400話 メサイアの見立て



「へっ……? ふぇっっっ!!!???」



裸の竜崎を掌に乗せたメサイアの奇妙な一言に、さくらはあられもなく動揺する。…ご立派って…まさか…!?



――と、刹那の直後。さくらの視界は暗闇に。 どうやらソフィアが反射的に手の目隠しを閉じたらしい。しかも、かなり慌てて。



そして更に…マーサとシベルが居る方向から、明らかに動転したかのような衣擦れの音が。勿論、二人分の。





聖なる魔神がかる~く口にしたその言葉は、皆を狼狽の渦へと巻きこんだのである。そして当然、言われた当の本人も―。



「……っえっとー…。身体の話……だよね…?」



メサイアの拘束を思わず振りほどきつつ、恐る恐る詳細を尋ねる竜崎。完全に声を引きつらせ、頬を引くつかせている。



―この状況でそれ以外ないだろ。聞くべきは『身体の何処』かじゃあないか?―



一方のニアロンは、ニヤニヤしながらそうツッコむ。そして竜崎にギロリと睨まれ、楽しそうに補足した。



―ま、お前の身体はどこもかしこも惚れ惚れするほど立派だ。 なんなら、全部かも…―



「えぇそうよ~。 全部よ~!」







ニアロンに竜崎へローブをかけるよう促しながら、彼女の言葉の続きを口にしたメサイア。



「リュウちゃん、まだそんなに年はとっていないとはいえ…前こうやって見た時は、『若さの頂点』な年齢だったでしょ?」



そう言いつつ彼女は、竜崎の身体を大きな指先でよしよしと撫でる。そして、にこりと微笑んだ。



「だから普通なら、結構衰えていてもおかしくないの。けどリュウちゃんは…あんまり変わってない。健康で立派そのもの!」



今度はいい子いい子と彼の頭をうりうり撫ぜ、メサイアは花丸と言いたげに褒めた。



「トレーニングや修行とか、欠かしていないのがよくわかるわ!素晴らしい! 最も、呪いの影響でちょっとは弱っちゃってるけどもね~」










メサイアの真意がわかったことで、ほっと息を吐く竜崎。そして冷えた肝を治すかのように、肩を竦めた。



「私だけの身体じゃないからね。 過度な不摂生とかしたら、同居人が文句を言ってくるし」



―なんだ?悪口か?そりゃ文句ぐらい言うぞ。『自殺まがいの行動不摂生』をしたんだから―



負けじとニアロンも言い返し、2人揃ってフッと笑う。そして彼女は安心したようにメサイアへ顔を向けた。




―ということはだ。こいつに後遺症云々は残ってないと言う事で良いのか?―



「概ね、ね。――ただ、さっき言った『ちょっと弱っている』部分が、ちょっと問題なのだけど」










―どういうことだ…?―



先の笑顔から一転、顔を不安で曇らせるニアロン。メサイアは少し慌てて付け加えた。



「ああいえ!そんな気にすることではないのよ! 今から行う『呪いの再封印』で改善されるから!」



「ということは…呪い関係?」



竜崎の問いに、コクリと頷く。そして聖なる輝きを目に湛え、再度竜崎の身体をなぞった。すると―。



「…わっ!」


―なんだ…?―



竜崎の身体が紫に光り出したのだ。しかし全身が輝いたわけではない。細い、糸のようにか細い何かが幾本も乱雑に全身を這っている感じである。



更にメサイアは、驚く竜崎の横に聖なる輝きを集結させる。マネキンのように人の形をとったそれは半透明であるが…その内部の至るところにも、同じように大量の紫光の線が。



よく見ると、そのマネキンの線の位置は竜崎の身体のものと一致している。どうやら、彼の身体を映したものらしい。



そしてその光の線は、明らかに腹部…即ち竜崎が持つ呪紋から生えていた。雑草の深い根のようなそれらは胴体の至る所に伸び、手足等の末端にも僅かながら届いてもいた。






「これは今のリュウちゃんに残る『呪いの残滓』。リュウちゃんが聖魔術や封印魔術で胴に留め、ニアちゃん達の治療によって大元こそ大人しくなったけど…」



メサイアはそう説明しながら、光のマネキンを複製。それを賢者の前にも飛ばした。



「ふむ…。やはり残っておったか…」



しげしげと眺めつつ、そう呟く賢者。マーサとシベルもそれを見るために駆け寄り、さくら達も覗きこむ。 それを確認し、メサイアは続けた。



「ニアちゃん達でも判別できない…ママでさえなんとか見えるぐらいの、残り物。それがリュウちゃんの身体を蝕み、阻害しているの」



痛いところに、その線が通っているでしょ? メサイアにそう言われ、竜崎は軽く身体を動かす。すると確かにその通りだったようで、彼はその箇所に走る呪線を押さえていた。



「てっきり痛いのは、ずっと臥していたのが原因なのかと…」



「勿論それもあるわ。 けど、今感じている痛みのほとんどは呪いによるものね」



呟く竜崎にそう伝えるメサイア。すると彼を手に乗せたまま、もう一方の手を引き…。



「この残滓自体に、そんなに力はないの。でも放っておくと痛いし…次に呪いが復活した時、それを道筋として一瞬のうちに全身が侵されてしまうかも…!」



一切の抵抗策を講じる暇なく、文字通り瞬く間にね~…! と、脅かすような手つきをとった。が、すぐさまそれをパッと開き――。



「けど安心して! ママ達なら、呪いの再封印の際に一緒に引っ込められちゃう!」



太陽のように明るい笑顔を浮かべた。 流石は聖なる魔神である。賢者達でも見極められなかった微かな、それでいて危険な症状を見定め、そしてそれをも封印できると断言したのだ。



そんな彼女を見てさくらは、竜崎がここに来てくれたことに、身勝手だと理解しつつも深い深い安堵をしていた。









「さ! 健診も終わったところで…そろそろ封印の儀を始めましょ!」 



周囲で力を溜めている魔神達を見回し、軽くパサリと巨大な白翼群を動かすメサイア。―と、あることを口にした。



「リュウちゃん、自覚ないぐらいには弱ってるみたいだしね~」



「自覚ないぐらい…?」



「えぇ! 権能を使うまでもなく、一言話しただけでわかっちゃうぐらいには!」



首を捻る竜崎に、彼女はそう答える。そして、その理由を明らかにした。




「だってリュウちゃん…ママに『様付け』してこないんだもの!」










「…あっ……」



「いつもだったら敬称と敬語を使ってきて、必ずちょっと揉めるじゃない? 今回それがなかったでしょう?」



―そういえば…そうだな…―



ハッと気づいたような竜崎、メサイアの指摘を受け頷くニアロン。そして…さくらは、あることを思い出していた。




それは以前、神竜ニルザルルに面会した時のこと。確かに竜崎は当初、彼女に敬称と敬語を使っていた。



…いやまあ正しくは、ほぼ未然に防がれたのだが。そして、『他人行儀だから止めろ』と叱られたのだ。



契約を結び、ただならぬ関係である高位精霊達にこそ砕けた口調の竜崎だが、そうではない魔神二柱ニルザルル&メサイアにはしっかり敬意を払うスタンスらしい。そして、止めろと言われる流れと。



最も…高位精霊達からも、『友人として会話しろ』と命じられている節はあるのだが…。








「良いの良いの! 貴方達はママたちの友達。敬語なんて使われたら、ママ悲しくなっちゃう…」



しまったと言うような表情を浮かべる竜崎を、片手をパタパタさせながら宥めるメサイア。そしてその手をわざとらしく顔に当て…。



「ほんとは、みーんなにフランクに話しかけて欲しいのだけど…。それだと畏れ多いとか言われちゃって…。よよよ……」



と、悲し気に彼女なりの悩みを漏らした。竜崎達が何も言えず、苦笑いを浮かべていると―。




「メサイア、早く。 キヨト風邪ひいちゃう」



下の方から、アリシャの急かす声が。するとメサイアは…パッと笑顔に戻った。



「そうねそうね! ごめんなさ~い!」




……なんともコロコロ表情の変わる魔神である。さくらも釣られたように笑ってしまうが――。直後、それを引き締めなければならなかった。



なぜなら――。





「――ではこれより。私、『聖なる魔神メサイア』、及びそれに連なる魔神面々による、『呪いの再封印』を行います」





さっきまで慈愛と陽気さに溢れていたメサイアの顔が…端厳たんげんで崇高なる―、まさに偉大なる神と呼ぶに相応しい威容へと変貌していたのである。




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