第9話 俺好み
4日目の夜。
「今宵の寝床は最高である!」
そう呟かずにはいられなかった。
木の上とはまるで次元が違う。
なんといっても、平坦に近い場所で寝られるのだから!
道中見つけた川辺の岩盤。
歩きながら眺めていると、まずゴブリンでは登ってこられないだろうという洞穴を見つけた。
近場の石を土台に中を確認すれば3畳程度のスペースが存在し、地面の凹凸もそこまで酷いものではないことが確認できる。
入口がしっかり開けているから、懐中電灯で内部を照らす必要もないくらいだ。
もし森で鍛錬や狩りが目的ならば、前面には緩やかで水深の浅い川、背後には果実が実る木々という環境なので、ここを拠点に活動してもいいくらいである。
適当な倒木を枕替わりにすれば、「マジ最高」という言葉しか出てこない。
僅かな窪みに尻をあてがい調整すれば、ショボい敷き布団よりも安らげる気がする。
実際布団が目の前にあったら抱き締めて離さないけど。
夕日に照らされ、鮮やかな色に染まった自然の景色。
転移してからというもの、生きることに必死でここまで心を落ち着かせられたのは初めてだ。
今更ながら空気も美味く感じる。
ここに焚火でもして魚や肉を焼いていれば文句無しなんだが……
「火」を思い出すとなぜか心が荒むので今は考えるのを止めておこう。
後は朝にでも、小さな生簀のように囲った石積みの罠に魚が入っていることを願うばかりである。
さて……
こんな機会は滅多に無い。
今まで落ち着いて見ることもできなかったステータス画面をじっくり見ていこう。
まずは各能力値。
これはレベル1上昇毎に、今のところ魔力が+6、その他各能力値が+3ずつ均等に上がっている。
初期値を手帳にメモしていたので、この辺りの数値化はバッチリだ。
この世界にレベルのカンスト設定があるのかは分からないが……
よくあるゲームのように99が上限なら、このペースでいけばおおよそ基礎ステータス値が各300強ということになる。
途中で上昇ステータス値に変動が出ればこの限りではないが、当面は+3ずつ上昇するかどうかを見ておけば問題はないだろう。
知ったから何か得をするというわけではないが、こういった情報、知識が後々重要になったりするパターンもあり得る。
あとは加護、称号は相変わらずの空欄だ。
言うまでもない。
そしてそして、問題のスキルだ。
今回角ウサギで唐突なスキルの取得を経験した。
俺が使った覚えもないのに上昇する。
敵を倒した直後にだ。
ということは、角ウサギが【突進】スキルを所持していたから、倒したことによって得られたと考えるのが自然だろう。
実際角ウサギは、角で明らかな【突進】をしてきていたしな。
確か角ウサギはあの時で5匹目だったはずだ。
ということは1匹20%の上昇。
この推測が正しければ、他に何かスキル経験値が増えていてもおかしくない。
その思ってスキル欄の上からスキル経験値バーをひたすら見ていくと――
やはりあった。
【土魔法】20%
こいつで確定だ。
魔物も必ず……かは分からないが、スキルを所持している。
そしてその魔物を倒せば、未取得のスキルなら1匹当たり20%のスキル経験値を取得できるということである。
「これは―――……かなりおいしい……よな……?」
なんせ既に経験値を取得していることが分かっていた【体術】は、今だにスキル経験値が4%止まりだ。
木の棒を草除け代わりに持ってはいたが、なんだかんだ絞めたり、蹴り飛ばしたり、マイナスドライバーで攻撃したりと木の棒では戦っていない。
マイナスドライバーがどういった扱いかは分からないものの、ほぼ体術のみで戦ってきたと言える。
にもかかわらずまだ4%。
対してスキル持ちの魔物なら1匹倒すだけで20%。
安定して倒せる能力があれば、積極的にスキル持ちを狙って魔物を倒すことが強さへの近道と判断できる。
強くなりたいなら道場剣術してないで魔物を倒せ、か……物騒だけど分かりやすい世界だ。
その他にも
【棒術】 20%
マイナスドライバーが棒術に該当?もしくは1匹だけ遭遇した木の棒を握っていたゴブリンがスキル持ちだった?
【盾術】 2%
ジュラルミンケースを盾代わりにしたから上がったとしか思えない。
【挑発】 4%
撃ってこいと言ったのはモグラぐらいな気がするが……分からん。
【罠探知】 1%
これもモグラ?モグラの巣?
【捨て身】 4%
全部捨て身で戦っていたようなものだが? 分からん。
【釣り】 2%
上がる理由は分かるけど、釣り糸垂らさなくても上がることにビックリ。
【泳法】 1%
調子に乗って泳いだ。分かる。
【採取】 8%
凄く分かる。果実ありがとう。
【鋼の心】 3%
殴られたり、石投げられたりしたからだと思う。
【遠視】 6%
木には登ったけど、他と比べて上がり過ぎな気もする。
【探査】 1%
ずっと木や川を探していたから?
【拡声】 1%
岩の上で全裸だった時の雄たけびでしょうか。
【跳躍】 2%
木に登りたくてピョンピョン跳ねてました。
【気配察知】 23%
妙に高い。モグラが所持していた可能性有り。
【忍び足】 2%
無意識にしてただろうから自覚無し。
【暗記】 2%
地形把握の時? それともスキルとか考察して覚えてようとしている時?
うん……他にも【土属性耐性】とか【物理攻撃耐性】、【算術】とか【鋼の心】とかいうよく分からないスキルとか、様々なスキルが微増しておりますな。
スキルに関連する行動を取ればチビチビとスキル経験値が上昇する。
たぶんだが、スキルによっては行動ではなく思考も有効なのだろう。
それが塵も積もってスキル獲得となり、アクティブ系ならスキル使用可能、パッシブ系なら基礎能力の向上に繋がると。
そして能力値の横にある(+1)の要素。
現状知力と敏捷にこの(+1)が付いているが、これはおおよその当たりが付けられている。
今あるスキルは【火魔法】Lv1と【突進】Lv1だ。
突進はスキル詳細にも速度というワードが入っていたし、火魔法が知力と紐付けられるのは納得のいく話。
つまりスキルを何かしら取得すると、対応した能力値にプラス補正が入るということなのだろう。
これだけスキルは豊富な種類があるのだ。
この世界に住む人達がどの程度のスキルを取得しているのかは分からないが、レベルの他にスキルの取得度合い、取得傾向によって各人の色。
近接戦闘スキルや武術系をメインに取得してその道を特化させたり、広く浅く多方面のスキルを取得し、器用に日々の生活を楽しんでいる人もいるのだと思う。
なるほど。
いいじゃない。
凄く俺好みだよ。
昔ハマり込んだゲームは自由度が高く、様々なプレイスタイルがあって、皆がそれぞれ思い思いの遊び方をして楽しんでいた。
基本は敵を倒してナンボのオンラインゲームなのに、釣りばっかりしているやつもいれば、広場で踊りながら女性キャラをナンパしているやつ、知り合い同士で低層狩場の景色を眺めに行ったり、フィールドで普通なら行くことのない僻地を隈なく探索するやつもいた。
もちろん俺みたいに強さを求めて、どこまでも効率を追い求める連中だって大勢いた。
とりわけ強くなるためには情報と費やす時間が重要で、どちらも満たせた者がより強くなり、そして得をする。
覚えるべきこと、収集すべき物は山ほどあった。
そのために情報収集を必死で行い、睡眠時間を削り倒し、挙句の果てには大学まで中退して……
辛くて、眠くて、苦しくて。
それでも徐々に強くなっていく自分に酔いしれながら高みを目指した結果が、失った6年と全サーバー1位という栄光。
そしてプレイユーザー達が掲示板で勝手に命名した『廃人』という称号だった。
実家を強制的に追い出されなければ、未だにやり続けていた自信がある。
人生に大きなハンデを背負い、人にはまったく自慢もできない無意味な勲章。
それでも……後悔はしてないんだよなぁ。
あの時は、あの時こそが最高に楽しかったんだ。
あーあ。
こんなのをマジマジと見たらさ。
あの時を思い出してワクワクしちゃうよ。
全部コンプリートさせたくなっちゃうよ。
あ~だめだめ。
そんなこと考えたら、きっとまた
俺はもう大人だ。
社会に揉まれて更生できたはずなんだ。
しっかり自重する部分は自重しないと。
それでも……なんだか今日は良い夢を見れそうな気がするなぁ……
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