冒険者ギルドにて

 おっさんと別れて、おっさんに言われた通り道を真っ直ぐ進んだ。


 ──確かに、それっぽい建物が見えてきた。


 見えてきた……のだが、なにぶん文字が読めない。いかにも冒険者です、なんて風貌の大人達がそこに集まってるからそうだと判断するしかない。

 まぁ、おっさんが俺を騙す必要はないので、あれがそうなのだろう。


 そのままトコトコと歩いていく、周りの人間は気にもとめてない。俺が小さいのもあるだろうが、もしかしたら俺は【気配遮断】のような【スキル】を持っているのかもしれない……【スキル】がそもそもあれば、の話だが。

 スッ…と中に入る。あ、強面のおっさんと目があってしまった。


「あー? なんだチビ、ここになんの用だってんだよおい?」


 その声を皮切りに中にいた全ての人間が俺に気付き視線を向けた。


 体が硬直する。俺は前世から社交的だったわけじゃないし、それにあの記憶トラウマもある。

 だからこんな大勢から好奇心混じりの眼で見られると怖い。


 ──が、それは一瞬だ。多くの冒険者らしき人はすぐに視線を逸らす。


 それでも好奇心旺盛な何人かはこちらに目線を向けているのが分かる。

 出来れば注目を集めたくなかったのだが…やはりどうみても成人していない──この世界では何歳から成人になるのかは知らないが、おそらくまだ成人していない──幼子がこんなとこに来るのがおかしいのだろう。


依頼クエストでも出しにきたのかよ?」


 とはいえ、さっきから話しかけてくる強面のおっさんの言うように、こんな歳の子でも、冒険者に依頼クエストを出しに来ることはあるだろう。そう思ってくれているようだが、そういうわけではないので、このまま受付に行く。

 ……俺が冒険者になりにきたのを知ったら、異世界定番というのだろうか、だる絡みされてしまうかもしれないな。


 どうやら、おっさん達はやはり依頼クエストを出しにきたと判断したようで、おっさん以外は目を離してくれたようだ。ところで、なんでおっさんはずっと見てくるんだ? ……そういう趣味か?

 俺に気づき、かつこちらに向かって来ているのが確認できていたのだろう。受付嬢は笑顔を浮かべ応対した。


「冒険者ギルドにようこそ。依頼クエストの発注ですか?」

「いや、冒険者登録をしてほしい」


 シン────と、一瞬静かになり、同時にこちらを見つめる目も多くなったように感じる。

 おっさんなんか「マジかよ……」なんて呟いている。


「えっと……何歳ですか?」

「8歳だけど、別に年齢制限はないですよね?」

「そうですが……」


 言い淀む受付嬢。いくら年齢制限がないとはいえ、流石に無理があるか……?


「ハッ、いいんじゃねェの? 身の程を知らねェガキにゃ現実を突きつければいいんだよ」


 と、話しかけてきた人物がいた。そう、俺にずっと話しかけてきていたおっさんである。

 俺はこの一瞬のみ、おっさんが神の使いかなんかに見えた。見えた……のだが、さっき「マジかよ……」とか呟いていたのは何だったんだろうか。

 あれは俺ではなく、別の人間を指してたのだろうか? もしそうなら別にいいが俺に対してなら別に止めてほしい訳ではないが、そんな呟きするなら止めろよ、とは思う。


「アルジェントさん……わかりました、冒険者になるのを容認します」


 ……まぁ理由はどうあれ口添えしてくれたし感謝ぐらいしておこうか。ありがとうおっさん、アンタのおかげで俺は冒険者になれるよ。

 心の中でそっと感謝していると、受付嬢が紙を取り出し、俺に差し出したようだ。


 ようだ、というのは俺の身長よりカウンターの方が高いからよく見えないためだ。

 紙のようなものが擦れる音が聞こえたのでそう判断しただけである。そしてその予想は正しかったようだ。

 受付嬢は身長的に届かないのを察した──というか見ればわかるのだが──ようで、俺に紙を渡してきた。


「では名前と誕生月、種族と性別を記入して完了です。更新はその都度可能ですので今記入しない、ということも出来ますよ。この紙に記入した情報を後に冒険者カードに記入するので出来れば全部記入してほしいのですが」


 この紙に先程言われた事を書けばいいのだろう。しかし、俺は文字が書けない。

どうすればいいんだろう……それを察したのか、受付嬢が聞いてきた。


「……もしかして、文字が……?」

「書けないし、読めません」

「では、口頭で。私が記入していきますので……」


 紙を受付嬢へ……くっ、届かん! このカウンター8歳児に優しくない!

 ……あ、受付嬢が苦笑いしながら持っていってくれた──申し訳なさと恥ずかしさでフードを深く被り直した。


 ──さて、自分の誕生月だがなんとなく覚えてる。名前はノアで年齢は8歳、種族は……ちょっと怖いから言わない。


「……はい、確認しました。これよりあなたは鉄階級の冒険者です」

「鉄階級?」


 冒険者はアルファベットでランク付けされているわけではないのだろうか。AとかBとか、一番上にSランクがある、みたいなやつ。

 それともこの"鉄階級"というのがランクの代わりなのだろうか? 俺の疑問に答えるためか、受付嬢が説明を始める


「ここ冒険者ギルドでは、鉄階級から金階級までの階級があります。登録したての人は基本的には鉄級になります。それと、特殊な事例で金級の上の階級も存在しています、階級名は神銀ミスリル階級。神銀ミスリル階級はそれこそ世界を救う大偉業を成した者や、時代を進ませるほどの新たな発明をした者等、少々盛りましたが歴史的な英雄等がこの階級に至ります。……他にも色々規定はありますが、長くなるので省略させていただきます。この冊子に書いてあるので」


 そのまま受付嬢が俺の書いた紙を元になんかの板──おそらくそれが受付嬢が言っていた冒険者カードなんだろう──にその情報を刻み小さな冊子と共に俺に渡してきた。この冊子が、おっさんの言ってたガイドブック的な奴なんだろう。……中身は読めないが、誰かに読んでもらえば大丈夫か? ならおっさんあたりか。

 よかった。無事に職にはありつけたな…そう思った矢先。


 ──俺は地獄へと叩き落とされた。


「さァーてこれでテメェは俺の後輩ってわけだ。ビシバシしごいてやっから覚悟しろよ────は?」


 撫でようとしたのだろう。静止する間もなく、フードを取られた。


 ──俺の素顔が、俺の耳が、皆に見られた。


 その視線は、先程までの視線よりも、一層暗い視線だ。

 そう、まるで…親の仇でも見たかのような。


 俺は、俺達黒猫族は──何故だかわからないけれど、相当恨まれているらしい。


 ◆◆◆

「……黒猫族が冒険者になったっすか?」

「はい、といっても3ヶ月ほど前のようですが…」

「階級は?」

……どうやら"タンタル階級"に

タンタル階級……確か冒険者としても許容できないほどの犯罪者等に適用される、番外最低の階級っすね。黒猫族にも適用されるんすか……」


 今まで探しに探してついぞ見つからなかった最後の亜人族。

 【黒猫族】、世界から迫害されし忌み子の一族。


 人の悪意に過敏に反応する。故に隠れる、それが黒猫族と他全種族双方にとっての最適解だっのだろう。

 そんな黒猫族が冒険者として人の町に訪れている。


 スカウトするにはまたとないチャンスだ。まさか外に商売しに行っている間に黒猫族探し求めたモノがロシュタットに来ているとは……。


「……しかしご主人、本当にスカウトするのですか?」

「当たり前っす。自分、これだけは譲れないっす!」

「……そうですか」


 同じ亜人族である彼女も黒猫族には嫌悪を示している。一体どれだけ嫌われているのだろうか。


「さぁ戻るっすよ! レーゲンに!」


 商談は終わっている。後はロシュタットに帰るのみ。

 ──なんとなく、その【黒猫族】と会えば良いことが起こる…そんな予感がするのだ。今まで出会えていなかったから、この好機チャンスに興奮しているだけかもしれないけれど。


「ご主人!? ちょ、ちょっとスピードを、スピードを出しすぎですぅ!!」

「大丈夫っす! 自分、運転スキル持ってるし熟練度レベルはMAXっす!」


 ──オーダーメイドの高級な馬車を自ら動かし、慌ただしく帰路を急いだ。


 ◇◇◇

 【魔術】


 ヒトが使う神秘、科学を用いて再現可能ならば【魔術】に分類される。

 また、神々が使う神秘を【魔法】とし、【魔術】はヒトが使えるように型落ちさせたモノという風に区別する事も可能。基本ヒトは【魔法】は使えない。

 大規模な儀式等をして、儀式をする魔術師が全て【賢者】等と言われるほどの存在ならば、可能かもしれない。


 誕生月


 この世界において、月は三十日から三十一日かけて満ち欠けし、それで月日を区切っている。要は太陰暦みたいなもの。


 ○之月と表現し、一年は拾弐之月と地球と大体同じ。時間感覚はちゃんとしているが、基本月でしか区切らない。

 ○之月だけで○之日はない。……もしかしたら○之月の何日目みたいな感じで考えているかもしれないが。

 一週間を7日と表現したり、1日とかの言葉はあったりする。

 ノアや【勇者】は日本人の感覚で普通に二十日はつかとか表現するが、そういう特殊な言い回しは異世界にはなく普通に二十日にじゅうにちと表現する。


 【スキル】


 ヒトの才能、と一言で言えばそうなる。才能と努力で後から手に入るのがある。


 才能により先天的にスキルを持っていることもあれば、努力で後天的に【スキル】を習得することもある。

 先天的に習得している【スキル】と後天的に習得する【スキル】に違いはない。

 元から持ってるか、頑張って習得したか、だけである。


 ただし、固有ユニークスキルはその限りではない。先天的にしか習得できず、神でもなければ後付けは出来ない。


 固有ユニークスキルはその人物個人のものであり、同じ技能を別の誰かが習得する事はできない。過去に存在していて、その人物が既に死んでいる……という状況下ならば習得可能。

 また、先天的でも後天的でも習得できる通常コモンスキルには進化系があるものが存在している。技能には熟練度レベルがあり、【鑑定】スキルで視た場合では「Lv」で表現される。


 しかし、中にはアルファベットで表現されているものもある。そういった類の【スキル】は基本的に成長しない。名称は特殊エクストラスキルで統一される。


 また、先述した固有ユニークスキルの中にはアルファベットでも「Lv」としても表記されないものもある。

 これは得た時点で不変的なもので、それ以上成長しないということである。もちろん表記があるもの……つまり成長する余地があるものもある。



 冒険者ギルドで発行されるギルドカードのイメージ


 紐を通す穴があり首に下げるのが一般的で、種族から離れた場所に階級を示す金属が埋め込まれている。


 名前:ノア 種族:黒猫     ■

 年齢:8 性別:女 誕生月:8

 階級:黒階級


 この階級は冒険者の階級を表すだけでなく、迷宮ダンジョンの階級を表すのも兼ねている。


 識字率は日本に比べれば低い。流石に読み書きは出来るというのは多いが手紙とか書けるのはちゃんと教育を受けれる貴族ぐらい。

 それに教育は受けてないが、読み書きは出来るという人物も長年……それこそ10年単位で文字を読む、書く環境にいないと読み書きが出来ない。

 ちなみに、ノアの身長的に近寄りすぎるとカウンターに顔も出せない。


 受付嬢が説明不足だと思われるかもしれないが、これには理由がある。荒くれ者の多い冒険者には、細々した説明は無駄(聞かない、忘れる、長いと怒り出す等)なので、普段はしていない。そのためかなり雑になっている。

 だからといって、幼女にもそんな普段通りなやり方で接したら混乱するに決まっているが。

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