人の街、到着

 山から離れ、この街──「レーゲン」を訪れてはや3ヶ月が経った。移動期間を含めれば半年も経っている。


「おい、そこでなにしてんだ。さっさと行くぞ愚図」

「たく、これだから黒猫族は……」

「……ごめんなさい」

「おう喋ってんじゃねぇぞ。無駄口叩いてる暇あるなら、さっさと動けやノロマ」


 今、俺はこの二人組の冒険者の荷物持ちとして働いている。

 ……なんでこんなことに、なったんだっけ?


 ──それは、3ヶ月前に初めてこの街に訪れた時まで遡る。


 ◆◆◆

 3ヶ月間移動して、ついに俺は人の街に辿り着いた。最初に見えたのは、街を囲っているのだろう壁と出入り口となっている門だった。


「止まれ、この街に何の用だ?」


 さっそく門番っぽいおっさんに話しかけられた。

 人の街でのファーストコンタクトだ。なるべく丁寧に……今ここにいるのはおっさんと俺だけだから、多少時間がかかっても誰にも迷惑はかからないだろう。


「旅人です。この町に訪れたのは初めてで……」

「ふむ、そうか。……では身分証明板みぶんしょうめいばんの提示を」


 思わず固まってしまった。

 まずい。俺は身分証明板なんてもの持ってないぞ……どうするか。

 そんな俺の様子に気づいたのか、おっさんは笑いながら話しかけてきた。


「……まぁ、提示しろと言ったが、身分証明板は無くても良いぞ。なにせ1年前に作られたものでな、持っている者の方が珍しい……というか、代替品になりえるものはそれなりにあるしな」

「そうなんですか?」


 自分の身分を証明するものは結構重要視されそうなものだけども……いや、あの死体も身分証明板っぽいのは持ってなかったな。ばん……いた──カードとかだろうから、見たらわかるだろうし。

 それに口ぶりから察するに、身分を保証するものは、それ以外にもあるようだ。1年前に新しく作られたものより、馴染みがあるだろうそれらの方が使われているんだろう。


「あぁ、なんでも一年と半年ほど前に異界からやってきた【勇者】達が考案したものらしいからな」

「【勇者】?」


 【勇者】。ゲームやラノベとかでよく見る存在だが、この世界ではどういう存在の事を言うんだろう? それに異界というのも気になる。


「ん? なんだ、知らないのか?」

「はい、山暮らしだったので……」

「よっぽどの辺境から来たんだなぁ。身分証明板の事は知らなくとも、【勇者】は皆全員知ってるもんだと思ってたぜ」


 笑いながらおっさんはそう言った。何というか、気のいいおっさんだな。

 ちょっと無警戒、無神経すぎる気もするが。


「なんでも『ニホン』とかいう場所から神様が召還したそうだ。生憎その召還には立ち会えなかったから詳しくは知らんが、【勇者】達のとは会ったことがある。門番だからな、顔をあわせることが何度かあんだぜ。なんでも『ガクセイ』ってのをやってたらしいな。いや、『コウコウセイ』やってたとかも言ってたっけか? 意味はよくわからんが、頭は良さそうだったぜ」


 ニホン──日本のことか? ガクセイ……学生? コウコウセイというのも、そのまま高校生だろうか?

 もし、そうなら……もしかしたら、俺のクラスメイト達なのか? 【勇者】達って────。


「どうした? そんな変な顔して?」

「いや……会ってみたいな、と」

「まぁ、大人気だしな。あぁ、この町が所属してる国にも、現状【勇者】は二人いるぜ。一人は騎士としてこの町の王都この国の近衛副騎士長やってて、もう一人は商人やってる」

「そうなんですか」


 近衛騎士はともかく、【勇者】なのに商人……? とも思ったがそのあたりは俺に関係はない。きっと【勇者】達にも色々事情があるのだろう。


「──と、話しこんでしまったか。身分証明板がないものは、今まで通り通貨を払ってもらうんだ。1月に1回、銅貨1枚を貰う決まりだ。子供の払える能力が低い事を考慮して、作られた制度らしい……流石に知ってたか?」


 おっさんの問には曖昧に笑って誤魔化す。すみません、初めて聞きましたそんな制度。

 そんな内心も露知らず、おっさんは笑いながら「何百年前につくられた制度らしいな」と言い、銅貨を取り出すのを待っている。

 銅貨……これでいいんだろうか?冒険者の死体から拝借した硬貨の中から銅色の硬貨を取り出して提示する。


「これ……大丈夫ですか?」

「おう──確かに受け取ったぜ」


 おっさんは俺から銅色の硬貨を受け取り、少し銅色の硬貨を観察した後懐に入れた。

 どうやら銅貨であっていたらしい。というか、懐に入れていいのか……?

 そんな疑問が顔にでも出ていたのか、おっさんは答える。


「ん? あぁ、懐に入れたが後でちゃんとした場所に納金するさ。生憎門番は給料は高いが職場環境はさして良くないんだ。だからここには納金できる場所はないし、門番が休憩できる、門番として格好がつくような門番所ってのもない。他の国や、この国の王都だとかにはあるらしいけど……まぁともかく、すぐに納金できないから、懐に管理してるわけだ」

「……ピンハネとかは危険視してないの、それ? 変なとこでガバガバだな──っと、いや……」


 ……少し口調が崩れた。慌てて取り繕うとしたが、おっさんは特に気にした様子もない。

 むしろ好感を持たれたのか、おっさんは笑って答えた。

 おっさん的に砕けた感じの方が接しやすいのだろうか。


「いや、銅貨を一枚二枚くすねたとこでさして生活に変わりはねぇよ。むしろバレた時のリスクがでかすぎだな。それを国がわかってんのかは知らねぇがな」

「……じゃあボディチェックとかは? されてないけど、そういうのってするもんじゃないの?」

「あー……まぁ、そりゃした方がいいだろうさ。だがよ、あんまベタベタ触るのは相手に悪いだろ? 事情があって触られたくない奴もいるかもしれん。ま、仮に危険な奴がそれで入ってしまっても中で解決するだろうさ。つっても流石に盗賊とかは確認するし入らせないがな。そもそも冒険者あがりの俺は、警備よか魔物と戦うのを想定した門番なんだしよ。治安も良いし、少なくとも俺の担当する門で悪人が来たことはねぇし、入ってきたって報告も、今のところは無いしな」

「そうなのか……そんなんでいいんだ」

「おう、叱られねぇ程度にサボる──いや緩く取り締まるってのが俺のスタンスさ。それに、お前さんも顔隠してるだろ? やましい気持ちがあるなし関係なく、隠し事は尊重する主義だぜ、俺はな」


 おっさんは「ま、それで他門担当に小言言われる事もあるけどなぁ」と言って苦笑した。

 注意をうけているのにその主義を変えないのは如何なものかと思うが、今はそれで種族がバレていないのだから、おっさんの妙な主義には感謝しなければいけない。

 ……ということは、おっさん以外はボディチェックとかしてくるのだろうか? そう考えている内に何か思い出したのか、おっさんは話し出す。


「──と、忘れるところだった。流石に目的は、大まかにでも聞いとかねぇとな。お前さん、ここには何しに来たんだ?」


 そういうのは聞くのか……いや、当たり前か? おっさんに対して、今立てた取り敢えずの目標を言う。


「冒険者になりたくて」


 さっきおっさんが言ってたから、冒険者は存在するはずだ。町に来た理由なんて職探し同然のものだったし丁度いい。

 ……【黒猫族】でも、冒険者にはなれるだろう。だが、おっさんは凄く困ったような顔をして、歯切れ悪そうに聞いてきた。


「あー……お前、何歳だ?」


 もしかして、年齢制限があるのだろうか。だとすると流石に幼すぎるか……? とはいえ、ここで年齢を偽るのも後々困るかもしれないし、素直に伝えるか。


「8歳だけど、もしかしてなれない?」

「……冒険者になるならお前は、俺の知る限りになるが最年少の冒険者になる」

「ということは、とりあえずは冒険者になれるんだ」

「年齢制限の類はなかったはずだ。俺が引退してから変わったなら話は別だが……ただ、子供でもおそらく登録出来るが、危険だぞ? 冒険者になるのは、あまりすすめたくないな、俺としては」

「身元不明の子供ができることなんて冒険者ぐらいじゃない? それに薬草採りとか山菜採りとか、迷子の捜索とかぶっちゃけ雑用とか……そういう仕事もあるでしょ?」

「……確かに詮索されたくないなら冒険者だろうな。それに、戦えないとか登録したての新人だとかのための仕事もある。ギルドはどんな仕事でもウェルカムっつう姿勢だから、探せばいくらでもあるだろうよ。だが当然報酬もすくねぇぞ?」


 じゃあやっぱり俺は冒険者にしかなれないな。【黒猫族】だとバレるのはやっぱりちょっと怖い。

 それに、俺の言ったような仕事があるなら安全に金稼ぎが出来るだろう……多少報酬が少なくても無いよりはマシなはずだ。


「……まぁ、オススメはしないが冒険者になるなら止めはしねぇよ。んじゃ、確認も完了したしはやく行きな、坊主。それと、冒険者になるなら冒険者ギルドに行け。冒険者ギルドはこのまま真っ直ぐ行けばあるぞ。冒険者登録に関しては、登録は無料タダだし冒険者の心得というか、冒険者ギルドの規定や登録仕立ての冒険者向けの案内が書かれた冊子も貰えるぞ」

「──わかった。ありがとう、おっさん」


 もうちょっと話を聞きたいが、怪しまれてない内に行こう。

 そういえばさっきおっさん俺の事坊主って言ってたな──よし、最後に少しおどかしてやろう。


「ほんとにありがとう、おっさん……あぁ、一応言っとくけど、俺は女だよ?」

「……まじか、冗談だろ?」

「マジだよ。ドッキリ大成功? 勝手に勘違いされただけだけど」

「……お前さんなぁ」

「おっさんには世話になったし、これから門を出る時は毎回こっちから出るよ」

「……おう────レーゲンにようこそ、嬢ちゃん」


 呆れたような、そんな顔をしたおっさんは、最後にそう言った。俺はおっさんに別れを告げて中に入る。


 ──最初に訪れた町は、とても賑やかそうだった。


 ◇◇◇

 男の子だと勘違いされて実は複雑なノア


 前世を思い出したため男寄りになったとはいえ、8年は女として生きた身としては複雑なようだ。


 おっさんが自分について話してないとはいえ結構話が通じたので希望を見出だした。

 まぁそんな希望は次回にでも完全に絶望に塗り替えられるのだが。


 門番のおっさん(31)


 そんな老け顔かな…地味にショックを受けたが、言った本人とはいえ幼女にそう言うのは大人げないと思って自重した。面倒見のいい性格で国内の子供達には優しいおじさんと思われている。

 こんなんでも20代の頃はそこそこ強い冒険者だった。主武器は槍。

 本名は「グレイ」で、貴族ではないので苗字はなし。

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