401話 呪いの再封印


聖母の顔から、女神の顔へ。美貌はそのままに、畏怖すべき神々しさを放ちだす聖なる魔神メサイア。



否―。それは顔つきだけではない。その佇まい…威容すらも、先程までとはまるで変わっていた。





彼女の頭上の光輪は一際輝きを増し、まるで新しき太陽の如く、手にする竜崎を照らし出す。それは強さこそあれど目を瞑る必要はなく、寧ろ釘付けとなるような温かさ。



「では、リュウザキ。また服を外してね」



メサイアの指示に合わせ、竜崎は再度ニアロンにローブを持ってもらい、一糸まとわぬ姿に。


ただし、先程メサイアに紫光の線として浮かべて貰った『呪いの残滓』が、未だ体の至る所で毒々しく輝いている。



「良い子ね。 じゃあ、固定させてもらうわ~」



―と、メサイアは片方の手で竜崎の手足に触れる。すると彼女の背より、幾多もの白く小さい羽が群をなして飛んできたではないか…!



それはまるで、純白の鳩のよう。その光景にさくらは、小さく感嘆の声をあげてしまう。…なお、既にソフィアによる目隠しは外されている。






やって来たその羽は、次々と竜崎の身体へと纏わりついていく。呪いの残滓の線を避け、腹部の呪紋を際立たせるように。



それはまるで、聖なる衣のよう。更に手足の部分には、小型の翼が幾つも生成され、羽ばたいていた。



どうやらその小翼はかなりの力を持っているらしく、竜崎の足はメサイアの掌に繋ぎ留められ、腕は否応なく引っ張られ、横へ開かされる。



しかし竜崎が抵抗することなくそれを受け入れると、メサイアは彼の頭をポンポンと。そして――。





 バサリッ




大きな羽音を立て、メサイアの白翼群が開く。それは巨大なる彼女の身体を優に凌ぎ、雄々しく麗しく空間を支配する。更に、聖なる輝きを強めるように反射し、後光を作り出してもいた。




その光景に、さくら達は見惚れてしまう。まさしく女神。天界におわしめす美神。賛美煌めく聖神――。








――ふと、メサイアは背の翼の一部の向きを変える。それらは魔神達の前に、彼らが蓄えていた光球の前へ伸び……。




「『イブリート』、『エナリアス』、『フリムスカ』、『サレンディール』、『アスグラド』、『エーリエル』、『ニルザルル』。 我が同胞にして魔神たるあなた方の力、借り受けます」



「「「「「「「我が力、『メサイア』へ託す」」」」」」」




彼女の合図に合わせ、魔神達は眼を開く。そして作り出していた力の結晶である光球を、それぞれの目の前にある白翼へと差し出した。




――瞬間、その光球は解け、翼へと溶けてゆく。するとそれを吸収した白き翼が、鮮やかに染まり始めたではないか。



火に、水に、氷に、雷に、土に、風に、竜鱗に―。 


燃え、流れ、凍り、唸り、固まり、吹き、輝く―。



それぞれの色に、そしてそれぞれの力に。 柔らかい羽が、そのしたのだ。





それを受けたメサイアは、その翼を他の白翼で包む。すると魔神達の力の輝きは、聖なる輝きと入り混じり、一層神秘的な眩耀げんようを作り出す。



その光彩、まさに虹の如く。我を忘れるほどに仰ぎ見とれてしまっているさくら達を余所に、メサイアは目を瞑り意識を集中させる。




そして手を、竜崎の呪紋へと置き――。



「すこーし、痛いけど…2人共、我慢してね」



そう言いつつ優しく開いた彼女の目は、翼と同じく虹の光を仄かに湛えていた。竜崎とニアロンが同時に頷くと、メサイアは微笑み―。




「――『呪いの再封印』、始めます」








メサイアの宣言に合わせ、竜崎の腹に当てられていた彼女の腕が、一瞬で白羽に包まれる。



そして背の方より、虹色の光が。魔神全員の力の結集体が、その腕を染めるように伝わり―。竜崎の身へと――!




「っぐぅっ…!!」



奔流の如く雪崩れ込む魔神の力に竜崎は呻き、身をよじらせる。しかしメサイアに固定されているため、身体は動かない。




―っうあっ…!!―



そしてニアロンも、同じように声を漏らす。 予想以上の痛みだったのか、彼女はローブ持ちを維持できず、竜崎の首へしな垂れかかるように倒れこんだ。



―こ…こんな苦しかったか…!? 前の時よりキツイ気が…! ふー…っ…!―



「前とは…色々状況が違う…から…か…!? っぐ……!」



「ニアちゃんリュウちゃん強い子! 頑張って!」



封印の儀の手を緩めずに、エールを送るメサイア。絶え間なく注がれ続ける魔神達の加護は、竜崎の身体から溢れ出すように、虹輪を描く波動となりてさくら達へも届く。



そのビリビリと全身を震わせるような感覚に身を驚かせながらも、固唾を飲み見守るしかないさくら達。アリシャに至っては今にも飛び出していきそうなほどにハラハラしている様子。



力を受け渡した魔神達も、目を逸らすことなく事の成り行きを見つめる。 とはいえ病み上がりと言っていい竜崎の身に、どれほどかはわからぬとはいえ苦痛を与えるなぞ、いつ気を失っても……。




「む、効果が出始めたぞい」








――ふと、賢者ミルスパールが『光のマネキン』を示す。先程メサイアが作り出したそれには、竜崎の身体を蝕む呪いの現状が映しだされていたはずだが…。



「おー…!」

「これは…!」

「呪いの残滓が…!」

「消えてってる…!!」



ソフィア、シベル、マーサ、さくらは、揃って驚嘆の声をあげる。マネキンの内部を這っていた紫光の糸は、末端部分より徐々に徐々に消えていっているではないか。



それはつまり…―。竜崎の身体に浮かび上がった呪線も、ということに他ならない。そして当の本人も、感覚で気づいたらしく―。




「ぁぐっ…! …な、なんか……身体の中から…棘が抜けてくような…!」



―うくっ…! た、確かに線は消えてってるぞ…! もう少しだ清人…!―




彼らは歯を食いしばり、耐え切ろうと力を籠め続ける。メサイアの応援が響く中、呪いの残滓は腕から、足から、そして胴から次々と消えてゆき…―。



「もうちょっとよ~! 最後の仕上げ~!!」



「「つっ……!」」



大量に絡みついていた呪線も、気づけば禍々しき呪紋を残すのみに。メサイアは送り込む力を更に強め、竜崎達は互いに身を寄せるようにして堪える。



「あっ…!! 呪いの紋様の大きさが…小さく!!」



すると…さくらが気づいた通り、大分広がってしまっていた呪紋が縮まっていく。侵食していた肌から引き剥がされるように小さくなっていき…―。



「元の大きさになった…!」


「わよね…!」



アリシャとソフィアがそう口にした頃には、事が起きる前…即ち、あの魔術士ナナシ達に傷つけられる前のサイズへと。



そして完全に沈黙したと伝えるように、メサイアが灯した紫光の輝きもフッと消え去ったのであった。





――これにて『呪いの再封印』、完了である。












「ふー! はいおしまい! 2人共偉かったですね~!」



竜崎の腹部から手をパッと放し、拘束を解除するメサイア。 彼はふらりと倒れかけるが、メサイアが作り出した羽毛のクッションにボスンと落ち着いた。




「つ、疲れた……。 本当、こんな痛かったっけ…?」



―な…。 でも…あの時、ナナシのアホに刺された痛みよりかはマシだろ?―



「そりゃあなぁ…。 お前も、神具の鏡で腕を弾き飛ばされた時よりかは痛くなかったんじゃないか?」



―いや、こっちの方が痛いぞ。なんか、魂にバチバチ直接響く感じで。 …ま、お前が私を置いていこうとした『痛み悲しみ』に比べれば、屁でもないがな―



「はいはい…。しつこいなぁ…」




べたりと白羽に埋まりながら、そう言いあう竜崎とニアロン。そしてまた、フフッと笑いあうのだった。


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