第16話 ギルドマスターとの対談
俺は串肉を味わいながらもペロリと平らげ、直立90度のお辞儀で感謝の言葉を述べる。
「このご恩は一生忘れません! 今後も利用させて頂きます! 必ずっ!」
これは大げさでもなく、本当に九死に一生を得たお肉とおばちゃんとして、50年後でも忘れない自信がある。
おばちゃんは「そんな大げさな!」と笑っていたが、数人朝食……というか酒を飲んでいるように見える先輩ハンター達も「ここは肉だけは美味いぞ!」「おばちゃんに食われるなよ!」と笑いに変えてくれたので、朝からおかしな雰囲気にはならずに済んだようだ。
メイちゃんはメイちゃんでポッタ君に事情を説明してくれたらしく、ポッタ君も笑っているから一安心。
って……そうだった。
俺はここに肉を食いに来たんじゃない。
鬼の支店長、じゃないギルドマスターにお呼ばれしていたことをすっかり忘れていた。
メイちゃんにどうすればいいか聞くと
「ロキ君を呼んできてほしいって言われただけだから分からない!」
そんな頼りない言葉が返ってきたので、とりあえず受付に座っているおねぇ……いや、お世辞にもお姉さんとは言えない推定40歳前後のお姉様に声をかける。
「すみません私ロキといいますが、こちらのギルドマスター様に呼ばれているとメイちゃんから知らせを受けまして。どうすればよろしいですか?」
「ジンク達3人を救出してくれた子よね? まだ小さいのに随分と丁寧な言葉遣いで……マスターにロキ君が来られたことを伝えてきますから、少しお待ちくださいね」
そう言ってお姉さんは足早に階段を駆け上がっていく。
(とりあえず座って待つか……)
ポッタ君の座っていたテーブルにメイちゃんと一緒に腰掛け、なんで俺が呼ばれたのか尋ねてみる。
すると
「昨日の夜、ジンクが事情を説明してたよ! 剣を持ったゴブリンって言ったら騒いでたからそのことじゃないかなー?」
ポッタ君も頷いているので、それならそういうことなのだろう。
しかしなぁ……
この世界に来て数日の俺に聞かれたって、「分かりません」としか言えないんだよね。
まぁなるようになるか。
この世界では初となるお偉いさんとの対応だ。
そもそもなんでハンター登録すらしてない俺が?と思うところもあるけど、変に目を付けられても今後に差し支える。
とりあえずはボロを出さないよう、気合を入れて臨んでいこう。
少しして、先ほどのお姉様から声をかけられ、案内されながら2階の奥にある一室へと向かう。
「マスター入りますよ」
「あぁ、構わん」
そうして通された部屋は豪勢とは無縁の、言うなれば仕事への快適性だけを求めたような空間だった。
1階のカウンター奥にいた事務員さん達の机。
それと似たような感じだが、引き出しの数だけは3倍に……というよりは机3個をコの字型に連結させただけのようにも見える。
分厚い本が1冊は見えるも本棚は見当たらず、両側の机の上には大量に積み重なっている薄い木の板。
インクと……羽根ペンっぽいものもあるので、依頼ボードと同じく、あれが紙の代わりというわけか。
木の板は地面にも大量に積み重なっていて、明らかに収納スペースが足りていないことが分かる。
酒などの嗜好品を置いているわけでもなく、現代のように観葉植物なんかが置かれているわけでもなく、存在感を示すのは部屋の手前に置かれた3人掛け程度のソファーくらい。
それがテーブルを挟んで二脚置かれているだけとは、随分仕事にストイックなお方のようだ。
正直社長室のような、自然と緊張の走る居心地の悪い空間を予想していたので、こちらの方が普段いた職場っぽくて落ち着いて話せそうだな。
そして……テーブルの横に立つギルドマスターも勝手な想像とは大きく違う。
筋骨隆々な強面マッチョが登場するかと思いきや、やや線の細い初老の男性が机の脇に立っていた。
年齢は60歳くらいなのかな。現代とは歳の取り方も違うだろうけど、元が金髪だったであろう髪色はだいぶ白に侵食されており、髪色が黒なら丁度俺の親父くらいに見える。
まぁ町の人やハンター、事務員さんなどを見る限り、明らかに日本人より目鼻立ちがはっきりしていて彫が深いので、まだまだ髪がフサフサなこの男性の方が遥かに親父よりイケメンだ。
(この町の人は肌が褐色気味だし、見た目的には中東あたりのイメージに近いな。でも髪色や瞳の色は個性に溢れ過ぎている気もする)
そんなことを考えていたら、目の前の男性から声をかけられた。
「わざわざ呼び出して済まなかったな。私はベザートのハンターギルドでギルドマスターを務めているヤーゴフという」
そういって左手を差し出してくるので、この世界にもこんな習わしが。
というか、左手が常識なのかと思いながら俺も続く。
「とんでもないです。私はロキと申します」
握手を交わし、横にあるソファーへどうぞと手で促されたのでそれぞれ座ると、いつの間にか先ほど案内してくれたお姉様が飲み物を用意してくれたようだ。
んー匂いからすると紅茶かな?
俺はコーヒーと緑茶派だったので紅茶はまったく分からないが、先ほど肉だけ食べていたから飲めるものならなんでも有難い。
カップを手に取り、口を付けるとヤーゴフさんが話しかけてくる。
「念のための確認だが、私の言葉は理解できているかな? ジンク達は話せたようなので問題無いと思うが」
「えぇ、それは大丈夫です」
「それは良かった。ちなみにロキはこの国の出身ではないようだな」
手元にあるカップから自然と顔がヤーゴフさんへ向き、その瞬間
顔は笑みを浮かべ、ギルドマスターという立場を利用した高圧的な雰囲気はまるでない。
逆に13歳の子供である俺に対し、今までのやり取りはかなり丁寧だと感じるが……
この目を見ると勤めていた会社の常務を思い出す。
若手社員にとってはおじいちゃんのような存在で、いつも手土産片手にフラッと支店へ顔を出しては、お茶を飲みながらその場にいる社員と軽い世間話をして帰っていく。
「やぁ、頑張ってるかな?」と気軽な挨拶と共に登場するので、いつも「結局常務は何しに来たんだ?」と言われる謎の人だった。
常にニコニコしていて重役という威厳などおくびにも出さず、逆に本社の部長あたりが視察に来た方が皆ピリピリする。
ただ、常務はいつも目だけは笑っていなかった。目の奥が深いというか……見せている雰囲気と心の中の心情をバッサリ分けて隠しているような、そんな雰囲気が垣間見える人だった。
目を合わせて初めて怖いと感じる人。
それを今、目の前にいるヤーゴフさんからも感じる。
(元からこういう人と言われればそれまでだが……なんだ? 俺は何かを疑われている?)
警戒するとそれはそれでバレそうだから、自然体のまま会話を続ける。
「確かにこの国の出身ではありませんが……?」
【異言語理解】は出身の国、つまり慣れ親しんだその言語を最低限理解している者であれば、スキルが無くても話すことは可能。
これはポッタ君で判明済みだ。
今の会話だけでは俺がこの国の出身としてでも会話が成立する……
ならなぜこの国の出身じゃないと分かった?
肌の色や見た目か?
「疑問を浮かべた顔をしているな……簡単な話だよ。口の動きを見た。私に伝わる言葉が、この国の言語と一致していなかったものでね」
「なるほど、そういう見分け方でしたか」
「しかも興味深いのは、私が知る言語のどれとも口の動きが一致していない。大半は理解しているつもりだったが……私もまだまだ勉強不足のようだな」
「……」
「あまり小難しい言葉は使わないように気を付けようと思っただけだから、そう固くはならないでくれ。それで今回来てもらった理由は二つあってな。まず一つ目がこれだ」
そう言ってテーブルの引き出しから取り出したのは革袋。
置いた時にジャラッという金属音が聞こえた。
こ、これはまさか……
「この町の町長からで、少ないが3人を救出してくれた謝礼ということになる」
やっぱり!!!
予想外の臨時収入は有難い……これで服と靴を現地人仕様にすぐ替えられるかもしれない。
「喜んでもらえたようで何よりだ。今回は3人がハンターギルド所属員だからな。本来なら緊急依頼報酬としてギルド側で用意するべきなのだが……なんと救出した者がギルド員ではないときた。それで"住民救出として謝礼を払うか" "ギルド員救出として謝礼を払うか"で町長と揉めに揉めてな。まぁなんとか勝ち取ってきたというわけだ。ロキがまだギルド員でなくて助かったよ」
「なるほど……
「あぁ大体はな。ロキはハンターになろうとしていると聞いたが、間違いだったか?」
「いえ、こう言ってはなんですが他にやれそうなこともありませんし……魔物を狩る仕事が一番自分に合っていると思っています」
「そうかそうか。ならついでにこの後にでも登録を済ませてくると良い。ロキのおかげでギルドの負担は回避できたんだ。登録と講習費用くらいはサービスするように伝えておこう」
「それはありがとうございます。……ん? 講習ですか?」
「ギルド員登録後にハンターギルドの概要……要は依頼や報酬、ギルドのルールなども含めたギルドの仕組みだな。それらについて説明する半日講習を義務付けているから参加するようにしてくれ。その受講が完了次第、依頼受注が可能になる」
「分かりました。それは毎日やっているのですか?」
「いや、新人が登録したらその都度だな。ここは王都や大都市と違って辺境の小さい町だから、そう新人登録者も多くはない。だから今日の昼過ぎからでも言ってくれれば講習は可能だ。まず個人講習になるから、何か質問があれば遠慮なく担当教員に質問してくれて構わんぞ。君は
「……それは、凄く助かりますね」
「こちらとしても人員が増えることは喜ばしい話だからな。これからも宜しく頼むよ」
「えぇ……ただいつまでこの町にいるかは僕自身もまだ分かりません。その点だけはご理解ください」
「拠点を移す可能性もある……ということだな。その辺は残念だがしょうがないだろう。ハンターとは自由が最大のメリットだからな。幸いハンターギルドは国を跨ぐ独立した組織だ。他国でもここでの登録内容は生きるから安心してくれていい」
(悪い人ではなさそうだが……どうも俺を異世界人と断定づけている節があるような。それとも言葉のあやで俺が誘導されるのを待っているのか?)
そんなやり取りの流れを確認していると、ヤーゴフさんから続けて二つ目。
予想通り剣持ちゴブリンについての話を振られる。
「ジンク達3人を追いかける剣を持ったゴブリン。これをロキが倒し、その剣を今はジンクが持っている。この内容で間違いはないか?」
「はい、間違いありません。より正確に言えば、剣持ちのゴブリン1体と素手のゴブリン2体に追いかけられていて、僕が剣持ちと素手の1体、計2体を倒しています」
「そうか……約10日ほど前に、この町のハンター2名が行方不明になっている」
「えっ?」
「その2名は普段からパルメラ大森林……例の森だな。そこで薬草採取と狩りを生業にしていた。そのうちの1名は出発前に、中古ではあるが剣を新調していたことも確認が取れている」
「……」
「その2名を森の中で見てはいないか?」
「その2名かは分かりません。ただ……
「ふむ。ということは緊急探索依頼を出していたが、もう生存の期待は薄いか……森からどのくらい入ったところか分かるか?」
「詳しくは分かりませんけど、3日4日くらいは中に入ったところだと思います」
「なるほど。ということは仮に遺体が残っていてもまず回収は不可能だろうな」
「そうですね。僕が見たのは腕だけですが、ゴブリンに食べられているところを目撃したので、もう……」
こんな話になるなら、せめて埋めておけば良かったかと少し悔いが残る。生き残るためにあの場所から離れることを優先したのは間違っていないと思っているが……
親族にとっては遺体の一部であっても回収したい気持ちが強いのだろう。
そう思っていたが―――
「ところで話は変わるが、なぜロキは4日も奥深くに入った森の中にいた?」
「……」
「百歩譲ってハンターだというのならまだ分かる。まずそこまで入り込むやつはいないが、それでも森での活動が仕事の一つだからな。だがロキは
―――マズった気がする。
これは……都合の良い言い訳が思い浮かばない。
修行していたと言い張るか?
いや、ジンク君達から話を聞いているなら、俺が野営用の道具など持っていなかったことも分かっているだろう。
そもそも昨日からこのスーツ姿のままだ。こんな歩きにくい姿で森の修行なんて、常識的に考えてもまずそんなやつはいない。
しょうがない……開き直るか。
「森の奥にいた理由は目的があったからです。その目的は個人的なことになるので伏せさせてもらいます。ただ、もしかしたら懸念されているかもしれない『私が2名を殺害した可能性』については否定しますよ。動機もメリットもありませんから」
「……済まないな。ほぼほぼ無い可能性ではあるのだが、人が死ぬと簡単に結論を出せば怒り出す連中がいるものでね」
「特に遺族の方はそうでしょうからね。そうだ。せめてあの剣を遺族の方に渡してあげたらどうですか? 最後の所持品だと思いますし」
「あぁ、それについては心配ない。その2名は夫婦だったが子供はいないのでな。遺族はいないから君達の正当な戦利品として好きにしてもらって構わない」
「そ、そうですか……」
(……は? さっきの遺体回収云々はなんだったの!? まさか同情心煽られて釣られたか? でも回収できるならしたいのは本当っぽいし……う……うぐぐぐ……だからこの目は苦手なんだよ!)
「よし、話は終わりだ。もし今日の昼過ぎからでも講習を受けるなら早めに伝えてくれ。まだ時間はあるからゆっくり昼飯でも食えるだろう? 随分腹を空かせていたみたいだしな」
最後にニヤリと笑うギルドマスターを後目に、俺は一礼して部屋を出る。
ふぅ……
肺から自然と空気が漏れ出てしまった。
この世界は良い人ばっかりと思ったけど訂正だな。
当たり前だけど厄介そうな人もいる。
それがよりもよって、今後お世話になるハンターギルドのマスターだった。
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