第2話
かつん、かつんとリノリウムの床を松葉杖が叩く。
「捜査6課の部屋はまだですか」
口をついた言葉には思ったより棘があり、僕は一人恥ずかしくなった。
まだ鈍く痛む太ももが復帰初日という重みを嫌というほど叩き込んでくる。
「ここ曲がったところだから」
猪熊警部が指を刺す方は妙に薄暗い。
「細かい仕事については菊住警部から直接指示があるから───入院中に紹介した人だよ、あの」
「ああ───」
そう言われて僕はあの真っ赤なコートを思い出した。
真っ赤なコート、吸い込まれそうな黒い瞳。
僕と同じくらい若く見えたが警部ということはキャリア組なのだろうか。
そんなことを考えていると猪熊警部は、それじゃあね、と来た通路を戻っていった。
あとは一人で行けということなのだろう。
やけに重く感じる松葉杖を引きずりながら、僕は”捜査6課”と書かれたドアを開けた。
「無事来れたみたいだね、よかったよかった」
ドアを開けた僕に、菊住警部がにっこりと笑いかける。
「はい注目!怪異5382事件の生還者で、今日からこの捜査6課に加わる新人くんだ。ほら、自己紹介して」
室内にいた5人ほどの視線が一気に僕に集まる。
ひどく居心地が悪い。
「───八百坂一樹です。今日からよろしくお願いします」
一気に息を吐くように名乗り上げたところで、僕はようやく落ち着いて周りを見回した。
「日野雄一郎です」
「森繁です」
「船場みやびでーす」
「鈴掛です」
「佐々木。です」
それぞれが名前を名乗る。
「で、私が知ってると思うけど菊住。一応ここの責任者になるね」
真っ赤なコートの女性がにこやかに最後に名乗りあげる。
「今日から差し当たっては5382事件───君の遭遇した事件の捜査について、重要参考人兼捜査員として加わってもらう」
「待ってください!」
つらつらと流れるような菊住警部の言葉に僕は思わず声を上げた。
太ももから足全体を覆うギプスと全身の打撲痕は僕をまだ自由に動かせてくれない。
「この状態で一体何を───」
何もできない。
僕は何もできなかった。そして未だ、何もできないのだ。
松葉杖を握る手がもどかしい。
太ももから鈍く全身に響く痛みが体を縛る。
「まずは、認知面接だ」
菊住警部はにっこり微笑みながら僕を見た。
「洗いざらい君の見たものを調べさせてもらうよ。記憶にあること全てを吐き出してもらおう」
日野、と名乗っていた太っちょの男がため息をついた。
「警部、楽しんでません?」
「そんなことはないよ、八百坂くんは大事な大事な重要参考人だからね」
「気にしないでね、この人怪異についてはいつもこうだから」
やりとりする二人を僕は随分と間抜けな顔で見ていたのだろう。船場と名乗ったギャルのような見た目の女性がクスクスと笑い始めた。
「時間は無駄にはできないからね」
僕は、まだ太ももがへし折れてるんだぞ、と心の中で毒づいた。
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