414話 マーサの聖技



「さ! では次は私の番です! 宜しいでしょうか、さくらさん?」



――と、ポンと手を合わせつつ話を戻すマーサ。シベルにだけ解説をさせてなるものかと言う気迫すら感じるそれにさくらが笑いつつ肯くと、彼女は意気揚々と語り出した。



「まず、私が用いていた光の刃についてお話ししましょう。あれこそは聖魔術の一つ、『聖武具顕現セイント・クラフト』なのです。メサイア様のお力である『聖なる輝き』を集約し、剣や盾などを自在に作り出す技なのですよ」



それを聞いたさくらは、先程の戦いを思い返す。マーサやセン隊長を含め、村を防衛していた聖騎士の面々が使っていたのはその技で間違いなさそうである。



「―――。と、このように。 先程のように相手の身体へ浸透させ気を鎮めることがメインの技ですが、輝きの集約度を高めれば本物の刃物と同じように扱えます」



マーサは自身のロザリオを取り出し、小さなナイフのような光刃を顕現させてみせる。そしてさくらに見せるように、その刃先を手の甲に。軽く動かすと、確かに肌は切れ血が滲み始めた。



「因みにロザリオを始めとした『メサイア様の加護を受けた道具』を用いることにより術行使の負担軽減及び強化ができますが…それを気にしなければ、手にしている物なんにでも顕現させることができるのです」



さっと片手間で今しがたつけた傷を治した彼女は、シベルの腰につけていたトンファーの片方をサラッと借用。先程のようにメイスを作り出して見せる。その様子に、さくらはなるほど…!と頷いた。



これで疑問が一つ晴れた。先程のシベルマーサの共闘時、マーサは自らのロザリオをシベルのトンファーと交換して戦っていたのだから。彼女の聖魔術の腕の良さもあるのだろうが、特段不可思議な事ではないらしい。



……となると、もう一つの疑問が気になるところ。マーサに関しては理解した。ならば、その交換相手であるシベルは――?





「…えーと、その…! じゃあ、シベルさんが使ったトンファー光刃も、マーサさんの聖魔術…なんです…か?」



シベルの様子もチラッと見ながら、言葉を探すように問うさくら。あの時、マーサがトンファーで光メイスを作り出すのに合わせ、シベルは自らのトンファーに聖魔術の光刃を顕現させたのだ。



もしかしたら、現場到着前やその場でマーサさんが聖魔術を付与していたのかもしれない。そう考えての質問だったのだが、それを受けたマーサは……。



「っふ…! ふふふふっ! えぇ、そう思いますよね! 聖魔術を使えないシベルのために、私が仕方なしに聖魔術を付与してあげた―。 そのように推測なされたのでしょう?」



……いやそこまでは言っていないのだが…。 さくらがどう返そうか迷ってしまっていると…マーサはその前に、首を横に振ったではないか。



「違うのですよ、さくらさん。 そういうことも可能ではありますが、あれは私の聖魔術ではありません。 ――ねぇ、シベル?」



さくらにそう言いつつ、勝ち誇ったかのようにシベルを見やるマーサ。するとシベルは心底憎らしそうに顔を歪め、吐き捨てるように真相を明かした。




「そうだ。 あれは聖魔術だ」









「え……え――――――――っ!!?」



驚きのあまり、そんな声を出してしまうさくら。そんな彼女とクスクスと笑うマーサを睨むようにしつつ、シベルはフンと鼻を鳴らした。



「何がおかしい。別に聖魔術はマーサの特権ではないだろうが」 



「そ…そうですけど……!」



なんとかそう答えるさくら。確かに彼の言う通りではある。聖魔術は聖なる魔神メサイアに祈ることで発動する魔術。つまり祈念の意思と術式さえ唱えられれば、理論上誰でもできるのだ。



しかしそれでも…。言ってしまえば積年の喧嘩相手がメイン使いしている魔術を…!? そう目を白黒させているさくらを見て、シベルはハァ…!と強めの溜息を吐いた。



「以前リュウザキ先生も言っていたはずだ。『回復魔術と聖魔術を合わせると治癒効果が格段に上昇する』と…!」



「は、はい…。 言ってました…!」



「だから習得しただけだ。 あとは敵を知ることで優位に立つためだ。 それ以外の何物でもない!」



「は、はぁ……」



……どこか言い訳がましく聞こえる気もするが…。これ以上の詮索は火に油を注ぐだけ。とりあえず納得しましたと話を切り上げようとするさくらだったが――



「その『敵』に教えを請うたのは、どこのどなただったかしらぁ?」



「ガルルルルゥッ!!」



まあここぞとばかりに油を大量投入したのがマーサである。そして先の勝ち誇りの理由はそこにある様子。すると、文字通り唸ったシベルはさくらへ補足を。



「別にメサイア様に関しては、俺も素晴らしき御方だと思っている。美しく、清らかで、まさしく『聖なる女神様』だとな。聖魔術の行使にも何ら抵抗はない。 ……俺が気に入らないのは、こいつだ!」



そしてビシリとマーサを指さした彼は、牙を剥き声を荒げた。



「見ろ、この調子の乗り方を! これだから気に食わないんだ! 本当ムカつくヤツだ…!」



それを受け、マーサは微笑みを湛えるばかり。喧嘩が始まりそうな気配を察し、さくらは慌てて次の質問で場を誤魔化すのであった。










「――それで、『聖水精霊』ってなんですか?」



ということで、仲裁がてら持ち出したのはそれ。マーサ、そしてセン隊長が用いていた精霊術である。



「コホン…。 その名の通りです。聖水を用いて作り出す、あるいは呼び出す精霊のことですよ」



咳払いで調子を取り戻しつつ答えてくれるマーサ。彼女はそのまま詳細解説を。



「下位精霊は、その作成術式に聖水と聖魔術の詠唱を。中位精霊の場合は、召喚術式に同じく織り交ぜるのです。つまりは、精霊の身体に聖水を混ぜ込まさせてもらう訳ですね」



今度は聖水の小瓶を取り出し、下位精霊を作って見せるマーサ。ふよふよと宙に浮くそれは、キラキラと聖なる輝きを纏っていた。



「こうすることで、精霊の攻撃に聖なる輝きが付与されるのです。中々に難しい魔術ではありますが、極めればセンのように一人で群れを鎮圧なんて芸当も…!」



私は残念ながら、そこまで極められてはいませんが……。そう少し残念そうにするマーサ。 と、そこを好機と捉えたように、シベルが裏話を。



「とはいっても、元はもっと難しい魔術だったらしい。実戦で使う人はほとんどいないほどのな」



そう言われ、さくらはまたもあの戦いの記憶を。そういえばマーサが聖水精霊を召喚して見せた際、さくらと共に防衛していた聖騎士達はこぞって驚きの声をあげていた。珍しいものを見たかのように。



しかしよく考えれば、それも当然であろう。聖魔術と精霊術、どちらにも精通していなければ行使不可能な技なのだから。 ――ところで、『もっと難しい』とは…?



「リュウザキ先生がな、効率が良く詠唱の難度も低い新手法を編み出してくれたんだ。それが無ければ、センもああまで使えていない」



「そうなんですか!?」



流石は『術士リュウザキ』と言うべきなのであろうか。そんなことまで行っていたなんて…! 改めて竜崎の凄さを実感するさくら。 ……と、話し手を奪われた腹いせか、マーサがピシャリと。




「でもシベル、それでも貴方は習得できていないでしょうに」








「グッ…! それは…そうだが…! 今言う必要があるか!」



なるほど。先程、難しい魔術だった『らしい』と付けたのはそういう理由ゆえか。まあ彼にとっては専門外の分野。ただでさえ難しい魔術のようだから使えなくて当然ではあるのだが…。



……度重なる謗りにとうとう堪忍袋の緒が切れたのだろう。怒り爆発したシベルが反撃に転じた。



「それでも使える魔術の数、俺の方が上だろうが! 大体、お前だって俺から回復魔術の応用を教わっただろう! それに、戦闘訓練もだ。俺が幾度お前に胸を貸したと思っている!?」



「うっ…! そ、それは……」



痛いところを突かれ、言葉に詰まるマーサ。そこへ更に一撃が――。



「これ以上俺を貶すならば、今後本当に兎を貸さんぞ!」



「は…はあああっ!? それは今関係ないでしょうが!!」




……結局またまた、往来ど真ん中での一触即発ムード。もはや手に負えないと頭を抱えるさくらは、思わずポツリと一言。




「どうしてお二人はそんな喧嘩をするんですか…? 昔に何かあったんですか…?」








二人がいがみ合う理由が『なんか気に入らない』というのは前に聞いた。しかしここまでになると、さくらがそう疑ってしまうのもむべなるかな。――が、その一言によって…。



「…………。」

「…………。」



「へ?」



なんと、シベルとマーサは揃って喧嘩を止めたのだ。そして…なんと――。



「…フッ。 そうだったな」

「…ふふっ。 そうですね」



過去を馳せるかのように、仲直りするかのように。息の合った頷き合いをしたではないか。 突然の変貌に困惑するさくらであったが、二人はそんな彼女にとある提案を。



「なぁさくら。俺達の過去に何があったか、知りたかったりするか?」


「リュウザキ先生の今回のことと、センと再会したこともあって、さくらさんのお言葉で当時を思い出しまして」



勿論、興味があればで構わん(構いません)が…。 そう申し出る彼らに対し、さくらの答えは――。




「興味あります!! 是非聞かせてください!!」




身をずいっと迫らせるほどの食いつきを。 ただでさえ気になっていた二人の過去、加えてセンさんや竜崎さんが関わってくるとなるとスルーなんてできない! そう言わんばかり。



そんな、聖なる輝き以上に目を輝かせるさくらに、シベルとマーサはちょっとの苦笑交じりな微笑み。そして、ゆっくりと過去語りを始めるのであった。





「あれは、俺達がまだ学園の生徒だった時だ――。」


「それも、私達が学園へ入学して間もない頃からです――。」


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