない。
なら邪魔だ。こちらに気付く前に潰れろ!
(突進っ!)
モグラを思い切り蹴り飛ばし、さらに進む……いたッ!
男2人と女1人!
無手の女と、籠を背負った男がこちらに向かっており、もう一人の男が殿を務めながらナイフを振り回している。
……ゴブリンが2体……いや3体か。
マジかよ……トレインしてきやがったな。
おまけに中央を走るゴブリンは、今までに見たことがない剣持ち。
刃渡り1メートル以上はありそうな、十分に艶のある長剣を握り締めてやがる……ッ!
どうする……
自分で決めたルールは2体以上なら即逃走だ。
だがこの3人にゴブリン3匹を倒す意志は無い……もう倒せないと諦めて逃げているんだろう。
ということは、このまま引き連れていけば、いずれ3人は捕まって死ぬ。
……どう見ても全員子供だ。今の俺と同じ歳くらいだ。
あぁ……ああっ!!
やるしかないじゃん!!
俺は咄嗟にナイフを持つ少年へ向かって叫ぶ。
「おい!! こっちだ! 2体は引き受ける!! 1体はなんとかできるか!?」
「縺溘?∝勧縺九k??菴薙?縺薙▲縺。縺ァ縺ェ繧薙→縺九☆繧九°繧牙勧縺代※縺上l?」
「なっ、何言っているか分かんねーよ! まずは冷静になれ!!」
駄目だ、連携を取る時間なんて無い。
俺はやるべきことをやる。
敵は左、中央、やや離れて右……ならば俺は中央と左だ。
立ち位置を左に寄せて、こちらに向かってくるナイフ持ちの男に視線を送る。
そっちを気に掛ける余裕はないから、1匹くらいは自分達でなんとかしてくれ。
すまないが……俺だってお前達と同じで弱いんだ。
ふぅ~……、一息深呼吸。
鞄を投げ捨て、ポケットから取り出したのは右手にマイナスドライバー、左手に懐中電灯。
2体同時だと、いつものように懐中電灯を照らし、動きを止めている間に刺すという作戦は取れない。
もう1匹が完全に浮く。
ならどうするか……
先手を取るしかないだろう!
ゴブリンに向かってこちらから走り出す。
ギョッとした顔で停止した後、すぐに身構えるゴブリン2体。
剣持ちの構えは上段か……
狙うは顔。
いや正対していては苦しいし、胸は刺しきれない可能性がある……ならば喉っ!
そのまま呑気に構えてろよ。
(突進っ!!)
3メートルほどまで迫ったら一気に間合いを詰める。
先に狙うは、残すと確実に厄介な剣持ちだ。
懐中電灯の光を向けつつ、両手を添えてマイナスドライバーを喉に突き刺す。
ブシッ……
「グギャギギ!」
クソッ! 滑って横に逸れたか!
咄嗟に懐中電灯で剣持ちのゴブリンを殴りつける。
「グギャギャ……」
まだ死んでいないが、頭を押さえて蹲っているならとりあえずはもう1匹だ。
地面に落ちた剣を足で踏みつけ、そのまま俺に向かって振りかぶってくる2匹目の素手ゴブリンに、懐中電灯を照らしてやる。
「この流れはもう慣れてんだよ!!」
マイナスドライバーで脳天一発、まず1匹目!
次……っ
「ウグッ……!?」
振り向けば、先ほど懐中電灯で殴りつけたゴブリンが、しゃがんだ体勢から腕を振り抜いて睨みつけてくる。
横っ腹を殴られた……が、痛くて呼吸がしにくいだけだ。この程度ならなんとかなる。
細く浅い息を吐きながらゴブリンを見れば、首と頭から赤黒い血を流して満身創痍……
それでも目には怒気が灯り、諦める様子も逃げる様子もない。
さすが魔物。
引くという選択肢はないらしい。
そしてその背後から、血みどろのナイフを持った少年が忍び寄ってくる姿も見える。
そうか、無事1匹は倒せたか……
そのまま目の前のゴブリンが俺に意識を向けている最中、背後から隙を突いて刺し殺そうとしてるんだな。
ゴブリン1匹をしっかり仕留められて、魔物に立ち向かう勇気もあるのになぜトレインしてるんだよまったく……
でも即席ながら見事な連携プレイだ。
もう間合いは十分と、ナイフを向けて走り出す少年。
音に気付いたゴブリンが振り返るも、少年は目と鼻の先だ。
ゴブリンが対応するにはもう遅い。
ブスッ――……
だから、
振り返るゴブリンの頭を掴み、的である喉を外さないようにして。
「縺茨シ?シ」
少年は何かを呟くが聞き取れない。
驚いている面だけはよーく分かる。
でもな少年。
俺達はパーティを組んでいるわけじゃないんだ。
戦闘態勢に入った後のファーストアタックは俺だったんだから―――
『レベルが6に上昇しました』
このゴブリンが持っているであろう【剣術】スキルの経験値、ラストアタックの権利も俺のモノだよな?
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